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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


文月堂奇譚 〜想いを届けて……〜

●不思議な違和感
「あれ?」
 その日、教室にやってきた秋篠宮静奈は不思議な感覚にとらわれた。
 どこが、と言う訳ではないが違和感を感じたのだ。
「あ、静奈おはよう」
 友人のクラスメイトが静奈が教室に入ってくるのを見つけると挨拶をした。
「あ、おはよう……アレ?」
 挨拶を返した静奈だったが、その友人の隣にいる少女に目が止まった。
「ねぇ、悠子その子誰?」
 違和感なくクラスメイトの隣にいる、自分と同じ神聖都学園の制服に身を包んだ黒髪のどこか大人しそうな雰囲気を持った少女の事を静奈は聞いた。
「何言ってるのよ、静奈。 灯じゃない、大丈夫? どっか頭でも打った?」
「おはようございます、静奈さん」
「え、ええ、おはよう……」
 灯という少女が静奈に微笑みながら挨拶をしたところで休み時間が終わりそれぞれ自分の席へと着席していった。
 静奈も自分の席へとついたが、自分の後ろの空席だったはずの席に、先ほどの灯がさも当たり前という様子で座っていた。
 静奈は少し訝しがりながらも休み時間になるのを待つ事にした。

「灯……さん、ちょっと良い?」
「はい?」
 休み時間になり一息つくと静奈はそう言って灯の事を屋上へと呼び出した。
 屋上の手すりに寄りかかりながら静奈は灯の事を見つめる。
「あなたは……一体なんなの? ボクが見たところ普通の人間じゃないみたいだけど」
 静奈はそう言って、制服のポケットから呪符を取り出しつつそう問い詰めた。
 その呪符を見た灯は小さくため息をついて、静奈の事を見つめ返した。
「静奈……さんにはどうやら通じないみたいですね。 仕方ないから話しますね」
 しばらく時間を置くと灯はゆっくりと話はじめた。
 「私は……、精霊なんです」
 そう切り出し灯は話はじめた。
「精……霊? そうだからみんなが……」
 納得した様に静奈がつぶやくと、灯が小さく頷き静奈の横へとゆっくり歩き、灯も手すりに寄りかかり校庭を見た。
「私は……好きな人がいるんです。 だから、人間になってここに来たんです、その人に私の気持ちを伝えるために……」
「それは……、人間の誰かを好きになったって事かな?」
 静奈のその言葉に灯は静奈の方に振り向きながら答えた。
「はい」
 笑顔でそう答えた灯の事を見て静奈は考えをまとめた。
 確かに精霊が人を好きになる、という話は昔から伝承などでもたまに見かける話だ、だが……。
「話はわかったよ。 でもそれがどういう意味を持ってるか……、灯さんはわかってる?」
 その言葉を聞いて再び灯は手すりに手をついて空を見上げた。
 しばらくの沈黙の後、はっきりと灯は答えた。
「はい」
「それじゃ、その相手の人が誰なのか教えて貰えないかな? ここまで聞いた以上ボクで手伝える事があれば手伝うよ」
「あの……、ありがとうございます」
「良いよ、灯さんも覚悟があってやっている事だしね」
 静奈はそう言って、灯から細かい事情を聞くのだった。

●文月堂にて
 放課後、古書店文月堂に静奈と灯はやってきていた。
「と、言う訳なんだけど、何とかこの子の思いを相手に伝えられないかな?」
 静奈がそう言って精霊であるという所は抜かして、皆に説明をして助力を求めた。
「ここは恋愛相談所じゃないんだけどな……」
 どこか困ったような笑みを浮かべて佐伯隆美が灯を見る。
「お姉ちゃん、そういう事いうものじゃないよ灯さんも静奈さんも困ってるからここに頼ってきたんだろうし」
「ごめんね、ボク恋愛とか全然どうしたら良いのか判らなくて……」
 手伝うとは言ったものの、どうすれば良いのかさっぱりわからなかった静奈はここの面々に頼りに来ていたのだった。
「それで相手の人は、同じ学年の……、滝川浩司さんか。 他にわかってる事は?」
「ここの近くの公園でよくジョギングををしています。 そこで私も浩司さんの事を見かけて……」
 灯が赤くなりながらもがそう説明する。
「まぁ、私達も聞いちゃった以上協力するよ。 ここに来る人達にも何か良い案がないか聞いて見るよ」
 隆美がそう言って灯に小さくウィンクをする。
「ありがとうございます。 私一人だとどうしても勇気が出なくて……」
 灯がこれ以上ないというくらい深くお辞儀をするのを見て、隆美と静奈は思わず苦笑するのだった。

