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七夕に願いを
●オープニング【0】
7月7日は言わずと知れた七夕である。地方によっては旧暦合わせか、月遅れとなる8月7日に七夕を行う所もあるが、世間一般においてはこの7月でいいだろう。
その七夕に合わせて、笹飾りを見かける機会が増えてくる。例えば小学校で、例えば商店街でといった風に。
当然のことながら、ここあやかし荘でも笹飾りの準備が行われている訳で――。
「ふむ、立派な笹ぢゃ」
あやかし荘の中庭に用意された笹を見上げ、嬉璃が満足そうにつぶやいた。柚葉に命じてあやかし荘の奥の森から取ってこさせたのがこの笹である。
「あとはこれに短冊などを吊るして飾るだけぢゃな……」
と嬉璃が言うように、笹にはまだ何も吊るされておらず綺麗なものであった。
「……となれば人手が必要ぢゃ」
ふむと思案してから、嬉璃はにんまり微笑んだ。
「ま、彼奴らなら声をかければすぐにでも集まるぢゃろ」
何せ祭りごとが好きぢゃからな――と思いつつ嬉璃は、あちこちに声をかけてみるようあやかし荘管理人の因幡恵美に命じたのであった。
さてさて、今年のあなたの願い事はなんですか?
●早い時間なので人はまだ少なく【1】
で、七夕当日――。
笹の前、1人の女性がたたずんでいた。何故か手に、電話やら水道やら電気やらといった大量の請求書を持って。
「ふ……ふふ……ふふふふふ……」
と、自虐的にその女性――冴木紫は笑い始めた。
「……笹を見て笑うというのは、傍から見てると無気味なものぢゃぞ?」
いつの間にやら背後に来ていた嬉璃が、呆れたように紫へ言った。
「……だって笑うしかないもの……」
一瞬だけ請求書の山に視線を落とし、紫がそう答える。
「同じ笑うにしても、願い事吊るして笑っている方が絵になるぢゃろ」
「……お願い?」
そこでようやく、紫が嬉璃の方へ振り向いた。
「この状況でお願いなんて、誰がどう見ても1つしかないと思うんだけど……」
と言い、請求書をこれでもかというくらいに嬉璃へ見せつける紫。
「まあ……そうぢゃなあ……」
むぅ、と嬉璃が唸った。
「……ってーか、もういっそのこと短冊代わりにこれぶら下げとけば、誰か心の広い人が払ってくれたりしないモンかしらね」
「あからさまに現実的ぢゃなぁ。普通は居らんと思うがのぉ。もう少し、夢ある願い事をするとかどうぢゃ?」
「ふふ……もう夢見がちなお願いする心の余裕もないわよっ、切羽詰まってんのよ!!!」
紫はぶんぶんと髪が乱れるくらいに頭を振った。
「あー、恐ろしくて自分の財布の中覗く勇気もないわよ」
「……日々どういう生活しとるのぢゃ、お主は」
非常に呆れ顔な嬉璃。いわゆる、軽く引いた状態?
