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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


この言葉の元に〜FIAT〜

  聖なる父、全能の父、永遠の神よ
 ひとり子を与え、悩める我らを破滅と白昼の悪魔から放ちたもうた父

「…ならば何故ソウルテイカーを救えない」
 我らは貴方の子と成り得ないのか。
 子の為に、脆弱で同じ過ちを繰り返す愚かな人間共を子とし、それに使える従者となれというのか。
 子は許せても、従者は許せぬというのか。
「―――だがもはやそんなことはどうでもいい…」
 結果は変わらぬ、変えられぬ。
 ソウルテイカーは戻ってこない。
 どれだけ待っても、全く同じ存在が目の前に現れることはないのだから。
 既に反逆の烙印は捺されたのだから。
 破滅の闇は刻一刻と広がっているのだから――……

【草間興信所】

  目覚めた時からその異変には気づいていた。
 部屋に差し込むはずの陽光がない。
 雨でも況してや曇りでもない。
 空が、消えた。
 代わりに巨大な迷宮が逆さになって街を見下ろしている。
 光源があるわけでもないのに、街の状態は曇り空の時のような薄暗い、それでも生活するに不自由はない明るさ。
 しかしここにはいつも自分たちを見下ろしている『空』はない。
「…どうなってやがるんだッ」
 近所の子供達が心配だと止める間もなく飛び出した零の帰りを待ちながら落ち着かない様子で煙草に火をつける。
 デスク背後の窓から空を見上げても、そこにあるのは広大な迷路。
 幸い、まだ人らしき姿は見えない。
 住民達が窓から身を乗り出し、この迷宮の空を見上げてどよめいている。
 警察や自衛隊も動き出していた。
 しかし、彼らにどうこうできる物ではない。
「……アンダーテイカー…」
 十中八九アイツの仕業だ。
 体に絡みつく嫌な気配が、草間にそう確信させる。

 ぱさ

「!?」
 何かが落ちる音。しかし人の気配は感じなかった。
 振り返れば戸口の所に箔押しされた一通の黒い便箋が落ちている。
 警戒しながらもそれを拾い上げると、表には白い文字で『F』と、筆記体でつづられていた。
「…これは…」
 アンダーテイカーからの招待状。
 封を切った瞬間に、草間は直感した。
「―――――チッ……遊んでやがる…」

