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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


逝き遅れた人形

 黄昏の刻、太陽が一日の役目を終えゆっくりと西へと沈む頃。
 薄暗い店内のカウンターで、主である蓮は暇そうに紫煙を吐き出した。店内にあるのはアンティークの品々。だがどれも少なからず因縁を抱えている物ばかりだ。一つ二つと物好きな客が買っていく他は、眠ったように店内で飾られている。買い手がつかない品も少なくない。

「ん?……あぁ、やっぱり。また戻ってきちまったんだね、あんたは」
 古いランプの陰、隠れるようにして小さな人形が置かれてあった。両手に収まるくらいの大きさで、まだ幼さが残る少女の顔立ち。流れるような金髪に青い瞳、だがどこか悲しげな表情に見える。
「何度買い手がついても、こうやって戻ってくる。やれやれ……、困った子だよ。あんたの最初の持ち主は……とっくに死んじまったっていうのにさ」
 溜息混じりに蓮が呟く。その時だ、来訪者を告げる鈴が鳴り響いたのは。
「ちょうど良かった。あんたの望みってやつを叶えてもらおうじゃないか。上手くいったら、大人しく成仏するんだよ」



「これが例の人形だよ。どうだい、トヨミチ」
 アンティークショップの主である蓮は、そっと人形を取り上げ差し出してくる。
 今度手がける演劇の参考になればとバイト帰り店に立ち寄ったのは良かったが、蓮と世間話をする内、話が思わぬ方向に向いてしまった。元よりこの店は、「闇」と何の縁もない一般人が気軽に来られる場所ではない。客にしろ迷い人にしろ何らかの縁或いは能力を持っていなければ、店の存在を認識することさえ不可能だ。HAPPY−1の代表にしてバイト三昧の三葉トヨミチもまた然り、他人の思考と同調させ自由にメッセージを刷り込ませる共感能力者の一人。人の精神に関する能力の為、使用には慎重を要するが、今のところ使い方を間違えたことはない。
 仮面にも似た眼鏡をくいと上げ、トヨミチは人形を受け取る。
 青い目に軽くウェーブのかかった金色の髪。中世の幼い子供が着るようなドレスを身に纏い、無表情ながらも見目は可愛らしい。けれどトヨミチには人形の瞳に込められた哀しさを感じ取り、ほんの僅かに眉を寄せた。
「古い物のようだね。人の手が触れて随分経つ?」
「この子が作られたのは、あんたが生まれるずっと前さ。……似合うじゃーないか。ホント、綺麗な顔が二つ揃ってると絵になるねぇ。目の保養になるよ」
 などと軽口を叩きながら、蓮はふわりと紫煙を吐き出す。店の中は不思議な香が交じり合っていて、古い書物や怪しげな干草が飾られている辺り、魔女の店かと疑いたくもなる。
「蓮君、それは褒め言葉として受け取っておくよ」
 顔色一つ変えず、むしろそんな蓮の言葉を楽しんでいるようにトヨミチは返す。くすくすと笑いながら肩を竦める店主を一瞥し、深呼吸を一度、人形と向き合い目の高さにまで持ち上げた。
「兼業役者としてはどんなシチュエーションだろうと絵になると言われるのは嬉しいものさ。……それじゃ、ちょっとやってみようか」



 トン、と小さな人形と額を合わせてみる。
 人ではない存在だが、この店に置かれているものだ。普通の人間よりも探りやすいかもしれない。思考という表面の殻を通り抜け、深層にある意識にまで潜り込んでいく。何があるのか、何が見えるのか。両の目は閉じる。必要なのは見ることではなく、視ること。
「……、……」

 最初に浮かんできたのは白い花だった。広い屋敷の庭園、良く晴れた日。青い空に爽やかな風が吹いてくる。
(お父様、本当にこれ貰ってもいいの? ありがとう、大事にするね)
 日本ではない。どこか遠い異国のようだ。人形と同じ金髪の少女が喋るのは恐らくヨーロッパのある地方で使われている言語。耳で聞けば意味を理解するには難しいが、今はその心配もない。
(可愛い妹ができたみたい。そうだ、私。湖に行ってくる。この子にも見せてあげるんだ)
 花のような笑顔を浮かべ、少女は人形を抱き締めた。

