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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


夏と樹海と独身カレー

「……松田君、この前サキュバスさんで書いた記事、評判良かったそうね?」
 白王社、月刊アトラス編集部。
 編集長のデスクに座った碇 麗香(いかり・れいか)は、一人の青年を前ににっこりと、しかし威圧的な微笑みを浮かべていた。
「お、おかげさまで……」
 目の前にいるのはフリーライターの松田 麗虎(まつだ・れいこ)だ。こんな名前でも本名で、少し長い髪を後ろで縛った立派な長身の青年である。
 部屋の中は蒸し暑く、クーラーの温度も高いはずなのに、麗香の微笑みだけで凍えそうなほど寒い。というか寒いを通り越して、痛い。
 麗香が静かに怒っているのには訳がある。
 それは麗虎がライフワークとしてやっている、廃墟や樹海探索の記事をアトラスに持ち込まず、三流サブカル誌のサキュバスに持ち込んだからだ。サキュバスは女性のセクシーな写真などと一緒に、骨太の記事を載せる珍しい雑誌だ。三流誌ではあるが、麗香はその誌面作りには一目置いている。
 『樹海彷徨』と表紙に書かれたサキュバスを、ばさっと机に置きながら麗香はすっと目を細めた。
「で、どうしてこれ、うちで書いてくれなかったのかしら?」
 隠していたテストを見つけられた子供のように、麗虎はすっと目を逸らす。
「……向こうが、装備とスポンサーつけてくれたからです」
 麗虎が書いた『樹海彷徨』の記事が載ったサキュバスは、編集部に在庫がなくなるほどの近年稀に見る売り上げを見せた。それは写真のレポートだけでなく、死体を見つけたという事にも理由はあるのだが。
「………」
 キラッ……と、麗香の眼鏡が光る。
「スポンサーになったら、記事書いてくれるのかしら、松田君?」
「それは条件と相談で……特殊装備も色々必要だし」
 こういうときの麗香は怖い。目を見たらきっと凍え死ぬか石になる。
「じゃあ、装備とかこっちで出してあげるから、チーム組んで樹海で一泊してカレー作ってきてちょうだい。別に死体とかは見つけなくてもいいけど、それだけで何かあるでしょ?」
「一泊っすか?つか、何でカレー……」
「キャンプと言ったらカレーでしょ。付録の雑誌に出来るぐらい、たくさん記事拾ってきてちょうだいね」
 断りたいが、断ったら多分死ぬ。
 そのブリザードのような微笑みに、麗虎は観念してチームを募る事にした。

