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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 悲鳴のレコード

 奇妙な客がやってきた、とアンティークショップ・レンの主は思った。奇妙な人間が集まるこの店の主が言うのだから、それは相当な変人と思っていい。
「で、これかい。そのレコードは」
「はい」
 その客――一見普通のサラリーマンだが、その目にはクマが出来ている。疲労が蓄積しきっている。
「悲鳴が聞こえるんだったね」
「はい。詳細は電話で話したとおりです」
 サラリーマン風の男は、かれた声で言った。
 このレコードはどこぞの骨董品店で購入したのだが、かけてみても悲鳴しか聞こえない。女の悲鳴がえんえんと響いているのだという。
「最初は、買ったものだし……不気味だけど、ちょっと聞いていようと思っていたんですが……」
 しかし、段々と変なことが起き始めたのだという。
 部屋でレコードを聴いていると、何かが空気中からぽとりと落ちる。見れば、ハエである。さらに後日その部屋を掃除すると、部屋の隅からゴキブリやらの死骸が出てきたのである。それ以後、その部屋でハエやゴキブリが出ることはなくなったという。
 それからまた聴いていると、飼っている犬が病気になった。
「妻は頭が痛いと言うし……娘は体調を崩して、今休んでいます。このレコードが原因じゃないかと思ってかけていないんですが……」
「状況はよくならないと。だからウチに売りに来たわけだね。わかった、引き取ろうじゃないか」
 蓮は薄く笑って言った。彼女の推測だが、もしかすると身体の小さなものから影響を受けていくのかもしれない。ハエなんかはすぐに死んで、身体の大きな犬は死ぬのに時間がかかるのかもしれない。
 かけると死ぬ、悲鳴のレコード。これを処理するのは骨が折れそうだな、と蓮は思ってしまった。


「ん? ああそうだ。自主制作盤、年代は……そうだな、十年くらい前か。悲鳴が延々と記録されているレコードだ。噂程度でかまわねえ…………チ。そうか、いや、いい。他をあたる。もしなにか聞いたら教えてくれ」
 ピ、と電子音をたてて携帯を切るのは、来生十四郎である。なかなか上手くいかねえなあ、などとぼやきつつ十四郎は次の知り合いに電話をかける。
「なあ来生弟。お前のコネクションの広さは知っているがね、肝心のレコードをいじらなくて大丈夫なのかい?」
「ちゃんと名前で呼んでくれや。それと最近の情報網の広さをなめちゃいけねぇ。一人に連絡するのは十人に連絡するのと同じ効果があるんだ。特に俺みたいな人望ある人間はな」
「は。人望、人望ねえ。兄貴のほうがありそうだが?」
「そりゃそうだろう」
 なにを今更、と十四郎は思う。彼の兄の四角四面で融通のきかない性格は、だからこそ信頼を勝ち得るものだ。
 ちなみに十四郎の信頼は、自分の足で地道に稼ぐものである。
「さて……いまんところ情報ゼロだがな、どうしたものかね?」
「私に聞かれても困るよ」
「とりあえずこのレコード持って帰って良いか? あんまりぼったくらないでもらいたいが」
「ああ、やるよ、どうせ私もタダでもらったものだ……まったく、タダより高いものはないねえ、本当に」
「同感だ」
 十四郎は苦笑して、不気味そうにレコードをつまむのだった。


 数日後、十四郎は再びアンティークショップ・レンを訪れていた。
「やあ、なにか情報はあったかい」
「おう、あったあった。その手の業界に手当たり次第に電話したがよ、まったく知らねえとさ」
「……それのどこが情報なんだい?」
「決まってるだろうよ。業界の人間が知らないっていう情報だ。まったく知らないんだぞ。つまりこれ、その辺りの人間がレコーディングしたヤツじゃないんだ。もう知ってる人間がまったくいないくらい昔のものか、あるいは本当に不気味に脈絡もなく出現した超常現象か、だ」
 苦い顔をする十四郎。文字通り世界で一枚のレコードなのである。
「どうしたもんかね」
「それがよ、このレコード引き取ってくんねえかな」
「……は?」
「いやな? レコードはアクセサリーとしては良いかなと思ってよ、部屋に飾っといたんだが」
 悪趣味だねえ、と蓮は言った。まあな、と十四郎は応じる。
「それでも……聞こえるんだよな」
「なにが?」
「悲鳴」
「捨てろ」
「戻ってくんだよ」
「そんなタチ悪いもの引き取りたくないね」
「げ、てめえ裏切りやがったな」
「は、商売人なめんじゃないよ。一度引き取った以上責任とってもらおうじゃないか。生憎こちらはタダであげたんだ。感謝されてもそんなもの押し付けられるいわれはないね」
「ぐああ、タダより高いもんはねえってこういうことかよちくしょう!」


 十四郎は、あらゆる破壊を試みた。
 ハンマーで割る、むしろ燃やす、あるいは埋める、さらに水底に沈める。どれも効果がなかったので、いっそ傷をつけて聞けないようにもしてみたが、まったく効果などありはしなかった。
「あー……ちくしょう」
 万策尽きて、十四郎は嘆く。蓮は遠くからそれを見ていたが、特に助けるつもりはないようだった。
「どうするんだい?」
「知らねー」
 そんなときである。十四郎の携帯がぶるぶるぶると鳴った。
「ああ、仕事の電話だ…………」
 疲れた顔で、応じる。仕事の電話となると顔つきが変わるのが、十四郎らしいと言えばらしかった。
「ん……? 電話、音?」
 そこで。
 蓮の頭に、良策が浮かんだのである。


 十四郎は、よく眼鏡屋の前にある、超音波洗浄器の前にいた。
「本当に大丈夫なのかよ?」
「音に関するものだからねえ。もしかしたらあまりのいやな音にぶっ壊れるかも」
「相殺するわけか……入らねえが」
「まあ一部だけでも試して見ると良いさ」
 蓮が苦笑しながら、十四郎を促す。


 結果として、破壊はできた。
 できたのだが――十四郎の手元には、レコードが残った事になる。
 いつ悲鳴があがるかと戦々恐々の十四郎だったが――結局は、部屋に飾っているのであった。




<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【0883/来生・十四郎/男性/28歳/五流雑誌「週刊民衆」記者】