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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


渇望が故


●序

 さあ、始めよう。愚かしくも愉快な、最高のショウを。


(死にたくない)
 強烈な思いが体中を駆け巡ったと同時に、自我がはっきりとしてきた。勢い良く体を起こすと、背中にじっとりと汗をかいていた。
(どれだけここに留まっているのだろうか)
 何度も繰り返し、一度も答えを得られずにいる問を思い浮かべる。答えなど出ない。気付いたらこの場所にいて、時の流れを感じることなく留まっているのだから。
(逃げなきゃ)
 何から、何処から逃げるのかは分からない。頭の中を支配するのは、逃亡への強い意識だけだから。
(逃げなきゃ、死ぬ。死ぬのは嫌だ)
 ぐっと拳を握り締め、立ち上がる。何処に行けばいいのかは分からないが、ともかく逃げようと思った。どこか遠くに、遠くに。
――カーン。
 鐘の音が鳴り響いた。そうして、気付く。もう、逃げても無駄なのだと。
「ああ、あああ……あははははは」
 笑い出す。泣いているのかもしれない。
 それも分からない。何も、何も、何も。
「僕はトウ。生きる意味を、示してみろ……!」
 トウが叫んだその瞬間、中央部の公園に、新たに張り紙が掲示された。
「生とは何だ? 何故生きなければならない? さあ、教えてみろ」
 時計台に向かって、トウは叫んだ。頬から何かが滴り落ちたが、拭い去る事すらしなかった。
 叫び声とともに生じた張り紙には、こう書かれていた。汝が生きる意味を一つ挙げよ、と。


●来

 生きる意味を、見つけられないままでいた。こうしてここにいる事すら、滑稽で。


 気付けば、公園にいた。真ん中に大きな時計台のある、公園。
「また、ここか」
 守崎・北斗(もりさき ほくと)は小さく呟き、辺りを見回す。見覚えのある、しかし現実ではない世界。
 異質な空間、涙帰界。
「力争奪戦が、またあるっつーのか」
 苦笑気味に北斗は言い、掲示板に向かう。鐘が鳴り、掲示板に具現化した力が条件等を張り紙として残す。これがルール。この世界にやってきた時点で頭の中にある、当然のような決まりごとだ。
 掲示板に貼られた紙に目を通し、北斗は「ふうん?」と呟く。
「逃げたのか」
 頭の中に、逃げるトウの姿が浮かぶ。何かから恐れ、何かから逃げる。逃げて、逃げて……笑う。死にたくない、と叫んで。
「逃げても逃げても、どうしようもねーんじゃ……道は一つだろ」
 苦笑し、北斗は「返り討ちだって」と呟く。
「それしかねーだろ」
 誰かの為に盾になる、という者はごまんといるだろうと北斗は思う。
(それってさ、自己陶酔っつーんだよ)
 自分が死んで、その後盾になって守った「誰か」がどうなるかなんて、考えた事はあるのだろうか。
(俺は、待ってる奴の為に)
 ぎゅっと手を握り締める。思いは一つしかない。だからこそ、こうしてここにいる。それはトウが尋ねた質問の答えであると、北斗は思う。
 逃げていたってどうにもならない。ならば、返り討つ。ただ、それだけ。
「よし」
 北斗は小さく呟き、歩き始めた。トウがいるであろうGブロックへと。


