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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


逝き遅れた人形

 黄昏の刻、太陽が一日の役目を終えゆっくりと西へと沈む頃。
 薄暗い店内のカウンターで、主である蓮は暇そうに紫煙を吐き出した。店内にあるのはアンティークの品々。だがどれも少なからず因縁を抱えている物ばかりだ。一つ二つと物好きな客が買っていく他は、眠ったように店内で飾られている。買い手がつかない品も少なくない。

「ん?……あぁ、やっぱり。また戻ってきちまったんだね、あんたは」
 古いランプの陰、隠れるようにして小さな人形が置かれてあった。両手に収まるくらいの大きさで、まだ幼さが残る少女の顔立ち。流れるような金髪に青い瞳、だがどこか悲しげな表情に見える。
「何度買い手がついても、こうやって戻ってくる。やれやれ……、困った子だよ。あんたの最初の持ち主は……とっくに死んじまったっていうのにさ」
 溜息混じりに蓮が呟く。その時だ、来訪者を告げる鈴が鳴り響いたのは。
「ちょうど良かった。あんたの望みってやつを叶えてもらおうじゃないか。上手くいったら、大人しく成仏するんだよ」



 最近流行の「人形」を記事にしようとアンティークショップを訪れた十四郎だったが、店主である蓮は多くを語らず、テーブルの上に置かれた少女の人形を指差した。
「……で、どうするつもりなんだい」
 煙管からふわりと紫煙を吐き出し、ワインレッドの瞳が興味津々といった様子で訊ねてくる。瞬き一つせず、ただ黙って座っている人形はそれでも、不思議な生気を宿していた。不気味、ではない。悲しみと哀しみを深く瞳に湛え俯く様子は、十四郎にはまるで、今にも泣き出しそうに見えた。
「心当たりはある。……俺しか知らない、秘密の場所ってやつさ」
「好きにするといい。この子もどうやら、あんたが気に入ったみたいだからね」
 ひらりひらりと片手を振り、蓮は二人を送り出す。十四郎は人形をそっと抱き上げると、表に停めてあった車へと乗り込んだ。

「あー……ったく。こーいう時に限って赤連続かよ」
 蓮の店を出てから数分。これで四度目の赤信号に十四郎はぼそりと呟いた。いくら運が悪いといっても、これは異常と捉えて良いだろう。それに加え、信号無視の自転車や老婆に何度かぶつかりそうになっている。もう少し判断が遅ければ接触事故を起こしていたかもしれない。
(……私を捨てに行くの?)  
 信号待ちの間、煙草のパッケージに手を伸ばしたところで奇妙な声が聞こえた。耳を通さず直接頭の中へ響いてくる少女の声。ちなみに聞き覚えはない。
「――ッ」
 恐る恐る助手席の人形に顔を向けてみると、自分の方を見つめる「彼女」と目が合った。驚き半分、ああやっぱりと思うのがもう半分。事故寸前までいく異常な不運は、行く道を邪魔する為の力だったということか。どくんと跳ねた心の臓を片手で押さえ、十四郎は道端に車を急停車させた。
「……お前か?」
(聞いているのは私。答えて。私を捨てに行くの?)
 真っ直ぐな青い瞳。人形と思えない程意思の強さで、視線が十四郎を貫く。
「もしそのつもりだったら、どこかのゴミ捨て場にでも投げてるぜ。……10分もすれば着く。もうちょい大人しくしてろ。悪いようにはしねぇから」
 決して丁寧ではなく、ともすれば乱暴にも聞こえる口調だ。また何かされるのかと内心ひやりとしたが、結局目的の場所に到着するまで、彼女は黙ったままだった。



