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ホシに願いを☆
「人間の世界では、流れ星に願い事を三回唱えると、願い事が叶うらしいですよ」
振り向きながらそう言うと、トナカイである青年は興味なさそうに「へぇ〜」と洩らした。まったくもって、ロマンのないヤツだ。
(もう夏ですし、レイはまた一人でバカンスに行ってしまうんでしょうねぇ。そういえば七夕までもうすぐ……)
とか思いつつ、小さな窓から空を見上げる。
都会の空は綺麗とは言えない。
「ん……?」
困惑したようにステラが空を凝視した。
流れ星だ!
すぐさま両手を握り合わせ、願い事を唱える。
「平穏平穏平お……」
何事も平穏が一番。順風満帆にすれば良かったかなとちょっと思ったが、流れ星の速度に合わせていたら唱えられない。
とはいえ……最後の最後で、言えなかった。最後の「ん」のところで、空から落ちてきた何かがステラに直撃したのだ。
「ぎゃーっ! なんか落ちてきたぁ! 地球外生命体の襲来ですかぁっ!?」
大パニックのステラはばたばたと畳の上で手足をバタつかせる。
重い。何かが背中に乗っている。まるで岩だ。おかげで自分は這いつくばって、惨めな姿でいるじゃないか。
「レイ〜、この岩をどけてくださいよ〜」
「……それ、岩じゃないけど」
トナカイの青年が、寝転んだ視線のままこちらを見遣る。
え? 岩じゃない?
(じゃあ、何か乗って……)
「すいませんなぁ。ちょっと運動しよ思たら、おっこちてしもて」
「…………」
背中から声が聞こえる。どっこいしょ、と岩が動いた。
(どっこいしょ?)
岩はでん、とステラの前に座った。ひらひらの羽衣を身につけているが、着ている着物はぴちぴちだ。
(仮装……?)
なんだかどこかの中国の民話に出てきそうな格好をしている。近くで祭りでもしているのだろうか。
(……じゃなくて)
そんなことを気にしている場合じゃない。
ステラの住む朧荘は四畳半の狭い部屋だ。そこがさらに狭い。
「あの……どちらさまですか?」
おずおずと尋ねると岩……ではなく、人は、こう答えた。
「ここじゃ、織姫て呼ばれとると聞いたんやけど」
「…………えっと、ふくよかですね」
声が強張った。素直に『太りすぎ』と言えない。同じ女性として、言えなかった。
横に広がりすぎた織姫は笑った。
「ほら、そろそろ七夕やんか。彦星に会いにいくのに、この格好じゃ天の川で溺れてしまうさかい」
「へぇ……」
溺れるんだ……。というか、なんか喋りが訛ってる……?
「そうや! あんた、暇? 一緒にダイエットに付き合ってぇな!」
「ええぇぇぇ! 嫌ですよぅ!」
「ええやん、ええやん! 付き合ってくれたら、これあげるわ。願い事が叶う、短冊!」
ひらり、と眼前に出された短冊。ステラは疑わしそうに見ているだけだ。
「そない警戒せんでもええやんかぁ。とはいえ、これ、万能やないから、かなりちっさい願い事やないと叶えられんのやけどね」
……なんだそりゃ。
ステラの華奢な肩を、織姫がぐわし! と強く握りしめた。
「ほな、一緒にがんばろか!」
***
「…………」
無言で、協力してくれる者たちをステラは見つめた。
「こんにちは」
にこ、と愛想よく微笑む少年。
「よお!」
と、元気よく片手を挙げる少年。
ステラは無言でしばらく佇む。ステラが住む朧荘の前では、奇妙な三人組が太陽のもとで向き合っていた。一人はサンタ。一人は吸血鬼。一人は退魔師。
顔をしかめたサンタ娘は「あれぇ?」と情けない声を出し、う〜んと唸った。
「女性のダイエットの悩みなのに……梧さんと、えーっと?」
「夜神潤といいます」
「夜神さんのお二人……は、男の人ですよねぇ?」
梧北斗と潤は顔を見合わせる。どこからどう見ても、二人とも男である。
眉間に皺を寄せて「うー」と唸り続けているステラの肩をばんばんと北斗が叩いた。
「ま、いーじゃん! とにかくダイエットに協力すればいいんだろ!? で、ステラがその相手なのか? おまえはダイエットする必要ないだろ、ほそっちいから」
「ほ、ほそっちいとはなんですか!」
ぷうっ、と頬を膨らませた後、ステラは潤に向けて微笑む。
「ステラ=エルフと申しますぅ。えっと、宅配便をしている、サンタですぅ」
「サンタ?」
潤が「ん?」という感じで訊き返す。だがステラはえへへぇと笑う。
「はい。サンタクロースです。とは言っても、下っ端ですけど」
*
ステラが暮らす四畳半の部屋には、その部屋がかなり狭く見える女性がいた。ステラが紹介する。
「えっと、織姫さんです」
「よろしゅう」
タオルで顔から流れる汗を拭いている女性は……七夕でおなじみの織姫らしい。
北斗は絶句している。潤は驚いていないが、「そういう名前なのか」と信じていないらしい反応だ。
今までステラの不可思議な事件に関わっている北斗はすぐさま、目の前の女性が本物だと気づく。いや、本物かは不明だが、自分たちの知る「織姫」と少なからず関わりがあるはずだ。
ステラはサンタ。サンタがいるのだから、織姫が居たとしても不思議ではない。
(な、なんか想像してたのと違うな……)
北斗の中の織姫のイメージは、ひらひらの羽衣を纏った着物姿の女性だ。いや、着ているものはイメージ通りではあるが……こんなに太っていないはずだ。
(……確かにこの姿見たら、彦星も驚くだろうなぁ……)
一年ぶりだね織姫って、どえぇぇぇぇぇえええ!?
