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<PCゲームノベル・6月の花嫁>


絡操仕掛けの花嫁



1.
 きしり、という音を立てて蓮の目の前にいるソレは差し出されたカップを受け取り、紅茶を口にした。
 その仕草は優雅ではあったが何処かぎこちなく、作り物めいてみえる。
 ──いや、めいているのではない。
 目の前にいる『彼女』は、造られたモノ……人形なのだから。
「それで、あたしにどうしろって言うんだい?」
 紅茶のカップをテーブルに置いた『彼女』に蓮はそう尋ねた。
「……わたしには、時間がありません」
 やはりぎこちない口調で、『彼女』は答えた。
 少し動くたびに、きしり、きしりという耳障りな音が聞こえる。
「ヒトを模して造られたわたしですが、もう、時間切れです」
 間もなく自分は壊れるのだと『彼女』は悲しむでもなく答えた。
「ですので、最後にやってみたいことを叶えたいと思ったんです」
「やってみたいこと?」
 訝しげにそう蓮が問えば、『彼女』はやはりぎこちなく、けれど先程までより何処か柔らかく微笑んだ。
「わたしは、『女』として造られました。ですから、最後に『女』のもっとも幸せなとき、というものを味わってみたいんです」
「幸せかい? 人それぞれだと思うけどね……あんたが思う幸せっていうのは何なんだい?」
 蓮の問いに、『彼女』は微笑んだまま口を開く。
「結婚、です」
 思いがけない言葉に、蓮は自分が持っていたカップを取り落としそうになった。
「聞いたことがあります。女性は誰かを愛するとき、愛されるときが一番美しく、そして花嫁となったときがもっとも幸せだと」
 それも人にもよるよとは、今度は蓮にも言えなかった。
 これは、『彼女』の最後の願いなのだ。
「相手の方に、本当に愛されたいとは思いません。けれど、形だけでもわたしは『花嫁』をやってみたい」
 心は、わたしには理解ができませんからと言った『彼女』の言葉を何処まで本気で受け取って良いものか蓮は思案したが、しばらくして頷いた。
「わかったよ。こういうのはあたしの仕事じゃない気もするけど、あんたの頼みというのなら妥当だろうね。とびきりの相手を探してきてあげるさ」
 そう言って、蓮は『彼女』に優しく微笑みかけた。

「……意外と見つからないもんだねぇ」
 探してくると答えて数日後、蓮は考えあぐねた顔でそう呟いた。
 知り合いやそういうことに顔が利きそうな者に声をかけておき、蓮自身も探しているものの、なかなかこれという相手が見つからなかった。
 最後の願いだからとはいえ人形に付き合うような者はどうにも簡単には現れてくれないようだ。
 しかし、そんな薄情な理由より最後の願いだからこそそのような悲しい役にはなれそうもないという声のほうが多かったのだが。
 こういうのはやはりそんな感傷的なものとは無縁で、しかし暇を持て余しているような相手を探したほうが良いらしいのだが、できれば見栄えのほうもそれなりにはしたい。
「碧摩さん!」
 と、そんなことを考えていた蓮の店にその声が元気よく響いた。心なしか普段よりも息が上がっている気もする。
「注文通りの、見てくれだけは人並み以上で暇人の成人男性を連れてきましたよ!」
 その声と同時に見た光景に、蓮は一瞬呆気に取られた顔をしてから言った当人である律花に返事をした。
「……そりゃ、こいつら以上の暇人なんてそういういないだろうけどさ」
 他にもっと良い奴はいなかったのかい? と思っている蓮の目の前には律花に襟首を掴まれている黒川と灰原の姿があった。