「まあ、1つくらいはそれらしい願い事も考えるとよいぢゃろ」
「分かったわよ……」
そんな嬉璃の提案に、渋々といった表情を浮かべ紫は答えた。
「とりあえず、冷たい物でも飲んで頭と気持ちをクールダウンさせましょ?」
そこへひょいと氷の入ったグラスが割り込んできた。シュライン・エマが持参した、しょうがと蜂蜜の自家製サワードリンクである。
「ありがと」
紫はグラスを受け取り、さっそく口をつけた。
「あー、いい感じに美味し……」
「まだまだあるから、お酒や炭酸、あと牛乳とか? お好みで割って、色々楽しめるわよ」
安堵の溜息を吐いた紫に対し、そう説明するシュライン。ということは、紫が今飲んでいるのは氷を入れただけのストレートか。
「ところで、お主は事務所の方はよいのか?」
ふと思い出したように、嬉璃がシュラインに尋ねる。
「大丈夫よ、もともと今日は私お休みの日だし。事務所には書き置きも置いてきたし……」
シュラインの頭の中に、草間武彦の机の上に置いてきた『あやかし荘に逃亡中』という書き置きが浮かぶ。まあその気になったら、草間たちも来るかもしれないだろう。
「だから北斗、最初からそんなに食べるなって」
その時、3人から少し離れた所で声が聞こえてきた。守崎啓斗の声である。今の言葉からすると、弟の守崎北斗も一緒なのだろう。
「えー。やっぱりこういうのは冷たいうちに食べた方が美味しいじゃん?」
啓斗に反論する北斗。そちらへ目を向けてみると、守崎兄弟は揃って浴衣姿。で、北斗はかに玉入りの寒天を食べようとしている所であった。ちなみに視線は、色付きそうめん入りの寒天に向いていたりする。
「まだ他にも食べる人が居るだろ? それでもう5つ目じゃないか……」
ふう、と小さな溜息を吐く啓斗。1つ2つ食べるだけなら啓斗もうるさく言う気はない。けれども、まだ他の者が食べてないのに北斗が勢いよく食べているから釘を刺したのだ。
「分かったよ兄貴。じゃ、あと1つ……」
と言って、ひょいとかに玉入りの寒天を北斗は口の中へ放り込んだ。
「全く……」
ふっ、と苦笑いを浮かべる啓斗。そこへ、箱を抱えた恵美がとことことやってきた。
「あ、居ましたね。先程はどうもありがとうございました」
箱を啓斗に見せ、笑顔で頭を下げる恵美。お中元代わりに、啓斗が無言でそうめんの箱を恵美に渡していたのである。
「あ、いや。こっちこそ今日は」
招いてもらった礼を簡素に口にする啓斗。すると恵美が啓斗に尋ねてきた。
「いただいてすぐはどうかと思ったんですけど……茹でちゃっていいですか?」
どうやらもらったそうめんを、さっそく使ってしまおうというつもりらしい。
「ふぁい、はんへー」
それに対し、口をもごもごさせながら北斗が手を挙げて言った。『はい、賛成』と本人は言っているようだが、寒天が口の中に入っているからちゃんと言葉になってないらしい。
「……どうぞ」
啓斗としては、苦笑してそう答える他なかった。
「じゃあ茹でてきますね」
そんな2人の様子に、くすくす笑って恵美が言った。
●七夕飾りを作ろう【2】
それから少しして、何やら折り紙をしている北斗のそばへ柚葉がやってきて、不思議そうに聞いた。
「何してるのー?」
「んー? 手持ち無沙汰だし、せっかくだからもっと七夕飾り作ろうかって。シュラ姐も作るみたいだしさー」
手を動かしながら答える北斗。けれども何故か柚葉は首を傾げる。
「……そんな七夕飾りあったっけー?」
「あるんじゃねーの? 何か色々あったように思うんだよなー」
ひょっとしてうろ覚えですか、北斗さん。
「よし完成! 吊るしてくるかー」
そして完成した物を持って笹のそばへ行き、北斗はそれらを吊るし始めた。
「これはここ、こっちはこう……お、いい感じじゃね?」
何か手応えを感じているらしい北斗。
「こんなもんかな?」
やがて全部吊るし終え、北斗は1歩引いて満足げに笹を眺めた。
「違うだろ」
軽くぺちっと、北斗の後頭部に啓斗の手が飛んできた。
「千羽鶴折ってどうする。他のも意味不明なのが多いし……」
北斗の飾った七夕飾りを見ながら啓斗がそう言った。
