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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

「よしっ、今日は一日仕事休みだ」
 その日は空が高く、雲を吹き飛ばしたように抜ける青空の日だった。
 草間 武彦(くさま・たけひこ)が椅子に寄りかかって窓から空を見る。そしてその横ではシュライン・エマが日差しに目を細めるように頬笑んでいた。
「そうね、こんなに天気のいい日なんだもの。事務所にこもっていたら勿体ないわ。そうでしょ?」
 シュラインの目線の先には、モップを持った草間 零(くさま・れい)がいる。普段なら武彦が「仕事したくない」とかいうと、困ったように微笑みながらも上手く仕事をするように誘導してくれるのに、今日は何だか珍しい。
「お休みですか?」
 きょとんと聞く零に、二人が頷く。
「そうよ。今日は零ちゃんもお仕事休んで、三人で一緒に何か食べに行きましょうか」
「でも、シュラインさん。贅沢は……」
 そんな零の頭に、武彦がポンと手を乗せ苦笑した。
「おいおい、フランス料理のフルコースってんなら贅沢だけど、その辺で飯食うぐらいの甲斐性はあるぞ。所長の俺が休みって言ったら休みだ」
 それを聞きシュラインもくすっと笑う。色々あるが零は武彦のことが心配なのだろう。二人は本当の兄妹ではないが、それ以上に色々な絆があるのだ。
「今日はね、零ちゃんと行きたい所があるから、まずそこでお昼にしましょ。きっと楽しいわよ」

「いらっしゃいませー。あ、シュラインさんこんちは」
 『お好み焼き・みやこ』
 シュラインが零と武彦を連れてやってきたのは、松田 麗虎(まつだ・れいこ)と、健一(けんいち)兄弟の実家であるお好み焼き屋だった。シュラインは以前もんじゃ焼きを食べに来たことがあるのだが、今日は健一の様子見も兼ねお好み焼きを食べに来たのだ。
「松田君こんにちは。今日は学校休みなの?」
「ああ、テスト休暇やから家の手伝いしとる……っと、初めまして。松田 健一や、神聖都の高校二年生」
 小柄な健一が人懐っこく挨拶をすると、零もぺこりとお辞儀をする。
「草間 零です。いつも兄がお世話に……」
「待て、弟には世話になってないはずだ」
 からからと明るい笑い声が響く。
「三人なら座敷の方がええかな。今鉄板暖めるから、メニュー見ててや」
 こうやって自分で焼いたりする店は珍しいようで、零はきょろきょろと壁に貼ってあるメニューなどを見渡している。店の奥では健一が両親に「俺も学校でお世話になったし、兄貴はもっと世話になっとるから、サービスしたって」と言っている。
「何頼むかな…『モダン焼』がお勧めって聞いてるけど、この『みやこ焼き』ってのも、何か色々入って美味そうだな」
「暑い時に熱いモノも美味しいのよね。両方頼んじゃいましょうよ。色々食べれていいじゃない。零ちゃんなんか気になるものある?」
「私は、この『餅ベーコンチーズ玉』が美味しそうだと思いました」
「じゃあそれもね。松田くーん」
「はーい」
 三つのお好み焼きとビール、零には烏龍茶を頼み、鉄板に水がかからないよう乾杯すると、小さめのボウル入った具がやってきた。
「みやこ焼きと餅ベーコンチーズ玉は普通に焼いてもええけど、モダン焼はこっちで焼こか?」
 焼きそばなどが入るので、やはりコツがいるだろう。武彦はビールを飲みながらシュラインに目で「任せた」と言っている。
「松田君が焼いてくれるの?じゃあ零ちゃん、お手本見せてあげるからお好み焼き一緒に焼きましょ」
「えっ、これはどうしたらいいんですか?」
 ボウルに入っている卵を崩し、具が落ちてもいいように鉄板の上で下からかき混ぜるようにタネをなじませる。シュラインがやってみせると、零は見よう見まねで恐る恐るそっとかき混ぜた。
「もっと豪快にやってもええよ。兄貴、煙草減らせこんちくしょー!って感じで」
「そういう微妙な感情を混ぜるな」
 だが零は何だかそれで緊張がほぐれたらしい。にこっと笑うと何か呟きながら、一生懸命タネを混ぜ始めた。
「お兄さん、コーヒーの缶は灰皿じゃありません」
「だからそういう感情を込めるな」
「あら、零ちゃん上手じゃない」
 豪快に混ぜたら鉄板に丸く流して焼く。ここからはあまり小細工はいらない。美味しそうな香りがしてくる横で、健一は焼きそばを炒めてモダン焼の準備をしている。
「私達のとは作り方が違うんですね」
 同じような材料なのに、混ぜて作るか層にするかでまた味わいも違う。じっと見ている零に、シュラインは何だか嬉しい気持ちになった。