『滝川浩司(たきがわ・ひろし)
神聖徒学園高等部二年生
所属部活:調理部
趣味:読書、お菓子作り、ジョギング
美形というほどではないが、さわやかで心優しい青年
灯や静奈とはクラスメイトである
クラスでの人気はそこそこ
兄弟は特になく、現在はアパートに一人暮らし』

「ま、こんなもんかな?」
 隆美がそう言って、相手の事についての事をメモにまとめる。
「出来れば放課後灯さんもここに来て欲しいな、話をしやすいし」
「わかりました、できる限り学校が終わったらここに来ますね」
 隆美にそういわれて灯が頷く。
「うまくいくと良いね、灯さん」
 静奈がそう言って、灯の肩を叩く。
「はい、頑張ります」
 灯は笑顔でそう答えるのだった。

●恋模様
「あら? 撫子さんお久しぶりです」
 文月堂の店の前でアンネリーゼ・ネーフェは自分と同じように文月堂へとやってきた天薙撫子の姿を目に留め、声をかけた。
「アンネ様お久しぶりです。 今日はどうなされたのですか?」
 声をかけられた撫子は、アンネにそう聞き返した。
「私は久しぶりにお話がしたくなって……、そういう撫子さんは?」
「わたくしは少しレポートに必要な文献がありまして、ここならばあるだろうと思ったので……」
「なるほど、でしたら私もその本を探すのを手伝いましょうか?」
「ありがとう、そのお気持ちだけ受け取っておきますわ」
 二人はそう笑顔を浮かべながら、文月堂へと入って行った。
 店内に入った二人は静奈が店内にいる事に驚いた。
「静奈様、どうされたのですか? あの……その方は?」
 静奈となにやら話していたらしい、神聖都学園の制服に身を包んでいる少女に気がつく。
「あ、撫子さんにアンネさん、お久しぶりです。 この人はボクのクラスメイトの灯さん、ちょっと相談事があって、ここに来たんだけど……」
「相談事、ですか?」
 アンネがそう聞き返す。
「あ、はい……、あのこの人達は?」
 灯がおずおずと静奈にそう聞くと、撫子とアンネがそれに答えた。
「私達は静奈さんや隆美さんの……、友達ですよ。 アンネリーゼ・ネーフェといいますよろしくお願いしますね」
「わたくしもその……お友達みたいなものですね。 神聖都学園の大学部で学んでいる天薙撫子と申します」
 二人に自己紹介をされてあわてて灯が頭を下げる。
「森田 灯といいます、その……、静奈さんのクラスメイトです」
 頭を下げた灯を見て、アンネと撫子がふと表情が曇らせる。
「静奈様……、その相談事というのは?」
 撫子が改めて静奈に話を聞く。
「あ……、それなんですが、灯さんの恋の話でね……」
「え? 静奈さんそれは……」
 真っ赤になった灯の姿に気がついた静奈はあわてて誤魔化す。
「あ、隆美さんちょっとお茶でも入れて来てもらえませんか?」
 隆美に目で合図をしてそう静奈が頼む。
「そうね、ちょっと人も増えたし、煎れてくるわね。灯さんちょっと手伝ってもらえるかしら?」
 隆美はそう言って灯の手を引くと店の奥へと消えて行った。
 それを確認すると、静奈は二人に今回の事を説明する。
「静奈さん、あなたは気がついているんですね?」
 アンネが静奈にそう問かけると、静奈は小さく頷いた。
「彼女……灯様は普通の人ではないのですよね? それでも……」
「私は彼女がそれをするのを余り良い事とは思いませんが……」
 静奈はきっとそう言ったアンネの事を見つめ返す。
「灯さんはそれでも……自分の気持ちを大切にしたくて……」
 静奈のその言葉と灯の事を何度か見たあとアンネは小さく嘆息の息を漏らす。
「……でも彼女がそれを望むのでしたら無理に止めようとは思いません。彼女がくだした決断ですから」
「わたくしは、その想いを遂げさせてあげたいですね。アンネ様のそれもわたくし達と同じなんではないでしょうか」
 二人のその言葉に静奈はほっとしたような安堵の息を漏らす。
「撫子さん、明日神聖都学園の高等部まで来ていただけますか?」
「そうね、わかりました、アンネ様には後日お話させていただきますね」
 三人の話がまとまった所に、灯が隆美の入れたお茶を持ってきたのだった。

