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「黒白の宴に奏でる楽の夢」
「結婚式?」
14歳の少年は薄茶の瞳をまん丸に見開き、首を傾げる。
「そう。ほら、あんた手品とかやってるでしょ。それで友達が、披露宴でやって欲しいっていうのよ」
「えー、どうしよっかなぁ〜」
母親からの頼みに、少年はわざとらしく迷い、薄茶色の短い髪をかきあげるが、心はすでに決まっているようだった。
元々、幻術を使った手品は仕事で疲れた母親の心を和ませるために始めたことだ。
その母がしてくれと頼むのを、断る理由などどこにもない。
「母さんの友達なら、下手なことできないな。任せて、一生の思い出になる結婚式にしてあげるからさ」
愛嬌のある笑みを浮かべてVサインをする少年に、母親は「期待してるわよ、一流」と頭を撫でた。
「……ちぇ〜、子供扱いしてらぁ」
少年、一流は悪態づくが、その表情は嬉しそうだった。
自分のしていることを認め、任せてくれたことが嬉しくて。
最高の結婚式にしてあげよう、いつも以上の夢を紡ぎだそうと、少年は心を弾ませるのだった。
「猫(マオ)」
真っ黒な長袍(男性用チャイナ服)を着た男が、中国の死装束をまとった白い髪の少年に、一枚の紙切れを差し出した。
そこには、中国語で依頼の内容と、呪殺相手の写真が貼り付けられてある。
「……我的工作(我の仕事か)?」
金の瞳で見返す16歳ほどの少年に、男は首を振り。
「監督被要求(監視しろ)」
とだけ答える。誰か、他のものの仕事なのだ。しかしそれだけでは心もとないということだろう。
「它被了解(わかった)」
少年は、ため息を吐き出す代わりに、静かにつぶやく。
本当は嫌だった。仕事としていくのもそうだが、失敗した場合は自分が代わり呪殺相手を殺し……それだけではなく、場合によっては失敗した仲間を殺す必要ある。
猫鬼という、術者の扱う蠱毒の中では最高レベルの実力を持つ彼は、失敗しても殺される危険は少ないが、逆らい続けてばかりいるとそれも危うくなってくる。
しかしほとんどの蠱毒たちが意志を持たず命令に従うのに比べ、彼には深く痛む心があった。
囚われたまま、苦しみながらも。自らの命と願いのため、血に染まる道を歩むのだ。
ふ、と。
魅月姫は足を止め、澄んだ赤い瞳をさまよわせた。
――この気配は。
見知った人物のものだと思い、出所を探ると……目に止まったのは、式場なども兼ねた大きなホテルだった。
また、依頼でも受けたのだろうか。そうでなくては『彼』がこんなところに用などないはずだ。
立ち止まり、ホテルを見上げて考え込む。黒く長い髪と、黒を基調とした西洋のアンティーク人形のようなドレスが風にはためく。
ただの散策を続けるよりも、様子を見に行った方がおもしろいかもしれない。彼が何をしようとしているのか、少しだけ興味がある。それを確かめてどうするかは、そのときになって決めればいい。
そんな風に思いながら、魅月姫はホテルの中へと歩を進めるのだった。
「これは……」
しかし、会場に辿り着き、思わず声をあげる。
結婚式の披露宴。まさか、そんなところに行き当たるとは。
式自体にはまるで興味はなかったが、このような場で何をしようとしているのかと思うと、尚更気になった。
魅月姫は参列にまぎれて式場に侵入し、影で様子を見守ることにした。
確かに、『彼』は会場内にいる。だが姿は見えないし、浮かれた空気の中で濁ったようなどす黒い思念が渦巻いているのでどこにいるのか探るのは難しそうだ。
もっとも、魅月姫には彼を探す気などはなかった。
見つけ出して理由を聞き出そうとか、依頼ならばやめさせようとか。そんな考えは微塵も持っていない。
ただ、何が起こるのか。それだけを心待ちにしているのだった。
「さぁさぁ、皆さんご注目! 愛する2人の盛り上げ役に命じられました、どなた様にも夢を見せます、与えます。大道芸人、『夢屋の獏』でございます!」
だらだらとした司会進行に飽きを覚える頃。1人の少年が前に出てマントをはためかせる。