「……さて、と。そろそろだな」
 到着したのはある山。途中までは車で行けるが、目指す場所までは少し歩かなければならない。可愛らしい人形を抱えてハイキングする28歳。そんな姿を見られたら、知り合いに何といわれるか。一応念の為と辺りを見回してみたが、山道に人気はない。夕刻も近付き、あと数時間もすれば夜の時間が訪れる。その前にどうしても到着しなくてはならない。
「よし。時間もばっちり。少し登るからな」
 車から離れて30分も歩いただろうか。山の中、小高く開けた場所に出る。十四郎がそう言って指し示したのは一本の老木だ。何十年、何百年と生きた大樹。
 ごつごつした幹に足をかけ登り、ひょいと上方の太い枝に腰を落ち着かせる。此処ならば遠くまで景色を見渡せるだろう。太陽は一日の役目を終え、西の彼方へ沈もうとしていた。音もなく真っ赤な夕焼けが広がり、木々や大地をオレンジ色に染めている。
「11年前」
 腕に人形を抱いたまま、一つ一つ言葉を選びながらそれでもしっかりと声にする。
「俺は大切な家族を亡くした。一人じゃない、全員だ。……たった一人。俺だけが、残された」
 昔話として語るにはあまりにも重い過去を思い出し、黒色の瞳をそっと伏せる。
(独りは嫌じゃなかったの?)
 人形は小さな指先できゅ、と十四郎の服の裾を掴む。開いた目を細め、ゆるりと一度だけ首を振った。
「……だから、一緒に逝こうとした。あの日、この場所で。でもできなかった」
 眼下に広がる景色はあの日と何も変わらない。朱色に染まりゆく空の下、日々を懸命に生きる命がある。何があっても、何がなくても、朝に目覚め夜に眠る。生まれては死ぬ命の螺旋。
「綺麗だろ? 夕焼けを見た途端、泣けてしょうがなかった……生きろって言われた気がしてな」
 あの時流した涙の温もり、夕焼けの暖かさをまだ覚えている。
「それ以来、何かあると必ずここに来た。俺が今まで生きて来られたのは、この山の景色と夕焼けのお陰なんだ」
 多少照れくさいのを小さく笑って誤魔化し、軽く頬を掻く。
(うん、綺麗。……とても綺麗よ、十四郎。夕焼けより何より、生きている貴方の姿が)
 夕焼けを青い瞳に映した人形が、鈴を鳴らすような声でいう。表情の変化などないはずなのに、何故か少しだけ笑ったように見えたのは気のせいだろうか。
 腕の中で微かに震えたかと思うと、人形は淡い光に包まれ始めた。急速に膨れ上がっていく光は、凍った氷がゆっくりと溶けていくように、春の温もりに似た優しい色をしていた。宿っていた魂が望みを満たされ、ここではない違う世界へと昇っていく。最初の持ち主が待つ遠い世界へと。


(ねぇ、聞いてもいいかな。……十四郎は今、独りじゃないの?)
 魂が離れる寸前、人形は確かにそう聞いたのだ。十四郎は軽く目を見開いた後、ふっと笑って唇を開いた。
「――俺は、」



 翌日のこと。太陽の日差しも落ち着いた午後の刻、十四郎はアンティークショップの扉を開いた。
「ほらよ。こいつは返す」
 荒い声とは裏腹に、硝子細工でも扱うようにそっと人形をテーブルに置く。
「おや、魂が消えてる。ちゃんと成仏したようだね」
 ひょいと人形を持ち上げ、蓮は目を細める。普通の人間に見えない何かなど、彼女はお見通しのようだ。
「お疲れ様。ゆっくり休んでおくれ。……といっても、その様子じゃ仕事で走り回ってるんだろうけど」
 報酬にと差し出された封筒を受け取ると、早くも十四郎はくるりと背中を向ける。中に入っているのは札束か怪しいネタの類か。どちらにしろ今の自分にとっては、大して違いはないように感じられた。緩やかな眠気で瞼が重い。
「最後に何か言ってたかい。この子は」
 扉に手を掛け、ふっとあの瞬間を思い出す。人は生まれおちる瞬間もまた死ぬ時も、限りなく孤独だ。けれど、生きている限り独りではない。
「……いや、別に」
 短くそれだけを返すと十四郎は扉を開け、外の明るい日差しの中に歩いて行った。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0883/来生・十四郎/男/28歳】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます。
 人形だけでなく、私自身もまた十四郎様に美しいものを見させて頂きました。 
 少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。またご縁があることを祈りつつ、失礼致します。