 Gブロックには、4人が集まっていた。
「トウの姿は見たかしら?」
 シュライン・エマ(しゅらいん えま)は、他の三人に尋ねる。
「いいえ、見ていません。まだこのブロックも閉鎖されていますし」
 セレスティ・カーニンガム(せれすてぃ かーにんがむ)は、Gブロックに張り巡らされた壁をこつこつと叩きながら言う。
 Gブロックは、ぐるりと壁に囲まれていた。今4人がいる場所に、大きな南京錠がついた扉がある。
「こんなに囲って、何がしたいんだ?」
 守崎・啓斗(もりさき けいと)はそう言って、南京錠を手に取る。一見、単純そうなつくりで、忍の道具を使えば簡単に開いてしまいそうな雰囲気だ。
「さあ。一斉スタート、とかしたいんじゃねーか?」
 北斗は、壁を見上げながら言う。手持ちの爆薬を使えば、簡単に壊せそうな気がする壁だ。
「周りを見てきたけど、扉はここしかないし」
 シュラインはそう言い、辺りを見回した。Gブロックに隣接するブロックはただの平野で、特になにがあるという訳でもない。
「Gブロックはそこまでの広さは無いようですしね。恐らく、ぐるりと囲っているのでしょう」
 頭の中に入っている構図を元に、セレスティは言う。今までのブロックに比べて、広さはどちらかと言うと狭い範囲だ。だからこそ、こうして取り囲む事ができたのかもしれないが。
「兄貴、それ開きそう?」
 かちゃかちゃと試す啓斗に、北斗が尋ねる。
「いや、無理だな。見た目以上に複雑だ」
 啓斗はそう答え、南京錠から手を離した。見た目とは違う何かの力が働いているとしか思えない。
 すなわち、トウの力が。
 北斗は「そっか」と言い、肩をすくめる。
「壁も、見た目よりも随分頑丈でさ。俺の手持ちじゃ壊せそうに無いんだよな」
「やっぱり、トウがそうしているのかしら?」
 シュラインの言葉に、啓斗はこっくりと頷く。
「そうとしか思えない。シュラ姐だって、そう思ってるんだろ?」
 啓斗の言葉に、シュラインは「そうね」と言ってため息をつく。
「だからこそ、待っているんですもの。トウを」
「トウ君、来ますかね?」
 セレスティの問に、北斗は「来た」と言ってにやりと笑った。3人は、はっとして北斗の目線の先を辿る。
 扉の上に、すっと立つ少年の姿があった。彼が「トウ」であるのだと、すぐに分かった。決まりごとの一つとして、彼自身が組み込まれているのだから。
 トウは4人を見回した後、眉間に皺を寄せながら「来たね」と言い、扉の向こう側に消えた。
「待て!」
 北斗は声をかけ、扉に手をかける。すると、かちゃん、と音がして南京錠がほどけて落ちた。
 これで、扉は開く。
「行きましょう」
 セレスティの言葉に皆が頷く。そうして、4人は扉の中へと足を踏み入れた。
 その後ろで、影が動いた。狭霧である。彼女は辺りを見回した後、ぱたぱたと走りながらGブロックへと足を踏み入れた。
 狭霧の入ったすぐ後、今度はヤクトがじっとGブロックに辿り付いた。ヤクトは、にたりと笑い、Gブロックへと入っていくのだった。


