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<東京怪談ノベル(シングル)>


男の世界?

「はうー、やっぱり取れないかな……」
 その日は立花 香里亜(たちばな・かりあ)にとって、色々なことが重なった日だった。
「夏だからボーナスの一つも出さねぇとな。いつもご苦労さん」
 と、サプライズで金一封と書かれた封筒に入ったボーナスを貰ったこと。少し早上がりだったので、夕方に買い物に出たこと。
 そして通りすがりのゲームセンターのクレーンゲームで、可愛いぬいぐるみを見つけてしまったこと。
「むー、やっぱり私が下手なのかな。でも、クレーンゲームの商品って売ってるところ知らないしー」
 それは、とあるテレビゲームに出てくる白い猫のぬいぐるみで、香里亜の好きなキャラだったりする。ペットボトルについてくるおまけなら簡単に手に入るのだが、プライズ商品はなかなか手に入らない。運が良ければ誰かにもらうことがあるぐらいだ。
 今日もちょっと欲しいなと思い、千円札を崩して何度か挑んでいるのだが、やり方が下手なのかなかなか取れる気配がない。でもそのアロハを着た猫が可愛くて……。
「あんまりお金使うと、普通にぬいぐるみ買えちゃうし……でもプライズ限定に心惹かれるー。欲しいなー」
 そんな事を思いながら、クレーンゲームに張り付いていたときだった。
「こんばんは、お嬢さん。お仕事の帰りですか?」
「ほえっ!」
 突然ガラスに香里亜以外の姿が映り、優しげな挨拶がかけられる。吃驚しながら振り返ると、そこには笑顔の矢鏡 慶一郎(やきょう・けいいちろう)が立っていた。すっかり油断しきっていたので驚いたが、香里亜はぺこりと頭を下げて挨拶をする。
「こんばんは。今はお買い物の帰りだったんですけど、これに捕まってました。矢鏡さんは、お仕事帰りですか?」
「いえ、蒼月亭に行こうと思っていたんですが……よろしければ、この前のお話のお礼に私がぬいぐるみを取ってさしあげますよ」
 にこっと慶一郎が目を細める。
 香里亜には以前、心霊テロに関する情報をもらったこともある。クレーンゲームは昔もよくやっていたし、こういうのを欲しがるというのが女の子の可愛らしいところだ。
「いいんですか?難しいですよ」
「大丈夫ですよ。あのぬいぐるみでいいんですよね」
 ゲーム機の中にあるアロハを着た白猫のぬいぐるみを指さすと、香里亜はこくっと頷く。
「はい。でも、結構手強いですよ」
 まあ、簡単にホイホイと取れてしまっては、ゲームセンターとしても困るだろう。クレーンゲームは、ボタン二つだけでアームを操り景品を取るという、大変簡単極まりないものであるが、そのぶん何かと奥が深い。
「さて、始めましょうか」
 札を崩して小銭を作る。そして慶一郎は、まずウォーミングアップ代わりに、別のクレーンゲームにコインを入れた。こっちは、香里亜が欲しがっている白猫のキャラクターが大きく描いてあるバスタオルが景品だ。
「あれ?矢鏡さん」
「心配しないで下さい、別のゲームでこの店の傾向を見るだけですから」
 客に景品を取らせる気のない渋い店は、アームがぐらぐらするほど弱くなっていたりする。そして景品の並べ方も、アームを通す隙間がなかったりと、悪質なところは割とあるのだ。
 プロはまずウォーミングアップを欠かさない。慶一郎は的確な場所にアームを移動させ、景品を掴み……。
「うわぁ、すごいです。お上手ですね」
「これぐらいは慣れですよ。これも香里亜さんに差し上げましょう」
「ありがとうございます」
 よし。まだ腕は鈍っていないようだ。
 クレーンゲームもかなり極まってくると「欲しい」から取るのではなく「取れそう」だと思うとコインを入れてしまうようになる。結果別に欲しくもないぬいぐるみやフィギュアなどが増えるのだが、これもある意味狩りだ。クレーンゲームが廃れないのは、そういう人間の底にある、狩猟本能を刺激するからなのかも知れない。
「では本命に行きましょうか」
 最初の弾はコイン三枚。まあこれだけあれば、商品の並べ方から行くと取れそうなのだが、出方を見るには必要だろう。
 だが……。
 一回目、アームからぬいぐるみが滑り落ちる。
 二回目、降りたアームがポイントからずれている。
「難しいですか?」
 さっきは易々とバスタオルを取ったのに、やっぱり難しいのだろうか。バスタオルも貰ってしまったし、無理だというのならそれはそれで諦めてもいいのだが、慶一郎は真剣な表情でクレーンゲームを見ていた。
「あのー、矢鏡さん?」
「コイツは私が出会った中でもベスト5に入る魔物ですな……」
