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<東京怪談・PCゲームノベル>


時々、おしゃべりなチューリップ

■01
 頬に当たる風が気持ちいい。
 からりと晴れ上がった空は、すでに初夏のものだ。澄んだ空色、それを彩る白い雲。黒・冥月は、すがすがしい風に包まれながら、その通りを歩いていた。だから、それはほんの偶然。
 見慣れた店先に、足を止めた。
 その店の前に立てられた看板、大きな張り紙に目が止まる。
「色とりどりのチューリップ達……?」
 読み上げながら、首を傾げた。チューリップが何故今の時期に? たしか、旬は随分前のはずだ。
「はっ! お、お、おっきい動物を、ぶ、ぶん投げた……人」
 そうしているうちに、店の中から店員が出てきた。
 その顔は知っている。驚いたように見上げてくるのは、小柄な女性だ。店のロゴが入ったエプロンの裾を握り締め、それ以上の言葉がないのか大きく口を開けてじっとこちらを見ている。
 その様が、少しおかしかった。
 そういう覚えられ方をしていたのか。思わず、苦笑いが漏れる。
「あ、す、すみません、私ったら、あの! あの事件の時は本当にありがとうございました」
「いや、こちらこそ、良い花束をありがとう……、彼も、喜んだと思う」
 すこしだけ、ためらいの色が混じった声。
 それでも、微笑んで見せたら、店員鈴木エアは安心したようにぺこりと頭を下げて、どうぞ寄って行ってくださいと、冥月を店内へ促した。

■02
「それでね! こんな大きな獣をですよ、ばばーんと一投げだったんです」
 店内には、エアの他に大柄の男がいた。
 エアの紹介によると、この男がこの店の店主らしい。木曽原と名乗ったその男は、ただ黙ってエアの話を聞いていた。それも慣れているのか、彼女は大げさに腕を広げかまわずに話し続けている。それは、先日この店で起きた強盗未遂事件の顛末だ。
 丁度、女性定員一人の時を狙われた。が、しかし、それは冥月が花を買いにやってきた店であったと言うのが、犯人の運のつきだった、と言う話。
 冥月は、出された紅茶を、静かに飲んでいた。
 それにしても、店内は煩いくらいチューリップで埋め尽くされていた。入り口近くの透明のケースにもチューリップ、店内の生花を飾るスペースにもあふれんばかりのチューリップ、ちなみに店先にもチューリップのバケツがあった。そして、レジの横のわずかなスペースまでも、チューリップが飾られていた。確かに、これはセールと謳っているだけはある。
 が、何やら落ち着かない。
 どうも、視線を感じる。けれど、殺気ではない。むしろ、街中で一人、たたずんでいるような感覚だ。何かが気になって、ぐるりと店を見回してみる。
「チューリップです、この季節には珍しいんですけれど、沢山仕入れすぎてしまって」
 お一ついかがです? と、笑顔で薦められた。
 とは言え、花を飾る趣味はないし墓にもあわないだろう。首を横に振りかけて、そう言えば、と、紅茶のカップをソーサーに戻した。
「『喋る』とは、何だ?」
 先ほど見た、張り紙だ。大きくチューリップがセール中であると書かれていた。そのスミにこっそりと付け足されたように『(時々、おしゃべりです)』と記述があった。
「そう言えば、何なんでしょうか? 店長……」
「……」
 冥月の言葉に、エアは困ったように首を傾げた。視線を一身に受けて、店主は無言のまま腕を組む。その瞳には、少しばかり迷いのような光が見えた。やがて、意を決したように、木曽原は切り出した。
「……、そのままの意味だ、……、聞こえないか?」
「わ、やめてくださいよぉ、いきなり怪談は怖いですから」
 エアはすぐに飛びのいて身構える。
 しかし、冥月には、それが全くの空言ではないような気がした。もう一度、耳を澄ませる、いや注意深くアンテナを伸ばした。どこか潜んでいるものを看破するような感覚だけれど、決して鋭くなくて緩やかに穏やかに気配を辿る感じ。
『くすくすくす』
「あ、……」
 最初に聞こえたのは、少女のような笑い声だった。
『聞こえる? 聞こえる?』
『聞こえる人には、聞こえますよ』
 やがて、その声を聞くと言う感覚を理解する。特に気になったのが、八重の白いチューリップだった。ころころと弾むように笑う。ふっくらとした花の部分は、煌びやかと言うわけではなくただ優しい雰囲気を漂わせていた。その隣で、白いチューリップの笑いをたしなめているようにも見えたのが深い紫色の花だ。白いチューリップのようなボリュームはない。しかし、慎ましくしっかりと己の存在を確立している様な一重の様子は、とても綺麗だった。
「白いほうがベロナ、紫はクィーンオブザナイト、ですよね?」
 二種類のチューリップの束を見つめている横で、エアがポケット図鑑とチューリップを見比べていた。
『きゃははは、正解正解』
『その不安そうな物言いがなければ良いのですが』
 花達の言葉を聞きながら、冥月は木曽原を見た。店主は、静かに一度頷く。
「そうか、……、じゃあな、ご馳走様」
 丁度、紅茶が空になった。すっかり、長居してしまった事に気がつく。冥月は、立ち上がり、紅茶のカップをエアに差し出した。
「いえ、こちらこそ、あの時は本当にありがとうございました」
 エアは、ぺこりと一度お辞儀をし、差し出されたカップを受け取る。
『え、え、え、えええええええええええ〜?!』
『ちょっと待ってください』
 店の入り口へと足を進める冥月を、呼び止めたのは先ほどのチューリップ達だった。
「……、何だ? 私は花と戯れる趣味など」
 ない、と、言うその前に、花達が暴れる。
『ちょ、ちょ、この展開で、次は絶対あたし達を手に取る以外に、ありえなくない?!』
『それとも、私達を買い上げる余裕もないのでしょうか?』
 口々に、勝手な事を言いながら、花達はせがんだ。慌てたように木曽原がレジから出てきたが、花達はそんな事ではくじけなかった。
『あーんっ、外に出たい、別の場所を見たい、あたしの声が聞こえるんだから良いでしょうっ』
『貴方の事、気に入ったと言っても、それは嘘ではありません』
 白いチューリップは、声の限りぴーぴーと主張したし、紫の方は静かに生意気な事を言う。
「……、分かった、ちょっとは黙れ、……仕方が無いな」
 大きなため息を一つ。ついに冥月は、店主から白と紫のチューリップを受け取った。すまん、と、申し訳なさげな店主に、構わないと手を振る。
「白いほうは新しい恋・失われた愛、紫は不滅の愛・永遠の愛ですね」
 エアの語った花言葉が、少しだけ、耳に残った。

