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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


夏と樹海と独身カレー

「……松田君、この前サキュバスさんで書いた記事、評判良かったそうね?」
 白王社、月刊アトラス編集部。
 編集長のデスクに座った碇 麗香(いかり・れいか)は、一人の青年を前ににっこりと、しかし威圧的な微笑みを浮かべていた。
「お、おかげさまで……」
 目の前にいるのはフリーライターの松田 麗虎(まつだ・れいこ)だ。こんな名前でも本名で、少し長い髪を後ろで縛った立派な長身の青年である。
 部屋の中は蒸し暑く、クーラーの温度も高いはずなのに、麗香の微笑みだけで凍えそうなほど寒い。というか寒いを通り越して、痛い。
 麗香が静かに怒っているのには訳がある。
 それは麗虎がライフワークとしてやっている、廃墟や樹海探索の記事をアトラスに持ち込まず、三流サブカル誌のサキュバスに持ち込んだからだ。サキュバスは女性のセクシーな写真などと一緒に、骨太の記事を載せる珍しい雑誌だ。三流誌ではあるが、麗香はその誌面作りには一目置いている。
 『樹海彷徨』と表紙に書かれたサキュバスを、ばさっと机に置きながら麗香はすっと目を細めた。
「で、どうしてこれ、うちで書いてくれなかったのかしら?」
 隠していたテストを見つけられた子供のように、麗虎はすっと目を逸らす。
「……向こうが、装備とスポンサーつけてくれたからです」
 麗虎が書いた『樹海彷徨』の記事が載ったサキュバスは、編集部に在庫がなくなるほどの近年稀に見る売り上げを見せた。それは写真のレポートだけでなく、死体を見つけたという事にも理由はあるのだが。
「………」
 キラッ……と、麗香の眼鏡が光る。
「スポンサーになったら、記事書いてくれるのかしら、松田君?」
「それは条件と相談で……特殊装備も色々必要だし」
 こういうときの麗香は怖い。目を見たらきっと凍え死ぬか石になる。
「じゃあ、装備とかこっちで出してあげるから、チーム組んで樹海で一泊してカレー作ってきてちょうだい。別に死体とかは見つけなくてもいいけど、それだけで何かあるでしょ?」
「一泊っすか?つか、何でカレー……」
「キャンプと言ったらカレーでしょ。付録の雑誌に出来るぐらい、たくさん記事拾ってきてちょうだいね」
 断りたいが、断ったら多分死ぬ。
 そのブリザードのような微笑みに、麗虎は観念してチームを募る事にした。

【疾風怒濤の一日目】

 確か最初の約束は『樹海で一泊』だったような気がする。
 だが、チームを募ったところ意外と人数が集まったと言うことを継げると、麗香はあっさりと「じゃあ、二つに分けて二泊にするわ。頑張ってね、松田君」と言ってのけた。
 樹海の時点でかなりハードなのに、更に二泊。事によっては労災を申請することになりはしないだろうか。
「……こんなに集まると思ってなかった」
 ぼやく麗虎の隣では、弟の健一が菓子パンを食べながら溜息をついている。
「皆樹海好きなんやな」
 健一は別に志願したわけではないのだが、麗虎に「バイト代を出すから来い、来なかったら拉致っても連れて行く」と言われここに来ている。まあ樹海取材の話などは、麗虎からしょっちゅう聞いているので、さほど抵抗はない。