●応援団
 その翌日神聖都学園の高等部ではちょっとした騒ぎが起きていた。
 なにやら私設の応援団という同好会がその校門にて待ち構えていたのだった。
 その応援団というのは藤田あやこの作った『森田灯応援団』という物だった。
 活動内容は森田灯の恋を応援する事、らしい。
 その活動はあやこの自発的行動、つまり暴走によるものであった。
 そしてその日の放課後、静奈と灯の教室には二人の他に昨日約束をしていた撫子の他にあやこと、何処から噂を聞いてきたのか、二年生の月見里千里がやってきていた。
「恋の悩みといったら私の出番よね!! この恋の魔術師、月見里千里に任せてどーんと大船に乗った気でいてよね!!」
 千里はそんな事を言いながら、灯の前に姿を現したのだった。
 その横で千里の事をよく知る静奈と撫子は小さく乾いた笑みを浮かべていたのだった。
「ま、まぁそれはそれとして!! とにかく私の作った灯応援団に入部しなさい入部!!」
 唐突とも強引とも取れるような勢いで、あやこがその手に持った手書きの入部届けを振り回しながら灯に詰め寄る。
 それを見た千里は取りあえずあやこの事を止める。
「そんな風に行ったらただの逆効果だってば!!」
 千里があわてて止めに入り、仕方なくあやこもその身を引いた。
「あやこ様のどの様にして応援をされるつもりだったのですか?」
 撫子があやこに何をしようとしたのか聞いた。
「えーとそれはね、まずは灯さんを鍛えないと駄目だと思うんだよね。 だからこういうのを作って見た」
 そう言ってあやこが出してきたのは一枚の印刷された紙であった。
 その紙には、なにやらスケジュール表のようなものがびっしりと書きこまれていたのだった。
 その紙を千里がひょいと隙をついてその手から奪う。
「あーちょっと返しなさいよーっ!」
 あやこがあわてて手を伸ばしてその紙を奪い返そうとするが、千里はひょいと身をかわしてその中身を見た。
「まさか、これを灯先輩にやらせようって思っていたの?」
 千里はその内容を見てその表情を曇らせる。
 そのか書かれていた内容は、もう十年以上昔のアニメにあったようなスポコンまっしぐらといったような、ものすごいハードなものだったからだ。
「確かにこれはちょっとやりすぎのように思えますね……」
 撫子と静奈もその紙を覗き込んで千里の意見に同意する。
「あやこ様が応援したいという気持ちはよく判りました、でもこれは灯様の問題です。わたくし達は助言する程度で、見ているのが良いと思うのです、だからその様にお願いできますか?」
 静かだか、どこか迫力のある撫子のその言葉にあやこはうなずく事しかできなかった。
 今まで所在なさげにしていた灯がおずおずとやってくる。
「あの……皆さんありがとうございます……」
 小さくお辞儀をする灯の姿を見て、撫子はその気持ちが真実であると思えた、そしてその気持ちが揺るがない事も。
 だが、今自分が思った事は心の中に留めて微笑を浮かべて灯の事を自分達の元へと迎え入れた。