『Dear K

 貴殿とその仲間を私が用意した舞台へご招待します。

 招待状は四通送りました。一枚につき二人まで有効となっております。

 それぞれ、パートナーを連れて会場へお越し下さい』
  

「…今日を最後に、終わらせてやる!」
 罠が仕掛けられているのは分かりきったこと。
 しかし、これ以上あの堕天使をのさばらせておくわけには行かない。



 最後の舞台が今、幕を開ける。

===============================================================

■―11:30―

 「嫌な空だぜまったく…」
 迷宮への招待、そのことにデジャヴを感じる氷室・浩介(ひむろ・こうすけ)は、不気味な空の下を興信所に向かって単車を走らせていた。
 ハロウィンのあの日の様に、再び白の特攻服に白鉢巻、白手袋&白エナメルの靴。そして身内から無断で借りた純銀のクロス付きネックチェーンを拳に巻いて。
 武器として使用するつもりらしいが、そんなことして破損した後のことを考えるのは今は止そうと心に決めた。
 手には黒い便箋。
 綴られている文字は『I』
 この時点ではこの文字が何の意味を持っているのか、浩介にも判断しかねる。
 ただ、自分のイニシャルでもなければアンダーテイカーのイニシャルでもない。
 ということは、違う文字が書かれたこれが届いてる者が他にもいるはず。
「多分、あそこに皆集まってると思うんだが…」
 少なくとも草間のところにはこれが届いている。
 浩介はそう確信していた。
 興信所にたどり着くと、珍しく人が出入りしているのが見えた。
 ご近所でも噂の怪奇探偵というわけだ。
「商売繁盛で嬉しいんだか何なんだか」
 少なくとも草間にとっては嬉しいとは言えない状況だと踏んだ。
「ちゃっす、草間さん。俺ンところにこんなモン届いたんだけど」
 扉を開けるなり黒い便箋を出し、草間のところにも同じものが届いているのかまず先に確認しようとする。
 挨拶をしかけた草間も、浩介が見せた便箋を見て表情が変わった。
「届いてんだ」
「まぁな…」
「空が消えた…東京都民は天と、アレだ、全能の父なるなんとかと切り離されたと見るべきかね。今回ばっかりはチト荷が重いよ」
 書類棚の傍にいた内山・時雨(うちやま・しぐれ)は溜息混じりにそう呟き、自分に送られてきた便箋を見せる。こちらは『A』
「ちなみにシュラインさんは『T』だそーだ」
 ソファーの背もたれの上に寄りかかって台所の方に視線を向ける。
「『F』『I』『A』『T』…この四枚が示す言葉に何の意味があるんだか」
 テーブルの上に置かれた三枚、そして応接間に顔を出したシュラインの持つ一枚が加わる。
「なんで、その並びだって?」
 浩介の疑問も当然である。
「――あれが送ってくる以上、神聖文字や聖書に通じる言葉…ラテン語で御心のままにって所かな。英語の意味としては法令、制令、命令、裁可、認可…〜すべしという専断的な命令の意味を持ってるわね」
 さすが翻訳家、と賛辞を贈りたい。
 四枚の便箋に記された文字が示す意味は恐らくシュラインが指摘したような意味なのだろう。
 しかし御心の、ここで神を示すわけがないから自らの、と解釈するならば、思うように行動しろということ。余計に何がしたいのか分からなくなる。
 単なる時間稼ぎか、それならば何を狙っているのか。
 次から次へと疑問がわいてくる。
「とりあえず、思うままにというなら試してみましょうか」
 そう言ってシュラインは小瓶に入った聖水を表文字なぞってみた。
「…何も起こらない?」
 湿り気を帯びて紙がやや歪んだだけでそれ以外の変化はない。
「ただの紙ってことか…てかマジで文字通りの招待状なわけかい?」
 馬鹿にするにも程があると顔をしかめる時雨。
「その可能性も大だろうけどさ、四通揃ってあそこいきゃ、これがあの中で何かの鍵の役割をするのかもしれないぜ?」
 あの場所でのみ、特定の条件下のみで効力を示すのかもしれない。浩介はそうふんだ。
「まぁ、文字通りの招待状であれ…招待状というからにはこれがなければあそこには入れないって事だから、少なくとも一般人が紛れ込んでることはないのかも」
 一見ルール無用な何でもありのステージにも思えるが、ゲームとはルールがあってこそのゲーム。
 舞台ならばそれ相応の律があってこそ成立する物。
 たとえ破天荒な形で始まろうとも、舞台には必ず幕が下りるもの。
 事をしでかすのにも何らかの美学を求めるならば、アイツは己が定めたルールに従って行動するだろう。
 少なくとも、これまで見てきた上ではそうだと思いたい。
 たとえ狂っているのだとしても。
「てーかさ。『一枚につき二人まで有効となっております。それぞれ、パートナーを連れて会場へお越し下さい』ってことはよ?最大八人いけるわけだけど、パートナーを連れて来いってことは…パートナーがいなきゃ入れねーってことか?」
「夜会を気取るならそうでしょうね」
「でも招待状持った面々しかいないんだが?」
 草間、浩介、時雨、シュライン。
「………アイツ呼ぶか」
「アイツって、善さん?」
 シュラインの問いにそうだと頷く草間は、携帯を取り出し北城善に連絡を取る。
「俺と零、シュラインと善、内山と氷室…それで組めば戦力的にはほぼ均等だろ」
 そして案外あっさりと承諾してくれたらしく、草間はすぐに電話を切った。
 あちらもこの現状を見て知らぬ顔などできなかった…いや、たとえ彼でなくても同じ事を思っただろう。
 上空にまるで鏡に映しているかのように逆さまにこちらと向き合っているのだから、何とかしない限りはいつもの空を見ることもなくなる。
 常に気をはってなきゃならないと思うとゲンナリする、それが彼がこの話を承諾した理由だった。
「まぁご近所だし、来るまでに必要な物だしとかなきゃね」
 聖水の他にも聖油やライト、鏡などを用意していくシュライン。
 一方、シュラインや浩介の意気込みとは対照的に、時雨は少々投げやりのやけくそ気味。
 塵は塵に、灰は灰に…ならば火でもつけるか、そんな事を呟きながら目を伏せる。
 悪魔アンダーテイカーを生み出すきっかけを与えてしまった自分の手。
 受肉したということは『殺せる』ものになったはずだと一応見做し、肉体だけでも滅ぼして魔界でも天でもどちらでもいいのでとにかく地上から締め出すことさえ出来れば…そればかり考えていた。
 勿論、何が決め手になるかなど想像もつかない。
 今更ソウルテイカーの事を持ち出しても意味はないだろう。
 二度と戻らないその存在に焦がれ狂う気持ちはわからなくもない。たとえ自分にそういう経験がなくとも、幾長永らえてきたこの身が見聞きしてきた中に近い者たちはいたのだから。
「―――――…か?」


 生きて帰れるか?


 そんなことを考えずにはいられなかった。



■―11:40―

  善が合流し、あの空に広がる大迷宮がよく見える興信所の屋上へ移動する。
「これからどうするのか、だな」
 善と草間が空を眺めて呟く。
「可能性として今ちょっと手配しているから、皆待っててくれる?」
 招待状を受け取ったその時から、シュラインは伝手神社や教会等に連絡し、清めた鏡なり光反射等で空へ清めた光を送ってもらう手はずを整えていたのだ。
 あの場にいって地上と連絡が取れるかどうかも定かではない為、定期連絡が途絶えたら始めてくれと各所に伝えてある。
 後は自らも鏡を聖水で清め、それに映り込む迷宮に変化がないかどうかを調べる。
 今この鏡は真実を映す鏡。
 悪しき力の干渉は受けない。
 それゆえあの迷宮が実際にあの場所にある物なのか、ある物ならばアンダーテイカーは何処にいるのか。
 あの迷宮を彼が一人で構築できるとも思えない。これまで対峙してきた上でも、それが一人でなせるほどの力があるなら自分たちなど一瞬で消せるはずだから。
 信仰心を伴わない力でどの程度役に立つかは不明だが、やらないよりはマシだと、見通せる限りの真実を手にしなければこのメンバーでも勝機は見えはしない。
「…少なくとも、迷宮はあの場所にあるみたい」
 鏡にははっきりとあの迷宮が映っている。
 しかし、何故か鏡に映るその姿は色だけがまるで酸化した血の色のような黒さだ。
 がわだけをそれっぽく見せているのだろうか。何の為に?
 あんなものを構築できた要素がそれにあるのだろうか。
「…あそこだけ歪んでるわ!」
 鏡に映った、変化のあった場所を上空と鏡を交互に見つめて確認する。
 正方形の広大な迷宮の、中央から少しずれたところがぐにゃりと歪み、迷宮の形を映さない。
 各自が鏡を覗き込み、そこが力の発生源だと確信する。
「…あの場所にアイツがいるってわけかい…」
 手に彼を斬った時の感触が甦ってきて、時雨は咄嗟に強く握りこむ。
「FIAT、御心のままに、命じる、律、しなければいけないこと……私たちはあの迷宮に行かなければならない」
 アンダーテイカーとの決着をつける為に。
 シュラインは何気なく招待状を迷宮に向けて掲げる。
「?」
「どうした?」
 迷宮に向けて招待状を掲げたその時、僅かに白い文字のところが光ったように見えた。
 光の悪戯と思えるような日差しはない。
「よし、やってみるか」
 草間、時雨、浩介、そして再びシュラインが招待状を迷宮に向けて掲げる。
 すると招待状の文字がゆらゆらと燐光を放ち、突然目も眩むような輝きを放った。
「きゃあ!?」
 シュラインの悲鳴と共にその場にいた六人が、消えた。


