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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


桜桃の実る頃

「つまらないものですが、どうぞ皆様で召し上がって下さい」
 その言葉と共に高峯 弧呂丸(たかみね・ころまる)に手渡されたのは、籠に山盛りになったさくらんぼだった。
「美味しそうですね、ありがとうございます」
 高峯家には毎日多数の来客がある。その多くは心に何かを抱えていたり、体の不調を訴えたりする者たちで、弧呂丸はその者達の悩みを聞いたり、時には秘伝の薬を調合し提供したりしている。そうして元気になったお礼に……と、感謝のつまった手みやげに、弧呂丸は感嘆の声を上げた。
 今が旬、朱紅に色づいた甘そうなさくらんぼ。溢れんばかりの小さな果実に感謝の意を示しつつ、弧呂丸はありがたく頂戴した。これを持って来てくれたのは、先日体の具合が悪いと相談に来ていたさくらんぼ農家の人で、自分の所で収穫した自慢のものだという。
「高峯さんのおかげで、今年もいいさくらんぼが作れました」
「いえ、私は体が治ろうとしているのを手助けしただけですから。元気になったのは貴方の力ですよ」
 元気になって良かった。
 こうして良くなったという報告があると、やはり嬉しい。金銭などは必要以上に受け取らない弧呂丸も、こういう心のこもった手みやげは断らないことにしている。まして自分の所で収穫したというのなら、遠慮せず受け取らなければ。
「では、また何かありましたらいらして下さい」
「はい。来年来るときは相談ではなくて、もっと美味しいさくらんぼを持ってやってきます」
 その姿を見送った後、弧呂丸は籠に盛られたさくらんぼに目を細めた。
「たくさん持って来ていただいて……」
 さて、高峯の者で頂くにはかなりの量だ。家族と使用人で食べてもまだ余る。このまま置いていて痛んでしまっては勿体ないし、何より持って来た人に悪い。
「どなたかにお裾分けしようか」
 ガラスの器を出し自宅のぶんやお供えのぶんを選り分けていると、弧呂丸はふとあることを思い出した。
 瑞々しく二つ連なる果実。
 それは、以前依頼で知り合った守崎(もりさき)家の双子を連想させる。同じように見えても少し違う色合い。そして今が旬と艶やかに光を浴びている姿。
「啓斗(けいと)くんと北斗(ほくと)くんなら、きっと美味しく頂いてくれそうですね。他にも一緒に何か持って行きましょうか」
 弧呂丸は携帯電話を開くと、早速啓斗に電話を掛ける。
 出来れば新鮮なうちに味わってもらいたい。都合が良ければ、この足で直接守崎家に向かうことにしよう……。