2.
「僕は別に暇人だとは思っていないんだけどね」
「ボクはそういうのは無理だと言ったんですけど」
 くつくつと相変わらず人を馬鹿にしているような軽薄な笑みを浮かべている黒川と、その横では灰原が困り果てた顔でどうしたら良いのかわからず蓮や律花のほうを見ていた。
「なんで、よりにもよってこいつらなんて連れてきたんだよ」
 一方蓮のほうも呆れたように律花にそんなことを聞いたが、律花の答えは至極明快なものだった。
「この二人のフォーマル姿なんて、今を逃したら一生見られないかもしれませんからね」
 それはそうだろうけどねぇと蓮も思いながら、少々ばたついた空気に驚いている『彼女』のほうを遅まきながら見て念の為尋ねる。
「見てくれは、まぁ悪くはないけど……こんなのでも良いかい?」
 問われた彼女のほうは連れてこられた者がどういう連中であるのかを知らないこともあり微笑んで頷いた。
「私の我侭にお付き合いしてくださる方でしたら、私に異存はありません」
 だが、ここでひとつの問題が持ち上がる。
「それで……どちらが私と式を挙げてくださるのでしょう」
「あ」
 その疑問に、蓮は肝心なことを失念していたことに気付いた。
 花婿役はひとりで良いのだ。なのにいま、ここにはふたりいる。
「どちらが……かい?」
 さて、どちらのほうがマシなのだろうと候補者がひとりも見つからなかったときよりも蓮は考え込む羽目になってしまったが、律花はあっさりとひとつの案を出した。
「そんなのどちらかに花婿をやっていただき、残ったおひとりは花嫁さんの父親役になっていただけば良いだけじゃないですか」
 どうやら最初からそのつもりでふたりともを連れてきたらしい。
「……花婿か父親ですか?」
 どちらも自分には縁がない単語だと思っているらしい灰原は頭を抱えているが、黒川は意地の悪い笑みを浮かべてやはりあっさりと答えた。
「では、僕が父親役を努めさせてもらおう」
 花婿はともかく父親になる予定は一切ないしね、などと白々しく言った黒川に対して律花も別段つまらない論議をするつもりはないらしく頷いて灰原を見た。
「なら、灰原さんが花婿ですね」
 反論する隙など与えない律花の言葉でふたりの役は決まり、早速式の準備に取り掛かることとなった。
 他に当てがないというのも理由のひとつだが、更に言うなら彼女に残された時間も少ないのだ。
「碧摩さん、そういえば彼女のお名前はないんですよね?」
 花嫁となることが決まった『彼女』を別室に連れて行く途中、律花は蓮にそう尋ねた。
「そうだよ。名前を覚えてないんだ」
「では、スワニルダというのはどうですか?」
 律花からの提案に蓮はしばらく考えたような顔になった。
「コッペリアじゃなく、スワニルダなのかい?」
 律花が提案した名前は人形に恋した青年とその恋人の物語からだとはわかったが、スワニルダは人形の名ではなく青年の恋人のものだ。
「そのほうが良いだろうと、黒川さんも言われたので」
『彼女』に名前がないことは蓮から先に聞かされていたので、律花はいろいろと名を考えていた。
 そこで浮かんだのがバレエ『コッペリア』のことだったのだが、人形である『彼女』にスワニルダと付けるのは些か皮肉かもしれない。
 だが、コッペリアは劇中で壊されるがスワニルダは恋人と結ばれる。だから、そちらのほうと思ったことには花嫁となる『彼女』が一時でも幸せになれるようとの希望も込めてある。
 二人を連れてくる道中、律花はその考えについて黒川に聞いてみたが、いつものように皮肉げに笑いながら律花がそう思うのならそれが良いと賛同してその案を後押しする形となっている。
「……ま、壊されちまう人形の名前をわざわざ付けることもないね」
 蓮も肩を竦めてはみせたものの、そう言ってから笑顔を『彼女』に向けた。
「というわけで、あんたはスワニルダだ。わかったかい?」
『彼女』──スワニルダがそれを拒むはずもなかった。
「式は教会で行うんですか?」
「この店でっていうわけにもいかないからね。人目に付かない場所を知ってるんだ」
 蓮がそう答えたのを聞いてから、律花はにっこりと笑って蓮とスワニルダを見つめて口を開いた。
「では、ブーケは是非私に下さいね?」
 その言葉に、意外なことを聞いたという顔で蓮が律花を見た。
「へぇ、あんたでもそんな女らしい願いがあったのかい?」
 そう聞いた言葉が嫌味からではないのはわかっていたので、律花も至極当然という顔で笑顔のまま答える。
「ジンクスにでも頼らないと、私の王子様は書物か知識になってしまいそうですから」
 そりゃ納得だと蓮も肩を竦めて見せた。