「えー? この蝉なんか、よく出来てると思うけどなー?」
「そういう問題じゃない」
再び啓斗の手が北斗の後頭部に飛んだ。
「はいはい、ちゃんと作りましょ。天の川とか色々ね」
そんな北斗へ、苦笑いを浮かべたシュラインが声をかけた。そばではすでに、はさみを手にした紫が折り紙を切り始めている所であった。
「……いっそ請求書もこのまま切り刻んで……ふふ……」
やめなさい、紫さん。切り刻んでもなかったことにはなりませんから、ええ。
「こんにちはー」
そこへ女性の声が聞こえてくる。見れば声の主は風呂敷包みを抱えた草間零、その後ろには網に入ったすいかを手に提げた草間の姿もあった。
「あら、零ちゃん。と、武彦さん。やっぱり来たのね」
シュラインが2人に声をかけた。
「お前な、事務所の暑さと湿気に耐えられると思うか? まあいい、差し入れ持ってきたぞ」
草間はそう答えながら、すいかを抱え上げる。それを北斗が目ざとく見付けた。
「おー、すいかじゃん! さすが怪奇探偵、気が利いてるよなー」
「怪奇探偵は関係ないだろ。というか、その呼び方やめろ」
すいかにテンション上がった北斗に対し、草間が苦笑して言い返した。
「物置かどこかにビニールプールがあったはずぢゃ。それで冷やすとよかろう」
嬉璃がそう草間にアドバイスする。まあ別の見方をすれば『草間、お主がやっておくのぢゃ』と言っているようなものだが。
「お、そうだ。シュライン」
ふと思い出したように草間がシュラインへ声をかけた。
「どうしたの、武彦さん?」
「あのな、零の浴衣を持ってきてるから、後で見てやってくれないか?」
「お願いします、シュラインさん」
ぺこんと頭を下げる零。
「分かったわ。じゃ、七夕飾りを作ってからにしましょうか。零ちゃんも一緒に作る?」
「はいっ!!」
シュラインの言葉に零が元気よく答えた。
●願い事【3B】
ちゃんとした七夕飾りも飾り付け、零も浴衣に着替えた後、各自が願い事を書いた短冊を飾り始めた。辺りは日も暮れ、いい感じになってきた。
「んー……」
短冊を飾り終えた直後、北斗は空を見上げてからすぐ皆の方へ向き直った。が、何故か遠い目をしている。
「どうしたのぢゃ、遠い目をしおって」
嬉璃が北斗へ尋ねた。
「あ? ん、いや、千年毎年見守られつつ逢引ってどんなもんだろな……って」
北斗はそう答えると、少しげんなりしたような表情を浮かべた。
「本人たちは1年に1度の逢瀬ぢゃ。人目など気にしておる余裕もないぢゃろうて」
もっともな嬉璃の答えである。
「そっか。んじゃこっちは、こっちは美味いもん食って腰据えて冷やかしちまおうぜ?」
北斗の視線が、ビニールプールのすいかに注がれる。
「まだ冷えてないからな」
北斗の心を読んだかのようにそう言う啓斗。ちょうど蚊取り線香に火をつけた所であった。
「……そういや、弟の方には星の名前がついてるんだな」
はたと気付いたのか、草間が啓斗へ尋ねた。
「一応俺も、星からとった名前なんだがな……」
ぼそりと答える啓斗。そして近くにあった短冊の裏に、さらさらと何やら文字を書き始めた。
「おや、そうだったのか?」
「漢字をあえて変えてるんだ」
と答え、啓斗は草間に短冊を差し出した。そこには『計都』と記されていた。
「……こんな星あったか?」
首を傾げる草間。すると啓斗はしれっと言い放った。
「どんな星なのかは知ってそうな奴に聞いてくれ」
そのまま啓斗は、自分の短冊を吊るしに行った。
「どれどれ」
嬉璃が件の短冊を覗き込む。そして少し考えてから口を開いた。
「ふむ……九曜ぢゃろう」
九曜とは陰陽道などで用いられる占い用の星だ。その中に『計都星』というのがあるのである。まあ、それが合っているのかは本人が答えていないので分からないのだけれども。
「願い事、叶うといいですよね」
にこにこ笑って零がそう言うと、北斗が反応した。
「願い事っていえば、よく『流れ星に3回願い事言えたら願いが叶う』なんて言うじゃん?俺、あれ何度も成功してんだよな〜」
「凄いですね!」
自慢げな北斗に対し、零が目を丸くしてパチパチと拍手した。