■―11:45―

  まだ目がチカチカしている。
 反射的に見たのは腕時計。
 時間は一瞬、ちょうど今針が進んで、先程いた場所から僅かな時間経過。
「―――どうやら、『招待』されたみたい、ね…?」
「そのようですね。……魔素の気配が何て濃い…」
 シュラインの言葉に同意した零は、周囲を取り巻く禍々しい気配に全身が総毛立つ。勿論、恐れではなく戦慄。
 くるりと周囲を見渡し、天を仰げば自分たちが暮らしている都内の街並が真上にある。
「頭が混乱してるよ、ったく…」
 自分が街に向かって落ちるような錯覚に苛まれ、一瞬足がふらつく浩介。
「それじゃあ、空を奪還する為にもちゃきちゃきやろうか!」
 気合一発入れなおしているようにも見える台詞だが、やや目が据わっている時雨。
 自棄気味になっているのは否めない。
「それじゃあ班分けな。中に入った瞬間からバラける可能性もあるわけだし、パートナーとはぐれるなよ」
 草間は零と、シュラインは善と、浩介は時雨と組んで迷宮の門前に立つ。
 来た時同様、招待状を扉にかざしてみると巨大な扉が重苦しい音を立ててゆっくりと開いていく。
『ようこそ――ラビュリントス・パンデウモニウムはお客様を歓迎致します』
 何処からともなく響いてきた声はアンダーテイカーのもの。
 淡々と、古い遊園地の音声ガイダンスのような無機質な声。
「ハッ 万魔殿を気取るたぁ豪儀なこった」
 ギリシャ語で「デーモンの全て」を意味する言葉。サタンの宮殿。
 だがそれも、実際に魔界を目にしたわけでもない。哲学者が残した定義だ。
 異形の身である自分が悪魔の存在を、魔王の存在を否定するのもどうかという話だが。
 魔王ルシファーが本当にいるのなら、彼ですら神の打倒が完遂できていない。
 それゆえ、打破できる可能性を信じたい。
 ガイダンスのようなアンダーテイカーの声が続く。
『広大な大迷路の中に数々のトラップなど趣向を凝らした設計がされております。制限時間は本日深夜零時迄。それまでにゴールにたどり着き最後の謎かけに答えられればゲームクリアとなります』
 馬鹿でかい迷宮な上にトラップまで用意しているのかと、全員の表情が険しくなる。
『ただし―――』
 急に声の質が変わった。
『制限時間以内にゴールにたどり着けなくても、メンバーが欠けてしまっても、謎かけに答えられなくてもゲームオーバー…迷宮はそのまま地上に降り注ぐことになりますのでご注意を』
「なんだと!?」
『それでは、皆々様のお顔をもう一度拝見できる事を楽しみにしておりますよ』
「オイ、待てこらぁ!!」
 カッとなった浩介が前に出るも、アンダーテイカーの気配はもうない。
 彼の葛藤は直接ゴールでぶつけるしかなくなってしまったようだ。
「……この迷宮のでかさ分、下に人質がいるって寸法か…悪趣味な事しやがる」
 どういう敵なのか大まかに資料を読んではいたが、ここまで陰険な事をやってくれるとは同情の余地もなく敵と見做せていっそスッキリする。
「行くぞ、制限時間は約十二時間…説明になかった以上、わかれて行動する必要はねーってことだ」
 善の言葉に一同頷き、迷宮へ足を踏み入れた。


