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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


まよいみち、散策



 草間興信所からの帰路。
 守崎啓斗は途中の自販機で購入したコーヒーの空き缶を丁寧に専用のゴミ箱に投じ、ふと、そのゴミ箱の隣に開けていた小路に目を向けた。 
 アスファルトが真新しい。引かれた白線も暮れかけた風景の中に白々として明瞭に存在をアピールしている。
 視線だけをちらりと移して周りの景色を見やり、そこが歩き慣れた大通りであるのを確かめる。次いで改めて小路に顔を向けて小さく首をかしげ、小さくうなずいてから呟いた。
「……そういえば工事してたな」
 ひとりごち、大通りを数歩ばかり進んだところで足を止めた。
 小路の奥を覗き見る。大通りを満たす喧騒とは無縁の、ひっそりとした、品のある風景がそこにはあった。
 落ち着いた装いの喫茶店、規模は小さいながらも質の良さそうなものを並べた雑貨屋。並ぶ建物も真新しいものが多いようにも思えるが、案外と歳月を経た趣きをもったものもちらほらと見受けられる。
 歴史と現代とが見事な調和のもとに融合した、それゆえに不思議と居心地の良い空気を漂わせている街並み。
 ふと気付けば、啓斗はいつしかその風景の中に足を踏み入れていた。無意識の内に、その空気の心地良さにふらりと惹かれたのだろう。
 整備されたばかりの車道は両脇に街路樹が並べられ、夜の到来を報せる風に吹かれて静かに葉擦れの音を落としていた。
 歩道に敷かれているのはレンガ状の石畳で、ぽつぽつと点り始めた街灯が街並みの装いを更に品の良いものへと演出している。
 車の往行は大通りに比べれば随分と少なく、人通りも、決して少なくはないものの、やはり喧騒というものからは縁遠いものに感じられた。
 しばらくぼんやりと景色を眺め歩いていた啓斗だったが、すれ違ったカップルの視線がさりげなく自分に注がれていたのに気付き、その会話に耳を寄せた。
 ――学生よね
 ――あの制服、……高のだよ。オレの友達が通ってたトコだ
 ――へえ。でも可愛いわね、詰襟って懐かしい
 さわさわと揺れる夜風に似た囁き声を交わし、ふたりは啓斗の横をすり抜けてそのまま去っていった。
 しかし、その言葉を受け、啓斗は初めてはたりと歩みを止めたのだ。
「……」
 無言のままに片手を持ち上げて首もとに触れる。ついでに横目で隣の店のガラスを眺め、そこに映されていた自分のいでたちを確認した。
 きっちりと締めた詰襟の、洒落っ気など無縁の学生服。
 襟元に指を這わせて詰襟を正しながら、啓斗はその時ようやく”落ち着いた、小洒落た空気”にはそぐわない”学生服姿”であったのを再認識したのだった。
 一度気になってしまえば、あとはもう、その感情は見る間に加速していくばかりになってしまう。急ぎその場を後にしようとして振り向いてみたが、けれど、そこに広がっていたのは今まで足を踏み入れた事のない、まさに未踏の地の景色だった。
 まして、周りはもううっすらと夜の気配で満たされつつある。
 日暮れた中、未踏の土地を歩き進んで馴染み深い大通りにまで戻るのは、簡単なようで、案外と至難のわざだ。しかも、曲がる角曲がる角、どれも似たような風景ばかり。
 啓斗はよろよろと力なく足取りを進める。しかし、当の本人ですら気がついていないことなのだが、その足取りは確実に自宅のある方角へと向いていた。
 

 ◇


「弧呂丸さん、バックマネーの確認をお願いします」
 言われ、高峯弧呂丸は商品を並べている棚を掃除していた手を休め、振り向いた。
 シルバーアクセサリーを扱う店”NEXUS”に数年勤続しているベテランアルバイトの青年が、振り向き微笑んだ弧呂丸に向けて小さな会釈をみせている。
「はい、これを終えたらすぐに行きます」
 弧呂丸がやわらかな声音でそう応えると、青年は「了解です」と残し、きびすを返した。
 