●渇

 死ぬのは怖い。死ぬのは嫌だ。だが、生きている理由も分からない。


 壁の中は、外とは反対に緑で溢れていた。中央には噴水があり、こぽこぽと水が溢れている。芝と花で彩られた、美しい大地。手入れは細部まで行き届いており、ちょっとした庭園にでも訪れている気分がする。
「綺麗な場所ですね」
 セレスティはそう言い、続けて「綺麗ですが」と言った。
「そうね。ここは綺麗だけど、何か違和感があるのよねぇ」
 シュラインが辺りを見回しながら言う。綺麗な場所だという事は、分かる。手入れが行き届き、見ているだけで和む……筈だった。
 それなのに、どこか違和感を捨てきれない。ただの綺麗な庭園だと、言い切ることが出来ないのだ。
「何かが変だけど、何なのかがいまいち分かんねーんだよな」
 北斗は肩をすくめる。最初に足を踏み入れた時から、違和感が常に付きまとって離れない。加えて、理由も分からない。
「全て、トウに聞けば分かる事だ。トウを探せばいい」
 啓斗はそう言い、地を蹴る。トウの姿を見かけたのだ。
「あ、兄貴!」
 北斗は慌てて啓斗を追いかける。シュラインとセレスティは顔を見合わせ、同じく後を追った。
「トウを見つけた。捕まえてやればいい」
 啓斗の言葉に、北斗は肩をすくめる。確かに、啓斗の前にトウが逃げているのが見える。後ろからはシュラインとセレスティも走ってきている。
(ここ、おかしいから単独行動はヤバイ気がするんだよな)
 北斗は思い、ちらりと啓斗を見る。啓斗は、そんな事は気にしていないように見える。それよりも、啓斗にとってはトウを捕まえるほうが先だと思っているのだろうか。
(ま、俺がフォローすりゃいっか)
 啓斗が突き進むなら、北斗がフォローする。北斗が突き進めば、啓斗がフォローする。今までだってそうしてきたし、これからもそのつもりだ。今はその通過点の一つでしかない。
 前を見る。啓斗がいて、更にその前にトウの姿がある。
「兄貴、挟み撃ちにする?」
 北斗の提案に、啓斗はこっくりと頷く。北斗はにっと笑い、ぐっと腰を落とす。
「じゃあ、俺が先回りする」
「分かった」
 一瞬のうちに頷きあった後、北斗は地を思い切り蹴った。トウの行く先には壁があった。Gブロックをぐるりと取り囲んでいる壁であろう。壁まで行けば、またどこかに向かってトウは走る。
 ならば、トウが向かおうとする方向へと先回りすればよい。後からは啓斗が追っているのだ。北斗が先回りする方へと逃げるように、上手く誘導してくれるはずだ。
 北斗は軽やかに先回りをする。壁の上に行くか一瞬迷うが、最初のスタート地点にあったようなわけの分からない仕掛けがあることを考慮し、やめる。一見何も無いように見えるが、何かあってからでは遅い。
 先回りをした先には、オブジェがあった。天使の形をしている。あどけない無垢な表情で、そっと微笑んだ天使のオブジェ。
 北斗はそれを一瞥し、身を潜める。もう少しすれば、啓斗に追われてトウが来るはずだ。それを迎え撃ち、捕まえてやればいい。
(逃げたって、どうしようもねーんだろ?)
 生きるという意味を問うのなら、逃げる事に何の意味も無い。
(どうしようもねーなら、返り討ちしかねーじゃん)
 今の北斗のように。ただ追いかけるのも、逃げるのも、性に合わない。
 返り討ち、迎え撃つ。
 トウがこちらに向かってきた。後ろからは啓斗が追っている。北斗の計算どおり。全てが思った通りに進む。
 トウを捕まえられる。逃げてばかりだったトウを。
「……え?」
 ふ、といきなり目の前が揺らいだ。かと思うと、北斗は一人でぽつんと立っていた。
「兄貴?」
 追いかけていた、啓斗の姿が見えなかった。逃げながらこちらへと向かっていたトウも。
 もっといえば、いつの間にかいなかったシュラインとセレスティの姿もない。誰もいない。空間に、北斗がただ一人だけぽつんと佇んでいる。
「どうして」
 北斗は先回りをしたはずだ。啓斗と打ち合わせたとおり、先回りをした。トウがこちらに向かってきていた。それは間違えようも無い事実。
 それなのに、どうして誰もいない?
 辺りを見回すと、先程目に止まったオブジェだけはあった。微笑む天使、無垢な笑顔。その笑顔が妙にうそ臭くて、北斗は鼻で笑う。
「何だよ、これ」
 あんたの仕業? と呟きながら、天使のオブジェを見る。何も答えず、ただ微笑んでいるだけのオブジェ。
(胸糞悪ぃ)
 ちっ、と舌を打つ。違和感な最高潮になっている。突如一人にさせられたから、というのも勿論ある。
 だが、それ以上に目の前のオブジェに対して苛立ちばかり覚えた。何故微笑むのか。何も知らぬくせに。
「……違うか、何も知らねーから笑ってんのか」
 ふ、と北斗は笑う。そうして気付いた。
 オブジェに「生きる意味を示せ」と刻まれたプレートが、かけられている事に。


