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<PCゲームノベル・星の彼方>


蛍を清流の上に

「今年はこの辺りで蛍が見られないねえ……」
「この辺りは穴場で、知ってる人は本当に楽しみに来てくださるのにねえ……」

 一体どうしたのかしら、と地元のおばさんたちは井戸端会議で悩んでいた。
 自分たちももちろん蛍が好きだ。観光客のことを除いても、蛍の姿が見られないのは気になる。
 するとある日、ひとりの子供が言い出した。
「あのね、あのね、ほしのようせいさんと会ったの」
 大人たちがまともに相手をしない中、それでも少女は他の友達に話を続けていた。
「あのね、あのね、すきなひとどうしがこころからねがえば、ほたるさん、かえってくるんだって」
「すきなひとどうし?」
「すきなひとどうし!」
 じゃあぼくひとみちゃんと、じゃあわたしけんくんと。子供たちは無邪気に遊びまわる。
 それを空から見下ろす影が2つ――
「なんだあ。子供が遊ぶだけじゃつまらないじゃん」
 ヒコボシがつぶやいた。「何のために蛍一箇所に隠したんだか」
「ヒコボシ……もうやめようよ。蛍って寿命短いんだよ、放してあげてよ」
 オリヒメが懇願するように言う。
 何言ってるのよ、とヒコボシは憤然とした。
「まだまだ粘るのよ! 人間の仲のよさってのを、見せてもらおうじゃないの!」

     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 草間興信所の事務員、シュライン・エマはぶつぶつ言っていた。
「蓮さんの未来を描く本……武彦さんは羽織袴姿の時はオールバックな方が似合うのにっ!」
「……まだ言っているのか? シュライン」
 興信所の所長にして、シュラインの婚約者、草間武彦が『もう勘弁してくれ』と嘆くようにソファに座る。
「俺はもう思い出したくない……頼むからその話はやめよう……」
 シュラインはむくれた顔で出かける用意をしていた。
「ほらほら武彦さんも、準備して!」
「分かった分かった」
 草間はソファから立ち上がった。

 夏の暑い日。
 彼らはこれから――
 蛍狩りに行こうと、していた。

     ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 今年は穴場と呼ばれている、いつもとは違う清流へ向かう。
 が――
 先客が何人かいた。カップルや夫婦や親子がいたが、なぜかざわついている。
「あの……どうかしたんですか?」
 シュラインは先客たちに訊いてみた。すると皆声を揃えて、
「この川から蛍がいなくなってしまったらしくて」
 シュラインと草間は顔を見合わせた。

「タイミングが悪いな……」
 草間は頭をかきながら、「どうする? 他のところにいくか」
「んー……」
 シュラインは紅唇に指を当てて考えた。と――
 清流の近くで、子供たちがきゃはきゃはと遊んでいる。
「ほしのようせいさん。ほしのようせいさん」
「……星の妖精さん?」
 この季節に、綺麗な響きね、とシュラインは笑顔になる。
「子供らしい発想だな」
「そうかしら? 武彦さんも言いそうだけど」
「……俺はそんなに子供か?」
「うふふ。武彦さんはずっと子供でしょ」
 おい待てどういう意味だ――という草間の声を無視し、シュラインは子供たちに近づいて行った。
「ほしのようせいさん。ほしのようせいさん」
「なかよしこよしすれば、いいんだよねっ」
「坊やたち、星の妖精さんって何か、聞いてもいいかしら?」
 シュラインはスカートが汚れないようかがんで子供たちに尋ねる。
「えっとね、ほしのようせいさんなの!」
「すきなひとといっしょにいると、ほたるさんかえってくるんだよ」
「………? 蛍さんが帰ってくるの?」
「うん。ええと、いちばんにほしのようせいさんにあったのはねねちゃん――」
「ねねちゃん。……ねねちゃん? あれ?」
 子供たちが途端にきょろきょろし始める。
「どうした」
 近くまで来た草間が、くわえ煙草で尋ねる。
 子供たちは急に不安そうに、泣き顔になった。
「ねねちゃん。ねねちゃんがいないよう」
「ねえ、たっくんもいないよ」
「ゆうちゃんもいない」
 ついに子供たちは泣き出した。少し離れたところで、蛍目当ての観光客たちが、何だ何だと騒ぎ始めている。
「皆、落ち着いて」
 シュラインは優しい声で言いながら、子供たちの頭を撫でた。
「お姉ちゃんたちが捜してくるわ。ここにいない皆のお名前と、どんな格好してたかを教えてくれる?」
「うん、うん」
 子供たちはしゃくりあげながらうなずいた。

