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<東京怪談・PCゲームノベル>


GATE:05 『崩れゆく日常』 ―後編―



「正太郎君、ボクが聞きたいのはたった二つ。
 ミッシとムーヴ……彼女たちは本当に奈々子ちゃんと無関係なのか? そして、君たちは何を求めて数多の世界を渡り歩いているんだ? ここまできたんだ、正直に答えて欲しい」
 黙ったままこちらを凝視するオート。
 オートに構わず、成瀬冬馬は続けた。
「今の君達が、あの事件が原因でこのような事をおこなっているのだとしたら、俺も手伝わせてもらうよ。ムーヴがボクを狙っているのなら、囮には最適だろ。
 ……朱理ちゃんや正太郎君は、自分自身にあの事件の責任を感じてるのかもしれない。でもね、それを言うなら……俺のほうこそ罪は重い。朱理ちゃんに『奈々子ちゃんを任せた』と託され、そのうえ彼女に障りかねる災厄まで感知していたのに死なせてしまった……」
 辛い。あの時のことを思い出すと辛い。
 オートは微笑む。
「教えると言ったでしょう? 成瀬サン。
 菊理野サンが戻ってきたら、お話ししますよ」



「……確かに、何も知らずにいるって事は幸せなんだと思う。どこで何が起きても自分には無関係で、被害がないかわりに……何も知ることは、得ることはできない。
 ま、俺はそんなの御免だけどな!」
「…………」
 黙っているフレアに向けてニヤッと笑い、梧北斗は手にしていた帽子を彼女の頭にそっと被せた。そのまま彼女の頭を優しく撫でる。帽子によって、フレアの表情は見えなかった。
「今までのことが間違いだなんて思ってないし、俺は俺の信じた道を進みたい。
 フレアを助けたい。ここに居るみんなを助けたいんだ」
 それに……。
(俺の一世一代の告白を馬鹿げてるって言われちゃなぁ……)
 軽くヘコんでしまうが、まあそれはいい、今は。
「奈々……ミッシングとおまえがムーヴになぜ狙われるのか……勘だけど、ムーヴが狙ってるのって『記憶』とか『時間』? だったら余計にフレアたちだけに任せられないし、俺たちがいるからこそ新しい道が開けるかもしれないしな! だからさ、真実を……話して欲しいんだ!」
 ありったけの勇気を出して、自分の気持ちを話した。これで拒否をされてしまえば……立ち直れなくなるかもしれない。
 帽子のツバを押し上げ、フレアは神妙な顔つきで口を開く。
「……ここまできたら、もうやり直せない。いいだろう。菊理野が帰ってきたら、話そう、全てを」



 「おまちどうさ〜ん」と意気揚々と戻って来た維緒と、静かな菊理野友衛は居間に案内された。
 畳の部屋に6人もいればわりと狭い。
「ここにはいませんけど、もう一人、ミッシングという少女がいるのは皆さんご存知ですね?」
 オートはいつもと変わらない柔らかい口調で説明する。
「ミッシングは、フレアの半身です。彼女はフレアの分身と言ってもいいでしょう」
「半身?」
 冬馬が怪訝そうにする。それにしては外見が全く違う。
「『中身』がない状態なんです。言ってみれば、水筒ですね。中に水を溜めるためにフレアが作ったものなんです。
 彼女の存在を『固定』するために、フレアが持っている一ノ瀬奈々子との記憶を半分以上、流し込んであります。ただ……それはあくまで存在を固定するためなので、ミッシングは一ノ瀬奈々子ではありません」
「……違ったんだ……」
 冬馬は肩を落とす。北斗は北斗で首を傾げている。いまいちわかっていないのだろう。
「では、皆さんが会ったムーヴ。彼女の存在はですね……あなたがたからしても、善いもの、とは言えません。
 様々な世界を浮遊しては、気に入ったものを『収集』して『吸収』していくのが、その塊が、ムーヴの正体です。
 ムーヴ=キャッスル。誰がそう呼んだかはボクたちは知りません。彼女はまさしく絶えず動き続ける、移動する城そのもの。