3.
「おや、意外と似合いの二人になったじゃないか」
 準備を整えた後連れて行かれた人気のない教会の中、蓮のからかうような声にスワニルダは嬉しそうに微笑み、灰原は困っているのか照れ臭いのか判断が付きかねる顔をして横に並んでいた。
 新品のドレスというわけには生憎といかなかったが、そこはアンティークショップの腕の見せ所だ。
 出自は不明でも下手な新品よりもずっと見栄えのするドレスを蓮はしっかりと用意しておき、それがまたスワニルダにはしっくりきている。
 やや華奢なスワニルダと小柄な灰原の組み合わせはバランスもそれなりに取れ、律花が思っていたよりも灰原のフォーマル姿は着せられている感がやや拭えなくはなかったが、それほど違和感もなかった。
 だが、ひとつだけ律花の不満が残っている。
「……黒川さん、どうしてそのままなんですか?」
「堅苦しい服は性に合わなくてね」
 平然とそう答えている黒川の服装はいつもと同じ黒尽くめだ。
「主役は花嫁とその夫だろう? 派手でなければ父親はこのくらいでも問題ないさ」
「悪目立ちをしている気もしますけど?」
 律花がそう言っても黒川は着替える気はないらしい。
「まぁ、良いじゃないか。カップルのほうはそれなりにできあがったんだから上出来だよ」
 不満そうに律花が駄目元と思いながら再度申し出てもやはり黒川は応じる気がないらしく、蓮も律花に諦めろと首を振ってみせる。
「そいつが素直に乗るわけもないじゃないか。式に出てくれるだけマシということにしておいてやろうさ」
 いまだけはね。そう言い置くことは、しかし蓮も忘れてはいなかった。
「さぁ、新郎新婦はできあがりだ。式を始めるよ」
 蓮の言葉と同時に式は始まった。
 うらぶれた教会に参加しているものは花嫁たちを含めても五人というのは些か寂しいものがないこともなかったが、それは花嫁の華やかさが十分補っていた。
(形だけなんて言っていたけれど、花嫁になればこんなに変わるのね)
 幸せそうなその姿を見ていた律花はつい見惚れながらそう考え、小さく息を吐いた。
 人を模している人形だからというだけではないだろう。『花嫁』というものは、どうやら律花が知っているつもりだったものよりも随分と人を──いや、人とは限らずに変えてしまうもののようだ。
 清楚な花嫁になりきっているスワニルダと、彼女よりもすっかり緊張した体で付き合っている灰原という光景も、律花には微笑ましいものに感じられた。
 普段よりは控えめにしているものの、やはり何処か誠実さに欠ける笑みを浮かべている黒川も、式の妨げになるほどではない。
「黒川さんが新郎役じゃなくて正解でしたね」
 取り合わせなどを見ながらやや皮肉に聞こえるように律花はそう囁いてみたが、黒川はにやにやと笑ってみせて目は式の主役である二人を眺めている。
 誓いの言葉を交わす場面、進行役の蓮がややからかうような問いに、困り果てた顔を一瞬しはしたものの、灰原は聞こえるかどうかという声で「はい」と返し、スワニルダも無論笑顔で同じように答える。
「よし、これでふたりは夫婦に決まった。さぁ、誓いのキスだよ」
「え!? それもするんですか!?」
 すっとんきょうな声を上げた灰原の言葉など、無論誰も聞いていない。
「灰原さん、きちんとやってくれないと式が成立しませんよ」
 律花も蓮の言葉を後押しするようにそう声をかけると、ますます灰原が困り果てた顔で囃し立てているふたりを見た。
「どうして二人ともそんなに楽しそうなんですか」
「だって、式がちゃんと進んでくれないと私がブーケをもらえませんから」
 半分は冗談のつもりだったが、いまの律花は本心からこの花嫁のブーケを受け取りたいと思うようになっていた。
 結婚願望からではなく、これだけ幸せな彼女のお裾分けをもらえるということがひどく光栄なものに思えたからだ。
「さぁ、早く」
 律花の言葉に、灰原は意を決したような顔になり、数秒後、蓮や律花の盛大な拍手と黒川の小さいが揶揄剥き出しの口笛が教会に響いた。
「これで後はブーケトスだけど、先の約束もあるし投げる必要はないね。直に幸せのお裾分けといこうじゃないか」
 蓮の言葉にスワニルダも頷き、笑顔で律花へ手に持っていたブーケを差し出した。
「ありがとうございました、律花さん。今度は、貴方が幸せに」
 その言葉に、律花は一瞬虚を突かれた顔になったが、すぐに差し出されたブーケを受け取った。
(本物の、花嫁になってる……)
 受け取ったブーケと花嫁を見つめながら、律花は思わず漏れる溜め息を止められなかった。
 だが……
「あ…ラ……?」
 急に、彼女が床にへたり込んだ。
「どうしたんですか!」
 慌てて律花が花嫁の手を掴み、形ばかりだったつもりの灰原も慌てて腰を屈めてスワニルダを心配そうに見つめる。
「スワニルダさん、どうしたんですか」
 そう律花が再び聞いたとき、きしり、という音が聞こえてきた。
 ひどく軋んだ機械が最後に鳴らすような厭な音。
(そうだった、『彼女』は……)
 律花が手に持ったブーケを落とさずにじっと見つめていた『彼女』は幸せそうに微笑みながら──その活動を終えていた。
「時間切れ、だね」
 ぽつりと、蓮がそう呟いた。


