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<東京怪談・PCゲームノベル>


時々、おしゃべりなチューリップ

■01
 店のドアを越えると、そこは一面がチューリップだった。
 入り口付近にある透明のケースにもチューリップ、切花を飾るスペースにもチューリップ、店の奥のレジの隣にもチューリップが飾られている。
「いらっしゃいませ」
「ご無沙汰してます」
 顔見知りの店員に、笑顔で返し、シュライン・エマはぐるりと店内を見回した。
「こんにちは、あの、先日はありがとうございました」
「あら、困った時はお互い様、よ」
 店員・鈴木エアは、客がシュラインだと分かると、深々と頭を下げる。その困った時と言うのが、ほんのちょっと常軌を逸していただけ。けれど、シュラインは、どうと言う事はないと言う風に手を振って見せた。
 ただ、少し特殊な強盗未遂事件があっただけで、花達には少しかわいそうな事をしたけれど、店もエアも無事だった。その時の事を、エアは言っているのだろう。
「季節外れのチューリップもいいわね」
 暗い話題を、がらりと変えるように、シュラインは手を口元にやった。
 しかし、シュラインのその言葉に、エアは曖昧な笑みを浮かべる。
「実は、仕入れすぎてしまいまして……」
 なるほど、確かに、種類も色も各種取り揃っている。いやいや、その量は、ちょっと多めに仕入れてしまいましたと言うラインを大幅にオーバーしているようだった。
 チューリップ達はと言うと、エアのちょっぴり苦しい心情などお構い無しなのか、あるものは淡く、あるものは八重に、あるものはピンと背を伸ばし笑っていた。
『新しいお客さんだぁ』
『くすくす。こんにちは』
『あたしの声、聞こえるかな?』
『きっと、届くかな?』
『くすくすくす』
 ほんの少し、気がつくだけで良い。店の中は、こんなにも花達の声であふれている。シュラインは、しばらくチューリップ達の声を楽しむように聞いた。
「種類も豊富だし、開き具合で違った花に見えるから飽きないのよね」
「そうですねぇ、実は私も、こんなに種類があるなんて、今更ながら驚いているんですよ」
 エアは、シュラインの言葉に神妙に頷きながら、ポケット図鑑を握り締める。
『あのねー、あたし、どこか違う場所へ行ってみたいの』
『私は、色んなお話が聞きたいな』
 期待を込めた、チューリップ達の囁き。
「う……ん、ちょっと暑いところで申し訳ないのだけど、事務所に飾らせてもらおうかな」
 シュラインは、その声に応えるように、チューリップ達に微笑みかけた。

■02
「大振りのものは応接室に、シャーリーなんかは色が変わってきて面白いから窓際に飾ろうかな」
 シュラインは、チューリップであふれている店内を器用に歩いて、花を選んだ。その後ろから、図鑑と本物を交互に見て、花瓶やバケツから花を抜き取るエアがつき従う。
 エアに抱きかかえられるように選ばれたのは、まず最初に、大きな花の物をいくつか。淡いピンクに黄色に赤、色を色々混ぜた。姿は、いかにもチューリップ、と言う言葉が似合いそうな一重の花を咲かせている。エアが持ち上げると、きゃっきゃと可愛い声を上げた。
 窓際にと指定したシャーリーは、白地に薄い紫の縁取りがある。これが、咲き進むにつれて色が変わっていくという。指名されると、『ふふふ』とやわらかな声で笑った。
「スワンウイングスは断然零ちゃん用」
 ちょっとかがんで見つけたのは、純白のチューリップだった。花びらにギザギザとした細かい切れ込みが入り、それがとても繊細で美しい。これも、花瓶に飾るのに丁度良いように、何本か指定した。エアが持ち上げると、『あら、よろしくお願いしますわ』と、上品に挨拶して見せる。
「はぁ、シュラインさん、詳しいんですねぇ」
「そうかしら、あ、バレリーナにアラジン、こういう個性的なのは、うん、良いわね」
 次にシュラインが指差したのは、ぴんと花弁の先の伸びたオレンジ色のチューリップと、鮮やかな赤に黄色の縁取りのついた個性的なものだった。
 エアは、シュラインの知識が豊富な事に感心しながら、それも手に取る。
 それから、と、付け足したように、シュラインは一本だけ、ひょいと取り上げた。薔薇のように幾重にも重なった花弁がとても美しい、紫のチューリップだった。
「ええと、ブルーダイヤモンドですね、それは一本で良いですか?」
「ええ、花言葉、気づかないかもしれないけどね」
 不滅の愛・永遠の愛・私は愛に燃える、その言葉を胸の中で反芻し、シュラインは大漁大漁と笑った。
「ありがとうございます、今、包装しますね、お時間はかかりますか?」
「ええ、歩いて帰ろうかなと」
 では、お水の処理もしておきますと、エアは両手いっぱいにチューリップを抱えレジの奥へと引っ込んだ。おそらく、持ち歩きの時間を考えて、水を含ませたペーパーを根元にあてがうように処理してくれるのだろう。それを待つ間に、シュラインは携帯を取り出した。
「うん、それでね、お水の準備をお願いしたいの」
 電話の向こう側で、はしゃぐような零の声が聞こえた。今の彼女になら、これだけで事足りる。
 帰ったら、早速花を飾ろう。
『くすぐったいよ』
『つめたーい』
 シュラインは、奥の方から聞こえる花達の歓声に耳を澄ませていた。