 ……彼女はまず、あなたがたの世界でいう10年以上前に、フレアの前に出現しました」
 オートが、壁際で座っているフレアに目を遣る。彼女は帽子を深く被り、表情を見せないようにしていた。
「菊理野サンは知らないと思いますが、ボクたち三人は元々は人間でした。フレアは高見沢朱理。ボクは薬師寺正太郎という人間で、高校一年生の時に成瀬サンと梧クンに会いました。
 一ノ瀬奈々子さんは、人間だった時の仲間というか……仲の良い友達でした。フレアは親友でした。彼女は……ある廃屋で、落下した天井の下敷きになったんです」
 友衛にそう説明する。今までそれぞれから断片的に教えられていたことが、全て繋がったと友衛は思う。オートの説明は簡潔で、わかりやすい。
「話を戻します。ムーヴが現れたその頃、フレアはまだ高見沢朱理で、小学生でした。彼女はその頃、維緒とも会っています。維緒はムーヴを探していたんですよね?」
「まぁ、そんなもんやね」
 軽く言う維緒はへらへらと笑っていた。
「高見沢朱理は当時、どこにでもいるただの子供だった。けれど、潜在能力はあったわけです。それに目をつけたムーヴが、朱理さんを『収集』しようとしました」
「そ。で、オレがそれを助けたっちゅうわけやね」
「……それは結果だろ、単に。おまえはアタシを見捨ててさっさと消えた。アタシは廃工場で火事に巻き込まれ、なんとか生き残ったに過ぎない」
「見捨てたんと違うよ。放っておいただけやもん」
 維緒はなんでもないことのように言う。彼は興味のあるもの以外は本当にどうでもいいようだ。
 北斗はゾッとするしかない。幼い朱理はたった一人、火事の現場に取り残されたのだ。
「まあ、そこで一旦ムーヴは姿を消すわけですが、約10年後、再び朱理さんを狙って現れます。
 成瀬サンと梧クンは知っていますね? 一ノ瀬奈々子が死んだ、あの現場ですよ。怪しげな雲が、居たでしょう?」
「ああ! あれかっ!」
 なるほどと頷く北斗だった。
「ムーヴは本来姿らしい姿は持っていないんです。吸収した姿を好きに変えられますからね。
 ……ムーヴが狙ったのがフレアで幸いでした。執着したのが、フレアで良かったと今なら言えます。
 奈々子さんはそれに巻き込まれただけ。
 ムーヴはまだ成長途中にあります。肥大し続けていけば、軽く『世界』を丸ごと吸収する存在になりかねない。
 彼女は白アリのようなものです。ただ好きなだけ食べて、食べて、食べ尽くす。
 フレアに執着するから、『吸収した』奈々子さんの姿でうろうろしているわけです」
「吸収って……」
 冬馬の呟きに、オートは視線をそちらに向けた。
「天井に押し潰された一ノ瀬奈々子は、『皮』しか残っていなかった」
「皮……」
「顔も髪も、内臓も、本当に……何もかも奪われていました。瓦礫をどけた時に残っていたのは、ムーヴが残した『絞りカス』だけ。
 朱理さんは維緒に助けを請い、それからボクを連れて――まぁ、こうしてボクたちは今のボクたちに成ったわけです。
 ムーヴは不必要なものは捨てる癖があります。とにかくボクたちはそれを拾い集め、ムーヴを破壊することにしました。
 私利私欲のために始まった作業ですが、あなたたちにも無関係というわけではないのです」
 ずっと黙ったまま聞いている友衛、そして北斗と冬馬を、見えない瞳で見据えるオート。
「『今』はまだいいでしょう。ムーヴはフレアに目をつけている。けれど、目的が達成された時……おそらく次に狙われるのは、あなたたちの世界」
「……俺たちの世界だと?」
 友衛が目を細める。
「『ここ』は、『一年後』の世界。『一年後』になるであろう、一番確率の高い世界。
 ムーヴは、あなたたちの世界にある『不思議』を喰う気なんですよ」
 そんなことが可能なのかと、誰もが思う。
 ふいに、友衛が口を開いた。
「……それより、少し訊きたいんだが。
 一ノ瀬という女は、死んでいるのか?」
「死んどる」
「死んでない」
 ほぼ同時に維緒とフレアが即答した。フレアが維緒を鋭く睨んだ。維緒は肩をすくめる。