■03
 簡単な説明を聞き、結局、白と紫のチューリップを連れて帰る。
 ちなみに、花瓶もなかったので買った。透明のガラスの花瓶は、水を入れて花を飾ると、意外に綺麗で見た眼も涼しい。
『ふぅん、ここが冥月のお部屋かぁ』
「私は花に呼び捨てにされる覚えはない」
 物珍しそうにあれやこれと囁く花に、ぴしりと言い渡し黒い上着をクローゼットにしまう。
『冥月は、一人暮らしなのでしょうか、寂しい』
 だ・か・ら、と、大きくため息をついた。
 丁寧な口調のくせに、何とも生意気な紫のチューリップ。それをちらりと見やり、口をつぐんだ。
 そう、花と語り合うという趣味はない。陽当たりの良いところではすぐに花が開ききってしまうと言うことだったので、花瓶はリビングのソファの隣に置いた。置いただけだ、と言う事を示すように、冥月は無言でグラスに水を注ぎ、花の前を通り過ぎてソファに腰を落とす。
『一人暮らしってことはぁ、彼氏はいないの? 好きな人は? 恋話は?』
『そんな早急な質問では軸がぶれてしまいます、一つ一つ、聞きますよ、冥月』
 けれども、花達はますます騒がしく冥月に話しかけた。
「私が、一人でくつろいでいるのが分からないか?」
『ねぇ、冥月は、どんな恋をしたの? 聞かせて、聞かせて』
『その美しい黒髪に、心惹かれた殿方が、いなかったとは思いません』
 花達は、どうしても、その話題から離れない。
 冥月は、冷たい水を一口口に含み、遠くを見た
 恋、なんて言うけれど……。
 ソファに流れた自身の黒髪が瞳の奥でさらりと揺れた。

□04
 光が流れるようだ、と、言われて振り向いた。
「ほら、また、流れた」
 そこには、満足そうな微笑。
 彼は、私の髪を一掴みそっと持ち上げて、ね? と首を傾げる。
 しかし、首を傾げたかったのは、私のほうだと思った。だいたい、光、とは言うけれど、それはネオンの光が少しだけ反射しているんだし。
「そう、かな、けれど君の髪は、まるで自ら輝いているように見える」
 そんな事を惜しげもなく口にするのは、ずるいと思う。
 夜の街を抜けて夜景の綺麗な展望台へと向かう最中だと言うのに、私は立ち止まったまま動けなくなった。敵を射抜く鋭さも、見るもの全てを凍りつかせる冷たさも、対峙した相手を屈服させる威圧感もない。
 けれど、私は、その瞳に囚われてしまうのだ。
 私の髪が光だと言うけれど、その言葉は私には不釣合いだと思う。いや、最も遠い言葉だ。
 それよりも、彼こそ暖かな光。
 その証拠に、彼に触れられた頬は、いっそう熱くなる。
「さ、行こうか」
 彼は、私が何と言おうと、笑顔を崩さなかった。それどころか、何事もなかったかのように私の肩を抱き歩き出す。
 仕方が無いので、彼の足に合わせて私も歩きはじめた。
 勿論、速度は私にあわせてくれているので、彼に私があわせたと言うのは少し違う気もしたけれど。
「本当に、光、なんて私には似合わないわよ」
「知らぬは本人ばかりなり、と言う言葉を知っている?」
 だから、それは、そのまま貴方に返したいと、言い返す代わりにちょっとだけ、身体を彼に寄せた。