 久しぶりだったのと、最初の相手が楽だったので、相手を甘く見ていた。
 クレーンゲーム機には癖がある。アームが降りるときに微かに右にずれたり、掴む力が左右均等ではなかったり。意図的にそうしている部分もあるのだろうが、機械の癖として残っている場合もある。
 そして、これはかなりの強敵だった。
 左右のアームの力が限りなく弱い。かといって全く掴めないわけではなく、景品をホールドしてバランスを取らなければ滑り落ちるという、計算された弱さだ。そして動きが読めないセンターポール。これが奥にいったり手前にきたりで、プレーヤーの視線を定まらせない。慶一郎風に言うなら上手い攪乱役だ。
 そして微妙に歪んだガラスに、絶妙な位置にある照明。横から覗いて位置を探らせないためか、大変見えにくくなっている。
 おまけに出口の近くにある大きなぬいぐるみ。運良くひもやタグがアームにかかったとしても、これにかすれば落ちてしまう。他のクレーンゲームとは違う『気迫』のような物を感じる。
「まずは道を作りますか……」
「は、はい」
 慶一郎は自分で気付いていないようだが、すっかり「狩る者」の眼差しに変わっている。ここまで真剣に、緊張感を持ってやられると、香里亜も流石に「お金がもったいないから今度にしましょう」とは言いにくい。もし仮にそれを慶一郎に言ったとしても、納得しないだろう。
「物をずらすぐらいは出来ますか」
 チャリン。コインがクレーンゲームに吸い込まれ、アームに魂が宿る。高く積んであるぬいぐるみに引っかからないように、目的の物を移動させるべく障害物を避ける。そのギリギリのミッションに、慶一郎は口元で笑った。
「これはやり甲斐がありますな」
 こんな手強い相手は久しぶりだ。難しい爆弾を解体するような綱渡りの緊張感。
 あまりに真剣なその表情に、周りの客や店員も注目し始める。
「はうう……」
 ちょっとぬいぐるみが欲しいと思っていただけなのに、何だか大変なことになってきた。
 するとゲームセンターの制服を身に纏った眼鏡に細身の中年が、慶一郎へと近づいてきた。これで取りやすく並べ替えるサービスとかしてくれたら、香里亜としては大変ありがたいのだが。
「あ、あなたは!精密機械のような正確無比なアームコントロールで、全国のゲームセンターを震撼させた義足のK!」
 左胸に『店長』と書いたバッジを付けた男は、慶一郎を見て驚いたようにこう言った。それに気付いた慶一郎が、顔を上げてふっと笑う。
「フ……それは昔の話ですよ」
「いえ、私のように長くこの商売を続けている者からすると、伝説になるのは早いようですな」
 この雰囲気は何だろう。
 何となく二人のやりとりに、香里亜はぽつーんと置いてけぼりになった気がするが、無理に追いついてはいけないような気がする。昔のスポーツドラマっぽいノリだ。
 だが、店長は慶一郎を褒めた後、不敵に笑う。
「しかし、コイツは私の最高傑作ですよ……現役を離れた貴方に攻略ができますか?義足のK」
 キラ……と、照明に合わせて眼鏡が光る。
 賑やかな音楽と、ゲームに興じる人たちの中でここだけが異様な空間だ。
 ……面白い。
 そこまで言うということは、店長には「絶対に取らせない」という自信があるのだ。そして他のクレーンゲームは単なるおもちゃに過ぎず、これこそが彼の技術を尽くした会心の一台なのだろう。
 ならば、それを攻略するのが自分の役目だ。表情には出さずに、静かに心の奥で沸々と炎を燃やす。
「お手柔らかにお願いしますよ」
 そして少し後ろでぽつんと自分を見つめている香里亜に、慶一郎はこう言って笑った。
「ある大泥棒の孫曰く『男には自分の世界がある……』と言ったところですかな」
 何だか男の人はよく分からない。
 要するに慶一郎と店長にとっては、己の世界をかけた勝負なのだろう。空を駆ける流れ星のように、燃え尽きるまで光らないと多分終わらない。
「が、頑張って下さい」
 でも、こんな設定のクレーンゲームばかりのゲームセンターだったら、あんまり儲からないような気が……とは心で思っても言わないでおくことにした。もしかしたらマニアがいるかも知れない。
「香里亜さん、弾丸を追加してきてくれますか?」
 千円札を一枚出し、慶一郎は香里亜に両替を頼む。
「あ、私も小銭ありますよ」
「いえ、自分の弾で勝負しなくては、彼に勝ったことにはなりません。あと十発で決めます」
「ほほう、残り十回で取る気ですか?」
「最後の一発でも急所に当たれば私の勝ちですよ」
 男の人が持っている「自分の世界」とやらは、何だかすごいんだかすごくないんだかよく分からない。けど、女の子な自分は口を出してはいけないような感じがひしひしとする。