―――見せておくれ 最期の宴を―――…




■―12:00―

 「やっぱり携帯は通じないわね…」
 雑音すら聞こえず、電波も三本立っているのに携帯はその機能をなさない。
 定期連絡が切れたことで、地上の数箇所から浄光が天に向かって放たれていくのが見える。
 それまで感じていた息苦しさも僅かばかり緩和されたことから、この策は有効であったとわかり、少しばかりシュラインはホッとした。
 六人ひと塊で行動しているとはいえ、何かに怯えて団子になっているわけには行かない。
 周辺の足場や壁を探しながら、地上であの鏡に映ったどす黒いものは何だったのかを考える。
「どす黒い血色…何かの肉片か?それとも…」
 草間が思索にふけっている間、零は周囲を警戒する。
 迷宮に降り注ぐ光の中、シュラインは鏡の角度を調整し、受けた光を迷宮の壁に当ててみる。
 するとチョコを溶かすようにぐずぐずと壁が溶け出した。
 やはり神力の前に魔力はひれ伏すのだろうか。
 壁は溶け出したかと思うと光を当てた周辺に亀裂が入り、脆くも崩れ去った。
 それも見事に一区切り分。
「よっしゃ!それだけ効果が出かければぶっちぎりで進んでいけるな!」
 ガッツポーズで喜ぶ浩介。
 効果が絶大なことに喜ぶべきなのだろうが、これほどたやすく事が進んでしまうと逆に不安になってくる。
 トラップを仕掛けているということは、メンバーが分割される危険性もある上に、生死がかかっているともなればトラップの類もただの仕掛けばかりでもないだろう。
 あのアンダーテイカーがわざわざ言うのだから、気に留めておかないととんでもないことになりそうな気がして。
「慎重になりすぎて制限時間オーバーしてもアウトなんだぞ?」
「ま、ブレインなアンタが考えちまうのは当然のことなんだろうがな、何事も過ぎるこたぁよくねーよ」
 考え込むシュラインの背中を草間と善がポンッと軽く叩く。
 先の事を考えるのは必要なこと。しかしその為に時間を無駄にも出来ない。
「―――そうね」
 零が先頭を走り、時雨と浩介がその後に続く。
 距離が空けばそれこそ何かしらのトラップに引っかかる恐れもある。
 草間と善に続いてシュラインも走り出した。


■―13:20―

  小走りに中心部を目指し、走り続けるも、一向にたどり着く気配がない。
 分岐に差し掛かればそこで浩介がマジックで一度通ったという印をつけるも、こう規模がでかいとそれが役に立つのかわからなくなってきた。
「…ばてさせてからトラップ発動とかないだろうね?」
 もしくは今この状況が既にトラップの中なのか。
 目標は見えているのにたどり着けないまま、体力に自信のない者はどんどん消耗していく。
「…それにしても、謎かけって何を出すつもりなのかしら」
「世界一周のクイズ番組みたいな謎でないことだけは確かッスね」
 むしろそんなモンだったら逆に腹が立つ気がする。
「奴の謎かけは自分自身が迷っているモノじゃあないだろうか。こんなご大層な事を仕掛けてくることも、何故か私らに執着してることも」
 理を解いてやろうなどとそんな気は毛頭ない。
 だが、あれを作ってしまった原因の一つは自分にあると思うから、この手で片をつけられるものならつけてしまいたい。
 最期のその刹那、白のアンダーテイカーと白のソウルテイカーのすぐ傍にいたのは自分なのだから。
 また、手がうずく。
「…この嫌な感覚からも解放される事を願いたいもんだ」


■―13:25―

  彼らの様子を闇の中から覗いている。
 そこに彼の姿は見えない。ただ、暁闇の彼方のその気配を感じるのみ。
『嗚呼――…正攻法ではたどり着けないと踏んだわけですか。しかし堂々とルール違反とはやってくれますね』
 ペナルティを科さなければなりませんね。そう言って彼の手がゆらゆらと不思議な動きをしてみせた。