【波瀾万丈の二日目】

「夜明けのコーヒーが美味いな」
「えらい人聞きの悪い話を言うなや」
 樹海富岳風穴駐車場。
 一日目のキャンプメンバーと別れ、麗虎は弟の健一と二人で二日目のメンバーを待っていた。特に疲れているというわけでもないし、湿度は高かったがこの二人はどこでも寝られる図太さがあるので寝不足でもない。
 涼しげな風を浴びつつ待っていると、やって来たワゴン車からメンバーが次々と降りてきた。
「麗虎ちゃんのカレー、楽しみにして来ちゃったわ」
 最初に降りたったのはシュライン・エマだ。同じライターということもあり、時々一緒に仕事をしたりする。今回もこの話を聞いて、一度来てみたいと思い参加を申し出た。
 樹海と言うことで髪は結ってきっちり纏めて、長袖長パンツに凹凸靴底の履きなれた靴。手袋と予備軍手、雨合羽に飲料水、タオル数本と絆創膏、懐中電灯……と、前もって麗虎から樹海の取材話を聞いていたシュラインは準備万端だ。
「おはようございます。麗香さんに捕まった者同士、頑張りましょう」
 デュナス・ベルファーは車の中でずっと眠っていたのか、降りたった途端大きく伸びをした。
 麗香に捕まった者同士というのには理由がある。あの日ブリザードのまっただ中、雑誌記事の下調べの下請けの仕事を請けていたデュナスは飛んで火に入る夏の虫のごとく、飛び込んでしまったのだ。
「おはようございまーす!先日の依頼の調査報告書お持ちしましたよー」
 いつものように元気よく編集部のドアを開けたのは良いのだが、室内の異様な雰囲気に思わず回れ右するデュナス。
「あ、麗虎さんお久しぶりです……えっと。お取り込み中のようですね、また後ほど」
 無論逃げられるわけがない。まあバイト代も出るし、特に忙しくもないので普通に荷物持ちとして参加だ。
「静、七夕振りやな」
「健一君、元気だった?」
 健一と話しているのは菊坂 静(きっさか・しずか)だ。静は松田兄弟二人と知り合いで、樹海の話は麗虎からメールで聞いていた。なので一度行ってみたいと思っていたのだが、今回の話がいいきっかけになった。暑さなどは大変かも知れないが、なかなか来られる場所でもない。
「今日はよろしくお願いします。調理用具も持参してきました」
 赤羽根 灯(あかばね・あかり)はぴょんと車から降りると、元気に挨拶をした。灯はアトラスを立ち読みしてキャンプの事を知り、探検隊のテレビにハマっているので是非、体験したいとの立候補だ。色々怖いところもあるが、頑張りたい。
 すると健一がすっと灯の足元を見た。
「その靴もしかしたらヤワかもしれんな。コンバットブーツあるから履き替えるとええよ」
「えっ、これで大丈夫だと思ったんだけど」
 海外バンドのTシャツに黒のスキニージーンズに、白のスニーカーという、灯流の山歩きのスタイルだったのだが、山奥で開催されるロックフェスにもこれで行けた。そう思っているとシュラインが自分の足下を指さす。
「道がないかも知れないし、白い靴が汚れちゃうから借りましょ」
「そうだね、僕も靴は借りようと思っていたから」
 これで全員のはずだ。
 だが麗虎は駐車場に一台の車が止まり、そこから人が出てきたのを見逃さなかった。小麦色の肌に、長身の青年。装備は結構しっかりしているが、一人で樹海に入る気なのか……それともトレッキングに見せかけて自殺しようとしているのではあるまいか。
「ちょっとちょっと、そこのお兄さん」
「ん?俺のことか」
 突然声を掛けられた桐月 アサト(きづき・あさと)は、不審な集団に近づいた。よく見ると、一度顔を合わせたことのあるシュラインもいる。
「あら、アサトさん。こんな所で会うなんて奇遇ね」
「おはようございます。皆さん樹海に?」
「それはこっちの台詞だ。あんた、もしかして一人で樹海?」
 アサトがここに来た理由は、アトラス関係ではない。
 なんでも屋で請け負った、樹海で亡くなった人の供養のため、地蔵を置いてきて欲しいという依頼のためにやって来たのだ。だがそれを言うと、麗虎とデュナスは思い切り手を横に振る。
「えっと……アサトさんだっけ?それ、すっげー危険だから、良かったら俺らと一緒に行動しないか。悪い話じゃないと思うんだけど」
「そうですよ。迷っちゃったら大変ですし、たくさんで行った方が楽しいですよ」
 聞けば麗虎達は樹海に取材に来ているらしい。食事も出るし、確かに地蔵を置きに行って、そのまま帰ってきませんでしたでは洒落にならない。
「じゃあ、飛び入りでよろしく」
 人数は一人増えたが、まあいいだろう。
「よし、じゃあ暑くならないうちに出発しようぜ」
「おーっ!」
 これから、キャンプ二日目が始まる。

 その頃。
「ここは、どこだ……」
 樹海の中をさまよい歩いている一人の男。
 髭は伸び放題でファンタジーに出てくるドワーフの様になり、目は充血しサングラス……街で会ったら話しかけたくないぐらいの怪しさ。
 彼が東京都知事である伊葉 勇輔(いは・ゆうすけ)だとは、誰が見ても気付かないだろう。知事の仕事をさぼったあげく脱走した勇輔は、秘書達から「仕事が終わるまで外出禁止」と監禁を喰らい、あげく組織……IO2から富士樹海に現れた魔物退治にかり出されこんな所を歩いている。魔物は倒したが、空腹と疲労で行き倒れそうだ。
「うう、腹減った……カレーとか食いてぇな」
 そんな彼が、樹海にカレーを作りに来た酔狂な集団と出会うのは、もう少し先の話。