 いなくなったのは「ねねちゃん」こと愛沢寧々、「たっくん」こと楠達也、「ゆうちゃん」こと春野優。

「3人か……さらわれたのじゃなきゃ、遠くへは行っていないと思うが」
 草間が真顔でつぶやく。
「武彦さん! 急いで捜しましょ。手分けした方がいいわよね」
「そうだな」
 こうして2人は別れた。子供たちを捜すために。


 草間はまず観光客や、相変わらず蛍の見えない川を心配してじっと観察に来ている地元民に聞き込みを始めた。
「なんですて、ねねちゃんとたっくんとゆうちゃんが!?」
 地元民は特に、仰天しておろおろし始めた。「ああどないしよう。こんな夜に……! いくら蛍の見える短い期間だからって勝手に遊ばせておいちゃいけなかった……!」
 草間は他の観光客にも、子供たちの特徴を教えて目撃談を集める。
 観光客たちは、蛍もいないし他にやることもないということで、一緒に子供たちを捜してくれることになった。
(……一応シュラインに連絡しておくか)
 草間はポケットから携帯を取り出した。

 シュラインは近くの旅館を目指していた。穴場目当てにくる客を泊めている旅館だ。
(ん……そろそろ、武彦さんから何か連絡がある頃かしら)
 と、携帯電話を鞄から取り出してみる。
 どんぴしゃで着信音が鳴り、通話状態にすると、
『もしもし、シュライン?』
 と草間の声が聞こえてきた。
「私。――ええ。――そう。皆で捜すのね。――私はちょっと別のことやるから――ええ、心配しないで」
 通話を切る。そして何事もなかったかのように、シュラインは旅館に飛び込んだ。


「へ〜え」
 空から、シュラインと草間の様子を見ていたヒコボシが面白そうにふふんと鼻を鳴らす。
「あのカップル、面白そうね。携帯電話……だっけ? 電話が来るのを丁度予測したみたいだし」
「……うん……」
 オリヒメは心配そうにシュラインたちを見守る。
 子供たちを行方不明にさせたのは彼らではないが、いる場所は知っている。だがもちろん、ヒコボシには教える気がまったくない。
「もうちょっと様子見するわよ」
 ヒコボシの目はらんらんとしていた。


 シュラインは、さしあたり旅館に子供たちが来ていないことを確かめた。
(……タオルとか、子供用の着替えとか、用意しておいた方がいいかしら)
 思いつき、旅館にそれらの準備を頼む。
 あいにく旅館なので浴衣類しかなかったが、とりあえず応急処置には充分だろう。
 それと――
(んん。何だかやな予感。……武彦さんの分の浴衣も借りておこう)
 シュラインは、大人の男性用の浴衣も1枚借りて、旅館から出た。

 草間の方では――
 「ゆうちゃん」は、観光客の目撃談ですぐに見つかった。
「も、もうちょっとむこうにいけば、ほたるさんみられるとおもって……」
 ゆうちゃんは半べそをかきながらごめんなさいごめんなさいと大人たちに謝っている。
「もう! 人を心配させんといてや!」
 地元のおばちゃんが、怒りながらゆうちゃんを抱きしめていた。
 草間はほっとして、「春野優」の捜索を打ち切った。
 「ねねちゃん」を見つけるのには少々骨が折れた。彼女は「ほしのようせいさん」を捜して放浪していたのだ。
 川から大分離れたところで、彼女は見つかった。
「皆が心配するからな、皆のところへ帰ろう」
 草間が優しく手を引く。
 ねねちゃんはいやいやをした。
「ほしのようせいさんが……」
「悪い子には、星の妖精さんも見えないぞ?」
「ねね、わるいこじゃない!」
「皆を心配させているだろう」
「………」
 ねねちゃんは急に表情を泣きそうにゆがめて、
「……ねね、わるいこ?」
 草間は困ってしまった。
 元々子供の扱いは得意じゃない。どうするか。
 シュラインなら、こういう時、どうするだろうか。
 何とかシュライン思考になってみようと努力して、優しい笑みを作ってみた。
「ねねちゃんは、悪い子じゃない。だから、一緒に帰ろう」
「ほしのようせいさん……」
「会うなら皆で会おう。そしたら妖精さんはもっと喜ぶぞ」
「ほんと?」
 子供の上目遣いが襲ってくる。
「本当だ」
 草間は純真な目を前にして、大人も楽じゃないなと思いながら、笑顔でうなずいた。