……なんてな。想像して北斗は青ざめた。自分だったら、恋人が一年でこんなに変貌していたらかなりショックを受けるだろう。
一年に一度の逢瀬なのだから、確かにダイエットは必要だ。北斗は腰に手を当てて織姫を見た。
「とりあえず、ダイエットに付き合えばいいんだろ?」
「……俺も一緒にやろうかな」
ぼそっと呟いた潤にステラが驚く。
「充分細いじゃないですかぁ、夜神さんは!」
なぜか頬を膨らませて怒っているステラである。潤は苦笑した。
「痩せるためだけじゃなくて、体を鍛えることを目的としたダイエットが最近は多いんだ。
そうだな……。あ、いま話題の短期集中型のエクササイズとかは?」
「なんですかそれは……。えくささい、ず?」
舌を噛みそうになりながら首を傾げるステラとは違い、北斗は「ふーん」と感心したように洩らしていた。
「詳しいんだなぁ、夜神は」
「いや、一応職業柄……」
軽く笑う潤はアイドルとして活躍中だ。とはいえ、目の前のステラはまずテレビのない環境にあり、北斗は男の芸能人に興味はないので潤のことは知らない。
「自分のペースで取り組めるから、俺の周りでも実践してる人が結構いるし。ただ……」
ちら、と潤は織姫を見る。
「普段から高血圧だとあまりお勧めできないかもだけど。他には、あとピラティスとか、お風呂でマッサージとか、岩盤浴とか。食事なら制限しちゃうより、旬の野菜とかしっかり摂るほうがお勧めだし」
「へーっ! おまえほんとに詳しいんだなぁ!」
すげーなあと、北斗が続けた。
「俺はジョギングしか思いつかなかったな。あとはー、間食を控えるとか」
「……間食できるほど、うちにはお金がありません……」
どんよりと暗くなってステラが笑う。北斗が「悪い!」と謝っていた。
はふはふと荒い息をしながら、織姫が細くなっている目で二人の男を見る。
「ほな、みんなで頑張ろか!」
*
最近のダイエットでは、精神の安定も必要だ。無理なダイエットをしては、逆に体を壊してしまう可能性もある。
まずは北斗が早朝にステラの住む朧荘に現れた。ジャージ姿だ。
「おっす!」
「……ねむ……」
ふらふらのステラがよろめいた。彼女を支えたのは潤だ。
「七夕の日まで時間もねーし、朝にジョギングは気持ちいいぜ! 爽やかだし、すっきりするし!」
というわけで、全員で走ることになった。無理をせずに楽しく会話しながら……の予定ではあるが。
「お、おい大丈夫かよ?」
心配そうに、最後尾にいる北斗は、ほぼ歩いているような状態だ。目の前に居る織姫の走る速度は、ほとんど亀の歩みである。よちよち歩きの赤ん坊のほうが速そうな気さえしてきた。
潤とステラはのろのろではあるが、かなり先を行っている。
「この世界は体が重いわぁ。大変やねぇ」
「……織姫、すげぇ汗だけど……」
着ているシャツが汗でびしょ濡れだ。北斗は気になっていたことを尋ねることにした。喋るだけでも苦しいかもしれないが……まあこの際いいだろう。
「あのさ、彦星ってどんなヤツ?」
「あ?」
「一年に一回会える、あんたの恋人だろ?」
「やだねぇ。恋人なんかやあらへんわ。単なる仕事相手」
「はあ?」
「初代の織姫と彦星はそうだったかもしれんけど、今は違うで〜。時代は常に流れとるもんや」
「…………」
なんと言っていいのかわからない。北斗は「ソウデスカ」と小さく洩らした。
*
「女心がわからないって言われるかもしれないけど、やっぱり無理はよくないから……自分に合ったっていうか、無理せずストレス溜めない方法を選ぶのがいいと思うよ」
「とは言いましても、お金も時間もありませんし……。岩盤浴に行く費用はありませんから、お風呂でマッサージですか? えと、後はえくさ、さいず?」
潤に応えたのはステラだ。しかし、と彼女は顔を曇らせる。
「……うちにはお風呂がないので、銭湯に行くことになりますぅ……」
額に脂汗が浮かんでいるのは、銭湯の費用のことだろう。そこまで貧乏なのかと、潤はなんだか可哀想になってしまう。
「そうだね……えっと、じゃあ短期集中のほうで、いってみる?」
借りてきたDVDを観ようと思ったが、そもそもステラの部屋にはテレビがない。
ポータブルDVDプレイヤーを持ってきた潤が、映像を流す。それに従って全員が狭い部屋の中で一斉に運動を開始する。