■―13:30―

 「!?」
 時雨は急に周囲に殺気が満ちたことに驚いた。
 同時に零もその殺気に気づいているようで、武器を構える。
 塀の隙間から、塀の上から何かの気配がするが何も見えない。
 しかし、明らかな殺意をむけられている事だけは肌でビリビリと感じている。
「皆!」
 時雨が声高に叫んだその刹那、鮮やかな赤が目の前に薔薇の花弁のように舞い散った。
「シュライン!」
「氷室!」
 時雨の眼前でがくりと膝をつく二人。
 何が飛んできたのか、二人の背中は袈裟懸けに切り裂かれ、衣服が赤く染まっていく。
「シュラインさん!氷室さん!」
 浩介は何のこれしきと半ばやせ我慢にも見えるが、すぐさま立ち直る。
 彼の場合出血は派手だが傷は浅かったのだろうか。
「ってェな…くっそ〜…!早く治るからって言ってもいてーモンはいてーんだっつーの!」
 大事に至らないと見てホッとしたが、その一方でシュラインの容態が気にかかった。
「シュラインさんは!?」
 駆け寄った時雨は彼女の背中を見て息を呑んだ。
「…ごめんなさい…ちょっと、動けそうも…」
 彼女は浩介のような特異体質はない。
 それゆえ皮膚一枚切り裂かれたそこはどくどくと血が流れ続けている。
 草間は自分の袖を破り、止血しようとするが背中ということもあり、完全には止められない。
「くそっ…!なんだってこんな…」
「待て草間、彩に任せる」
 善が契約者である彩臥を呼び出し、シュラインの治癒を試みる。
「浄化にゃ特化してるが治癒は毛が生えた程度にしかならん。それでも一先ず傷をふさぐことは出来る。ちっとばかし大人しくしてな」
「…ありがと…善さん、彩クン…」
『礼には及びません。そのまま動かずに』
 彩臥によって治療がなされている間、彼女の周りで円陣を組むようにそれぞれが集まる。
「何が来ている?」
「わからない…殺気は感じるが見えないんだよ」
「…てか風っぽかったんですけど? 風って殺意持つか??」
 背中に何かが当たったというよりは何かが通り過ぎたという方が正しい。
 むけられる殺気は殺気でも、体を切り裂いた何かは殺気を伴っていなかった。
「―――使い魔の存在を感知。排除します!」
 零の大剣が周囲の壁をなぎ払い、姿の見えない何かを切り裂く。
 女なの悲鳴のような金切り声が聞こえたかと思うと、次の瞬間周囲を取り巻いていた殺気は見事に掻き消えた。
 なぎ払った瓦礫の傍にハーピーのような姿をした小さな使い魔の亡骸が転がっており、触れようと近づくと塵芥の如く消え去ってしまう。
「これがトラップなのか?」
『これはあなた方がルール違反をするからですよ』
 突如塀の上に現れたアンダーテイカー。
 シルクハットかぶり、ステッキを手に持ち、英国紳士風の優雅な姿で彼はそこに腰掛けていた。
「貴様…ッ」
 食って掛かろうとした草間を善が制止する。
 冷静さを欠いてはあちらの思う壺だと。
『正々堂々ゲームを制覇しなければ』
「人質大量の時点で正々堂々もないんじゃないか?」
 ゲームは楽しくやるものだ。
 片方だけが楽しいゲームなぞゲームではない。遊びではない。
 勝負に勝ち負けはあろうとも、再びトライできるからこそのゲームだ。
 一度きり、失敗したら全てが滅ぶようなゲームはプレイヤーにとってアンフェアというもの。
 ゲームの全てを支配している者とその中で踊らされている者、この関係で正々堂々と言われても無理というものだ。
「そちらがゲームの全てを掌握している以上、いくらでも法は変えられる。お前がルール違反だと思えばそれで既にアウトだ」
 たとえ道なりにクリアしたとしても。
 違うか?と問われ、確かにそうですね、とあっさり返される。
『―――しかし、何もかもが私基準ではゲームとして成立しませんでしょう?ゲームというのは律があってこそのゲーム…コロコロ変わるものは制限がないに等しい…それゆえフェアなゲームとは言わない』
 だから壁を壊すという行為にでた者を戒めた。それだけのことだと、しれっと言いやる。
『ルールは簡単至極――『出口を見つける』ただそれだけです。それが迷路のルールでしょう?』
 トラップも引っかかるかどうかは各々方の注意力次第。
『至極単純にお考えなさい。あなた方『人間』が作る迷路となんら変わりはないのだから。では…ゴールでお待ちしておりますよ?』
 クスクスと笑いながらアンダーテイカーはその場から霧散した。
「…正攻法で道を進むしかねーってことか……って、じゃあ氷室は何で攻撃されたんだ?」
 草間が氷室をみやるが、彼が何かしただろうかと首をかしげる。
「…これじゃないかね?」
 浩介の腕をひょいと持ち上げる時雨。その手にはマジックが握られている。
「公共の施設で落書きなんざしちゃいかんのだろう?そういう意味で『壁や床に印をつける』って事がタブーだったんじゃないかい?」
 言われてみればそうなのだが、たかだかそんな理由で掻っ捌かれたのでは割に合わない。
「…とりあえず、氷室の案も封じられたってわけか…」
「あと十時間ちょいでここを脱出しなきゃならんってことか」
 地上から放たれる浄光のおかげか、時計は正常に時を刻んでいるようだ。
「ただ…シュラインや氷室の状態も考えると、そんなに時間もかけてらんねーぞ。少なくとも後2〜3時間でけりをつけねェと…」
 傷をふさがっても失った血が戻っているわけではない。
 輸血が必要なほどの出血ではなかったが、浩介はともかくシュラインの体力低下は著しい。
「――…要はキチンと『道』を通ればいいだけ……」
 にやりと善が笑い、彩臥に目配せする。
『承知した――』


■―14:10―

 「…御免なさい…」
 善に背負われる形でシュラインは落ち込んだ声で呟く。
「気にすんな、ただ単に草間よか体力&力自慢ってだけの話よ。ま、相手が草間じゃなくてこっちこそスマンねってトコさ」
 照れ隠しに後頭部を軽くはたかれる善。如何せん一言多い辺りはオッサンと呼ぶべきか。
「楽さしてもらってる分、ちゃんと考えるわね」
 彩臥が先頭に立ち、先ほど現れたアンダーテイカーの霊的な臭いがする方向へ走り、皆がそれについていくという形をとった。
 変わらぬ景色が続く中、背負われたシュラインは時折脳裏に何かがよぎる。
 まるでサブリミナル効果で『何か』を見せられているかのように。
 それが何なのか今はまだ分からない。
 ただ一文字、一単語。
 何かの単語に何か一文字を足さなければいけない。
 それが答えだと、漠然とそう感じていた。
 きっと皆と一緒に走っていただけではそれに気づかなかったかもしれない。
「(…何を見せたいの…?)」
 アンダーテイカーが謎かけのヒントをこの迷宮に込めているのだろうか。
 それとも、まさか…