 NEXUSは午後から棚卸しをしていた。オーナーはそんな地味な作業は自分向きではないからとかなんとか言って早々に帰ってしまい、残されたのはアルバイトが数人、それにオーナーの弟でもある弧呂丸だけだった。
 腹の底ではオーナーへの愚痴を全開にしていたものの、それを表立って口にしたりするわけにはいかない。
 弧呂丸はあくまでもやわらかな笑みを浮べつつ、むしろ自分の店であるかのような勢いで作業の流れを指示していたのだ。その指示の的確さのかいあってか、作業は実に手際よく終わった。

 掃除していた手を休め、ポケットにしまってあった(もしかしたらオーナーから連絡があるのではという、儚い希望は捨ててはいなかったのだ)携帯電話を抜き出して時計を確認する。
「……こんな時間か」
 呟きながら外の景色に視線を向ける。
 手際よく作業を進め終えたとはいえ、それでも始めてからたったの数時間で終わるようなものでもない。当然のことながら、外はすっかりと日没後の景色となっていた。
 バックマネーの確認を済ませ、昼の内に用意しておいた茶やジュースを事務所の冷蔵庫の中から取り出した。それをテーブルに並べ終えたのを見計らったように、再びアルバイトの青年が顔を覗かせた。
「弧呂丸さん、田辺っていうひとからです」
 言いながら電話の受話器を振る。
「田辺さんから? 何の用かな。……ありがとう」
 礼を告げて受話器を受け取る。
 青年はほんのりと頬を赤く染めてうなずき、受話器を弧呂丸に手渡すと、やはりばたばたときびすを返して店先へと姿を消した。

 
 ◇


 見慣れぬ風景をふらふらと歩く学生服姿の少年は、はたから見れば挙動不審な怪しい人物に見えたりはしないだろうか。
 そんなことを考えつつ、啓斗はふと足を止めて目を細める。
 こうこうと点された明かりに目が惹かれたのだろう。それはNEXUSという看板を提げた一軒の店舗で、啓斗が歩いていた歩道の向かい側、つまりは車道を渡った向こうにあった。
 とはいえ、車道といってもせいぜい二台すれ違う程度の道幅だ。しかも車通りも多くない。
 啓斗は小走りに車道を渡って、目についたその店舗の前で足を止めた。
 NEXUSというその店は、窺い見る限り、どうやら銀装飾品を扱う店のようだ。
 ドアには閉店の報せが提げられていて、確かに店舗内に客らしい人影は見当たらない。
 忙しなく動く従業員らしき人影を目に止めながら、なぜか啓斗はそのままぼんやりと店の中を見つめていた。
 と、そんな啓斗に気がついたのか、忙しく動いていた青年のひとりがふと啓斗を見据えて目をしばたかせた。が、だからといって何かを言うでもなく、かれはそのまま店の奥へと消えていった。
 それから数分後。青年に代わり姿を見せたのはやわらかな面持ちの、どこか凛とした空気をまとった男だった。
 男は青年に呼ばれて来たのだろう。啓斗を見つめ、丁寧に会釈をした後すぐにまた奥へと姿を消した。
「……」
 男の顔に奇妙な親しみを感じながら、啓斗はしばらく意味もなく止めていた足をようやく数歩ばかり進め、
「……あ、あのひとか……」
 呟きと共にすぐにまた振り向いた。

 店の中に見えた、やわらかな面持ちの男。
 啓斗はその男に見覚えがあった。確か依頼で何度か顔を合わせたことのある男だったはずだ。



 ◇


「弧呂丸さん、さっきのあの高校生、また来てますけど」
 作業を終え、皆で茶を飲み終えたとき、店の看板をおろしに行っていたバイトがひょっこりと顔を見せて弧呂丸を呼んだ。
「なんか、すごく怒ってるみたいな顔で睨んでるんですが」
 弧呂丸は紙コップの片付けをしていたところだったが、顔を持ち上げてうなずき、しばし手を止めてさっきちらりと確認した少年の姿を思い出す。
 なぜかは知らないが、店の中をずっと見ている高校生がいる。そう言われ、一度はその少年を見に行った。
 確かに、周辺ではあまり見かけない、学生服を身につけたままの少年だった。年はたぶん十代の半ばぐらい。学生服は大概どこの学校もデザインに大きな変化はない。校章を見れば知れるのだろうが、遠目ではさすがにそれも無理がある。
 店に用事があるのだろうかとも思ったが、さっき見た限りではそうでもなさそうだった。
「……?」
 やはり用事があるのかもしれない。
 付き合っている彼女に初めて贈る物を購入する時に、ああして店の前をうろうろと落ち着かない様子で歩き回る客も少なくない。
 弧呂丸は店のドアを押し開けて少年に向けて声をかける。
「うちに御用でしょうか?」
 訊ねながら改めて少年の顔を見た時、弧呂丸は思わず「あなたは」と落とすように続けていた。