4.
「やぁ、浮かない顔をしてるじゃないか」
 数日後、アンティークショップに顔を出した律花に、蓮はいつも通りの口調で声をかけてきた。
「ご無沙汰していました。やっぱり、ああいう最後は納得ができなくて」
「あぁ、あの花嫁だね」
 言いながら、蓮は店の出自不明どころか使用方法も見当がつかない品々の整理をしていた。
 スワニルダの最後を見届け、蓮がその身体を引き取ってから今日まで、律花はアンティークショップに顔を出す気になれなかった。
 あれほど幸せそうな顔をしていた『花嫁』があんなところで止まってしまうことで式が終わったことが律花にはどうしてもやりきれない。
「幸せだったんじゃないかい? 望みが叶って花嫁になれて、あんたみたいな子に本気で祝ってもらえたんだから」
「そうかもしれません。でも、やっぱり納得ができません。ブーケを私はもらいましたけど、それはもらった当人が幸せのままでないとこちらにもそのお裾分けが来ないものじゃないですか」
 ブーケはきちんと残してある。だが、それを見るたびにやるせない思いが沸きあがるのも止められなかった。
 そんな律花の様子に、蓮はなにかおもしろそうににやにやと笑っている。
「そんなに不満に思うこともないさ。スワニルダはいるしね」
「え?」
 蓮の言葉に律花がきょとんと目を向けると、ちょうどティーセットの置かれた盆をこちらに持ってくるところだった。
「ほら、スワニルダだよ」
 盆を置きながら、蓮はそう言って『それ』を律花に示してみせた。
 そこにはティースプーンを支えているような形になっている小さな人形があった。花嫁の形をし、顔立ちに律花も覚えがあるものだ。
「碧摩さん、これは?」
「だから、スワニルダだよ。使えそうな部分があまりなくてね、こんな小さくはなったけれど花嫁は依然健在ってことさ」
 掌に収まるくらいの人形は、その蓮の言葉に応えるようににこりと笑ったように見えた。
「もうひとつ、いいことを教えてやろうか」
「なんです?」
 蓮の意味深な言葉にそう尋ねてみれば、蓮は意地悪く(それは何処かの男になんとなく似ている)笑みを浮かべて口を開いた。
「余った部品でね『花婿』のほうも作ってやったんだよ」
 その言葉に、律花は一瞬考えてから、つい笑い出してしまった。
「じゃあ、おふたりはいまだに夫婦なんですね」
「当たり前じゃないか。あたしの前で誓ったんだからね、その場限りなんて承知するもんか」
 今度ふたり揃えて見せてあげるよと言われ、律花は人形の『花婿』と当人のほうを思い浮かべて微笑みながら紅茶のカップに口を付けた。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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6157 / 秋月・律花 / 21歳 / 女性 / 大学生
NPC / 碧摩・蓮
NPC / 黒川夢人
NPC / 灰原純

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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秋月・律花様

お久し振りです。
この度は『6月の花嫁』に参加いただきありがとうございます。
襟首掴んで黒猫亭の暇人をふたりとも連れてきてしまわれるプレイングにはついくすりと笑ってしまいました。
あの二名に対する傍若無人な振る舞いはまったく問題ありません。
どちらかはお任せということで、半ば案の定灰原に花婿役を努めさせましたが、黒川がフォーマル着用を拒否する形になってしまったのはよろしかったでしょうか。
最後、『彼女』ことスワニルダは機能を停止したところで終わるつもりだったのですがブーケをもらった本人がその当日停止というのも受け取られた側にはどうかと思い、姿は少々変わりましたが一応『彼女』はまだいるという形にさせていただきました。
お気に召していただければ幸いです。
またご縁がありましたときは、よろしくお願いいたします。

蒼井敬 拝