 集まったメンバーはそうそうたる者だった。
「お前ら兄弟には縁もあるし参加してやらんでもない。だが私は能力で樹海の状況が全て判ってしまう。どこに何の死体があるか、その腐敗度も遺物もな。それを知った上でもお前は私にキャンプを楽しめと言うか?」
 そう言って参加したのは、黒 冥月(へい・みんゆぇ)だ。
 冥月はその話を蒼月亭で聞かされ、麗香以上の極寒の視線を送ったのだが、割にあっさり麗虎はこう言った。
「ああ、一人無縁仏にするのに十万かかるんだ。それにボランティアじゃないし、それがなければ普通の森だよ。ただ、面倒なイメージがついて回ってるだけで」
 それでも頷く麗虎の度胸に、冥月はよしと参加することにした。
 店の中でマスターのナイトホークに「樹海の土産は何がいい」と聞き「いるか!」と突っ込まれたのは、また別の話である。
「麗虎さん、メール有難うございました。また樹海見たくて参加したんすけど……アトラスの企画なんすよね。何となく、ただじゃ終わんない気がするのは俺だけっすか?」
 氷室 浩介(ひむろ・こうすけ)が、麗虎と樹海探索をするのはこれで二度目だ。一度来たときには死体を見つけてしまったりしたので、もう怖い物はない。それにバイト代も出る。
 ただ、すんなり「キャンプして終わりました」と行かなそうなのが気になるが。
「あの『樹海彷徨』は悪趣味だが興味深い内容だった。今回の調査にも感心があるし……よろしく」
 警備員の瀬下 奏恵(せした・かなえ)は、麗虎が取材したサキュバスを読んでいたらしい。死体を見つけたと言うところは大げさに書いてあったが、それ以外の樹海の植物や景色、雰囲気などを伝える部分は悪くなかった。
 丁度シフト的にも暇だったので、どんな者が書いたのか見てみたいという、そんな気持ちもあった。
「よろしくお願いしますわね。レオン、ご挨拶なさい」
「ガァオオオー」
 立派な体格の獅子と、細身の美しい少女のアンバランスさ。
 サーカスの花形スターであるアレーヌ・ルシフェルと、そのパートナーの百獣 レオン(ひゃくじゅう・れおん)。本来であれば往来で獅子を連れて歩くのは許可がいるのだが、今回アレーヌが「樹海でしたらレオンとのウォーミングアップも出来そうですわ」と、麗香に直談判して、参加を許可してもらった。
 レオンは人を襲うようなことはしないが、立派な獅子である。その姿に、冥月が溜息をついた。
「誰だ、ライオンなど連れて来たのは……」
 確か、樹海でキャンプと聞いていたのに、何だかどんどん方向が外れているような気がする。するとアレーヌがつい、とレオンの前に出て腰に手を当て反論した。
「ライオンなんて、と言い方は失礼ですわ。レオンはわたくしの大事なパートナーですの。危険にも対処出来ますし、人を襲ったりもいたしませんわよ。ね?」
「グルルル……」
 そんな様子に麗虎は苦笑する。
 元々色物企画なのだし、ライオンがいたって困ることもない。本当に他人がいても大丈夫か見に行ったときも、レオンはそこら辺にいる躾の悪い犬に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいぐらい、忠実なアレーヌのパートナーだった。
「麗虎さん、どうするっす?」
「ああ、大丈夫だよ。レオンもちゃんと連れてくから、安心して」
 その言葉に、不敵に微笑むアレーヌ。奏恵は本当に大丈夫なのか、そっとレオンと目を合わせる。
「……目を合わせて飛びかかってこないなら、一緒にいても大丈夫だと思う」
「当たり前ですわ」
 そして最後のメンバー。
「こんにちは、藤田 あやこ(ふじた・あやこ)です。今回は霊界ラジオのテストに来ました。みんなよろしくねっ」
 長い髪、白い羽根、そして尖った耳。
 エルフ娘のあやこは、自分で挨拶をしておいて心の中でドキドキしていた。この調査に申し込んだ時点では、あやこは人間だった。だが紆余曲折というか、話すと長くなりそうな理由によって、ただいまエルフになっている。
 もしかしたら、迫害されたりして。
 そう思っていると、麗虎がすっと目を足に向けた。
「あやこさん、足下はスカートじゃなくて、ズボンの方がいいな」
「ちょっと待って、ツッコミどころはそこじゃないでしょ!」
 エルフ、エルフを突っ込んで。
 だが他の皆もあやこの耳や羽よりも、涼しげなスカートを気にしている。
「あやこさんでしたっけ?樹海の中、本気で足場悪いっすから、そのままだと危険っすよ」
 浩介の言葉に健一も頷く。
「転んで足にケガして痕になったら、大変やわ。向こう着くまで何か履いとったた方がええよ」
 あれー?あれあれあれ?
 普段迫害されてるのが、嘘のようだ。
 それもそのはず、ここにいるメンバーは基本的に「人外の者」に慣れている。魔都東京は蓋を開ければ、人外どころか神、悪魔、異世界からの来訪者がわんさかいるので、エルフがいてもおかしくない。
 何だか拍子抜けしているあやこに、アレーヌがズボンを渡す。
「迫害されたいのでしたら、わたくしがこき使って差し上げますわよ」
「いや、ちょっと拍子抜けしただけ。あー、私がいてもいいのよね。今までが今までだったから、つい後ろ向きになっちゃったみたい」
 これで全員挨拶が終わった。ここから、大変なキャンプが始まる……。