 ◇


「すみません、啓斗くんだと気付かずにいました」
 申し訳なさげに微笑みながらコップを差し伸べた弧呂丸を見上げ、啓斗はひっそりと首を振る。
「いいえ、こちらこそすみませんでした」
 言って小さく頭をさげた。

 啓斗が通されたのはNEXUSの奥にある事務所、それとスタッフの休憩室を兼ねた部屋だった。
 来客用に使用されているものだろうと思しきソファに腰を落とし、啓斗は差し伸べられたコップを受け取り茶を口に運ぶ。


「啓斗くんのお家はこの辺りなんですか?」
 小さなテーブルを挟んだ向こう側に座った弧呂丸を見やり、啓斗は再び首を振った。
「近くはないんですが……」
「じゃあこの辺に御用があったんですね」
「っていうわけでもないんですけど。……新しく道が繋がっていて」
「ああ、ついこの間出来たみたいですね」
「散策がてら歩いてみようかと思って曲がってみたんです」
「ああ」
 啓斗の言の先を読んだのか、弧呂丸はぽんと手を打ってうなずく。
「もしかしたら道に迷いましたか? この辺りは結構似た建物が並んでいるから憶えにくいんですよ」
「はい」
 なぜか気恥ずかしい気持ちになって、啓斗は首をうなだれた。
 弧呂丸はやわらかな笑みを浮かべ、自分も茶を口にしながら時計を見る。
「もう少ししたら田辺さんもいらっしゃるはずです」
「田辺さん」
「ええ、あれ、啓斗くんも会ったことありますよね。ほら、パティシエの」
「……ああ、はい」
「この近くにお仕事でいらしていたそうで、ついでに寄っていくからと、さっき電話があったんですよ」
「そうなんですか」
 返し、啓斗は眼前に座る弧呂丸のいでたちを検めた。
「弧呂丸さんも洋服を着るんですね」
「え?」
 啓斗にそう言われ、弧呂丸は咄嗟に自分の服装を確かめる。
 NEXUSで仕事をする際にはわりと好んで身につけている、白いシャツにジーンズ。
「弧呂丸さんは和服を着ているという印象があるので」
 言い加え、啓斗はふと首をかしげた。
「ああ、そうですね。確かに。……店で仕事をする時に、さすがに着物というわけでもいかないですし」
「それは、確かにそうですよね」
 弧呂丸が穏やかな笑みを浮かべたのを見て、啓斗もまたわずかに目を細める。
「それはそうと、しばらく外で待っていましたよね。店に入ってきてくれたら良かったのに」
「それは……」
 言いよどむ啓斗に笑みを見せて、弧呂丸はふと席を立って啓斗に小さな会釈を残し、店へと足を向けた。

