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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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『 天河石 』
●あまのがわ
「ああ、丁度いいところに来てくれたね」
眉根に寄せていた皺を解き、レンが安堵するように微笑した。嫌な予感というものは、こういう時にこそ感じるものなのだろう。レンは雑然とした机に軽く腰掛けながら言う。
「ある夫婦に宝石の浄化を頼んでいたんだよ」
キセルに火を灯し、なにかを思い出す仕草で苦笑し、けれど、また再び眉間の皺が蘇る。
「しかし、まぁ、なんだ。ちょっと厄介に巻き込まれちまってね」
吐き出した紫煙にため息が混じる。
レン、曰く。
宝石の穢れの浄化を生業とする夫婦がいる。夫はれっきとした人間だが、妻が水の妖精で、森の中の湖の底、湧き出る清水によってその浄化を行う。夫が仕事を請け負い、妻が浄化するという役割分担で、種族の壁などなんのその、周囲が羨ましく思うくらい仲睦まじく過ごしていた。だが、しかし。
「犬も食わないって、あれだ」
重い、重いため息を吐いて笑う。
水の精霊ウンディーネは、愛した男に罵倒されると心を失って水に還ってしまう。浮気されると愛する男を殺して水に還らねばならない。だから、ちょっと敏感になってたんだろう。取るに足らないことで口論になってしまい、妻がストライキを起こした。つまり、浄化した石を返さないと言い出した。
「ま、不毛なことだってのはお互い分かってるし、ちょっと旦那の言付けでも伝えてやりゃあ、仲直りすると思うんだけどね」
犬も食わないってくらいだから、あたしは勘弁願うってワケだよ。
臆することなく言って、さらに言外で、だからアンタが行ってくれ、とレンは笑む。
「澄んだ湖の底は様々な石が沈んで、それが煌く様はまるで天の川のように綺麗だそうだ。まぁ、そういう季節でもあるし、夕涼みでも兼ねて行ってくるといい。ついでに言うと、回収する石は天河石というんだよ。まったく、風流だねぇ」
他人事のように呟いて、レンはキセルの灰を落とした。
●さいるいう
古風なアンティーク電話でレンが件の夫に助っ人を送ってやると伝えると、彼は迎えに行くと言ったそうだ。なにやら街に出る用事も重なっていたそうだが、それにしても親切な人だと、来客用の大きな黒皮のソファで紅茶を飲みながら、樋口真帆(ひぐち・まほ)は思う。
――えぇっ、犬も食わないのに私が行くんですか?
と、話初めにそう零した通り、あまり気が進まないけれど、断るわけにもいかない。レンが珍しく出した茶菓子と紅茶に舌鼓を打ちながら、きっと、今更断ったらきっとレンさんが怖いんだろうな、と、白い陶器のカップに入った蜜色の紅茶を見つめて想像する。
しかし、この紅茶美味しいですね。どこの産地のかな?と、とめどないそんな物思い真帆が耽っている間に、店のドアベルが鳴った。
「妻には、『ごめん』の一言だけを伝えて下さい」
お互いに初めましての挨拶を交わした後に、夫―ダフニスはそう告げて、微苦笑を浮かべた。レンは傍らで煙草をくゆらせるだけで何も言わず、我関せずの姿勢を示していて、真帆は少し考えた後、窺うように訊ねた。
「謝罪の言葉だけなんですか? もう少し、他にあると思うんですけど…」
言えど、困ったように笑み返されて、真帆も困った気持ちになる。
「たとえば、愛の言葉や、せめて花とか宝石とか。伝えられるものは、たくさんあるはずです。それに伝えなきゃ伝わりませんよ?」
言葉を重ねるもダフニスは微苦笑するだけ。そんな彼の態度に真帆はやる方ない呻き声を零すと、突然、ぽんと掌を打ち鳴らした。
「そうです! レンさんのお店にあるものをプレゼントしたらいいんですよ」
レンさんもお世話になってるんですよね?だったらちょっとはダフニスさんの力になるべきですよ、と言ってソファから立ち上がると、レンの雑然とした机上で物色を始めた。
「ちょっとちょっと、本気なのかい?」
「本気も本気ですよ! あ、これなんかどうです? 薔薇の花言葉は愛ですし」
言いながら摘み上げた、薔薇の彫刻がされた指輪から、荊のような黒い影が真帆細い指の上を這う。
「わっ!?」
驚いて手を離すと、指輪は金属特有の高い音を響かせて机上に転がった。這い出た荊はゆっくりと薔薇の内に戻っていく。目を瞬いてその様子を見つめていた真帆へ、レンは紫煙を吐き出しながら苦笑する。
「ここがどういった店か忘れたわけじゃないよな?」
言われ、視線を上げてレンを見るとひどく愉快そうに笑っていた。あまりにも楽しそうに笑っているので、真帆は少しむくれる。
「…でも、少しくらいまともなものだってあるでしょう?」
「ないわけじゃないが…」
「じゃあ、それを贈り物にしましょうよ。レンさんだってこのままじゃ困るんでしょう?」
「まぁ、そうだが…。やれやれ、仕様のない子だねぇ」
額を押さえてため息を吐くレンに思わず笑んで、真帆はソファに座ったままのダフニスの手を取る。
「さぁ、ダフニスさんも一緒に選びましょう?」
曇りのない笑顔で言われ、ダフニスは一瞬だけ躊躇うが、やがて、穏やかに微笑んで答えた。
「そうですね。贈り物もいいかも知れません」
●たんざく