■―15:00―
 
 「…そろそろ休憩いれっか」
 草間の様子をチラリと見て善が呟く。短距離走のようなペースで延々と走り続けてきたのだから当然疲労も蓄積してくる。
 常人の数倍の体力がある浩介や善、鬼の身である時雨にとってはまだまだ余裕なのだが、如何せん草間はかなり鍛えてはいるとはいえ常人のそれだ。
 少し休みも入れていかなければ後々体力切れを起こされても困る。
 それにシュラインも一旦休ませなければならないだろう。
『あの橋の上まで行ったら休憩しましょう』
 走るルートに眼前に見えている陸橋があるらしく、全体を見渡す上でもあの辺りで休憩をしておくのがベストと判断した。
 橋の上に到着すると、各々深呼吸をして少しばかり気を抜いた。
 橋の手すりにもたれかかり、上を見上げれば東京の街並。
 思わず手すりをがっしりと掴んでしまう。
「三時間で半分ってところか…猶予が十二時間もあって、後半分って所まで来たって事は…」
「これから先の道のりにゃあ当然ながらトラップが仕掛けられてるってことか」
 辟易して肩を落とすように深い溜息をつく時雨は、周囲の気配に気を配り、橋の上からルートを見る。
 端の方がかすんで見えそうなほど広い大迷宮。
 しかし地上で歪みが見えたのはちょうどこの辺りだ。
 端から入って端に抜けるばかりが出口の構造でもないということだろうか。
 『普通』の迷路では端から入れば出るのも端からなんだが。
「――まさか…ここにトラップが仕掛けられてるとか…?」
 何気なく橋の下を覗き込んでみる。
「!」
 登るまでは気がつかなかった。
 陸橋を支えている支柱は確かに木材に見えた。
 ところが今はどうだろう、無数の蛇が絡まって柱のようになっており、それがぼたぼたと少しずつ崩れ始めている。
「…落ち着け…落ち着け…」
「どうした?うちや――」
「動くな!!」
 声を押し殺して、草間をキッと見据える時雨。その様子に一同ピタリと静止する。
「落ち着いて聞いてくれ…この橋を支えてるのは無数の蛇だ。今それが、少しずつ崩れてってる」
 早くここから離れなければ。
 そうと分かったところで彩臥がシュラインを背に乗せ、そろそろと橋を渡り始める。
「次、草間と零、氷室行け」
 そろりそろりと各自が移動している間にも蛇で出来た支柱はボロボロと速度を上げて崩れていっている。
 橋が揺れ始めた。
「サッサと行くんだ、北城さん」
「お前さんもな、内山」
 正直な所、今動いて衝撃を与えれば一瞬にして崩壊しかねない状態ゆえに二人揃って動けない。
 肩越しに他の面々が安全な場所へ渡った事を確認した後、善は時雨に向き直る。
「3、2、1で行くぞ…」
「合点承知」
 心の中でカウントを始める。
 橋はどんどん揺れ幅が大きくなる。
「内山さん!北城さん!」
 シュラインの声と同時に時雨と善は勢いよく踏み込んだ。
 それと同時にバラバラと橋が崩れだし、それと同時に蛇の群れが巨大な大蛇のように一塊になって襲い掛かってくる。
「チッ!ここが最初のトラップだったってわけかい!」
 岩石渡りじゃないが次々と落ちていく板が完全に落下する前に足をかけ、蹴り上げ、あと少し。
「!?」
「内山!」
 がくんと体が下に引っ張られ、足を踏み外す。
 咄嗟に善が時雨の手をとるが、完全に宙吊り状態になってしまった。
「…くっ……」
 時雨の足に絡みつく蛇の群れ。
 人の手のように幾重にも折り重なって時雨を引きずり込もうと引っ張り続ける。
「内山さん!今助けるから頑張って!」
 浩介が草間のベルトを掴み、身を乗り出して時雨の腕を掴む。
「上げるぞ内山!」
 ところが草間達が力を込めると同時に時雨を引く力も増した。
 このままでは全員が共倒れになりかねない。
 自分は落ちたとしても大丈夫。
 バラバラになっても再生は可能だ。
「草間さん、北城さん!私は大丈夫だから離――…」
「阿呆、ゲームオーバーの条件忘れたのか?メンバーが欠けてもそこでアウトなんだぞ?」
「そんな条件つけた以上、離れ離れになったり誰かが犠牲になれば他が助かるとか、そういう状況を用意してくるのは分かってたことだ」
 それに大人しく従ってやるほど脆弱な人間じゃない。
「彩!」
『承知!』
 戦闘態勢に入った彩臥が宙を飛び、時雨に絡みつく蛇の群れに突っ込んでいく。
 塊の中央に風穴を空けられ、一瞬蛇たちの統率が乱れた。
「今だ!」
 その隙に一気に時雨を引っ張りあげ、窮地を脱する。
「助かった…」
「後はあの蛇をどーすっかじゃね?」
 浩介が身構えていると、シュラインが思いついたように先ほど使った鏡を出す。
「氷室君、これで地上の光を集めて、あの蛇の塊に!」
「え、でも…」
 躊躇する浩介に草間が後押しする。
「大丈夫だ!ペナルティは『迷路』を正攻法で抜けなかったから発生しただけで、トラップにまでそれは適応されない!」
 トラップを脱する正攻法などあるわけがない。
 それもそうだと浩介は光を集め、蛇にそれをむけた。
「うぉ!?」
 光を当てた途端、蛇の群れはあっという間に炎に包まれのたうちまわった。
 断末魔が耳に響く。
 炎の塊はあっという間に奈落の底へ落ちていった。
「すっげ、あっけな…」
 というよりも浄光の力がそれだけ効果絶大だったのだろう。
 用意した力が無駄にならずに済んでシュラインもホッとしていた。
「っし、ろくな休憩にならなかったが、そろそろ行くか」
 煙草の一本もふかしたい所だか、そんな余裕もない。
「だな、結局歪み自体はトラップだったってことなんだろうし」
「ここは彩クンに道案内をお任せするしかないわね」