【一方その頃】

「三下君、何かあったらあなたが事情聴取に行くのよ、いいわね?」
「えっ、僕は関係ないじゃないですか……」
 麗香と共に樹海の側に宿を取っていた三下 忠雄(みのした・ただお)は、麗香の言葉に震え上がっていた。キャンプには行かなくていいけど、荷物を運ぶのに車がいるからと駆り出されたのだが、そんな話は聞いてない。
「事情聴取って、まさか……」
 にっこり。
 氷の女王のように頬笑む麗香。
「死体が見つかったら、お願いね。三下君」
 絶対嫌だ。
 そう言いたかったが、すっかり喉元で言葉が止まっている。
 まかり間違って遺体を見つけてしまうと、通報から事情聴取などでかなりの時間が取られてしまう。一応今回の取材は自治体にも許可は得ているのだが、それでも樹海で動ける麗虎達が捕まってしまうのは時間の無駄だ。キャンプに行っても役に立たないのなら、ここで役に立ってもらわねば。
「嫌だったら、別に参加してきてもいいのよ。迷ったらそれも記事にしてあげるから」
 それはもっと嫌だ。絶対遭難する自信がある
 結局泣く泣く麗香女王様……基、編集長の命令に従うしかない忠雄だった。

【キャンプ開始・People in the Forest】

「GPSは全員ちゃんとつけといて。あと、離れるときは絶対一人で行くなよ」
 あらかじめ麗虎が決めてあった場所に到着すると、皆はそれぞれキャンプの準備などをし始めた。とにかく今回の目的は「樹海でキャンプをし、カレーを作る」事である。何故カレーなのかはいまだに謎だが、それもきちんとカメラなどに収めなければならない。
「じゃ、俺はテント張ったりするっす。キャンプなんて久しぶりだー」
「暗くなる前に済ませてしまった方がいいだろうから、私も手伝うわ」
 テントを準備するのは浩介と奏恵がやっている。その横でアレーヌは火をおこしバーベキューの用意をし始めた。
「カレーだけでは物足りないでしょうし、レオンにもお肉を食べさせなくてはね」
 レオンは近くで写真を撮っている麗虎の側に従っている。アレーヌ達キャンプの準備組はあまりこの場所から離れはしないが、麗虎には取材という大事な仕事がある。それに、彼に何かあれば、後々困る。
「私は食料を調達してこよう。樹海は食材の宝庫だからな」
 一人で行くなとは言われているが、冥月の力であればどれだけ離れていても大丈夫だ。温度だけじゃなく湿度も高いが、山ごもりは得意だ。ただ「全員で茸などを探す」と言う案は「遭難ルートだから」と麗虎に却下されてしまったが。
 それでも水は綺麗な湧水利用し、影で氷穴から氷運び飲物も冷却出来る。あやこはキャンプ場所に来た途端「暑い!」と履いていたズボンを脱ぎ、今はミニスカートだ。
「あやこさん何やっとんのん?」
 持って来たダウジングロッドや植物図鑑、あとは簡易ピラミッド組み立てキットを出し、あやこはその設置を健一に手伝わせた。
「ダウジングで水脈とか遺留品捜したり、採取した植物調べたりするのよ。さっ、健ちゃんも頑張って探しましょ」
「それはええけど、このピラミッドは?」
「それは水が調達出来なかったら、これでムニャムニャ還元水でも作ろうと思ってたのよ」
 でも水はあるようだし、氷まであるので暑さに弱いあやこは大助かりだ。
 それにしても。
 やはり樹海は一種独特の空間だ。奥に入ってしまえば誰も手入れしていない原生林が広がっていて、風がならす木々の音くらいしか聞こえない。
 どことも切り離されてしまったような、原始の風景。
「これが本当の姿なのかも知れませんわね」
 デジカメを渡されていたアレーヌは、天を仰いで写真を撮る。ついでにテントを建てている浩介と奏恵も。
「俺、樹海は二回目っすけど、普通の森って考えたら良い場所っすよね」
「そうね。勝手にやって来て死ぬのは人間だもの。別に樹海が悪い訳じゃないわ」
 『廃墟彷徨』の記事に、奏恵が興味を示したのはそこなのかも知れない。無闇に心霊現象などを騒ぎ立てていたわけではなく、そこにある事実を切り取って淡々と述べていたことに。
 ここに来て死ぬ者は多分後を絶たないだろうが、それでもあるものはここにあるのだ。
 それを聞き、浩介は照れくさそうに笑う。自分が関わったものが褒められるのは、やはり嬉しい。
「うーん、霊波は上手く取れるんだけど受信状態が悪いわね」
 植物採取などを健一に任せ、霊界ラジオの受信局を組み立てるあやこは、ヘッドホンを耳に当てながら首をかしげたりダイヤルを弄ったりしていた。そこに写真を撮り終えた麗虎が近づいてくる。
「あやこさん、何してんの?」
「うん、霊界と通信するラジオをね……」
 霊界ラジオを持って来た真意は、実はワープ理論の検証なのだが、理論的に間違っていないし磁場も良いのにどうも上手く行かない。すると麗虎がアンテナの先にいる健一に、大きな声で呼び掛けた。
「おい、健一。お前このアンテナの先に立つな」
「なんでやねん」
 アンテナの先から健一がずれた途端、受信状態が良くなる。
「あれ、何で?」
 するとどさっと言う音と共に冥月が子鹿を狩って戻ってきた。他にも食べられる茸や木の実など、収穫は上々らしい。
「ああ、あの子は無意識に超常現象を回避してしまう癖があるんだ。だから、ある意味最強のお札みたいなものだな」
 冥月の影も健一を傷つけることが出来ない。ある意味、心霊・超常現象相手なら最強だ。
「えーっ、折角アシスタントになってもらおうと思ってたのに」
 でもその能力は興味深い。
 あやこの知的好奇心は止まらない。