●相談
「それで実際の方法なんだけどさ」
 学校が終わり、アンネも含めて文月堂へと集まった一同へ自分が学校で情報網を駆使して調べてきた物を机に載せて見せる。
 そこには滝川浩司の休日の練習スケジュールが書かれていた。
「あら?これは……」
 その中である事に撫子が気がつく。
「あ、撫子さんもそれが気になった?」
 ニヤリと悪戯っぽい笑みを千里が浮かべる。
 撫子が目に留めたそれは、朝のジョギングというものであった。
 それはルートまでしっかり書かれており、そのルートにこの文月堂の近くの公園も含まれていたのだった。
「あの……どういう事……ですか?」
 判らないという風に灯が千里に聞いた。
 アンネはそこでああ、と納得したような表情になる。
「つまりそこを出会いのきっかけにしようと、そういう訳ですね?」
「アンネさん、そういう事」
 びっと親指を突き立てて千里はオッケーというようなジェスチャーをする。
「古典的だけどさ、こういうのは古典的だからこそ効果覿面だと思うのですよ。 私的には」
「えと……どういう事でしょうか?」
 やっぱり判らないといった様子で灯が千里に再び聞く。
「だからさ、簡単にいうと、ジョギング中に、灯先輩の事を知ってもらうって事だよ」
「???」
 頭の上にクエスチョンマークがたくさん浮いてるような表情を灯が浮かべるのを見て千里はその耳元へそっと囁く。
「あのね、つまりは走ってる浩司先輩とね、こういうこと」
 そう言って軽く灯の背中をおし、そのまま灯はアンネの体に倒れこむ形になる。
 そして千里のした事の意味を灯は理解すると、その顔が赤くなるのを感じたのだった。
「千里様、余り店の中では騒がない方がよろしいですよ?」
 撫子はそう言って本を片手に千里をたしなめる。
「ごめんごめん、こうした方が判りやすいかな?と思ってさ」
 軽く頭を下げると、撫子の持っている本に千里は興味が移る
「撫子さん、何の本を読んでいるの?」
 問われた撫子はあわてて本を閉じる。
「い、いえなんでもありませんよ」
 灯の正体を知らないかもしれない、千里に余計な心配を与えないために撫子はそうごまかす。
 千里にはそのとじた本のタイトルが精霊にかかわるものだと言うのが読めた。
「精霊、か……何かあったのかな?」
 千里は小さく呟くと、灯の方を見る
「まさか、ね……」
 その千里の視線の先にある灯はアンネに抱かれる形でその整った顔を見詰めていた。
 そしてその見詰められたアンネは小さく灯に問いかける。
「灯さん、あなたは……、自分の気持ちの結果がどの様になるか、お分かりなんですよね?」
 そう問われ、はっとした表情で灯はアンネの事を見詰める。
 アンネの表情から、その言わんとした事をわかった灯は気持ちを確かめる様に頷いた。
 灯のその行動から仕方ないという様に小さくため息を漏らすアンネであったが、その手をその手をそっと灯の頭に載せる。
「そうですか……、でしたら私は何も言いません。 頑張って下さいね」
 そう応援の言葉を灯に伝えたアンネであった。

●出会い
 そしてその週末の日曜日。
 文月堂の近くの公園に皆集まっていた。
 目立たぬように木陰で、浩司のいつも走るルートを確認しあう一同。
 あやこが何か言いたげであったが、目立たぬようにという事で、見守ることだけをさせると約束をさせてあった。
 あやこは何か言いたげではあったが、約束した手前何も言えずに黙っているしか出来なかった。
 そして考えた末、公園の中で丁度木々の茂っている所へ入る角の所で実行する事に決まった。
「あの……本当に大丈夫でしょうか?」
 恥ずかしそうにする今日の灯の服装はまずぱっと見て印象に残るように前日に千里がああでもないこうでもないと選んだ少女チックなフリルのあしらわれたワンピースを着ていた。
「大丈夫よく似合ってるよ。 私が男の子だったら一発で惚れちゃうって」
 千里がそう元気付ける。
「そうですね。よくお似合いだと思いますよ」
 アンネも自分の思った事をそのまま言葉に乗せる。
 灯は皆の事を見渡すとぐっと手を握り締めて、笑みを浮かべる。
「さて、そろそろ時間だよね」
 千里がそう言って、目立たぬように浩司がやってくる方向を覗き込む。
 そして走ってくる人影を認めると、灯に合図を送る。
 合図を送られた灯はまだどこか迷っているようで足を踏み出せないようだった。
「あの……やっぱり私、こういうのは……」
「あーここまできててじたばたしないの!! 女は度胸って言うでしょ!!」
 千里がそう言ってその背中をトンと押した。
 背中を押された灯はつんのめる様にしてゆっくりと歩き出した。
 自分の意思で動きはじめたわけではない足はそのままもつれてしまう。
「きゃっ!!」
 そしてそのまま走ってきた浩司の前へと躍り出る。
 二人はそのままよける事ができずに体がぶつかり倒れこんだ。
「いたた……、だ、大丈夫?」
 浩司は自分が倒れた割には痛みがひどくない事にいぶかしみながらも立ち上がろうと、地面をつかもうとする。
 するとその地面をつかんだはずの手はやわらかい感触を感じる。
 慌ててそちらへ視線をやると乗っかってしまった灯の胸のふくらみを触っていたのに気がつく。
「ご、ごめん……!!」
 浩司は慌てて急いで立ち上がろうとする。
 −−パリンッ!−−
 すると何かが割れたような音が周囲に響き渡る。
「え……?」
 浩司がその音のした足元をみると、眼鏡がその足の下で姿を変えていた。
「だ……大丈夫ですか? 怪我とかしてないですか?」
 慌てて、浩司が灯の事を介抱するとしばらくして灯がその瞳を開く。
「は、はい……大丈夫です……」
 灯は立ち上がろうとしていつもと違う視界に思わずふらつく。
「あの……眼鏡見ませんでした?私の……なんですが」
 それを聞いて浩司が申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ごめん、それなんだけど、これでいいのかな?」
 そう言って浩司はレンズが割れてしまった眼鏡を灯に差し出す。
 灯はその差し出された眼鏡を受け取る。
 浩司は申し訳ないというような表情を浮かべていた。
「あのさ、その眼鏡さっき僕が踏んで割っちゃったんだ。 だからそのお詫びと言っちゃなんだけど、その……僕に弁償させてくれないか?」
「え……?」
 予想外の言葉に灯は驚きの表情を浮かべる。
「迷惑だったら仕方ないけど、これから一緒に眼鏡……買いに行かない?」
「あの……いいんですか?」
「ああ、むしろ僕の方から頼みたいかな? 君みたいな可愛い女の子と一緒にいられるんだから」
 浩司のその言葉で、灯の顔が真っ赤に染まる。
「あの……それじゃ一緒にお願いできますか?」
「うん、判った、よろしくね? あ、僕は滝川、滝川浩司っていうんだ、君は?」
「私は……、灯、森田灯です」
「灯さんか、よろしくね」
 そう言って差し出された浩司の手を灯はつかむのだった。