「お嬢さんには申し訳ありませんが、取らせませんよ」
「可愛い女性に意地悪するとは、野暮ですね」
 場所が場所なら、すごくシリアスなのだろうが。
 何となく小さくなりながら、香里亜は慶一郎にそっと小銭を手渡した。
「はい、両替してきました」
「ありがとうございます。さて、行きますか」
 本命をゲットするための道は出来ている。あと必要なのは、アームの左右のバランスが景品を介して釣り合う丁度いい角度なのだ。それはある意味黄金律とも言える。
「ターゲットの猫は体に比べて頭がかなり大きい。寝ている物を取れば頭の方が重くて、するりと抜け落ちる……ならば、立ったポーズの物を掴むしかない」
 まるで、ロボットアームを使い遠距離から手術をするような正確さで、ます慶一郎は浮き輪を体につけた猫のぬいぐるみを狙った。それがアームに掴まれ浮き上がると、見ていた客からどよめきが起きる。
「ターゲットとは違いますが、これで私の考えていることが正しいと言うことが証明できそうですな」
 不敵に微笑む慶一郎。
「しかし、それは別の物でしょう。これでは私が負けたことにはなりませんよ」
「……そう焦らなくても、あるだけの弾で決めるのがプロですよ。香里亜さん、これも差し上げましょう」
「あ、ありがとうございます。はうう……」
 いつから慶一郎はクレーンゲームのプロになったのか。
 浮き輪つきの猫を香里亜に渡すと、慶一郎はコインを使って少しずつ目的の物の姿勢を変える。立った状態の物を、一気に掴まねばずり落ちる。しかし、どう頑張っても景品が取れないという、あこぎな商売をしているわけではなく、クレーンゲームのテクニックを研究してこうなったのだ。バランスが取れればアームから物が落ちないということは、今ので証明された。ならばそれを見極める目と、正確にアームを操れる腕が必要なわけで。
「………」
 ざわめいているはずなのに、水を打ったような緊張感。
 弾の残りも少ない。全部打ち切らずに、余裕を残して決めなければ。慎重に縦と横の位置を確認する。アームとセンターポールの癖も読めた。
 チャリン。コインが落ちる音共に、慶一郎はニヤッと笑う。
「これで終わりだ!」
 今まで掴めそうで掴めなかったアームが、頭をつかみその形で浮き上がった。止まったりする反動にもびくともせずに、そのまま景品口へと向かっていく。
「くっ!しかし最後にあるぬいぐるみをどうします?」
 そうだ。
 景品口の近くには大きなぬいぐるみがいる。心配そうに見つめている香里亜に、慶一郎はふっと優しく頬笑んだ。
「安心して下さい。これで終わりです」
 刹那。
 ぬいぐるみの足下が触れ、アームが揺れる。だがアームから外れたぬいぐるみは景品口へと斜めに滑り落ちる。
「最後の大きなぬいぐるみ……障害かとも思いましたが、それを壁代わりに利用させて頂きました。ターゲットは捕獲しましたよ」
「………」
 そんな慶一郎に店長は少しだけ溜息をつき、無言で去っていく。
「店長さん……」
 呼び止めようとした香里亜の目の前に、慶一郎はぬいぐるみを差し出して止めた。
「背中で泣くのも男のロマンですよ」
「ロマンですか……」
 勝ったとは言え、苦い勝利だった。香里亜の手前自分の弾で……などと言ってしまったが、正直ぬいぐるみ二個としては結構痛い金額だ。これで決まらなかったら、人の弾を借りることになってしまうわけで。
 店員から貰った袋にぬいぐるみなどを入れた香里亜が、慶一郎を見上げてにこっと笑う。
「ぬいぐるみ、大事に飾りますね。蒼月亭に行く途中なんですよね?」
「その予定でしたが」
「じゃあ、お礼にコーヒーご馳走します。バスタオルのお礼です」
「………」
 女性からの申し出を断るのは、よろしくない。それに可愛い女の子から感謝されるのも、男の世界としては上等だ。
「では遠慮なく頂きましょうか」
 ……男の世界とは、何気ない日常にも転がっているらしい。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
クレーンゲームの前で、ぬいぐるみを欲しがっている香里亜と遭遇し、昔の血が騒いだら実は……というプレイングから、話を書かせて頂きました。
実際クレーンゲームは極めると、欲しいから取るではなくなりますよね。途中香里亜を置いてけぼりにして、スポコンマンガのようになってました。場所が変わるとシリアスなのですが、大まじめな慶一郎さんが素敵です。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。