■05
『きゃぁ、きゃぁ、素敵じゃないっ照れるじゃないっ』
 白いチューリップの嬌声に、はたと我を取り戻す。
「煩い、わ、私はもう休むからな、煩くしたらへし折るぞ」
『ぶぅー、もっとお話聞かせてよー、ってか、冥月は全然態度が違いすぎるぞ!』
 ふわふわと八重の花びらを揺らして、白い花が叫んだ。
 冥月は、少しだけ赤くなった顔を隠すように、ぐいとコップの水を一気に飲み込んで立ち上がる。
『なるほど、冥月は今流行のツンデレなのですか』
「だ、だ、誰がだっ」
 だめだ。
 これ以上は花のペースに引きずられてしまう。
 冥月は、コップをシンクへと足早に部屋を横切った。
『ええー、つんでれってなぁにぃ?』
『普段は攻撃的ですが、思い人の前では心を許すと言うことです』
 背後で、嫌に冷静な紫の声が聞こえたが、聞こえなかったふりをして自室に入り込んだ。
 思い人の前では、か。
 けれど、一人になって、その言葉が心にぽとりと雫を落とす。
 もう彼は居ない。
 居ないのは寂しい。
 だから、悲しい思いのはずなのに、辛い記憶のはずなのに、口をついて出たのは楽しい思い出だった。

■06
 それからしばらくの間は、花との共同生活を送った。
 共同、とは言っても、冥月の気の向いた時に花に話を聞かせるだけなのだけれども。
 白い花は、賑やかだった。彼と食事をした時の事を話せば、異性の前で上手く食事ができるのかと真剣に問われた。手を繋ぐと言うのは、どういう感覚なのかと聞かれたときには、困ってしまった。
 紫の花は、穏やかで失礼な奴だ。冥月の話をゆっくり聞いていたかと思えば、いらぬところで口を挟む。彼の呼び方について延々と冷やかされたのには、本当にまいった。そもそも、……、恋人同士なのだから、相手を名前で呼ぶ事くらい良いではないか。
 はらり、と。
 目の前で、花びらが一枚舞い落ちた。
 毎日水を換え、部屋の温度も少し下げた。けれど、花達は日増しに花開く。
「お前達も、私を残していくんだな」
 そんな事を言うつもりはなかったのに、ぽろりと、こぼれてしまった。
 花達との、穏やかな生活は、多分、終わる。
 彼の話をするのは、とても辛いことだと思っていたのに、何故か胸の奥が温かい。そんな、穏やかな生活が、終わる。
『あのね、いっぱいいっぱい、お話してくれてありがとう』
 白いチューリップは、最後まで煩かった。
 きゃらきゃらと笑い、いつもと変わらぬように花びらを散らす。
『冥月、貴方を残していくのではありません、貴方に残していきます』
「私に? 何を言う」
 紫のチューリップは、最後まで穏やかな口調で話す。
『はい、私もベロナも、貴方の思い出の一部に残るといい、と言ったのです』
「……」
 それは詭弁だと、言い返せば良かったのだろうか。
『貴方が花を愛でる思いを抱いてくれたのなら、本望ですよ冥月』
「最後まで、生意気な奴だな」
 けれど、その声は、人を愛する心は彼がくれた宝物だと、そんな風に聞こえた。

■Ending
 それからしばらくして、またあの花屋の前を通った。
 看板には、まだあの張り紙がしてある。いったい、どれほど仕入れてしまったのか。おもわず、立ち止まる。
「あっ、こんにちはー」
 店のロゴの入ったエプロンは、いつもと変わらない。冥月の姿を見つけて、急いで店から出てきたのは、店員の鈴木エア。その後ろには、およそ花屋には似合わない、花屋の店主が続く。
「……」
 木曽原は、何か言いたそうに冥月を見た。
 基本的に、無口、なのだろう。
「良い花達だった」
「……そうか」
 冥月の言葉に安心したのか、木曽原はそのまま店の奥へ引っ込んでしまった。
「え? え? 何?! 二人とも何を言っているんですか?」
 一人置いてきぼりのエアには気の毒だったけれど、冥月は静かに笑ってしまった。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

【NPC / 木曽原シュウ / 男性 / 32歳 / フラワーコーディネーター】
【NPC / 鈴木エア / 女性 / 26歳 / 花屋の店員】

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■         ライター通信          
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 黒・冥月様

 こんにちは、ライターのかぎです。
 いつもご参加ありがとうございます。
 今回は、彼、とのお話を、と言う事で、色々想像しながら書かせていただきました。いつも、素敵な黒髪なんだろうなと思っていたので、こういうお話になりました。少しでもお楽しみいただければ幸いです。
 それでは、また機会がありましたら宜しくお願いします。