木々が作る陰影を抜け、森の小道を行く。深緑は夏の風を涼やかなものにして、都会のべた付いた暑さを遠ざける。立ち並ぶ木々はいずれも高く、囲まれた湖は隠された聖域のような雰囲気をかもし出していた。
真帆はほとりに立ち、青く澄んだ湖面を眺め、緩やかな波紋を立てて吹き抜けていく風に涼やかなワンピースの裾を揺らした。手に持った藤のバスケットを傍らに置き、カーディガンや髪を整える。それから、しゃがみ込んで、静かに水面を叩いた。ぱしゃ、ぱしゃ。とノックの要領で音を発し、夫のダフニスから聞いていた水の妖精の名前を呼ぶ。
「クロエさん、いらっしゃいますか?」
穏やかな空気の中にしんと真帆の声が染み広がって、しばらく。
「…どちら様でしょう?」
水面から、湖のような青の髪と瞳を持った女性が現れた。透き通った声には、不信感や警戒心は含まれておらず、ただ、訪れた客に対しての穏やかな礼儀だけが含まれていた。水晶のように綺麗な青色の瞳が真帆を映して瞬く。
真帆は丁寧に頭を下げながら、言う。
「樋口真帆といいます。今日はレンさんの使いとして参りました」
妻のクロエは打ち解けてみると、なんのことはないただのお喋りな主婦で、真帆の淹れた紅茶で咽の渇きを潤しては絶え間なく喋った。真帆は相槌を打ち、時折言葉を返して、惚気話にも取れる愚痴を最後まで聞いた。
クロエは延々と話していた愚痴の、最後の一言を零すと、静かに長いため息を吐き出して、遠くを見つめた。時間はもう夕方に差し掛かって、空は朱色を滲ませている。仲睦まじいと言えども、塵も積もれば、ということなのだろう。
風が木々を揺らすざわめきだけが空気を震わせて、真帆の日暮れ色の瞳は、クロエの湖色の瞳が澄んでいくさまを映した。
このままではいられないということを、彼女もとうに分かっているんだけれど、どうしようもなく後には引けずにいる。それが共にした時間と空気で伝わる。だから、
「プレゼントとメッセージを預かってるんです」
微笑んで呟いた言葉にクロエの視線が向けられる。バスケットから綺麗にリボンを巻いた小さな包みを取り出して、真帆はそっとクロエに手渡す。彼女は真帆の見守る中、感情の糸を解くようにゆっくりとリボンを解き、包まれていた物を掌の上に乗せる。真帆は込められた心を再現するように紡ぐ。
「ごめん。それから――」
「愛してる」
異なる声が重なり、真帆とクロエが振り返る、その先には微笑を浮かべたダフニスが立っていた。
「こればっかりは、自分の口で言わないとね」
二人が見守る中、彼はそう呟いて照れ笑いを浮かべると、クロエの元へ歩み、跪いて彼女の手を取った。掌の上に乗せられたままのプレゼント、白いクチナシを象った髪飾りをそっと持ち上げると、彼女の髪に飾った。
どちらともなく視線を合わせ、二人が微笑み合う。夕陽が湖面で踊り、二人を照らす。その光景を眩しげに見つめて、真帆は共に選んだプレゼント、飾られたクチナシの花言葉を胸中で呟いた。
「(わたしはあまりにも幸せです)」
●ほしまつり
「ここあ、すふれ」
呼び声に答えて、うさぎのぬいぐるみの姿を持つ愛くるしい使い魔が姿を現した。黒うさぎの『ここあ』と白うさぎの『すふれ』はぴょんぴょんと跳ね回って、初めて会う夫婦に愛想を振りまく。ここあは湖の湧き水を汲んで来たクロエの周りをぐるぐる回る。クロエが真帆に湧き水の入ったポットを手渡してから、指先で擽るように頭をひと撫ですると、嬉しそうに耳を揺らして喜んだ。
お湯が沸くまでの間に、真帆はバスケットからサンドイッチを取り出し、クロエとダフニスは夜のささやかな茶会に相応しい場所を作り上げるべく、地面に布を敷き、ランプに橙の光を灯す。
温めたティーカップに蜂蜜色の紅茶を注ぐころには、空は夜を深めて星の川を築き上げていた。星々の煌きは細く円を描く月を僅かに霞ませて、今日ばかりは主役を譲るまいと輝き続ける。呼応するかのように、湖に沈んだ宝石たちも光を灯していく。空と大地を煌く天の川が繋ぐ。
ゆるやかに吹く風に髪をさらわせて、真帆は寄り添う二人を満足げに、羨ましげに見つめる。二人の間を流れる空気は、優しい愛に満ちて真帆にもその心地よさを伝えてくる。
もし、幾重も逢瀬を重ねる天上の恋人たちが、今年も無事に出会えたのならば、この二人のように優しい空気を纏っていればいいと、思う。
藍色の空と湖に散りばめられた光を、眩しげに、愛しげに眺めて、真帆は笑む。
「きれい…」
囁きに、ここあとすふれが真帆にそっと寄り添った。
あの日に手渡された天河石は、今も記憶の欠片と共に優しい温度を灯している。
fin.
□■■■■【登場人物(この物語に登場した人物の一覧)】■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6458 / 樋口・真帆 (ひぐち・まほ) / 女性 / 17歳 / 高校生/見習い魔女】
□■■■■【ライター通信】■■■■□
この度はご参加、誠にありがとうございました。
これで書かせて頂くのは三回目ですが、相変わらず色々とドキドキでした。
今回も、少しでも楽しんで読んで頂けたら幸いです。
のんびりまったり部分は、書いていて大変楽しかったです。
それでは、またご縁がありましたら、よろしくお願いいたします。
2007.07.06 蒼鳩 誠
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