●望

 ここにいる事が生きるという事なら、ここから離れたくは無い。


 北斗はじっとプレートを見つめる。
「これも、トウって奴の仕業かよ」
 苦笑交じりに言うが、答えはない。北斗はがりがりと後頭部を掻き、再びプレートに向き直る。
「生きる意味ってのを、示せって?」
 答えはない。だが、きっとそうなのであろうという事は、簡単に想像がついた。それが今回の力争奪戦の要となっているのだから。
「俺はさ、待ってる奴の為に……そう、絶対一人にさせないために、石に齧りついてでも生きるって決めてんだ」
 北斗はそう言い、不敵に笑う。
「そいつの為に、誰かが泣く事になったって。俺は生きる。一人にさせるつもりはないからさ」
『それは、誰?』
 声がした。トウの声だ。
 北斗はにっと笑い、オブジェに向かって「トウだな?」と話しかける。
『そう、僕はトウ。ねえ、一体それは誰?』
 再び問いかけられた質問に、北斗はただ笑った。答えるつもりはない。口に出せば、こぼれてしまいそうな気がするから。
『……大事な人、なんだね』
 名前をはっきり言わずとも、トウには伝わったようだった。トウは『そう』と呟く。
「なぁ、逃げても仕方ねーんだろ?」
『え?』
「逃げても逃げても、どうしようもねーんだろ?」
 返事はない。肯定であろう。
「だったらさ、返り討ちしかねーだろ」
『返り討ち?』
「そ。逃げてもどうしようもねーんなら、返り討ちにするんだよ。俺は、生きていたいからな」
『待っている人がいるから?』
「ああ。誰かの為に盾になるって奴、ごまんといそうだけどよ? そういうのは自己陶酔っつーんだよ」
 北斗は言いながら、苦笑を交える。
『それは、分かっている。ずっと、北斗の頭を占めていたから』
「そか。便利な機能持ってるな、お前」
 北斗はそう言い、オブジェをぽんぽんと叩く。
「だったら、分かるだろ? 自分が死んでいって、その後誰かさんがどうなるかなんて考えた事ある奴なんていねーよ。ただの自己満足で終わるだけだ」
 盾になるのはごまんといて、その中でその後を考えている者は殆どない。
『だから、北斗は生きようとする』
「そうだ。……結構、腹黒だろ?」
 くつくつと笑う。トウも心なしか、笑っているような気がする。
「自分が生きたいなら、そこに何らかの目的があってさ。それがどうあっても曲げられねえもんなら、突き通せばいいじゃん」
『突き通す?』
「そうそう。生きるってこたあ、戦いでさ。綺麗ごとじゃねーからさ」
 そう、生は戦い。綺麗ごとをどんなに並べたとしても、それは生とはかけ離れる。
「膝ついちまった時が、お仕舞いなんだぜ?」
 石に齧りついてでも、生きる。生きようとする。戦うが如く、泥水を食んだとしても。生きて、生きて、生きようとする。そこには曲げられないものがあるから。
 膝をつかぬ限り、終わることはない。
『僕は、膝はつきたくない』
「お、その意気だぜ」
『だけど、僕は力として回収される。とすれば、僕は僕でなくなる』
 雲行きが変わってきた。怪訝そうに北斗がオブジェを見つめる。
『君達が僕と言う力の欠片を回収する事によって、僕は僕ではなくなってしまう』
「あー……そういう意味か」
 北斗は苦笑する。確かに、力を回収するために此処に来た。そのために、生きる意味を示した。全ては、トウという名の力を回収するため。
「じゃあ何で、俺達の生きる意味を聞いたんだ?」
『僕の代わりに生きる君達が、どういう思いを抱いて生きるかを知る為に』
「なら、おまえ自身の生きる意味は、何だと言うんだ?」
 北斗の問に、トウは『そうだね』と言って少し笑った。
『北斗、君のものに随分近しい』
 トウがそういうと、オブジェがきらりと光った。光がおさまった頃、既にそれはオブジェではなかった。それは、扉。
『扉を開けるといい。それが、僕の答えだ』
 北斗はそれを聞き、小さく頷いた。そうして、ゆっくりと扉を開けた。


 囲まれた空間の中、ぽつりとトウは一人佇む。
「死にたくない」
 ぽつりと紡がれた言葉は、消えるように細い。
「逃げ出したい」
 それは不可能だと、続けて呟く。逃げた途端、自分は自分である事が出来ぬ。自分が此処に存在する理由を、知っているから。
 存在の理由を失った途端、自由は得られる。だが、その代償はあまりにも大きい。
 自分の存在意義など、紙切れよりも薄っぺらいものに成り下がる。
「逃げれば生きられるけれど、逃げた時点でそれは自分ではなくなる」
 トウはゆっくりと振り返る。
「自分でなくなっても、生きているといえる? 肉体的な生と精神的な生が違うのだと、僕はようやく気付いた」
「トウ」
 北斗はゆっくりと歩き始める。トウの元へと、進むために。
「どちらかを取れば、どちらかを失う。どちらを取ればいいかはどうしても分からず、ぐずぐずとくすぶっていた。それによって、肉体的な生はゆっくりと崩れていっていた」
「お前……」
 トウの姿が、ゆっくりと変じる。
「それでも生きたかった。弱い自分の体ではなく、他の強い他人の体に役目を移動させる事が、精神的な生に繋がる事は分かっていた。だけど、それは肉体的な死を示していたから」
 徐々にトウの姿は一人の女性になる。
「だから逃げた。生きたかったから。心身ともに、生きたかった。だから、ヤクトが逃げたのはチャンスともいえた」
 ヤクトが逃げ出したことによる、肉体的な生。続けて、力を散らして回収すれば精神的な生を得られる。
 否、回収しようとするその行動だけで十分に生きる事になる。
「生きたかった。醜くてもいい、情けなくてもいい。だから、生きたかった。自分が自分である為に、心身ともに生きたかった!」
「狭霧、か」
 トウは狭霧の姿になっていた。北斗の声に、そっと微笑む。
「これが、僕の答え。僕にとっての生は、心身ともに自分であるというもの。だからこそ、僕は狭霧の力の欠片でありつつも、僕であることを望む」
「そっか。つまり、お前は狭霧の一部ではあるけど、トウなんだな?」
 トウはこっくりと頷き、そっと北斗の手を取った。
「僕は北斗の生きる意味を聞いた。とても心地よかった。僕の言葉を、代弁してくれている気分になった」
 思わず北斗は苦笑する。心地よい、だなんて。北斗の戸惑いに気付き、トウは小さく微笑んだ。それと同時に、世界は揺らいだ。