 それから先の映像は、少々心痛むものだった。幼い子供から大人の女性へと成長していく過程、時の流れ環境の変化により何かが薄れ変わってしまう。学園に入りたくさんの友人に囲まれ、少女は「姉妹」とさえ言った人形を抱くことも少なくなっていった。そしてある日、人形はいつもの子供部屋ではなく、狭い屑篭の中で目を覚ます。犯人は持ち主ではなく、屋敷で働くある女。部屋を掃除したついで、もう必要ないだろうと悪意もなく捨ててしまったのだった。

「……気付かなかったのか」
 普段触れないものだから、部屋からなくなっても少女は気付かなかった。そして大人になり思い出す頃になっても、そんなこともあったと懐かしく思い出すだけだろう。
 トヨミチは目を開き、小さく呟いた。

 すっと眼鏡を外し、コト、とテーブルの上に置く。
「あの日のことを覚えてる? 太陽の光が水面に反射して、きらきら光ってたよね」
 優しく人形を腕に抱き、台詞を口に乗せる。台本は自分自身の中。
「……」
 人形は何も言わない。瞬き一つせず、作られた無表情のまま。
「私だけが知ってる秘密の場所。他の誰にも教えたことなんてなかった。……キレイだったね。とても。あの後の水遊びで、服が濡れて怒られちゃったけど」
 気恥ずかしいように少し笑った。人形の金髪を指先で撫で、何度も繰り返し手櫛で梳く。
 するとどうだろう。人形が滑らかな動きでトヨミチの顔を見上げ、こくんと頷いたのだ。
「雨の日、一人で留守番していても怖くなかった。貴方といられて毎日、楽しかった。……ごめんね。あんなところに置き去りにして」
 硝子細工でも扱うようにけれど愛しさを込めて、人形を胸に抱く。 
「もう、いいんだよ。……一緒に行こう」
 人形だけに聞こえるように、耳元で囁く。

(……ありがとう)

 青い瞳から透明な涙が一筋、頬を伝い落ちる。細い少女の声で、そう言うのが聞こえたような、そんな気がした。



 零れた涙を指先で拭ってやり、トヨミチは寂しげに人形を撫でる。
「成仏したようだね。上手くいったってのに、どうしてそんな顔してるんだい」
「最初の持ち主も、始めは大切にしていたのに……成長するにつれて、彼女の存在を忘れていった」
 テーブルに置いておいた眼鏡を取り、元のように掛ける。
「寂しさが未練となっていたのだろうと。……幕引きはこんな具合でどうかな」
 事の成り行きを見守っていた蓮は、はっとしたように顔を上げる。それは芝居を見終えた観客の顔だった。
 壁に掛けられた時計を見遣り、トヨミチはそれじゃと短い挨拶を向けて出口へと向かう。そろそろ稽古の始まる時間だ。準備時間を含めれば、早いということはない。

 蓮は「人形」を受け取り、やれやれといった様子でくしゃりと前髪を乱す。そこに魂はもう存在しない。売り物として扱っても、これなら問題ないだろうと安堵の息を吐き出している。 
「その下、本当の素顔ってやつを見てみたい気がする。――大した役者だよ、あんたは」
 店から去り行くトヨミチの背中に、蓮はそう言って声をかける。

「この世はすべて舞台、男も女も役者に過ぎない」BY.W.シェークスピア、『お気に召すまま』よりってね」
 ひらりと片手を振り、そう言ってトヨミチは最後のカーテンコールに応じた。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6205/三葉・トヨミチ/男/27歳】


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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございました。
演劇や共感能力に触れて描いてみましたが、如何でしたでしょうか。
少しでもお楽しみ頂ければ幸い。それではまたのご縁を祈りつつ、失礼致します。