 カレー作成もまた賑やかなものだった。
「奏恵さん、めっさ男の料理や。それ」
 カレーぐらい作れると調理を担当した奏恵は、肉はかろうじてぶつ切りにするものの、面倒なので野菜を丸ごと鍋に入れた、しかも生煮えなのも気にしないでルーを投入しようとする。
「野菜なのだから生でも支障はないわ」
 食べられるかも知れないが、それはあまり食べたくない。健一がお玉で丸ごと野菜を引き上げていると横では浩介が
「肉入れるのって野菜煮えてからだっけ?」
 などと言っている。カレーは家でも良く作るから……と言って手伝ったのだが、浩介の作るカレーはお湯に入れて温めればいいレトルトだ。
「お前達に任すと独身カレー(独身者が作る、自分の為だけの何のこだわりもないカレー)になりそうだ。麗虎、何とかしろ」
 バーベキュー用に、皆の前で平気で獣の皮剥ぎ血抜きし捌く冥月は麗虎に向かって喚く。肉は大食漢な健一もいるし、レオンもいるのでいいだろうが、メインのカレーがこれでは心配だ。
「俺の独身カレーは『独身者が食べさせる相手もいないのに、やけにこだわって作るカレー』なんだけどな……カレーはこっちでやるから、飯とかよろしく」
「はいはーい。カレーにはチャイとナンが合うから、私はそれを作るね。ご飯はアレーヌさんが炊いてくれてるし」
 炭火がついているので、あやこは手作りナンを焼く。
「お肉もたくさん焼きますわね。ご飯はもう少し待っていて下さいませ……レオン、お座り」
「ガルル」
 今日のメニューはアレーヌの持って来たバーベキューとサフランライス、冥月が獲ってきた鹿肉のステーキ樹海野菜添え、そしてあやこ特製ナン&チャイ。メインは奏恵と浩介が作成し、松田兄弟修正の独身カレーだ。
 独身カレーというのに冥月は抵抗があったが、麗虎の「だって全員独身だし」という言葉に折れる。食えればなんでもいい。
「いただきまーす」
 ちゃんと両手を合わせて皆で夕食を食べる。カレーはかなり心配だったが、修正が早かったおかげでなかなか美味い。サフランライスやナンともよく合う。
「カレーも美味しいですわ。あやこさん、こちらのバーベキューはいかが?」
「アレーヌさんありがとーっ。ナンも上手く焼けて良かった」
 肉もいい焼き具合だ。レオンはアレーヌが持って来た肉だけではなく、鹿も食べられて嬉しそうだ。
「奏恵さん、クールな外見なのに結構豪快な料理するよな」
「煮込めば大抵食べられるもの。問題ないわ」
 いや、家でじっくり煮込むならそれでもいいのだが。食にあまりこだわりがないのだろう。
「おかわりくれへん?キャンプの飯ってなんでこんなに上手いんやろな」
「たくさん食え。ステーキもあるから、空腹でひもじくなることはないぞ」
 健一の皿に冥月は、ステーキを乗せてからカレーをかけた。浩介もそれを真似し、肉を食べながら、美味そうに頷く。
「肉うめぇ。狩りが出来るとか、冥月さんすごいっすね」
「昔色々あってなぁ……」
 それは冥月の黒歴史の一つだ。「キャンプ」というより「サバイバル」訓練の賜物である。
 辺りが段々暗くなり、持って来たランタンの光だけが皆を照らす。
 その空に、レオンの遠吠えが響き渡った。