●告白
 翌日の昼休みの事である。
 灯や静奈の教室に浩司がやってきた。
「灯さん、君に話したい事があるんだ。 よかったら今日の放課後、屋上で待ってるからもし良かったら来て欲しい」
「え? それは……」
「それじゃ、用はそれだけだから」
 言うが早いか浩司の姿は消え去っていた。
「よかったね、灯さん」
 静奈はそう灯に言うと、事の顛末をメールで、関わった一同へと連絡したのだった。

 放課後になりその踊場で撫子達は灯の事を励ましていた。
「大丈夫ですよ。 灯様、わたくし達がついています」
「そうです、ここまで来たのですご自分の気持ちを大切に……」
 撫子とアンネがその灯の手を取ってその気持ちを励ます。
 あやこと千里はそれを見て笑顔で励まし、踊場の扉を開け放った。
 扉が開けられると灯は意を決したように、撫子とアンネの手を話笑顔でその扉を潜り歩き始めたのだった。
 屋上の手すりによりかかる様に浩司は空を見上げていた。
 ゆっくりと灯は歩いていき浩司の前へとやってくる。
「浩司君……は……話ってなんで……すか?」
 顔を真っ赤の染めながらそう小さく呟くと、ゆっくりと浩司は灯に言った。
「僕は……君の事を昨日だけで好きになってしまったみたいだ……、その……唐突だと思うけど、僕と付き合ってくれないか?」
 そこまでいうと浩司は、赤くなって横を向いて灯の答えを待った。
 しばらくの沈黙の間ちらちらと灯の事を見る浩司だったが、灯はうつむいたまま何も言わなかった。
 しばらくそうしていたが浩司がゆっくりと口を開く。
「あの……さ。 嫌なら言っていいから……」
「…………」
 どうしようというかのように頭を掻いた浩司だったが、そこに小さく声が聞こえてきた。
「……うれしい……です。 私も……滝川君の事好き……、でした……」
 ゆっくりと顔を上げた灯の瞳には光る物がありその表情は笑顔に染まっていた。
「じゃあ……」
「でも……、私はこの気持ちを伝えられただけで幸せです……」
「……え?」
「だって……これでもう私は……」
 浩司はいやな予感がしてその灯の手を握る。
 だがその灯は笑顔を浮かべたまま光の粒子となり消えていった。
 そして、その場にはカランと音をたてて、昨日二人で買いに行った二人のお気に入りの眼鏡が音を立てて転がるのみだった。
「……一体……何が……?」
 その地面に落ちた眼鏡を握り締めた浩司が呟く。
 そこへ踊場の扉が開いて、撫子達がやってくる。
「やっぱりこうなってしまいましたか……」
「こうなったってどういう事だよ? 彼女は……灯さんは何処に行ったんだよ?」
 今にもつかみ掛かりそうになる浩司だったが、それを千里が身を挺して止める。
「灯さんは人間じゃなかったんですよ」
 アンネがそう浩司に告げる。
「人間じゃ……ない?」
「はい、彼女は精霊が人の姿を模していたのです、ただ一つの事を成すために……」
「ただ一つのこと? 精霊?」
 浩司が判らないといったように聞き返す。
「そっからの説明は私からするよ。 つまりね、灯先輩は滝川先輩に自分の気持ちを伝えて答えてもらうために今、ここにいたんだ、そういう事なんだ……」
「僕のために……?」
「そう、精霊ってのは人と結ばれる事はない、だから、その気持ちがかなってしまった段階で彼女は存在できなくなってしまった」
「そんな……」
 ガクリと浩司は膝をつく。
「それでは私はこの辺りで失礼させてもらいます。 余り部外者が学園内をうろうろをしているのもよろしくないと思いますから……」
 どこかさびしげにアンネはそういうと皆に小さく挨拶をするとゆっくりと姿を消すのだった。
「仕方ないですね、彼女はボク達がこれからやろうとする事を認めるわけには行かないでしょうから、だから知らない振りをするしかない……」
 その消えた後姿を見て静奈が小さく呟く。
「これからすること……?」