【そしてその頃】

「遺留品ばかり持ってこられても、困るんだよね」
「すみません……」
 三下 忠雄(みのした・ただお)は、富士吉田署の取調室で事情聴取をされていた。
 前日のキャンプ組が、持ち主の分かりそうな遺留品などを見つけていたので、それについて話をしなければいけなかったのだ。ちなみに全て麗香の命令である。
「嫌だったら、別に参加してきてもいいのよ。迷ったらそれも記事にしてあげるから」
 遺体や遺留品などを見つけてしまうと、通報から事情聴取などでかなりの時間が取られてしまう。一応今回の取材は自治体にも許可は得ているのだが、それでも樹海で動ける麗虎達が捕まってしまうのは時間の無駄だ。なので忠雄が代わりにやっているのだが……。
「アトラスさんだっけ?取材も良いけど、祟られるよ」
「い、いや、見つけたのは僕じゃなくて……」
「まあ、死体じゃなくて良かったね。今の季節ならかなり腐敗も早いだろうし……見つけたことある?」
 そんなものはないし、これからも見つける予定はない。
「じゃあ一応拾得物だから、名前と住所書いてね。持ち主が見つからないまま半年経ったら、受け取り出来るから」
 本当はこのまま忘れてしまいたいが、麗香はそれを許さないだろう。
 何故こんな物を見つけてしまったのか恨めしげに思いながらも、忠雄は泣く泣く自分の住所と名前を拾得物届に書いたのだった。
 これだって、樹海に入るよりはきっとマシだ。

【キャンプ開始・森に棲む】

「GPSは全員ちゃんとつけといて。あと、離れるときは絶対一人で行かないように。いざというときはホイッスルな」
 あらかじめ麗虎が決めてあった場所には、昨日キャンプをした組が建ててあるテントなどが残っていた。今回の主な目的は「樹海でキャンプをし、カレーを作る」事である。何故カレーなのかはいまだに謎だが、やれと言われた以上はやらねばならないだろう。
「樹海……何だか空気が濃いけど、静かで落ち着きますね」
 少し湿度が高く気温も高いが、落ち着ける。首にクールパックを当てながらも、静は少し天を仰いだ。茂った葉の隙間から差し込む光が良い感じだ。
「麗虎ちゃん、綺麗な緑や苔とか露に濡れた蜘蛛の巣とかも写真に収めとくわね」
 シュラインは持参してきたデジカメなどで、辺りの写真を撮り始める。茶羽のアレでない限り昆虫や蜘蛛、幼虫などは全く平気だ。もしかしたら近くで虫がごそごそしていたら、近くに遺体があるかも知れない……そんな音にも注意しつつ、シュラインはもしもの事を考えてデュナスと一緒に行動する。
「足下が結構ごつごつしてますから、気をつけて下さいね」
「ありがと。私は写真撮っとくから、良かったらテントの周りにこれ振りかけてくれないかしら……気休めかも知れないけど」
 シュラインが手渡したのはスプレーに入れた山麓の神社のお神酒だ。結界というわけではないが、少しは心霊関係に効果があるかも知れない。まあ、健一というある意味最強のお札がいるので、心配するほどではないかも知れないが。
「私も写真撮りますね。よーし、北に向かってしゅっぱーつ」
「あかんあかん、赤羽根さんそっち南やー」
 灯は自分が方向音痴な事も忘れ、自信満々に進もうとして健一に止められた。コンパスやGPSもつけているのだが、灯は使い方がよく分からない。
「……あそこで団体さんが迷子になってる。あっ、こっちに気付いた、でも近づけないみたい、泣きべそかいてる……」
 静も合流し、三人でで歩いていると、ふと静が何も見えないところで立ち止まった。
「どないしたん?」
「何かいたの?」
「いえ、ちょっと待って下さい」
 静はじっと猫みたいに誰もいない所を見つめた後、遊歩道へ指を差したりとジェスチャーをすると、最後にはにこっと笑って頷く。
「大丈夫です、少し帰り道に迷われていたようで…でもちゃんと遊歩道へ歩いていったので帰れると思います」
 笑顔だが、言ってることは怖い。それでも歳が近いせいか三人はすぐ打ち解けたようだ。そんな様子を微笑ましく見ながら、アサトは麗虎に質問する。
「あの、地蔵はこの辺に置いていいかな」
 ふい……と、カメラを構えていた麗虎が笑った。そして地面を指さす。
「そうだな、ここなら開けてるしいいと思うよ。あとさ、アサトさんデジカメ持ってる?」
「ああ、こんなのなら」
 ポケットからデジカメをチラリと見せる。本当は置いたという証拠を撮るために持って来たものだ。
「じゃあさ、よかったらその辺気になったものとか写真撮ってよ。出来るだけ写真の枚数欲しいんだけど、自分だけだと視点偏るし、原稿料出すから」

