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<東京怪談ノベル(シングル)>


『白銀の盟約』


「あー本当、どうしようも無いとはこの事ね……何であんな所に警察が」

拘置所の床は冷たい。
夏間近だというのに此処だけは時間の流れから 隔絶されてしまっている感じだ。
藤田あやこは、壮大な理由があって此処に厄介になっている。
罪状は銃刀法違反。ある依頼を請けて見事成功!と意気揚々とした矢先。

「何しているっ」

いきなりだった。
装備を仕舞うということを失念していたのは迂闊としか言いようがない。
闇の中、女がM24が提げているなんて本来ありえない話だろう。
慌てていたため尋問に際しあやこは「み、ミリタリーファンで!」
と変質者紛いの理由を述べて御用となった次第だ。

「馬鹿よね」

さっきから小一時間はこうして壁に向かって延々と
自己嫌悪の坩堝に嵌っている。原因がお粗末過ぎて
涙も枯れるというものだ。

「はあ……」

マリアナ海溝よりも深い溜息が一つ。簡素な布団の上で膝を抱えると、
かさっと足先に何かが触れる。

「ん?」

それは昼間SHIZUKUが面会に来てくれた時に渡された魂浄の護符だった。
手に取ると、数時間前の記憶が浮かんでくる。



「あやこちゃん!」

面会に来てくれたSHIZUKUはいつもと変わらない溌剌とした笑顔を向ける。
お土産持ってきたのと言う彼女はここが拘置所だという事を忘れるくらいだった。

「ごめんね、何かこんな所まで」
「良いってことよお」

透明な仕切り越しにSHIZUKUはあやこの額辺りを人差し指でつつく。

「お土産って?第一ここじゃそういうのは差し入れって言うのよ、SHIZUKU」
「もう、細かいこと気にしないのー!えっとね……はい、コレ」
「これ?」
「魂浄の護符っていうんだって。悪い気持ちとかを祓ってくれるんだよ」

凄いでしょとまるで我がことのように自慢するSHIZUKUに、
怪訝な顔をしつつも、刑務官経由で渡されたそれをあやこは暫し見つめた。
護符というよりもお守りという感じ。
紫色の布に銀色の刺繍が入ったそれは、小さい巾着袋の形をしていて可愛らしい。
これで交通安全祈願とでも書いてあればそこらで売ってるお守りと何ら変わりはない。

「これ、どこで手に入れたの?」
「えへへ。それは秘密っ」
「……成程ね」
「えー!まだあたし何も言ってないよっ」
「SHIZUKUは分かり易いのよ」

秘密の理由は謎だが、どうせ彼女のことだ
単に自分からの気遣いと露見するのが面倒だったのだろう。
全く普段は怪しい店の人使い荒いオバハンなのに。
これをSHIZUKUに託した時の顛末を想像すると、自然笑みが零れてきた。

「あー、やっと笑ったあ」
「え?」
「あやこちゃん、さっきからずーっと眉間に皺寄せちゃってさ。らしくなかったんだもん。
こんなの平気!って笑い飛ばすもんね、あやこちゃんなら」
「あら、私ってこれでも繊細なのよ。どこかのおてんばアイドルとは大違い」
「まっ!」
「ふふふ」

学校で内緒話をするみたいに笑いあった昼間を思い出すと、
この静かな夜とのギャップがあまりにもありすぎて胸が締め付けられそうになる。
思わず護符を祈るように握りしめた。
日頃の行いが悪かったのかななんて考えが掠める。
思えば悔いることは今まで沢山あったのに、都合良く忘れられてたんだと思うと
それがまた泣けてきたりして。ぐすっと鼻を鳴らす。

「やだな……もう本当、この体ごと交換したい……」

そう思っていつの間にかあやこは眠りについてしまっていた。


「もし……」
「う、ん……あとごふんー」
「もし!」
「ほえ……?」

何だ夢かあ。
そう思ってぱちっと目を開けると、そこは何もない。だだっ広い空間だった。
寝惚け眼で茫としているとふいに肩を叩かれる。振り返ってあやこは、絶句した。

「んなっ」
「初めまして、あやこさん」

そこに居たのは明らかにこの世のものじゃない。人のような生き物だった。
そう言うより他にない。耳はとんがってるし、髪の毛は銀髪。
目は金色で、あろうことか背には小さな翼がはためいていた。何、これ。

「エルフです。人の言葉ではそう呼びます」
「はい?」

此方の考えを読んだかのようにエルフの娘はぺこりと頭を下げる。
悪いもの、ではなさそうだ。

「あの、今ちょっとあやこさんの夢に間借してまして」
「間借……」
「折り入ってお話が」

この非現実的な夢に、あやこは完全に理解するということを放棄した。
だって夢だ。何が居たって不思議じゃない。
拘置所に居てもすることが無くて暇だったのだし、開き直って「なあに?」と聞いてみる。