 愛沢寧々を連れて人々がいるはずのところへ戻ってきた時、場がざわついていた。
「どうしたんだ?」
 と草間が訊く前に――泣き声が聞こえてきた。
 子供の泣き声だ。悲鳴にも似た――
「たっくんが川に流された! あそこの石につかまって泣いとる」
 おばちゃんが川の真ん中を指差し、必死に草間に訴える。
「たっくん!」
 寧々が悲鳴をあげた。
 大人でも腰が確実につかる。子供には深い川。川底から出っ張っているらしい石に必死にしがみついている達也。
「どうしてすぐに助けに行かないんだ!」
 草間は顔を真っ赤にして周囲の大人たちに怒鳴った。
 だって、と大人たちがしどろもどろになる。腰ほどしかない川へ入ることがそんなにも怖いことか?
「こ、ここの川底はすべりやすいんやて。大人でもおぼれる人間もおる――」
「これだけの人数がいて簡単におぼれるか!?」
 草間はいらいらして、「どけ!」と見ているだけの大人たちの間に分け入った。
 そして、迷わず川に踏み入った。
 おばちゃんのいうとおり、足場はつるつるしていた。歩くのは危ないかもしれない。ならば泳ぐまでだ。
 肩まで水につかって、腕を泳ぐように使いながら、確実に達也に近づいていく。
「もうすぐだ……! もう大丈夫だからな……!」
 達也に呼びかけると、達也の泣き声は徐々にやんできた。
 やがて、草間の手が達也の腰にかかる。
 しっかりと腰をつかまえて、達也の顔を川より大分上になるように高く抱き上げ、そして草間はもう一度川岸へと戻った。
 川岸では手を伸ばしている大人がいた。その大人に、達也を任せる。
 遅れて草間もざぱんと川岸に上がった。
 拍手を浴びた。――草間には雑音にしか聞こえなかったが。
「ああ、着替えを用意せんと。たっくんも、そちらのにいちゃんも――」
「いいですよ。多分俺の連れが」
 草間が急いで家に帰ろうとしたおばちゃんを制した。
 ちょうどその時、
「武彦さん!」
 まさしくタオルと子供用浴衣と大人用浴衣を持ったシュラインが川までたどりついた。


 タオルで子供と草間の体をしっかりと拭き、浴衣に着替え、子供たちが全員揃っていることを確かめた後、シュラインと草間はようやく人心地ついた。
 何もなかったかのように再びはしゃぎ始めた子供たちに、笑顔がこぼれる。
 2人の間に、あたたかい安堵感が流れた。

 何気なしに、2人はもう一度蛍の穴場へ行こうかと歩き出した。
 どちらともなく。行くべき場所はまるで1つきりだと決まっていたかのように。
 蛍がいてもいなくても、もう関係ない。あそこに行くのが今の2人の自然。
「……すべるぞ、シュライン」
 草間が手を差し出す。
 シュラインはその手に自分の手を重ねた。
 のんびりと、まったりと。2人は沢を目指す――


「脱帽よ」
 ヒコボシが満足そうに言った。
 オリヒメが喜んで、
「じゃあ蛍解放していいんだね!」
「しようじゃないの。あの2人、祝福してあげるわ――」
 ねえ? とヒコボシはオリヒメに向かってウインクする。
 あ……とオリヒメはヒコボシの言いたいことに気づいて、こくこくとうなずいた。


 沢についた時、シュラインは思わず「わあ……!」と声をあげた。
 いなかったはずの蛍が一斉に沢に広がり、きらきらと輝いていた。
「素敵……」
 蛍を眺めながら、シュラインは草間に寄り添った。2人の指がからんで、優しい感覚が2人を包む。
 草間がぽりぽりと首筋をかきながら、
「その……悪かったな。蓮から変な本を借りてきたもんだから……」
「いいの。……怒ってごめんなさい」
 シュラインはくすっと笑った。
「武彦さんが白無垢じゃなくてよかったわ」
「……それは冗談にもならん……」
 草間は頭を抱えた。シュラインはくすくすと笑った。
 と、
 ふと上空を見た時、彼女は目を見張った。
 慌てて頭を抱えている草間をつつく。
「空! 空!」
「ん?」
 草間が顔を上げる。そして――絶句した。
「こんな……急に、どうして……」
 どうして。
 こんなに鮮明な天の川が。
「蛍と天の川……両方見られるなんて、なんて幸せ……」
 シュラインがうっとりと幸福な空気に身を浸す。
「武彦さんと2人で。幸せ……」
「………」
 草間はもう一度、軽くシュラインの手を握った。


 それは星の妖精からの贈り物。
 2人揃って舞えば天の川を生み出せる、双子の妖精からの贈り物……


 ―FIN―

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【NPC/草間・武彦/男/30歳/草間興信所所長、探偵】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、いつもお世話になっております、笠城夢斗です。
今回はシーズンノベルにご参加いただき、ありがとうございました!
た、ただ、締め切りを……また……本当に申し訳ありません……
前回のノベルと引っかけてくださって嬉しかったです。草間氏を書くのは私も大好きなので、書かせて頂けて光栄でした。
またよろしければお会いできますよう……