 各々取材や樹海見物をした後は、メインのカレー作りだ。
「生ゴミが出ないように、材料先に切ってきたの」
 シュラインが切った野菜を出し、灯は料亭の板さん仕込みの腕で、手際よく調理を手伝う。
「方向感覚は自信ないけど、料理は任せて。あと、炭に火も起こすね」
 普通に火を起こすと時間がかかるが、朱雀の力で火を点ければ時期間も短縮出来る。火力の調節も利くので、煮えすぎたりすることもない。
「昨日のカレーとは大違いだ。俺もタマネギ炒めたの持って来てるから、これ入れよう」
 実は昨日は一歩間違えば大変なカレーが出来そうだったのだが、今日は割と大丈夫っぽい。なんというか華やかでもある。
「あ、この肉もどうぞ。今捌いたばかりだから新鮮だ」
 アサトは男のカレーというものを見せてやる、というわけではないが、サバイバルは得意なので材料は現地調達だ。先ほどウサギを狩れたので、それを捌いて持ってくる。皆の材料もあるのでなかなか本格的なカレーが出来そうだ。
 そして……。
「腹減ったわー。でも今日は米炊きだけでええから楽や」
 無洗米を持って来ているので、火加減だけを見ていればいい。健一とデュナス、静はご飯係だ。少し気温が高いので、静はカレーではなく持参した果物などを食べようと思っている。
「静君は、大丈夫ですか?暑かったらクールパックもあるので言って下さいね」
 暑いのはさほど苦にならないので、デュナスは静を涼しげなところに座らせ、火の前であんパンを食べながら米を炊いている。始めちょろちょろ中ぱっぱ……というお米を炊くときのコツを自分で体験出来るのが嬉しい。
「ごめんなさい、暑いのは苦手なんです」
 それでも樹海には来たかった。段々と日が傾き、耳が痛いような静寂と、闇の帳が落ちるこの感覚。これは東京では絶対味わえない。するとメロンパンを食べていた健一が自分の荷物をごそごそやり、リンゴ味のゼリータイプ飲料を手渡した。
「カロリー取るのに持たされたけど、腹ふくれんから静にやるわ。それやったら喉通るやろ」
「うん、ありがとう」
 にこっと笑うと、灯が大きく手を振った。
「みんなー、美味しそうなカレー出来てきたよ。後はお米待ちー」

 ……また夜が訪れるのか。
「本気で遭難するぜ、つったく……」
 道がない。行く先も見えない。どこが遊歩道なのかも分からない。
 空腹とスタミナ切れでへばりそうになったころ、その香りは勇輔の鼻をくすぐった。
「カレー?」
 幻臭かと思ったが、一緒に飯の炊ける匂いもしてくる。もうこれが幽霊や魔物が作ったものでもいい。今はとにかくカレーが食べたい。
「喰わせろ〜俺にカレーを喰わせろ〜」
 ぶつぶつと呪文のように呟きながら、勇輔はアトラス一行がキャンプをしている場所にふらふらと近づいた。

 今日のメニューは本格的カレーと、炊きたてご飯だ。カレーにはウサギ肉や山菜、麗虎が持って来たタマネギ炒めや、スパイスが入っている。
 デュナスの発光能力と、灯の朱雀の力で辺りはほのかに明るい。やはり食べ物がはっきり見えているところで食べると、美味しさが違う。
「いただきます」
 皿にカレーを盛り、皆で食べようとしたときだった。
「喰わせろ〜俺にカレーを喰わせろ〜」
「きゃあっ!」
 突如藪からやって来た不審者に、灯は思わず火を放つ。これは未確認生命体か……だが、それをあっさりかわした勇輔は、アサトが手に持っていた皿を横から奪い、ガツガツとカレーを食べ始めた。
「あの、つかぬ事を伺いますがどちら様でしょうか」
「食ってから聞け……うめぇ!」
 デュナスの質問にも不審者は答えず、黙々とカレーを食べている。その食べっぷりが見事なので、シュラインはコップに水を入れそっと横に置いた。
「もしかしたら、ここに死にに来てたのかしら?」
 それは違う。
 だが皆が心配そうに勇輔を見ているのと、まさか自分が東京都知事ですとは言えない。
「いや、その……」
 思わず言葉に詰まると、アサトが少し笑って肩を叩く。
「誰にも色々な事情はあるから、明日になったら皆で外に出よう。ところで名前を聞いてもいいかな」
「ゆ、勇さんって呼んでくれぃ」
 やっと人心地着いた。水を一気に飲み干しお代わりをすると、灯と目が合った。
 灯は勇輔の娘である。だが、灯自身はそれを知らない。灯は自分が放った火をあっさりとかわした勇さんという男を、何処かで見たような気がしている
 灯の隣では健一がカレーを食べていて、勇輔は思わずスプーンで人を指した。
「こらこら、そこの二人もちっと離れろぃ。あと、こんな所に年頃の娘が一人でキャンプに……」
「おじさん、誰?」
 そうだった。灯は自分のことに気付いておらず、しかも今は激しく不審者で……。
「もしかしたら、年頃の娘さんがいるのかもな。そういうホームレスとか、取材することあるし」
「まあここで会ったのも何かの縁やん。カレーいっぱいあるから好きなだけ食いや。腹減っとるとそれだけで不幸やしな」
 何故か自殺志願者のホームレスということになってしまった。
 それでも皆気にせずに、楽しい夕食は進んでいった。