■―16:20―

  既に開始から四時間以上が経過した。
 それらしきモノが見えてはくるものの、トラップばかりでいいかげんどれを信じていいのかわからなくなってくる。
 各自肉体的にも精神的にも疲弊していた。
「…確実に近づいてはいるんだろうけど…」
「どうにも決め手にかけるな…このままじゃホントにタイムアップしそうだ」
 十二時間の猶予というのは本気でギリギリの時間なのかもしれない。
「着実に進んではいるものの、少し時間がかかりすぎている気がします。何か、近道でもあれば…」
 零の言うことはもっともだ。
 人間の体力でこの大迷宮を半日でトラップも含めてクリアしろというのがそもそも間違っている気がしてならない。
 しかし、限界を見極めようとしているのかどうかわからないが、明らかに何か『試されている』のは分かる。
「……あの文字の意味が分かれば…」
「あの文字?」
 シュラインは善に背負われている間、周囲を観察して脳内に奇妙な文字の羅列が存在している事を話した。
 何かの単語に一文字つける。
 それが謎かけの答えだと。
「…アイツが出したヒント…か?」
 こんな大層な仕掛けを用意してまであればヒントを容易するとは思えない。
 時雨はいぶかしんだ様子でシュラインに返す。
「私も、彼がヒントを出してるとは思えないの。ただ―――…」
「ヒントを出してくれそうな存在は、知っている」
 草間、シュラインそして時雨。
 この三人だけがよく知っている。
「ソウルテイカー…」
 彼しか考えられない。
 アンダーテイカーの片割れ。
 唯一無二の相棒。
 消滅してしまった半身。
「この中に、彼が息衝いている――?」


■―17:30―

  地上であれば徐々に陽が落ちてくる時間帯。
 相変わらず薄暗い世界のまま時間だけが過ぎていく。
 まだ。
 まだ出口は見えないのか。
 トラップの数も増え、霊的消耗も激しい。
 零や彩臥が道を切り開いてくれているのがせめてもの救いか。
「てかアイツマジでぶん殴ってやんねーと気がすまん!!」
 流石の浩介も疲労が蓄積しており、やや息も荒くなっている。
 シュラインの言っていたキーワードが何か分かればそれだけで解決できそうな気もするが、はっきりとはわかっていない。
 単語も、一文字も。
「…ん?待てよ…」
 単語というからには、少なからず自分たちが既に関わりを持っているものである場合が多い。
 それがクイズの答えだというならなおさら、ゲームの中に存在する小さなヒントを見落としていなければ自分たちは既に答えを手にしている。
 単語。
 何の。
 どこで…
「あ―――――――――ッ!!」
 浩介が突然声をあげたことで一同驚いて足を止める。
「どうした氷室!?」
「あれだよ!単語!!これこれ!!」
 変形のポケットの中にくしゃくしゃになって入っていた『招待状』
「あ…そうか。それだったんだわ」
 だとすればこの言葉に結びつく一文字は一つしかない。
 それで意味を成しえる言葉は一つしか。
「『F』『I』『A』『T』…『H』、fiath…信仰、信じること、信頼を意味する言葉…」
 失われたH<アッシュ>
 壊れた信仰。
 失われた信頼。
 それこそが答えであると。
「…?」
 また、時雨の手がうずいた。
 温かく、落ち着く何かがそこにある。
「……アンタ、ずっとそこにいたのかい」
 最期に一瞬同化した両手。
 ソウルテイカーのデスサイズでアンダーテイカーに死を与えたこの手に。
 時雨の手のひらが白く光を放つ。
「何…」
「ソウル、テイカー…?」
 勝手に動く手に導かれるまま、時雨は正面にあった壁に手をついた。
 すると目の前の壁が全て消え、一直線上に出口らしきものが見えた。
「こんなに近くに来てたなんて…」
『ずっと遠回りさせられていた…ということですかね』
 霊的な臭いを辿っていたのだから、あちらがその気になれば操作することなど造作もないことだろう。
「行くぞ!」
「恩に着るよ、ソウルテイカー」
 手のひらに宿った柔らかい光は何も答えることなく、ただ小さく輝いていた。
 出口まで一気に走る一行。
 一直線上にはもはやトラップも何もない。
「アンダーテイカー!!」