「ひいぃ! 苦しいですぅ!」
早速弱音を吐いているステラがうまく一回転できずに、ずでんと転倒した。
「あらぁ」
そんな声を出した織姫が畳を踏み抜いてしまう。横にいた北斗が「ぎゃー!」と悲鳴をあげた。あやうくそれに巻き込まれるところだったのだ。
<よーし、そのまま踵をあげて……>
など、映像の男が言っているが……それどころではない。
片足を床に突っ込んだままの織姫を、全員が協力して引き上げなければならなくなったのである。
「大家さんに怒られるぅ〜!」
大泣きするステラの声が、部屋の中に響き渡った。
*
七夕の夜、生憎と空は曇っている。これでは夜は雨かもしれない。
「そこそこ痩せたとは思うけど……やっぱりいきなり細くはなれないもんやね」
ステラの部屋に落下した時よりは少しばかり痩せているとは思うが、そもそもかなり太っていたので急激には無理だった。
彼女は北斗と潤に向けてニカッと笑う。
「ありがとなぁ。若い男の子二人に囲まれて、それだけで痩せたような気分になったわ」
「織姫様! こんなところにいらっしゃったのですか!」
上空から声がして、全員が見上げる。黒髪の幼い少年と、ふがふがと言っている老人が荷車に乗っていた。その荷車を引いているのは水牛だ。
織姫は片手を挙げる。
「あっ、ごめーん。迎えに来てくれたん?」
「ごめんではないですよ!」
荷車を地面につけ、少年は唇を尖らせた。
織姫はよっこいしょと荷車に乗る。荷車が苦しそうな音を出した。重量オーバーだ、明らかに。
「だいたいその重量では空も飛べないでしょうに……。まったく、世話の焼ける人ですねぇ」
ぶつぶつ言う少年を見上げつつ、北斗が潤とステラに小声で言う。
「あれがもしかして彦星か……?」
潤とステラは顔を見合わせていたが、少年がこちらに声をかけてきたので中断した。
「ご迷惑をおかけしました、皆さん。これで年に一度の会合もうまくいきます。織姫様の、これくらいの体重ならきっと天の川も渡れましょう。
さ、織姫様、彦星様、行きましょう」
え? と地上の三人が思う。
彦星って……まさか、その…………?
ふがふが言っていた老人は、入れ歯が取れてしまい、「ほふぁー」とワケのわからないことを言っている。
(えええぇぇぇぇーっっ!?)
北斗が、がびーんとショックを受ける。さすがに潤もなにやら顔が引きつっていた。ステラに至っては「おじいちゃんですぅ」と小さく洩らしている。
空へと舞い上がる荷車は、かなり重そうだった。
「忘れとったわー。ほな、これー。ほんま、ありがとうさーん」
手を振る織姫は、地上に向けて何かを投げた。
ひらひらと舞い降るそれは、短冊だ。紙の左下に、妙なスタンプが押してある。織姫承認、という文字のスタンプだ。
それぞれ短冊をキャッチして手に持ち、空を飛ぶ荷車を見送った。曇り空を見上げつつ、潤が口を開いた。
「七夕の日に降る雨を、洒涙雨って言うそうだよ。織姫と彦星が流した涙とも言われていてね、ロマンチックだと思わない?」
「へー」
気の抜けた声で反応する北斗。
あまりのショックの強さに、三人は呆然気味である。
「今晩は雨が降りそうですねぇ。ふふふ」
「……だね」
「来年は、次の代に代替わりしてたらいいなあ……」
三人はそう言いつつ、互いを労った。
「お疲れさま」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【5698/梧・北斗(あおぎり・ほくと)/男/17/退魔師兼高校生】
【7038/夜神・潤(やがみ・じゅん)/男/200/禁忌の子】
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■ ライター通信 ■
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ご参加ありがとうございました、梧様。ライターのともやいずみです。
織姫と共にダイエット、いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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