【割と普通の夜】

「健一君は幽霊に会った事がないんだ……僕は、人より多いかな。、でも幽霊って言っても大抵の人は話をしたら分かって貰えるし……そんなに怖くないですよ?」
 まだカレーを食べている健一の横で、静はそんな話をしていた。と言っても静が特殊なだけで、普通は段取りとか前準備がいるのだが、これもある意味天然なのかも知れない。
「私も心霊関係はさっぱりです。私と健一君が一緒にいたら、何も来ないかも知れませんね」
 自分が発する光源を少し落とし、デュナスは空を見上げた。東京では絶対見られない満天の星が夜空に輝いている。灯も同じように樹木の間から夜空を眺め、故郷の京都を思い出したりする。
「松田君の関西弁聞いてはったら、なんや懐かしゅうなりはったわ」
「おっ、関西やけど柔らかい方やな」
 灯と健一は歳が近いだけではなく、関西生まれどうしと言うことで話が盛り上がっている。
「コーヒー入れるから、皆飲まない?」
 シュラインはアウトドア用に鍋で沸かしたコーヒーを用意した。普段はフィルターなどで入れるのだが、今日はポットに豆の粉を入れ直接沸かす。そうしつつも樹上の枝などの異物の有無を見たり、微かな音を探る事も欠かさない。
「アウトドアだから少しぐらいおおざっぱが良いのよね。水筒に冷たいお茶もあるから、静君はそっちが良いかしら」
「お願いします」
 勇輔はコーヒーを飲みながら、アサトと麗虎にじっくり話をされていた。
「だから死にに来た訳じゃなくて、色々理由がだな……」
「事情は詳しく聞かないけど、生きていればいいこともあるから」
「そうそう。樹海で死ぬなんて、皆が思ってるほどロマンチックじゃないし。俺、ここにたまに取材に来るから、大丈夫って言われても放っておけない」
 と話しつつ、勇輔は別のことで頭がいっぱいだ。
 年頃の娘が樹海キャンプに来て、しかも同じ年頃の男と仲良く……。
「不純異性交際禁止ー!」
「これだけ元気なら、死にそうにないか」
 溜息をつくアサトに麗虎が笑い、その夜は怪奇現象もなく大人しく過ぎていった。