【夜はこれから?】

「樹海には野犬が住み着いていると聞いたことがあるので、念のため不寝番をしようか」
 夜も更け、静寂は更に増してきた。奏恵の申し出に、冥月はコーヒーを飲み首を横に振った。
「いや、樹海には色々な噂があるが、野犬については眉唾だな」
「そうか。でも何も起こらなかったら、あの編集長が『何もありませんでした』で納得するとは思えないけど」
 確かに。
 だが、それは心配しなくてもいいような気がする。あやこが持って来た怪しげな「霊界ラジオ」とかでかなりおなかいっぱいだ。ちなみに冥月が飲んでいるコーヒーも、あやこが作った怪しげな還元水利用だ。
「はぁい、あやこの霊界ラジオ。今日は樹海にやって来ちゃいましたー。ゲストはフリーライターの麗虎さんと……」
「何でも屋の氷室っす。仕事激しく募集中!」
 樹海の神秘的な美しさを堪能しようと考えていたのに、気が付くとあやこに乗せられ三人で霊界ラジオを始めている。
「俺、ガキの頃『あひるのおやこ』って絵本を『おひるのあやこ』って読み間違えたことあるな」
「なんかそれって、昼メロ風ね。あやこの霊界ラジオでは、霊の皆さんの体験談を募集しています。テーマは『私の失恋自殺』ファックスやアドレスはないから……」
 それは、いいのか?
「霊が体験談を話しに来るんだろうか。興味深い話だが」
「私に聞くな。頭が痛くなる」
 コーヒーを飲みながら冥月と奏恵は顔を見合わせるが、まあ口を出して巻き込まれるのもなんだ。雑誌のネタになるならそれで良いだろう。
 そしてアンテナに近づくと磁場が狂うと言われた健一は、少し離れた場所でレオンとトレーニングをしているアレーヌに話をしている。
「アレーヌさんって俺と同じ歳なんや。それなのにサーカスのスターってすごいな」
「呼び捨てでもよろしいですわよ。その代わり私も健一って呼びますわ」
 十七歳なのに、やはりスターとして立派に仕事をしているせいか、アレーヌは大人っぽい。空中ブランコだけではなく、ナイフ投げも得意だと言うことを話すと、健一は側にやってきたレオンを撫でながら嬉しそうに笑った。
「レオンもよう懐いとるもんな。今度ショーがあったら見に行くから、教えてな」
「そうですわね。呼んであげてもよろしいですわよ」
「んじゃ呼んで。レオンにも会いに行くわ」
「グルル……」
 アレーヌは割と高飛車でつっけんどんな態度をしてしまうのだが、健一はそんな事は気にしていないらしい。
 霊界ラジオの方は、霊の失恋話で盛り上がってきたようだ。そこで浩介は懐中電灯で顔を下から照らし、怪談をを始めてしまう。
「それでよ、穴の中を覗いてみたら……」
 がくん。
 突然浩介の動きが止まる。すると次の瞬間、いきなり浩介は女言葉になって、あやこの手をぎゅっと握った。
「ちょっと聞いて、私、男に騙されて……」
「おいおい」
 これは、どうやら自殺者の霊に取り憑かれたらしい。
 しかしある意味ネタである。あやこは親身になってその女性の話を聞いた。ろくでなしに貢いで、捨てられて、ヤケになって樹海に来て……。
「悲しい恋の物語ね。それで?」
 横座りになって、科を作って泣く浩介が麗虎をじっと見た。
「お兄さん、素敵な人ね。慰めてくれる?」
「あははははは」
 近づくと霊を避けてしまうので、健一は他人事のように笑っている。アレーヌも今のところ害を及ぼすものではないと見て、放っておくことにした。ああいう霊は話せば無念が晴れるだろう。
「モテモテですわね」
 ぐいっと麗虎に浩介が身を寄せる。これが樹海でなければ走って逃げられるが、夜の樹海でそんな事をしたら確実に死ぬ。
「ごめん、俺、死人とはちょっと……」
「うわぁーん、ひどい!だったら、女に走ってやるわ!」
 くるり。
 浩介(女の霊)が、冥月と奏恵を見る。この嫌な予感は……。
「お姉様!私を慰めて」
「とっとと逝け!」
 ぱしこーん!
 冥月の華麗な右ストレートと共に気絶する浩介を見て、奏恵はこれなら死体など見つけなくても充分ネタになりそうだなと思ったのだった。