 訳がわからず浩司が聞き返す。
「そ、これから私達で灯先輩を呼び戻そうって思ってるんだ」
「え? そんな事が……」
 浩司の表情が喜びに変わる。
「普通ならできないけどね。 浩司先輩はちょうどそれが出来る物ををその手に持ってるんだ。 これは運命なのかもね」
 千里がそう言って、浩司の握り締めている灯のかけていた眼鏡を指差す。
「お二人の気持ちが繋がった物を媒介に灯様を呼ぶのです。 ただこれには、心の通じ合った者同士でなければ意味がないのです……」
「この眼鏡を媒介にって事ですか?」
「ええ、そうです。それでそれを行うのは今晩、灯さんと最初に出会ったあの公園で行います。来て頂けますか?」
 撫子のその言葉に浩司は頷いた。
「絶対にいく、灯さんのためにも……」
「それではわたくし達は準備の為に失礼しますね。
 そう挨拶をすると一行は、浩司を残しその場を去るのだった。
 一人残された浩司はその手にある眼鏡を握り締めて空を見つめるのだった。

●月光の下で
 浩司が公園につく頃にはすでに陽は落ちていて、すでに準備は始まっていた。
 巫女装束の姿に着替えている撫子と静奈と千里を前に浩司は驚きを隠せなかった。
「ああ、驚かなくても大丈夫。静奈先輩と撫子さんはこれでも本物の巫女さんなんだよ、私のはただのコスプレだけど」
 そんな風に千里が説明をはじめ、今回の一連のことの説明をした。
「判りました。でも、あの……本当に……」
 足元に五芒星を書きながら撫子は浩司の言葉に頷いた。
「ええ、灯様を取り戻す事ができるのは浩司様だけです。わたくし達はそのお手伝いをさせていただくだけです」
「でもさっきの話を聞いた限りじゃ、たとえ灯さんがここにもどって来ても彼女が精霊じゃ……」
 心配そうな声を浩司があげると千里がその肩を叩く。
「大丈夫だよ、精霊としての灯先輩はもういないんだ。 ここに戻ってくる事があるのは私達と同じ浩司先輩と同じ灯先輩だよ」
 千里の笑顔を見てほっと息を浩司は吐く。
「大丈夫だってば、私が応援してるんだから」
 あやこがそう応援したのを見て一同は思わず苦笑してしまう。
「これでいいはずです。 この五芒星の真ん中の符の上に灯様の眼鏡を置いていただけますか?」
「は、はい」
 浩司が慌ててその言われた場所に眼鏡を置く。
「滝川君はこの符を持ってもう一つの五芒星の上に立ってもらえる?」
 浩司は静奈にそう促されて、符を手に取り五芒星の上に立つ。
 その頭上には月がやさしげな光で見守っていた。
「これでいいんですか?」
「はい、わたくし達がそれぞれの五芒星の前で印を結び祝詞を唱えます。 そうしたら灯様を呼んで下さい。 ただ一心に呼ばれればきっと……奇跡は起こります」
 浩司はその撫子の言葉に頷き、静奈にもよろしくお願いしますという風に小さく礼をした。
「では始めます、静奈様よろしいですか?」
「ボクの方はいつでも大丈夫だよ」
 静奈の返事を貰った撫子は印を切り祝詞を唱えだし、それに静奈も続いた。
 二つの五芒星が暖かな光を放ちだし、段々そこに立つ浩司の姿を包み隠していく。
 その暖かな光に包まれ浩司はただひたすらに灯の事を思った。
「僕達……まだ本当に出会ったばかりだろ……。灯は僕の事を知っていたみたいだけど僕は灯のこと全然知らないんだ、だから教えてくれよ、灯の事もっと教えてくれよ……」
 そう浩司が願う中、段々と光が強さをましていきその輝きが天を突き刺した。
「なにこれ!まぶしっ!!」
 千里とあやこがその眩しさに耐え切れずに瞳を閉じる。
 徐々に光が収まっていき、撫子と静奈の唱える祝詞も徐々に声が小さくなっていった。
 ゆっくりと瞳を閉じていた二人がその瞳を開けていく。
 その開けた瞳の先の光が収まったそこには二つの人影がお互いを支えあって立っていた。
 その姿はまぎれもなく、浩司と灯の二人であった。