【森へおいで】

「意外と何もなかったな。朝飯も美味かったし、これで娑婆に帰れるぜ」
 何故かすっかり皆となじんだ勇輔は、荷物持ちを手伝いながら駐車場へと歩いていく。
「よーし、こっちに向かってレッツゴー」
「灯さん……迷っちゃいますよ」
 相変わらず灯がとんでもない方向に行きそうになるが、それをデュナスが上手く止めてくれる。ちゃんと北の方向を指し示すコンパスを見ながら、デュナスは誰ともなしにこう呟いた。
「樹海でコンパスって利くんですね」
「樹海の噂の一つって話だし、そうじゃなきゃこんな奥まで入れない」
 昨日麗虎と話してアサトも知っていたのだが、コンパスも利くし地図もあるという。ただ噂だけが一人歩きしている状態というのと、実際装備がないと奥地まで来るのは難しいので、知っている人だけ知っていればいい話だ。
「何にもないのが一番や」
 そう健一が言ったときだった。
 少し先に人が立っているのが見える。自分達のように樹海探索に来たものだろうか……だが、シュラインと麗虎、そして静が皆を止めた。
「何か羽虫の音がするわ。皆ここで待って」
 静が見たのはその身体に魂がない所だ。あの人は……死んでいる。
「生きてる人間が、こんな朝っぱらから突っ立ってないわな。アサトさんとデュナス、ちょっと一緒に来て。勇さんは皆とここで待っててくれないか?こういうときパニックになってはぐれると困るから」
 まだ、死んでからさほど経っていないのが幸いだった。これがあと半日発見が遅かったら、結構トラウマになる光景だろう。
 木の上からはロープが吊されていて、足下は地面に着いている。そしてワンカップの酒が落ちているのがもの悲しい。
「遺体を下ろしましょうか?」
 だが、麗虎は首を横に振る。
「いや。取りあえずスズランテープとか張って、外出たら通報だ。自殺じゃなくて他殺の可能性もあるから、現場は動かせない」
 そう言いながらカメラを取り出し、麗虎は写真を撮った。アサトも何気なく、同じように地面を撮ったりする。
「せめて、ここにいたという証拠だけでも撮っておこう。デュナスは皆に報告してくれ」
「分かりました。覚悟はしてましたけど、実際見ると切ないですね」
 俯き加減で戻ってくるデュナスの表情で、皆何があったかを悟った。
「これも樹海の一つの姿なのね……」
 一言だけ呟き、シュラインは手を合わせた。隣では静が少し天を仰いで、魂が昇っていけるよう手を貸している。
「善悪は問いません。今はただ、安らかな休息を……」
 灯も手を合わせると、急に勇輔の方を見た。
「死んだらダメだからね。あの人は私の全然知らない人だけど、やっぱり悲しいもん……だから、ちゃんと家に戻ってね」
「おう。当たり前だ」
 自分の娘にそう言われてしまっては仕方ない。それに誤解されてしまっているが、元々死ぬ気などないのだ。
 誰も悲しまないなど嘘だ。
 全く知らない相手でも、そこに少しでも触れ合えば感情が動く。
「健一、打ち合わせしてたようにスズランテープ出して。時間とかメモってる人いたらよろしく」
「了解や。まあ、見っかったもんはしゃあないし、早めに外出よ。時間はシュラインさんがメモっとるわ」
 最後に大仕事が残ってしまった。
 この人がいつ亡くなったのかは謎だが、もし何処かで出会っていたらこんな未来は防げたのだろうか……。
 何となくやりきれない思いを抱えつつも、樹海は何も言わずにただ風に揺れるだけだった。

「三下さん……ごめん」
「いえ、何となくそんな予感はしてました、はい」
 結局。
 遺体を見つけた麗虎と待機していた忠雄が遺体回収から事情聴取に付き合うということで、全員東京に帰ることになった。勇輔は警察に何か聞かれるとまずいだろうと、アサトが気を利かせて自分の車に乗せていった。
 やっぱり警察官に「祟られるよ」とか言われつつ、樹海へ入る麗虎と忠雄。
「松田さん、編集長から伝言なんですけど『付録小冊子やめて、別冊で出そうかしら』だそうです。僕も遺体遭遇記事書けって……」
「あ、うん、ごめん」
 まだ当分樹海探索は続けなければならなそうだ。麗虎は蒸し暑い樹海の中、煙草を取り出そうとした手を止め天を仰いだ。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧・発注順)◆
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵兼研究所事務
5566/菊坂・静/男性/15歳/高校生、「気狂い屋」
5251/赤羽根・灯/女性/16歳/ 女子高生&朱雀の巫女
6589/伊葉・勇輔/男性/36歳/東京都知事・IO2最高戦力通称≪白トラ≫
6735/桐月・アサト/男性/36歳/なんでも屋

◆ライター通信◆
「夏と樹海と独身カレー」へのご参加ありがとうございます、水月小織です。
初めましての方も、何度もお会いしている方もいらっしゃいますが、楽しんでいただけると幸いです。
今回は大勢のご参加ということで、一日目と二日目とグループを分けて書かせていただきました。
こちら側では夜に何もなかったかわりに、最後の最後でやっぱり見つけたというしんみりした感じです。原始の自然も、人が迷い込んでしまうところも樹海の一部ですので、そういう光と闇の部分を色濃く出しました。ちなみにアトラスは付録ではなく、別冊になった模様です。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いします。参加して下さった皆様に感謝を。