【Forest Nots】

「あー、俺いつの間に寝たんだろ。怪談してた気するんだけどな」
 次の朝。
 幸せなことに浩介はそれを全く覚えていなかった。あの後は霊界ラジオで自殺者の遺留品を見つけたり、それをどうするかを話したりして、割と平和に終わった。
 ……これから、それらを整理しなければならない忠雄は災難だろうが。
「幸せな奴め……」
 抱きつかれそうになった冥月はまだ怒っているが、本人が覚えていないというなら仕方がない。ただ、この霊の話はそのまま記事にするなと皆に念を押しておいた。
「結構面白かったですわ。レオンとも存分にトレーニング出来ましたし」
「ガオー」
 アレーヌも何だか満足そうだ。今度ショーがあるときは、ここにいる皆を招待してもいいかも知れない。
 奏恵は樹海を見上げ、すうっと深呼吸をした。
 日の光が差し込む深い森。自分の記事はこの美しさだけになってしまって、もしかしたら怪談を求めてる人たちから見ると面白くないかも知れない。
 でも、この風景を焼き付けてそれを書こう。
「来て良かったな」
「うん。私も面白かったー。霊界ラジオはもっと改良の余地があるわね」
 エルフでも皆普通に接してくれたし、思う存分楽しんだ。だがその横で、麗虎は溜息をついている。
「さて、集合場所行こうか。この記事雑誌に載ったら、全員に送るから楽しみにしてて」
「その前にバイト料払わな。皆お疲れさんでした」

 後日。
「編集長、俺そんな話聞いてねぇ」
「だってこれだけ記事があるのに、付録だけって勿体ないでしょ。でも別冊にするにはもう少し写真とかが欲しいから、出し惜しみしないで全部出してちょうだいね」
 やられた。
 皆の書いた記事や写真などが思いのほか良かったために、付録の企画をボツにして別冊に格上げになったのだが、それはある意味先の修羅場が約束されていると言うことで……。
「まあ、原稿料上がればいいんすけどね」
 参加してくれた皆はどんな顔をするだろうか。
 まだ暑さの残る空を見上げ、麗虎は煙草をくわえて眩しさに目を細めた。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒
7061/藤田・あやこ/女性/24歳/女子大生
6813/アレーヌ・ルシフェル/女性/17歳/サーカスの団員/空中ブランコの花形スター
7149/瀬下・奏恵/女性/24歳/警備員
6725/氷室・浩介/男性/20歳/何でも屋
6940/百獣・レオン/男性/8歳/猛獣使いのパートナー


◆ライター通信◆
「夏と樹海と独身カレー」へのご参加ありがとうございます、水月小織です。
初めましての方も、何度もお会いしている方もいらっしゃいますが、楽しんでいただけると幸いです。
今回は大勢のご参加ということで、一日目と二日目とグループを分けまして書かせていただきました。
あまりしんみりせずに、からっと明るい怪談という感じです。
皆様のテーマがそれぞれだったので、別冊ではなく付録になってしまって、麗虎はまだまだ大変そうですが、それもまたありかなと。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いします。参加して下さった皆様に感謝を。