が、不意にそのマントに火がつき、観客たちが騒ぎ出す。
少年は慌てふためきつつも、指で銃の形をつくる。そこからぴゅう、と水鉄砲のような細い水が飛び出し、ジュッと火を消す。
「はー、驚いた。見てください、お2人の愛の炎で、僕のマントが黒こげになっちゃいました。お気に入りだったのに〜」
わざとらしく汗をぬぐう仕草をしながら、少年は焦げたマントの裾を客席に見せる。
どっと、周囲に笑いが起こった。
――まだ若いというのに、なかなか見事な幻術を使う。
魅月姫は感心し、少年に興味を抱く。
ただの手品などではない。そこにはないものをつくり出し、それを現実のものだと錯覚させる、幻術そのものだ。
他の魔術と同じく、使うには霊力や魔力、精神力などを必要とする。観客が多い中の連続使用ともなると負担も大きいだろうに、それをただ、人を楽しませるためだけに使うとは。おもしろい少年もいたものだ。
魅月姫は、はたから見ればわからないほどに微かな笑みを浮かべた。
少年は、その後も巨大なウエディングケーキをつくり出してそれに突っ込んでクリームまみれになってみたり、幻獣の獏を召喚し、ウエディングドレスを着させて歩き回らせたり、とコミカルな演技を披露していく。手品というよりは、不思議なコントといった感じだ。
また、宙に小さな滝をつくりだして虹を描いたりなど、派手な演出も見られた。
皆が舞台に集中する中。不意に、周囲の空気が変わる。
それに気がついたのは、どうやら魅月姫一人のようだった。
空中に、突如として灰色の、鶴のような姿をした巨大な鳥が姿を現す。
――羅刹鳥。
人を祟り、人の目を好んで食す中国の怪鳥だ。変身能力を持ち、花嫁の姿に化けて新婚夫婦を襲ったという伝説も残っている。
「蠱毒だけではなく、このようなものまで飼いならしていたのですね」
羅刹鳥に対し、炎をまとった剣で応戦する少年の姿を眺めながらため息まじりにつぶやく魅月姫。
負けてはいないけれど、幻術は元々威嚇や撹乱に向きのものだ。致命傷を与えることは難しいだろう。しかし、それをやらなければあの鳥はおそらく、退く気はない……。
黙って状況を観察する魅月姫は、ふと同じように行く末を見守る少年の姿を見つけた。
白い髪に金色の瞳をした、中国の死装束をまとう少年。以前にも闘ったこのある、猫鬼の猫 白星(マオ バイシン)。白(ハク)と名乗る人物だ。
「珍しい場所で会いますね。相変らずな様子のようですが」
静かに声をかける魅月姫に、羅刹鳥と少年の闘いを見つめていた白が顔を向けた。
「――また、邪魔をしに来たのか?」
「貴方の仕事の邪魔をする気はありませんが、彼の見事な舞台に水を差すのも無粋というもの」
魅月姫はそう言って、その手に進化する知性杖、真紅の闇(ナイト・オブ・クリムゾン)を携える。
それを見て、白の表情が強張った。
以前、一線を交えたことがあるからこそわかるのだろう。勝てる相手ではない、と。
しかし、だからと言って退くことはできない。決意の表情でザッと爪を伸ばし、襲い掛かる白。魅月姫はそれを杖の柄で受け流す。わずかな動きだけで、巧みに攻撃をかわしていく。
「やはり、攻撃が硬いですね。動きが直線的すぎます」
理由は明白だ。闘うことを義務とされていても、彼自身に人を傷つける気がないから。できるならば、殺したくないと思っているから。
だけどそれは、戦場では弱さだ。彼がそれを振り切らない限り、万が一にも魅月姫に勝てる可能性などない。
「結果が見えている闘いほど、愚かなものはありません。あなたこそ、邪魔をしないで下さい。一瞬で終らせます」
魅月姫は言って、杖で白の足元をなぎ払い、羅刹鳥の元へと向かう。
舞台の邪魔をしているのは、あの怪鳥。魅月姫が攻撃体勢に入るまで白が手を出そうとしなかったのは、彼の任務が監視だけだからだろう。
任務の失敗は彼の非にもなるだろうが、そんなことにまで構ってなどいられない。
「地獄の準王子ベルゼブブ、そして49人の従者よ! 彼の者たちに復讐せしめよ!」