●結

 怖くない。逃げていないから。怖くない。ちゃんと在るから。


 気がつけば、再び4人は揃っていた。その真ん中に、青く光る力の塊があった。
「トウの力ね。生きることを、求めていた……」
 シュラインはそう言い、じっと光を見つめた。柔らかく、どこか芯の強さを感じさせる力だ。
「此処にあるって事は、俺らの言い分を認めてくれたってことか?」
 にっと笑いながら、北斗が言った。
 そんな中、セレスティと啓斗はきょろきょろと辺りを見回していた。
「狭霧さん、何処に行かれたのでしょうか? 先程まで、一緒にいたのですが」
「俺の所にはヤクトがいた。今は、どこかに行ったけど」
 二人は互いに口にし、先程までいたはずの狭霧とヤクトについて口々と言った。会話の内容までははっきりと喋らなかったが。
「で、どうしますか?」
 セレスティがそういうと、光はふよふよとシュラインと北斗の元に移動した。二人に決めて欲しい、といわんばかりに。
「シュラ姐と北斗に決めろって言っている」
 啓斗の言葉に、シュラインと北斗は顔を見合わせる。
「この力は……自分達で持っておきたいわ。一応、ね」
 シュラインの言葉に、北斗は「賛成」と手を挙げる。
「俺は元々貰うつもりだったし……そうじゃなくても、兄貴にいけばいいと思ってたし」
 北斗がそう言った瞬間、光は四つに分裂した。そうして、それぞれの体の中へと、すう、と入っていった。
 胸の中が暖かいと感じた。生きるための気力が、自ずと湧いてくるかのように。


 狭霧は空を見上げる。
「私は望んでいたのね。あんなにも、生を。心身ともに、自分である事を」
 強い、と言ってくれたセレスティの言葉を思い返す。果たして、本当に強いのだろうか。疑問は残る。
 だが、強いといってくれたのだ。例え、生に対する執着が、という意味であろうとも。
「強さは、今の私に必要なものだから」
 手に咲いている花は、相変わらず虚。美しく咲いているにも関わらず。
 同じ虚ならば、強い方がいいと狭霧は思う。弱いよりも、強いほうがよっぽどいい。
 強く、在りたいのだから。


 ヤクトは鐘を見つめていた。
「ふざけやがって」
 力を目の前にしていた。生の意味とやらも示してやった。それにも関わらず、追い出されてしまった。
 実に不愉快だと、ヤクトは思う。どうして、とも。
「俺が得た力は、誰にも渡さない。もう俺の力だ。破壊する為の、俺の力だ!」
 うおおお、と叫ぶ。鐘とは違うが、涙帰界に響き渡った。


<生を渇望するが故に思いは倒錯し・了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い 】

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■         ライター通信          ■
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 お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。このたびは「渇望が故」にご参加いただきまして、有難うございます。
 今回で七回目にもなる力争奪戦ですが、いかがでしたでしょうか。じりじりとでも進んでいる感じが出ていると良いのですが。
 守崎・北斗さん、いつもご参加いただきまして有難うございます。以前書かせていただいたツインシチュが関わるなんて、凄く光栄です。腹黒発言に大喜びしました。
 今回は、個別の文章となっております。宜しければ他の方の文章と見比べていただければと思います。
 また、力を皆様に配布いたしております。詳しい説明等はアイテムをご参照ください。今後の力争奪戦に用いてくださいませ。
 ご意見・ご感想等、心よりお待ちしております。それでは、再びお会いできるその時まで。