「えっと、率直に申し上げますと。その……」
「まだるっこしいわねえ。何よ。何でも聞いてあげるから、話してご覧なさい」

自分の夢の中という意識もあって、些か尊大に胸を張る。
えへん、とあやこはわざわざ咳払いしてみせた。

「あの!あやこさんの体と私の体、交換してくださいませんか」

暫し間。

「……ごめ、出直してきて」
「あやこさんーっ」

悲痛な叫び声が夢の中に木霊する。切迫しているというのはよく分かるが、
それとこれとは話が別だ。体を交換?頭大丈夫だろうか、このエルフ。

「失敬な!」
「いちいち人の考え読まないで。プライバシー侵害で訴えるわよっ」
「ご、ごめんなさい。でもちょっとくらい話を聞いてくれても……」
「……話だけ、よ?」
「はい!」

悪い癖だ。うるっとした瞳で懇願されてはキッパリ断るにしても後味が悪い。
仕方なく聞いてやることにした。

「私の国、今ちょっとごたついてまして」
「まあ国家てのは大抵どこもごたついてるわよね」
「それで緊急的に人の体が必要になったんです」
「……国の事情と何で人の体が結びつくわけ?」

当然と言えば当然の疑問に、エルフは「あ、ごめんなさい」と会釈すると
簡単にですが……と付け加えて自国の説明をしてくれた。
現在エルフ族はその特殊な能力故に正体不明のロボット軍から猛攻撃と受けているらしい。

「ロボット?!」
「ええ」

あやこの脳裏にロボットがエルフ達を容赦なく駆逐していく姿が浮かんだ。
エルフ達は必死に召還獣を喚び、魔法を駆使して抵抗を試みるも、
ロボットの驚異的な防御力、攻撃力の前では全く歯が立たなかったという。

「凄いわね……そんなロボットがあるなんて」

現在ある技術の中でもトップレベルのものであることはまず間違いない。
あやこの中に眠る武器開発という血が騒いだが、
悲しげに話すエルフを前にそれは何とか押しとどめる。

「でも、それなら私が直接行けば良いんじゃないの?」

それだったら喜んで助太刀するわ!と意気込むあやこに、
エルフは緩く首を横に振った。

「ただ連れてくれば良いというわけではなくて、召還魔法に耐えられるよう
エルフの魂が入った状態でなければならないんです」
「はあ……それで体を交換」

そうなんですと項垂れる。彼女だって好きこのんで来たわけじゃないだろう。
聞けばこの美しい娘は姫なのだという。
王族だから、という理由で矢面に立たされる羽目になったエルフの娘。
そう思うとあやこの姐御気質がくすぐられた。
クラスに一人はいるドジっ子を目の前にしている気分とちょっと似ている。

「魂の波長が合うの、あやこさんだけなんです!」
「はあ……」
「じゃないと男になっちゃうかもしれなくて」
「えええ!」

それは一大事だ。女から男への転身なんていきなりは嫌だ。
流石にちょっと同情するあやこに尚もエルフは畳み掛けてくる。

「お願いです。ほんとに……交換するだけで良いんで」
「……私このままこの世界に居ても良いのよね」
「勿論です」

何か事情が事情のようだし……エルフになるというのも案外悪くないかもしれない。
どうせ、夢だし?
あやこは軽く人助けをするつもりで「分かったわ」と頷いた。

「本当ですか?!有難うっ」
「いえいえ」
「じゃあ、お名前をどうぞ。この光の上に立って念じてください」

エルフが指差す先にいつの間にやら光の円が浮かび上がる。
言われるままにその上に乗っかり、自分の名前を強く念じて目を閉じた――



「で、こうなってたんだ!凄いっ」
「凄くないっ」

ぱたぱたと翼をはためかせ、SHIZUKUに猛抗議するエルフ……否あやこ。
そうなのだ。起きたらこれがとんでもない事に現実で、都合良く拘置所ではなく
自室の床にこの姿で突っ伏していた。最初は変な夢だな?くらいに思っていたことが
本当に実現してしまうという異常事態を前に、大慌てでSHIZUKUへと連絡を
取ると、彼女はすぐに駆けつけてくれたが……。

「これどうしよ……」

姿見の前であやこは背中の羽を懸命に握ってみたり動かしてみたり、
髪の毛を引っ張ってみたりしたが、そんなことで体が戻るわけもない。
落ち込むあやこの姿を見かねたのかSHIZUKUは笑って肩を叩いてくれる。

「良いじゃない?暫く堪能してみるのも」
「他人事のように言うわね……」
「だって他人事だし」
「…………」

それにね、とSHIZUKUは背後にあやこの背後に回って、
あやこの体を姿見にくるっと正面から向かい合わせる。
そこには純白の美しいエルフと、SHIZUKUが並んで映し出されていた。

「これがずっとのことなのか、一時的なものなのかは分からないけど、
あやこちゃんはあやこちゃんなんだから。前と同じように元気いっぱい、
生きるのが一番良いと思うの」
「そ、そう……?」

未だ不安げに問うあやこに、SHIZUKUは自信たっぷり頷いてみせる。

「……そう、よね。私の魂まで変わったわけじゃない、もんね」
「そうだよ!」
「うん。…………ありがと、SHIZUKU」
「やだなー水くさいよお?」

そうね。
私は、私。器が変わっただけで、私はちゃんとここで生きてる。

「こうなったら、とことんエルフとして生きてやろうじゃないの!」

東京のどこかで――――
今日も白銀の翼をはためかせるエルフがいる。