 丁度それを時を同じくして公園から少し離れたベンチで、アンネがその光の柱を見ていた。
「どうやらうまくいった様ですね……」
 誰にも聞こえないかのような小さい声でそう呟くと、どこか満足そうな笑みを浮かべてその場を離れるアンネであった。

●エピローグ
「おはようございます」
 そう言って教室にやってきた静奈の前には、眼鏡をかけた少女とその大切な人である男子生徒が座っていた。
「あ、静奈さんおはようございます」
 笑顔でそう話かける灯を前に同じく笑顔で返す静奈だった。
「先輩先輩、昨日の写真できたよ!!」
 昨晩何処から出したのかカメラを取り出した千里がとった写真、それを届けに慌しく千里がやってくる。
「そんなに慌てなくても、逃げないですよ」
「そーだな、僕達はここにいるんだから」
 そんな風に仲良い所を見せ付けられた千里は困ったような、だがどこか嬉しそうな笑みを浮かべた。
「昨日の写真で来たんだよ、いち早く見て貰いたくて持ってきたのにそういう風に言うことないじゃない」
 そう言って千里が取り出した写真、そこには灯と浩司を中心にその場にいた皆の記念写真。
 幸せそうな笑顔がそこにはあったのだった。
「あとで撫子さん達にも送ろうと思ってるんだけど、いいよね?」
「もちろんですよ」
 千里のその言葉に嬉しそうな声で灯は答えるのだった。


Fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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≪PC≫
■ アンネリーゼ・ネーフェ
整理番号:5615 性別:女 年齢:19
職業:リヴァイア

■ 天薙・撫子
整理番号:0328 性別:女 年齢:18
職業:大学生(巫女):天位覚醒者

■ 藤田・あやこ
整理番号:7061 性別:女 年齢:24
職業:ホームレス

■ 月見里・千里
整理番号:0165 性別:女 年齢:16
職業:女子高校生

<NPC>
■ 秋篠宮・静奈(神聖都学園高等部学生兼巫女)
http://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=TK01&NPCID=NPC1533

■ 佐伯・隆美(高大学生兼古本屋)
http://omc.terranetz.jp/creators_room/npc_view.cgi?GMID=TK01&NPCID=NPC1511

■ 森田・灯
職業:高校生

■ 滝川・浩司
職業:高校生


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■         ライター通信          ■
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 どうもこんにちは、ライターの藤杜錬です。
 この度は『文月堂奇譚 〜想いを届けて……〜』にご参加頂きありがとうございます。
 今回の依頼はどちらかというと、皆さんが縁の下の力持ちになる形になりましたのですがいかがだったでしょうか?
 今回はなかなか執筆が進まず、ここまで遅くなりまして申し訳ありませんでした。
 楽しんでいただければ、幸いです。
 それではお付き合いありがとうございました。

2007.08.03.
Written by Ren Fujimori