「松田君もお昼だったら一緒にこっちで食べない?美味しそうに食べてる人と一緒だと、こっちも食欲出るから」
「あ、そうしよかな」
 流石に健一が食べるぶんまでは一つの鉄板で焼けないので、それはカウンター側で健一の父親が焼いている。父親は明るく豪快な印象で、母親は何だかにこにこと穏やかな人だ。
「いつも二人がお世話になってます。こちらサービスですから、たくさん食べていってくださいね」
 そう言って健一の母がたこ焼きを持って来た。それらで一杯になった鉄板で、皆各々お互いのものをつついたりし始める。
「これで食べるんですか?」
 コテを使ってお好み焼きを食べるのが、零は新鮮らしい。たこ焼きをおかずにご飯を食べている健一は、自分が持っている箸を動かす。
「食いにくかったら箸でもええよ。好きなように食べるのが一番や……あ、そういやシュラインさん、兄貴から一万円返ってきたわ」
 メールで「兄貴が一万円返してくれない」と聞いていたシュラインは、麗虎に会ったときにさりげなく良心をぐさぐさ突き刺してきたのだが、返ってきたのなら良かった。健一が学校で巻き込まれていた事件も落ち着いて、今は普通に教室に戻っているらしい。
「健一さんも、お兄さんがいらっしゃるんですか?」
 はふはふと口を押さえながら零が聞くと、健一が頷く。
「ああ。ヘビースモーカーで、煙草代がないからって弟から金借りてくしょーもない兄貴が一人おるわ。血繋がっとらんけどな」
「私と同じですね。私のお兄さんも煙草を減らしてくれなくて、本当の兄妹じゃありません」
 じっ。六つの目が武彦を見る。
 そういえば零と健一にはそんな共通点があったか。何だか居住まいが悪くなったように武彦は煙草を消し、ビールを飲んだ。
「うん、これからはなるべく減らす。しょーもないとか言われたら困るし」
「しょーもないお兄さんなんです」
「ふふっ、零ちゃんったら」

 すっかりおなかいっぱいになり、健一の両親に挨拶をしてから三人は街に繰り出した。
「腹ごなしにちょっと歩こうか」
「零ちゃん、ウインドーショッピングしましょ。夏の服って色が爽やかでいいわよね」
 白や青系の爽やかなワンピースや、カゴなどの素材で出来たバッグ。そんな物を見たりしながら、シュラインは零にお好み焼きの感想を聞いた。
「美味しかった?」
 零がにこっと笑って頷く。それは命令された笑みではなく、心から喜んでいる表情だ。初めてであった頃はぎこちなく笑っていたり、食べ物を取らなくても動けるからいらないなどと言っていたが、今では普通に料理も作るし食事もする。
「自分で焼いて食べるのは、楽しかったし美味しかったです。健一さんとも、いいお友達になれそうな気がします」
 だったら良かった。しっかり者の妹や弟という点では二人とも似ているし、健一も「サービスするからまた来ーや」と言ってくれた。今度は零と二人で行くというのもいいかも知れない。
「おーい、二人ともこっち来いよ」
 少し先を歩いていた武彦が、シュライン達を呼ぶ。武彦が見ていたのは露店のアクセサリー売りだ。ネックレスやバングルの他にも、髪飾りなどが並べてある。
「このリボン、零に似合いそうじゃないか?」
 武彦が指さしたのは、水色のリボンの両端に白いレースが編み込まれている物だった。零の長い髪に良く映えそうな、綺麗な空の色だ。
「本当、零ちゃんに似合うと思うわ。買っちゃいましょうよ」
「でも……」
「遠慮するな。たまに兄らしいこともさせてくれ。妹ってのは甘えるもんだ」
 その言葉に、ちょっと驚いた顔をして。
 そして満面の笑みになって。
 そんな零につられ、シュラインも頬笑んでしまう。
「じゃあ、お兄さんに甘えます」
「よし。じゃあシュラインに結んでもらえ。俺がやると、縦結びになって格好悪いから」
 リボンを買ったあと公園の木陰にあるベンチに座り、シュラインは持っていたブラシで零の髪を梳く。
「ねえ、零ちゃん。別腹は大丈夫そう?」
「別腹ですか?」
「甘い物でも食べに行かない?ね、武彦さん」
 そう言ってウインクするシュラインに、武彦が笑って頷いた。

 蔦の絡まるビルと、古い木の看板。その看板を見上げ、零が小さく呟く。
「蒼月亭……でも、入り口には『本日貸し切り』って書いてあります」
「いいのよ。さ、入りましょ」
 ドアベルの音と共に開けると、店の中はいつもと雰囲気が違っていた。店内には四人がけのテーブル席が一つ。そこに白いクロスが掛けてあり、真ん中にはピンクのカーネーションが控えめに生けてある。
「いらっしゃいませ、蒼月亭へようこそ」
 カウンターの中からナイトホークがそう挨拶をする。
