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<東京怪談・PCゲームノベル>


万色の輝石

「あら、いらっしゃい。お待ちしていましたわ」
 ベッドで目を閉じた月が声に気付いて目を開けると、見えたのは見慣れた天井ではなかった。水中神殿のような部屋、中央に浮かんでいるのは薄青の水晶玉。どうやら声はそこから発せられているらしい。柔らかな真珠色の天蓋付きベッドから起き上がり、まだ曖昧に沈む意識を覚醒させようと目元を擦る。目覚めたばかりだからか、眠気にも似た気だるさが身体を包み込んでいる。
「初めまして、月の姫。私(わたくし)の城へようこそ。招待状を受け取ってくれたようで嬉しいわ。……今宵は楽しんでいって頂戴」
 ふわりと浮かんだ水晶玉は淡く光ると、そう言って歓迎の言葉を述べた。
 


「月というのね。確かに……魂に神の色が混じっているわ。普通の人間にはない力をお持ちのようね。そのせいでこの先事件に巻き込まれたり、逆に事件を起こしたりするかもしれないけれど」
 月は星屑を集めて作ったという銀の椅子に腰掛け、菓子と茶を楽しみながら水晶玉のお喋りに耳を傾けていた。ここは水中なのだろうか。時折色鮮やかな魚たちが興味津々といった様子で泳いで行き、傍を通る。不思議なことに、手を伸ばして指先で撫でても逃げていかない。
 海底の部屋。ふっと息を吐き出すと泡がゆらゆらと立ち上っていくのに、少しも呼吸は苦しくはない。見上げてみると、自分の目と同じ色をした丸い月が見える。
「火、水、土、風。世界を構成するのはこの四元素だといわれている。貴方は一番どれがお好きかしら」
「水、かな。扱っているのも氷だし」
 首を傾げ、少し考えた後で答える。
「私も水は好きよ。海の底から天に昇り、雨となって地に降り注ぐ。……氷も美しいわね。此方も変えてみましょうか」
 水晶玉がすっと青みを帯びて光る。
 海底神殿のようだった部屋が、色を塗り替えるようにして水晶へ変わっていく。氷水晶でできた彫像や、天からゆっくりと降り注ぐ雪の花弁。今は薄布を纏っているだけだが、不思議と肌寒いとは感じない。
 自分の城というだけあって、自由自在、好みに変えられるようだ。
「水晶の神殿か。……懐かしい気がする」
 太陽のように光り輝く存在よりは、月のように静かな夜を好む。藍色をした夜空をふっと見上げ、それから双眸を閉じてみる。瞼の裏に思い浮かぶ風景はあるが、上手く言葉にできない。魂を得、神の力を受け継ぐ器に下り立ち、こうして生きている今。懐かしさや安堵を覚えるのは、此処が現実と夢の境界線にあるからかもしれない。生まれる前、もしかしたらこんな場所にいたのかもしれないと、心の隅で思う。
「神殿の中を探検してみたいな」
「えぇ、もちろん構わないわ。貴方の神と繋がるモノが見つかるといいわね」
 


「太陽と対をなす月……古来から神秘的な存在とされているわ。満月は人を狂気に駆り立てるともいわれている。綺麗、貴方の双眸も、まるで月を写し取ったみたいね」 
 最初の部屋を出、長い廊下を歩いていく。両脇の水槽には海草が波に揺れ、その合間を小さな魚たちや長い尾を持つエイが泳いでいく。海底らしい地面には真珠を抱いた貝があり、欠伸でもするように開いたり閉じたりを繰り返す。
「……」
「そうそう、貴方がもし使い魔を持つとしたらどんなものが良いでしょうね。……あれを捕まえてみてくれるかしら」
 水晶玉が示したのは、天からふわりと落ちる純白の羽。
 月が言われるままに両手を伸ばして掴むと、仄かな光となって掌を滑り落ちていく。
「何?」
 地に落ちた光は一度形を失い、それからまた輪郭を持ち始める。白銀の毛並みに青い目を持つ犬……というよりは狼だ。飼い犬のように首輪をつけておらず、野生の獣が持つ鋭い眼光をも備えている。
「貴方の心が触れると、そんな形にもなるのね。女神を守る狼……絵になるわ」
 狼は月の傍にやって来ると、恭しく頭を垂れる。そろりと手を頭を撫でてやると、されるがままに大人しく動かない。
「おいで」
 来るか来ないか、ひらりと片手を振って呼ぶとその通りに歩いて来る。水の中を泳ぐ魚たちには目もくれず、ただ月だけをその双眸に映し声を聞く。そんな感じがした。
 
 トンネルのような廊下を抜けると、次にあったのは祈りの場だ。
 入り口から奥へまっすぐ絨毯が敷かれており、突き当たりに祭壇がある。左右の窓には宗教画を扱ったステンドグラスが嵌めこまれ、鮮やかで神秘的な光景を作り出していた。「タロットカード、水晶、星。人は未来を知るために様々な手段を使ってきた。……ここにカードがあるの。占いで使われるものよ。月、一枚選んでもらえる?」
 月の目の前に、ずらりとカードが並ぶ。どれも同じ柄の裏側を見せており、内側がどうなっているのかは全くわからない。数えてみると22枚だ。
 迷ってしまう。これと決めれば他が良い気がして、その隣を選ぶとまた違うカードが気になる。右へ左へと視線を巡らせていると、水晶玉の声が響いた。
「大丈夫よ。悪いものじゃないわ。心が導くままに、その一枚を手に取ってご覧なさい」
「……これにする。表には何が描いてある?」
 カードの一枚に触れてみる。するとくるりと回り、正位置で絵柄を見せた。左右に一本ずつ柱、そして中央に白いベールを被った修道女らしい人物が描かれている。
「女教皇。深い知性や物事の本質を捉える洞察力、何事にも動じない静かな心を意味しているわ」
 カードを見ようとしたか、狼が足元に擦り寄ってくる。足の肌に触れる毛並みがくすぐったい。

「これから貴方に何が起こるのか、それは誰にもわからない。けれど……進む道に光があるように祈っているわ、月」
 女教皇のカードがさらりと溶け、月の胸に吸い込まれていく。左胸が熱い。

「月を纏う夜の姫。縁があればまたどこかでお会いしましょう。……私も、月を見て貴方を思い出すわ」
 月が沈み、太陽が昇り始める刻になろうとしていた。
 どこかで遠く、時計が鐘を打ち鳴らす音が聞こえる。目覚めなくてはならない。月が今生きている、現実の世界へと。
「神殿探索と水晶の部屋。……悪くなかった」
「ありがとう。今夜、貴方に会えて良かったわ。良い思い出ができたもの」
 ふっと意識が遠くなり、瞼を持ち上げていられなくなる。
 身体が酷く重い。最後にと頭を撫でてやると、初めて狼が小さく鳴いた。

 そして翌朝のこと。目を覚ますと、掌に握っている硝子玉に気付く。夢だったのだろうか。幻だったのだろうか。
 玉は狼の目の色に良く似た青色をしていて、優しく触れると嬉しそうに淡く輝いた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【6812/月読・月/女/15歳】

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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございました。
如何でしたでしょうか。
またのご縁があることを祈りつつ、今回はこれにて失礼致します。