「わざわざありがとうございます。どうぞ上がって下さい」
 守崎家に着いた弧呂丸を迎えたのは、兄の啓斗だった。北斗の方はまだ帰っていないのか、家には気配がない。
「こんにちは、啓斗くん。北斗くんはまだ学校から帰っていないのですか?」
 玄関で下駄を揃えながら聞くと、啓斗が小さく溜息をつく。
「大方学校帰りに何処かで寄り道でもしているんでしょう。今、お茶を入れます」
「あ、その前にこちらを。二人で召し上がって下さい」
 さくらんぼと、取れたての野菜などが入った風呂敷包みを手渡すと、啓斗は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、助かります」
 守崎家は啓斗と北斗の二人暮らしだ。だが北斗がやたら食べるので、家計を預かる啓斗は毎月頭を抱えている。なのでこうして野菜や果物などを貰うと、本当にありがたいらしい。
 やはり、啓斗の方に連絡をして正解だったようだ。高峯家でも毎日色々来客から貰うのだが、それを全て自宅で消費しきれないし、かといって毎回近所の人にお裾分けというのもお互い気を使う。喜んでくれる人の所に行くのが一番だ。
「粗茶ですが、どうぞ」
「いえ、お構いなく」
 暖かいお茶が入り、弧呂丸は啓斗と静かな静かな空間を愉しみつつ話をする。高峯家も日本家屋だが、守崎家も見事なものだ。日に日に色を変えていく紫陽花などが咲く庭を見つつ、弧呂丸は入れ立てでほのかに香るお茶を啜る。
「北斗くんはお元気ですか?」
「ええ、あいつは夏バテも関係なく元気です。毎日元気に夜遊びして困りものなぐらいで」
 ぼそっとぶっきらぼうに言っているが、それはまるきり拒絶の言葉ではない。
 弧呂丸が双子のように、啓斗と北斗も双子だ。自分が弟で啓斗は兄という違いはあるが、突っ走りがちの兄弟を止めるという立場は変わらない。
 その溜息混じりの言葉が何だか微笑ましくて、弧呂丸は目を細める。
「でも、北斗くんはまだ健全ですよ。私の兄から比べたら、可愛いものです」
「食べる量も、同じぐらい可愛くなってくれればいいんですが……」
 憎まれ口を聞いているぐらいが、兄弟は丁度いい。あまり仲が良すぎるのを見せるのは気恥ずかしいだろうし、かといって沈黙されても困る。
 そうしていると玄関の引き戸が勢いよく開けられ、廊下をばたばたと走ってくる音が聞こえた。どうやら北斗が帰ってきたらしい。
「兄貴ただいまー。腹減った……っと、どうもこんちはー」
 北斗は学校の制服も脱がずにその場にカバンを放り出し、テーブルの上に乗っているさくらんぼをひょいと口に入れる。
「北斗、手ぐらい洗ってこい」
 二個目をつまもうとした北斗の手を、啓斗がぴしゃりと叩くが、北斗はニコニコと笑ったまま弧呂丸に向かって嬉しそうに笑った。
「このさくらんぼ甘くて美味い!あ、手なんてそんなに汚れてないから、洗わなくても平気だよ」
「そうじゃなくて、礼儀として手を洗ってこいと言っているんだ」
 弧呂丸に対してだと敬語で話す啓斗も、北斗相手だといつもの口調に戻るようだ。帰ってきたことで急に場が賑やかになり、さくらんぼを食べながら北斗はヘタを手で弄ぶ。
「これ口ん中で結べると、キス上手いとか言うよな。兄貴出来る?」
「そんな事、やろうと思ったこともない」
「んじゃ、あん……痛てっ」
 あんたと北斗が言おうとした途端、啓斗が思い切り北斗の頭をはり倒した。スパーンと気持ちのいい音が居間に響く。
「ちゃんと礼儀正しく、高峯さんと呼べ。高校生にもなって子供か、お前は」
「いいですよ、どう呼んでも」
 目の前でやりとりを交わす高校生の二人を穏やかに見つめ、弧呂丸は心の中でこんな事を思う。
「私と兄が十七歳だった頃とは、随分と違うな……」
 弧呂丸が高校生だった頃は、毎日が高峯の核弾頭たる兄との壮絶な戦いだったような気がする。暴力と薬に溺れる兄を追いかけ、出口の見えない喧嘩を繰り返しては張り倒されるような日々。それでも食らいついていったのは、何故兄がそこまでして荒れ、高峯家から……いや、自分から離れようとしているのかの理由が知りたいからだった。
 結局、二十歳を超えるまでその壮絶な争いは続き、お互い「そんな事もあった」と言えるようになったのはつい最近だ。
「自分達もこうであったら、今頃どうなっていたんだろう」
 当時の弧呂丸が願っていた、兄との理想的な関係。
 こうして何気なく話をし、時々兄弟喧嘩をして、それでもやはり仲が良くて。もう手に入らないであろう時間を、つい仲の良い啓斗と北斗に重ね合わせてしまう。
 今は普通に話せると言っても、兄と自分の関係は一歩加減を間違えれば壊れてしまいそうな、危ういバランスの上に成り立っている。お互いそれが何となく分かっているからこそ、薄氷を踏むように接しているのかも知れない。だからまだ、弧呂丸は何故あの時兄が荒れていたのかの理由を聞けないでいる。
 弧呂丸がそんな事を思っていると、唐突に北斗が黙り込んだ。
「どうしました、北斗くん」
「………!」
 喋らずに北斗はジェスチャーで何かを言おうとしている。そんな北斗に啓斗は呆れかえったように溜息をついた。
「北斗、お前口の中でさくらんぼのヘタを結ぼうとしているだろう」
 こくこく。
 北斗が一生懸命頷く。なるほど、道理で静かなわけだ。そのうちぺっとゴミ箱にヘタを出し、ごそごそとサクランボを漁り始める。
「ヘタが短いとダメだな。もう少し長いの……」
「懲りてないのか。結べてどうする気だ、お前は」
 お目当ての長いヘタのついたさくらんぼを指でつまんだ北斗は、分かってないというように、にやりと啓斗に笑った。
「テクがないよりあった方が良いじゃん。こういうのはロマンだってーの」
「……使う相手もいないのに」
「………」
 そんなやりとりが、弧呂丸は羨ましい。
「さくらんぼはたくさんありますから、好きなだけ挑戦するといいですよ。私も子供の頃やってみようとしたことがあります」
 まあ、それはまだ兄と確執のなかった小学生の頃の出来事なのだが、それは置いておくことにしよう。目を細める弧呂丸に、北斗がにっと笑い返す。
「なんだ、あ……じゃない、高峯さんもやったことあるんだ。結べた?」
「子供の頃なので出来たかは覚えてませんが、夢中になりすぎて舌の先が痛くなったことだけは覚えてます」
 長いヘタを北斗はまた口に入れ、それに繋がっていたのを啓斗に渡そうとする。だが啓斗はそれをつまんで、そのままゴミ箱にぽいと捨てた。
「兄貴もやれよ!」
 口の中にヘタを入れたまま北斗が騒ぐ。
「子供か、お前は。ああ、北斗が頑張っている間に煎餅でもいかがですか?今ならゆっくり食べられますから」
「ちょっ、俺のぶんも残しといて。夕飯前でハラペコなんだって」
 もう戻らないとは分かっているが、やっぱり二人が羨ましい。
 だが、こうして仲良くしている二人にも、もしかしたら自分には分には想像もつかないような悩みや苦しみが、あるのかもしれない。
 血は水より濃いという。
 だからこそ繋がりあい、切ろうとしても切ることが出来ず、一生ついて回る。
 弧呂丸は、まだ啓斗や北斗のことをよく知らない。祈祷をしたらそんな事も見たりも出来るのだろうが、それは友人にやってはいけないことだ。自分が兄との壮絶な過去を二人に話していないように、きっと二人にも自分が知らない何かがある。
 何も知らず教えないまま、付き合っていくかも知れない。
 お互いの過去を話し合うときが来るかも知れない。
 それは結局「縁」であり、時間や付き合いが何とかしていくだろう。自分と兄がそうだったように、時間が上手くお互いの角を溶かしていくこともある。願わくばそんな風に、啓斗や北斗と付き合っていくことが出来れば……。
「啓斗くんは、しっかり者ですね」
 弧呂丸の言葉に、菓子盆を置いた啓斗がふいと横を向く。
「北斗はうっかり者だし、俺が財布を預かっていないと、本気で一月の食費を三日で食い尽くすから、放っておけない」
「私も同じですよ。兄と弟で啓斗くんと立場は違いますが、双子の兄を放っておけないんです」
「………」
 黙っているのは照れ隠しなのだろうか。でも、啓斗の周りの空気が少しだけ緩んだ。そこに北斗が嬉しそうに自分の舌を指さす。
「これ、出来た!兄貴、見て見て」
 どうやら真剣に黙り込んでいた間に、北斗は口の中でさくらんぼのヘタを結ぶことが出来たようだ。やたら嬉しそうな北斗とは裏腹に、啓斗は何だか微妙な表情だ。
「やったー、これ記念に取っておこうかな」
「そんな物取っておくな。欲しかったらまた挑戦したらいいだろう」
「だって兄貴、さくらんぼは値が張るって言って買ってくれないじゃん」
「缶詰で我慢しろ」
 それもまた仲良きかな。そんな二人のやりとりを弧呂丸は、自分の過去と重ねながら微笑ましく見つめていた。