■―18:00―

 『――――何をしたのですか?』
 自分が築いた迷宮が、自分の意思とは関係なく、ましてや最初の時のように破壊されたわけでもなく、目の前には長い一直線の道が出来ていた。
 それに彼はまったく気づかなかったのである。
「彼が、協力してくれたのよ」
『…彼…?』
 言わずとも分かるはず。
 シュラインは時雨に鏡を渡し、手のひらに宿った光をそれに反射させ、アンダーテイカーにむける。
『なっ!?』
 体が熱い。
 全身の細胞が震撼する。
『何をした貴様!?』
「まだ、分からないのかい…」
 時雨が気の毒そうな目で見やる。
「アンダーテイカー…ここは出口よ。最後のステージ。貴方が用意していた謎かけ…それは招待状の欠けた言葉を完成させろってことだったんでしょう?」
 シュラインの言葉に明らかに動揺している。
「答えを言うわ」
 草間、浩介、時雨、シュラインがそれぞれ招待状を出し、白い文字を表にする。
「これの最後に付け加える文字は『H』」
「言葉は『FIATH』」
「…意味は、信仰。信じること!」
「失われた信仰…つまりは貴方を示す言葉…」
 四人が一言一言確実に彼にむかって『答え』をつきつける。
「ソウルテイカーが呼んでる。お前さんも一緒に行くんだ」
 鏡を収め、ソウルテイカーの欠片が宿った手がアンダーテイカーに触れる。
『!?』
 その瞬間、彼の体の打ちに光が満ち、体がひび割れ崩壊し始めた。
『な……わ、たし…は……』
「こんなことまでして何がしたかったのが…何が欲しかったのか…そんなこと今はもういいさ。帰れるなら帰れ」
 唯一の半身と共に。
『ぅああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!』
「塵は塵に、灰は灰に……光は光に」
 アンダーテイカーの体が光に呑まれ、光が放射状に膨れ上がっていく。
 全員がその光に包まれ、大迷宮までもその光に包まれ、都心上空が白い光に包まれた。


■―18:05―

 「――――…」
 目を開けばそこは興信所の屋上だった。
 辺りを見回しても、そこには日常の風景が広がっている。
「空は――…」
 薄暗い迷宮に覆われた空は消え、真っ赤な茜空が何事もなかったように広がっていた。
 果てしない、大空が。
「…終わった…んだな…」
「まっさか、最後の最後で…なんてね」
「でも、よかった…本当に」
 最愛の半身と共に、光に帰れたことが。
「あれが、彼の最後の力だったってわけか」
 自分の手のひらを見つめ、苦笑する時雨。
 とにかく、自分がまいた種を特殊な形ではあるが刈り取れた。その事実にホッとした。
「ふ〜〜〜!仕事の後の一服は格別」
 善が煙草をふかしてしみじみ言うと、草間も自分もとばかりに吸おうとするが、悲しいかなポケットのケースにはライターしか入ってなかった。
「一本くれ」
「カミさんに許可もらっわねーと」
 茶化すと草間は苦虫を噛み潰した顔で、そろりとシュラインを振り返る。
 どうぜ駄目だと言われると思っていたから。
「一本だけよ?」
 ところが当のシュラインはご褒美とばかりにOKサイン。
 善から一本貰い、その場で夕日を眺めながら一服すると、生き返ったとばかりに表情が華やぐ。
「あ〜〜…流石に疲れたぁ……な、草間さん。今日のって報酬でるんだよな?」
 急に現実的な事を言ってくる浩介に、思わずむせ返る草間。
「えーと、その…」
「晩飯ご馳走してよ。今回の報酬それでいいわ」
 ぐぅ〜っと浩介の豪快な腹の虫が鳴く。
「そうね、それでいいなら安いものだわ。さぁて、急いで晩御飯の支度しなきゃ」
「買出しに行かないと」
「手伝うよ」
 シュラインと零、時雨は晩飯の材料の調達をする為、屋上を後にした。
「これででっかい肩の荷がおりたよ」
 ゴロリと寝転がる草間。
「突然呼ばれて何させられんだと思えば、まったく厄介な事に巻き込みやがって」
 晩飯だけじゃツケは解消できねないぞと、善は笑う。
「…それにしても…アイツ、何の為にあんな大掛かりなものを……」
 終わった今でも気になってしまう浩介だが、いくら気にしても答えが出るものではない。
 気にはなるが、それは胸のうちにしまうか、忘れるかするしかなさそうだ。
 浩介も草間のようにゴロンと横になって、燃える様な赤い空を見つめた。



■―--:--―





―――失敗か―――



やはりこちら側にきたばかりの堕天使には荷が重すぎたのでは?


まぁいい、あれは布石にすぎない。獄の解放に至る程の効果はない

そうとも。そもそもあれだけですべてが覆せるわけがないのだから

我らはあんな瞬きの間で事がなしえるとは思っていない


そう、ずっとずっと永い間待っているのだから





ずっとずっと―――永い間――




―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5484 / 内山・時雨 / 女性 / 20歳 / 無職】
【6725 / 氷室・浩介 / 男性 / 20歳 / 何でも屋】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
草間興信所依頼【この言葉の元に〜FIAT〜】に参加頂きまことに有難う御座います。

まず始めに…済みません…おもっくそ定員割れしてしまい、
それゆえ他のNPCで足りない人数を補填する形と相成りました。
OPとタイトルの絡みに気づいたシュラインさん、毎度の事ながら感動を覚えます。
氷室さんも招待状の意味ズバリです。
ちぃとばかしひねりすぎたかな〜と思っていたのですが、気づいて下さった方がいてホッとしました。
内山さんには出す段階でも色々と励ましのお言葉を頂いたりと、もう、
いろんな意味でお世話になりましたというかご迷惑をお掛けしてまことに申し訳なく…

これにてアンダーテイカーシリーズは完結です。
何だかんだと一年以上…そんだけかけて何本出したンやと遅筆っぷりに突っ込まれそうですが…

ノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せ下さい。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。