「ふつーの感覚では『死んどる』と思うけど」
「……相手がムーヴでなければな」
「……フレア、説明してくれるか」
 友衛の冷淡な声にフレアは頷く。
「ムーヴは喰ったものを消化しない。生き物とは違うからな。あいつの無限ともいえる胃の中に、全部、喰ったままの状態で保管されてるんだ。
 消化しないから、不必要なものは『吐き出す』んだ。
 アタシは、その『不必要』なもの……奈々子だったものを集めた。ミッシングはそれを貯めるための金庫みたいなものなんだ。だが、貯めていくにつれ、ミッシングは自我のようなものを持ち、外見が奈々子に変わり始めたんだ」
 フレアの『もしかしたら』という予感は、確信に変わった。
 ムーヴが吸収したものを全て取り戻せば、一ノ瀬奈々子は元に戻るに違いない。一縷の望みに賭けた、ということだろう。
 オートは静かに言う。
「ボクたちの目的は奈々子さんだったものを収集すること。
 ですが、ボクたちが所属しているところからの命令は、『ムーヴの破壊』なんです。
 ムーヴを探すついでに奈々子さんを集めて回っている、ということですね。まぁ、ムーヴの中にまだ奈々子さんの大部分はあるわけなので、最終的には破壊しなければならないのですけど」
「……維緒、以前は一人でムーヴを追っていたのか?」
 気になったらしい友衛の言葉に、維緒が照れ臭そうにはにかむ。……なんでそこでそういう顔をするのか謎だ。
 維緒は後頭部を掻いた。
「いやな、実はオレの相棒、ムーヴに喰われてんねん」
 てへ、と維緒が笑った。いや、そこは笑うところじゃないだろう。
 フレアとオートは身内の恥のように、複雑そうな表情でいる。
「『死んでる』のか?」
「奈々子ちゃんと違って、あいつは人間やないからね。まぁ、生きとるやろ」
「おまえは……その人を取り戻すために?」
 なんだか急に、維緒が普通のヤツに見えてくる。だが彼はすぐさま手を振って否定した。
「なんでそんなメンドいことせなあかんのよ。仕方なくや」
 ……ひどいヤツは、こいつのほうだ。この場にいる誰もがそう思ったに違いない。



 元の世界に戻った冬馬は、フレアと共に総合病院まで来ていた。
 彼女は迷いなく、真っ直ぐにある病室を目指す。
 プレートのかかっていない個室、だ。
 引き戸を開けて中に入るフレアに、続いた。
「……………………」
 心電図の、音。
 全身が包帯に包まれている人物は、かろうじて呼吸しているようだ。かろうじて、生きている、ようだ。
 冬馬を見遣った後、フレアはベッドに横たわるその人物を見つめた。
「……見せたくなかったんだ。成瀬さんはさ、奈々子のこと……大事に想ってくれてたから」
 フレアが顔を伏せる。
「肉体の『中身』は取り戻せたんだ……。ちゃんと心臓も動いてる。……生きてる、だろ?」
 微かな、掠れた声で言うフレアは唇を噛み締める。
「包帯がとれないのは、さ……顔とか、なくて……のっぺらぼうみたいなんだよ。はは……ミッシングに貯めてるのは、記憶とか感情とか、そういう類いのばっかりで、『容姿』じゃないんだ……」
「朱理ちゃん……」
「こんな姿っ……成瀬さんに見せたら、奈々子が嫌がるだろうって……」
 涙を落とすフレアは、必死に感情を抑えていた。涙が、頬に流れて、顎から落ちる。
 フレアは、朱理はいつでも奈々子の味方だった。きっとそうだ。奈々子だって、こんな姿を晒したくはないだろう。自分が奈々子の立場だったとしたら、誰かに見せたいとは思わない姿だ。
 顔をあげたフレアは、朱理だった時の面影を残していた。割り切れない気持ちを、無理矢理抑えつけている表情だ。
「……じゃ、アタシ行くよ。成瀬さんは、気が済むまでここに居てくれたらいいから」
 引き戸を開けて出て行くフレアを視線だけで追う。
 残された冬馬は、ベッドに近づいた。
「奈々子ちゃん……」
 ただ人の形をしているだけの、奈々子。
 こんな……こんな姿でずっとここに居たのか?