「余計なこと思わず『飯! 飯! 飯!』って唱えりゃいい訳だし」
……そら叶う可能性高いですな、北斗さん。
「……ま、願って叶った後いつもしっぺ返しが来ちゃうんだけどな……」
遠い目をして北斗が言った。そういや、過去色々とあったような気がしなくもなく。
「……しっぺ返しくらっても、叶ってくれた方が嬉しいわよ……」
ぼそりとそんなことをつぶやくのは紫である。ああ、確かに今のあなたの場合は……そうかもしれませんね。
「零ちゃんも後で書いたの吊るしましょ」
「はいっ」
シュラインの言葉に零がこくこく頷いた。それを見て草間がシュラインに声をかける。
「俺は?」
「武彦さんも書くの?」
「書かせろよ」
くすっと笑って言ったシュラインに対し、苦笑して草間が返した。
そんなシュラインが記した願い事――『皆が体調崩さず乗り切れますように』。これは普通に叶いそうな気がしなくもない。約1名(誰とは言わないが、恐らく草間)怪しいかもしれないが。
「ただいまですー」
そこへあやかし荘住人の三下忠雄が帰宅。後ろには、上司である月刊アトラス編集長の碇麗香の姿もあった。
「三下くんから、今日ここで七夕するって聞いたから。特に用もなかったし、来てみたの」
と麗香が言った。まあ恐らく、草間の姿を見付けてそちらへの説明なのだろう。
「こんばんはー☆」
それから少しして、今度は元気な女の子の声が聞こえた。見れば、浴衣姿の瀬名雫の姿があった。
「七夕するって聞いて遊びにきたの☆」
くるっとその場で1回転する雫。なかなか似合っているではないか。
「人が増えてきたのぉ」
しみじみとつぶやく嬉璃。すると北斗が胸を張って言った。
「こんな時にはあれだよ、あれ! 花火! 俺持ってきてんだ」
と言って、自分の荷物を漁り始める北斗。けれども、いくら探しても花火は出てこない。
「あれ……おっかしいなあ……?」
「北斗、玄関先に花火忘れてたぞ」
その時、ぽむと北斗の背中を叩いて啓斗が花火を手渡した。どうやら持ってゆこうとしていて、うっかり北斗が荷物に入れ忘れてしまっていたようである。
「あー、これこれ! サンキュー兄貴」
「じゃ、後でバケツ用意しなくちゃ」
シュラインの目がバケツを探し始める。ついついやっぱり裏方仕事をやってしまうようである。
「そうめんが茹で上がりましたよー。よく冷えてますよー」
そこへ恵美がやってきた。これに一番喜んだのが誰なのかは言うまでもなく。
かくして人数を増やしながら、楽しい七夕の夜はふけてゆくのであった――。
【七夕に願いを 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
/ 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
/ 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 1021 / 冴木・紫(さえき・ゆかり)
/ 女 / 21 / フリーライター 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全6場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせさせてしまい申し訳ありませんでした。ここに7月の七夕の模様をお届けいたします。今回の各人の願い事については、参加者各々の文章を見ていただくと分かるようになっています。
・七夕といえば天の川。この季節、天の川は本当に綺麗です。星のよく見える場所へ行かれた際には、ぜひご覧ください。何とも言えない美しさですから、あれは。
・シュライン・エマさん、123度目のご参加ありがとうございます。という訳で、草間たちも後からやってきました。やっぱり暑さには勝てなかったようです。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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