 時々シュラインや武彦がこの店に来ているのは知っているが、ここはこんな店なのだろうか……零がきょとんとしていると、近くから立花 香里亜(たちばな・かりあ)が出てきてスターチスやかすみ草などで出来た小さな花束を零に渡した。
「いらっしゃいませ。今日は零さんが東京に来た記念日代わりということで、ちょっと特別な蒼月亭です」
 それはシュラインと武彦が、零に内緒で計画していた事だった。
 零と初めて会ったのが夏の鳥島だったので、記念日には少し早いがその日が誕生日ということにして、前もってお祝いのスイーツなどを頼んでいたのだ。急に武彦が「今日は仕事休み」と言い出したのもそのせいで、上手い言い訳を思いつかなかったらしい。
 水色のリボンが揺れ、零が二人に振り返る。
「シュラインさん、お兄さん……」
 嬉しそうな零を見て、照れ隠しのように苦笑いをする武彦。
「ほら、座ろうぜ」
「今日はどんなスイーツが出てくるのか、楽しみね」
 カウンターから出てきたナイトホークが、零のために椅子をひく。全員が座ると香里亜が銀のプレートに八角形のケーキを乗せてやってきた。
「まずは『白ワインと桃のチーズセルクル』です。まだ他にもありますから、食べきれなかったらお持ち帰りして下さいね」
 小さなココット型に入ったチョコレートのスフレグラッセや、ベリーのミルフィーユ、中にカスタードクリームが入ったシフォンケーキなど、派手ではないが暖かみのあるスイーツ類の他に、ナイトホークがノンアルコールカクテルの「シンデレラ」などを目の前で作ってくれる。
 それはすごく優しくて、暖かい時間。
 零も嬉しそうにスイーツを食べ、幸せそうに頬笑んで。
 あの夏……始めて会ったときには考えられなかったが、それはちゃんと今に繋がっている。毎日色々あるけれど、零も自分達のように成長して、泣いたり笑ったりしている。
「すごく美味しいです。ナイトホークさん、香里亜さん、ありがとうございます。そして、シュラインさん、お兄さん……これからもよろしくお願いします」
 ぺこっと頭を下げ、また少し笑う零。その表情に、シュラインはバッグからポラロイドカメラと、ラッピングされた包みを出した。
「零ちゃん、開けてみて」
 中から出てきたのは、アンティーク調の写真立てだった。武彦とメールで相談し、記念に写真を撮って中に入れてプレゼントしようということにしたのだ。
「じゃあ俺が写真撮ろうか?記念写真なら、草間さんとシュラインさんと零ちゃん一緒じゃないとダメだろ」
 ふふっ。
 シュラインは悪戯っぽく笑い、カメラを指さす。
「大丈夫よ。このポラロイド、セルフタイマーがついてるから全員で写りましょ。零ちゃんはどうかしら?」
「はい。今日の思い出に、皆さんで写りたいです」
 嬉しそうに零が頷くと、香里亜は自分の頬を押さえて皆を見上げる。
「私も写っちゃっていいんですか?はうー、こんな事ならもっとおしゃれしておけば……」
「香里亜関係ねぇだろ」
 わいわいとやっているうちに武彦が、カメラの位置を決めたようだ。
「皆こっち向け……マスター一人妙に背高いから屈んで。よし、行くぞ」
 お約束通りに転んだりすることもなく、全員が笑顔でカメラのフレームに収まった。出てきたばかりで、まだ何も浮かび上がっていない写真をシュラインは零に渡す。
「はい、零ちゃん。また来年も写真が増えると良いわね」
「そうですね。この写真、ずっとずっと大事にします」
 夏は毎年来る。
 そして、その季節が来るたびに零と出会ったことを思い出し、そして新しい思い出が増えていく。零より先に自分達がいなくなってしまっても、その思い出はずっと零の中にあって。
「来年も楽しみです。その時はまた、お祝いしてくれますか?」
 その時もまた同じ場所……蒼月亭で。
 ここはずっと変わらず、同じように零を出迎えてくれるだろうから。
「コーヒーでも入れようか?」
「そうね、零ちゃんにナっちゃん王子さんの入れたコーヒーも、飲ませてあげたいもの。来年もまた一緒にお祝いしましょうね」
 香里亜と一緒に写真が現れるのを嬉しそうに待っている零を見て、シュラインは武彦と共に今日という日をじっくりと胸に抱きしめるように笑い合った。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
零ちゃんが草間興信所に来たお祝いということで、お好み焼きを食べたりリボンを買ったりして、最後蒼月亭で……という話になっています。NPC交流メールでも、お祝いの話が出ていましたので、それをネタにスイーツを用意したり、写真立てと写真のプレゼントなどを出させていただきました。
大切なお祝いを書かせて頂けて嬉しく思いました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。