「では、そろそろお暇しますね」
 守崎家の台所事情を知っている弧呂丸は、夕飯時前に二人の元を後にした。楽しい時間だったので、もう少し話していても良かったのだが、あまり長くいると啓斗が「夕飯を一緒に」と言いそうだったからだ。高校生なのにそんなしっかりしているところも、何だか自分に似ている。
 そして……終始場を盛り上げてはいたが、北斗は無口になりがちな啓斗をフォローするために一生懸命話していたのだろう。おどけたりしていても、弧呂丸にはちゃんと分かっている。
 お揃いのさくらんぼが寄り添うような、そんな関係。
「やっぱり少し羨ましいかも」
 守崎兄弟が瑞々しく甘いさくらんぼだとすると、同じ双子の自分と兄は果物に例えるならなんだろうか。そんな事を考え弧呂丸は道を歩く。
 夏の夕暮れは日が長く、足下には長い影。明日も良い天気なのだろう……西日に目を細めると、その赤さがある物を思い起こさせた。
「腐りかけの、両方歪な形のアメリカンチェリー……?」
 日本のさくらんぼと違いころんとした形ではなく、少し歪んでいて。
 色も濃いルビー色で、熟れすぎているとそれが少し毒々しくもあって。
 でもその状態からパイやジャムなどにすると、とても味わい深くて。
「……正解かも」
 小首を傾げながら、弧呂丸は思わず苦笑した。くだらない事かも知れないけれど、自分達には自分達の味わいがある。決して瑞々しくはないけれど、その代わり熟れているからこその味わいがあるわけで。
「近いうちに顔でも見に行こうかな。きっと見た途端にうんざりされるんだろうけど」
 その時は自分でさくらんぼを買っていこうか。
 そんな事を思いながら、弧呂丸は嬉しそうに帰路への道をたどった。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4583/高峯・弧呂丸/男性/23歳/呪禁師
0568/守崎・北斗/男性/17歳/高校生(忍)
0554/守崎・啓斗/男性/17歳/高校生(忍)

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
二つ並んださくらんぼを仲の良い双子に見立てて、弧呂丸さんが守崎家にお裾分けに行くというところから、「双子」という関係などに思いを馳せる話を書かせていただきました。
仲が良かったり壮絶だったり、人が人と一緒にいる間には、何かしらのドラマがあるように思います。形は違えど「自分と一緒に生まれた存在」に対する思いが書けていたら、嬉しいです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。