 こんな状態の奈々子を前にして、フレアはどんな気持ちでいたのだろうか。
 彼女に「なぜ教えてくれなかったのか」と責める気持ちは萎えた。自分とフレアの立場が逆なら、きっと自分もそうするだろう。
 朱理に、こんな奈々子を見せたくはない。
 ベッドの傍に佇み、冬馬は彼女を見下ろす。恐る恐る手を伸ばす。
 頭部にそっと触れる。包帯で隠されているが、髪が短いのがわかる。ミッシングとほぼ同じくらいの長さだろう。
 どれほどの年月をかけてフレアが、オートが、「奈々子」を少しずつ取り戻していったのかわかる。
「……生きてるよ、奈々子ちゃんは」
 心臓が動いている。植物人間と同じだろうと言われるかもしれない。けれど違う。
 いま、目の前にいる彼女は、彼女の友人たちが必死に集めた欠片を繋ぎ合わせたものなのだ。
 諦めないと、誓った……!
(絶対に諦めない……! 必ず、助けるよ……!)
 奈々子の手を持ち上げ、握りしめる。爪がないのがわかった。泣きそうになる。
 親友のために人間であることを捨てたフレア。彼女の苦悩がわかるようだ。痛いほど、気持ちもわかる。
(本当なら、朱理ちゃんは正太郎君も巻き込みたくなかったんだろうな。やむを得なかったってことか。
 ボクだってそうする……。犠牲は必要最低限で……)
 あ、と思った。
 奈々子が元に戻った時、フレアは彼女の戻る場所を守りたかったのだ。
(そうか……! だから誰にも言わなかったのか)
 フレアはもう戻れない。彼女は朱理には戻れないのだ。それはオートもだ。
「任せたよ」
 と、あの時に聞いた朱理の言葉が蘇る。
 もしも、奈々子が『戻った』ら……「任せた」よ。
 奈々子が戻ってきても、そこには彼女を支える朱理も、正太郎もいない。冬馬は託されたのだ。
 知られずにいたかったというフレアの気持ちが、今はとてもよく理解できた。
(……ムーヴはボクを狙ってる……。ムーヴはコレクターのような気質があるんだろうな。何か、ボクに何かがあるのか……?)
 それが何かはわからない。けれど、重要なことなのだろう。きっといつか、わかる時がくる。
「奈々子ちゃん……まだ、言ってないことがあるんだ」
 気持ちを伝えていない。
 自分が、奈々子を失ったことであれほど荒れるとは思わなかった。彼女は自分にとって大事な存在なのだ。
 お互い、少しずつ近づいていたという感じではあった。彼女は自分のことを、少しは特別に感じてくれているだろうか? 異性としてみてくれているだろうか?
 あの時の夢は、あの夢に出てきたのは、きっと奈々子本人だったのだ。彼女はきっと、近くにいたのだ。
 諦めないで、と伝えてきた。
(諦めなくて、良かった……!)
 強く手を握り締める。そして語りかける。
「俺も頑張るよ……。キミがここに居るってわかったんだ。これからは、暇さえあれば、来るから。寂しくないよ」
 違う。そうじゃない。そんなことを言いたいんじゃない。
 冬馬は顔を伏せた。歯を軋ませる。
「……傍に、居るよ……あの時のような気持ちは、もう御免だ……!」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2711/成瀬・冬馬(なるせ・とうま)/男/19/蛍雪家・現当主】
【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【6145/菊理野・友衛(くくりの・ともえ)/男/22/菊理一族の宮司】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、成瀬様。ライターのともやいずみです。
 隠されていたことが明かされ、奈々子のもとに辿り着くことができました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!