 確かに、結果的には意味もなく店内をガン見する形となっていた自分は、ある面ではかなりの不審者だったかもしれない。
 営業中でなかったのは幸いだった。もしも店内に客がいたり、あるいはこれから店に入ろうという客があれば、自分は間違いなく営業妨害になっていたかもしれないから。
 しかし、ただ挨拶するためだけに店に入り、何も買わずに帰るというのも、もしかしたら失礼にあたっていたかもしれない。というか、やはりここは何かひとつぐらい買っていくべきなのか。いや、しかし、店はもう閉まったはずだ。閉店後に買い物をするのもどんなものか。そもそも自分はアクセサリーはもちろん、銀装飾などといったものに接点を持ったためしがない。果たしてどのように使用(着用?)するものなのだろうか。
 ぐるぐると思考する啓斗の耳に、その時、聞きなれた男の声が届いた。
「学ランか。懐かしいな」
 言いながらどかりとソファに腰を落とした男の顔を見つめ、啓斗は小さく会釈をする。
「お久し振りです、田辺さん」
 田辺は大儀そうに片手を持ち上げて応えてみせただけで、あとはそのまま寝入ってしまいそうな風にずぶずぶとソファに沈んだ。
「お疲れですね」
 弧呂丸が横からコップを差し出すと、田辺は重たげに顔をあげてそれを見やり、礼もそこそこに茶を口にした。
「どこぞの社長夫人がご友人方をお誘いしてのホームパーティーだと」
「ホームパーティーで田辺さんに依頼を?」
「金さえ積まれれば、まあそういった場所にも行くわな。……それはまあいいんだが、ああいったオバチャン連中はどうにも苦手でなあ」
「それで、ここに寄って休憩していこうと思ったわけですか」
 弧呂丸が笑う。
 田辺はうっそりとした顔でうなずいて、それきり再びソファにずぶずぶと腰を落とした。
「そういえば、啓斗くん、今日は依頼を受けた帰りですか?」
「草間さんのところで」
「またアレな依頼か。草間んトコも大変だな」
「それはもう解決したんですか?」
「面子が良かったのか、比較的スムーズに」
「それは良かった」
 にこにこと微笑む弧呂丸にうなずきを返し、啓斗は視線を田辺へと向けた。
 田辺は首をばきばき言わせながら茶を啜っている。
「甘い匂いがする」
「そりゃそうだ。今日の客は皆さん生菓子をお好みだったからな」
「生菓子……」
「そうだ。確かおまえは生クリームダメだったよな。連中、生クリーム大好きでなあ。まさにどんだけ〜ってやつだよ」
「……」
 田辺から発せられる甘い匂いに眉をしかめた啓斗の隣に座り、弧呂丸がフォロー気味に微笑む。
「それで、草間さんはお元気ですか?」
「変わりなさそうです」
「そうですか。――ここしばらく忙しくて、あんまり顔を出してないんですよね」
「あいつぁ大概元気にやってんだろ。それより、おまえもいよいよアクセサリーなんかに関心を持ち始めたのか、少年」
「そうではなく、道に迷っただけのようで」
「へえ。それで偶然ここに」
「縁っていうんでしょうかね」
「ふうん。あー、それより腹へったな。弧呂丸、なんか出前でも取ろうぜ。オバチャン方がチップ弾んでくれたから奢ってやるよ」
「うわあ、良かったですね、啓斗くん。ついでに一緒に食べていくでしょう?」
「……ごちそうになります」
「あー、寿司喰いてえな、寿司。寿司の出前は」
「ありますよ。ただ、少ぅしばかり高級店で」
「金持ちばっかり住んでるからな、この辺。――ああ、これでいいや、特上。これ三つ」
「了解です」
 
 弧呂丸が寿司屋に電話をいれている間、田辺は暇そうにタバコに火を点けた。
 甘い匂いにタバコの煙の匂いが入り交ざり、微妙な空気を生み出す。
「俺もこの店で何回か買い物したんだが、ここの品はものがいい。プレゼントにするんならお勧めだな」
「だからそういうのじゃない」
「いやいや、将来的にでもな」
 意味ありげに笑う田辺を一瞥し、啓斗は気まずそうに目を泳がせた。
「お寿司、出来上がったらすぐに届けてくれるそうです」
「はやくしてくんねえかな。腹へったよ」
「お茶、淹れなおしますね」
 くすくすと笑いながら田辺と啓斗のコップを取って給湯箇所に向かう。
 弧呂丸の背を見ながら、啓斗はふと田辺に訊ねた。
「田辺さんはここで買ったものを誰かに贈ったりとかするんですか」
「あーあー、そういうのもあるかなー」
「そうですか? 前に田辺さんが女性もののブレスレットを買ってたのを見たことがありますよ」
「見たところ、自分用にはあまり着けていないようだし」
「あーあーあー、どうだったかな」
 目を泳がせ始めた田辺に弧呂丸が笑う。啓斗もつられて小さく笑い、次いで弧呂丸の首に揺れるネックレスに視線を向けた。
 ――なるほど、たまにはこういう買い物もいいのかもしれない。
「さーてと、寿司が来るまで俺は寝とくかな。来たら起こしてくれ」
「わかりました。おやすみなさい、田辺さん」
 弧呂丸が意味ありげに笑い、横目に啓斗を見る。
 啓斗も弧呂丸の視線を受けて同じようにわずかに頬を緩め、応えを述べるようにして目をしばたかせた。

 夜は長い。
 思いもよらず一同に会したさんにんの、かみ合っているようないないような微妙な会話は、それからももうしばらくの間ゆるゆると続くのだった。






Thank you for the order.
meet you by somewhere again.

MR   2007 08 06