その呪文を受け、ハエの姿をとった悪魔の王子、ベルゼブブとその従者たちの一群が、真っ黒な靄のように宙を飛び交い、羅刹鳥へとまとわりついていく。
バサバサと翼をはためかせる音と、チェーチェーという奇声があがる。
「羅刹鳥!?」
駆け寄ろうとする白を、魅月姫が杖だけで押しとどめる。
「――呪い返しの術としては最強のものです。助かりませんよ。対象はあなたの主である術者と、呪いを依頼した相手にまで及ぶでしょうが……術者の方はどうでしょうね。呪術に関しては専門家ですから、バリアくらいは張って逃れているかもしれません」
そういって、白に目を向ける。
「あなたも、無事でいることですしね」
主が死ねば、発狂して死ぬとされている白は、確かに何の害も受けていなかった。肉体的にも、精神的にも。
「――何故、我を殺そうとしない」
遺骸と成り果てた羅刹鳥に目をやり、白が小さくつぶやく。
「我もヤツらの仲間だぞ」
魅月姫は、杖の先をスッと白の正面へと向ける。
「まだ、続けるのですか?」
その瞳は、冷ややかだった。
白だけは攻撃対象に加えなかったものの、このまま闘う気ならばそれも辞さない、という考えが見てとれる。
白は目を閉じ、静かに首を振る。
「ここまで圧倒的な差があれば、術者も文句は言えないだろう。我も、拾った命を無駄に捨てる気などない。――そんなことをするくらいなら、最初から従ったりなどするものか」
吐き捨てるような白の言葉に、魅月姫は構えていた杖を降ろす。
そして、スッと彼に背を向けた。
会場内はしん、と静まり返りことの成り行きを見守っている。
先ほどまで羅刹鳥と闘っていた少年もまた、同様だった。
「あの、あなたは……?」
怪鳥をアトラクションだと勘違いしたり、悲鳴をあげる他の客とは違う。
身のこなしも、雰囲気も。勿論使う術からしても、普通の人間ではないことは明白だった。
「黒榊 魅月姫です。あなたは、『夢屋の獏』でしたね」
「あ、はい。えっと、芸名なんで本名は藤凪 一流っていいますけど」
「そうですか。藤凪 一流……あなたの舞台、楽しませてもらいましたよ」
緊張して姿勢を正す一流に対し告げると、魅月姫は遺骸となった羅刹鳥を黒い闇に捕らえ、その場から消し去ってしまう。
「素敵な手品のお礼です」
呆然として見つめる少年に、魅月姫はそれだけを告げ、颯爽と背を向ける。
わあっと、その背に拍手と歓声が送られる。
客たちはどうやら、この一連のやりとりを出し物の一種だと勘違いしているようだ。
魅月姫は振り返ることもなく、まるきり気にかけない様子でその場を後にするのだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号:4682 / PC名:黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき) / 性別:女性 / 年齢:999歳 / 職業:吸血鬼(真祖)/深淵の魔女】
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■ ライター通信 ■
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黒榊 魅月姫様
いつもお世話になっています、ライターの青谷 圭です。6月の花嫁ノベルへのご参加、どうもありがとうございます。
今回は白と対峙し、一流の手品の礼として呪い返しを行う、という流れでしたのでアレイスター・クロウリーが師であるマクレガー・メイザーズの呪いを跳ね返す際に使ったという最強の呪い返しを実行していただきました。
白との闘いは結果が見えているため長引かせず、呪文もさして長くはないので見せ場の一つである戦闘は短くなってしまいましたが、問題なかったでしょうか。
ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。
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