■03
「そうねぇ、事務所には、可愛い女の子と……ん、そのお兄さんがいるわ」
『へぇ〜』
『それは楽しみですね』
『あのねぇ、仲良くしてくれる、かなぁ?』
 興信所までの道のりを、花達と話しながら歩く。チューリップは、どの花も明るく笑い、楽しくしゃべった。これならば、この暑さにも負けない、と思う。
「ええ、きっとね」
 優しく花を抱えて、草間興信所の扉を開いた。
「あ、シュラインさん、お帰りなさい」
 最初に迎えてくれたのは、草間・零。にこやかな笑顔の腕の中に、花瓶を抱えている。きちんと、支度をしてくれていたようだ。
「ただいま、ほら、チューリップ達よ」
『こんにちはー』
『よろしくお願いします』
『あなた、だれー?』
 零の目の前に、チューリップの束を差し出すと、花達も一斉に声を上げた。
「わぁ、いらっしゃいー! 私は、草間・零ですよ」
 零は、騒ぐチューリップ達を、まじまじと眺めたあとにっこりと微笑む。
「あ、シュラインさん、花瓶はこれで良いですか? あとはあっちにも用意しました」
『わーい、よろしく』
『よろしくねー』
『ふぅ、この部屋、クーラーはないのぉ?』
 零と並んで窓際まで移動する。その間も、チューリップ達はしきりに零に話しかけていた。自分達の声が届くと言う事が、本当に嬉しいらしい。
「帰ったのか?」
 その時、ばたんと奥のドアが開いた。草間・武彦が、ぼんやりとタバコを咥えて私室から出てくる。
 武彦は、そのまま真っ直ぐシュラインの前に歩み寄り、迷わずに片手を差し出した。
「武彦さん、この手はなぁに?」
「ふ、俺の推理力を甘く見るな? シュラインが出かけた、俺は暑かった、シュラインが帰ってきた、俺は非常に暑かった、ビニールの音が聞こえた、な? アイスをください」
 残念ながら、彼の目はマジだった。

■04
 花達を武彦と零にたくし、一旦応接室を出た。
「花なんか、どうやって食うんだ?」
「違いますよ兄さん、食べるんじゃないです、飾るんです」
『サイテーサイテー!』
『食べるって言った、食べられちゃうっ』
『誰? 誰? このオヤジ!』
 背後で、騒がしい声が聞こえる。
「ほら、花達が怯えちゃったじゃないですか!」
「は? 何を言ってるんだ? お前……、そうか、お前も暑さでやられたか、うん、うん、分かる、分かるぞ」
 騒がしくて、どこかほっとする、いつもの光景だ。
「武彦さん、せっかくの花達、あんまり酷い事言わないでね?」
 怒るわよ、と微笑むと、武彦は一歩退きながら、うっと言葉を飲み込んだ。
「さ、兄さん、きちんと飾りましょう?」
『そうよう』
『失礼しちゃうわぁ』
「ね、お花達も、怒っちゃいますよ」
「いや、だから、お前、何で花なんかに義理立てしてるんだ?」
 武彦は、心底分からないと言う顔をして、渡された花をまじまじと見る。
 そんな武彦と零の様子をいつまでも見ていたい気もしたけれど、シュラインはぱたりと扉を閉めた。
『大丈夫なのかなぁ?』
『そぉねぇ、あら? 私達は部屋が違うのぉ?』
 腕の中のチューリップ達が、また、声をあげる。
「大丈夫、あのね、今の内に貴方達にはここにいてもらおうと思って」
 シュラインは、しっかりとした色合いのチューリップを抱え、花達に微笑みかけた。
 部屋は、ほんのりとタバコの香りが残る。主は、応接室で花瓶と花を押し付けられて、悪戦苦闘していることであろう。
『何だか、薄暗い部屋ねぇ』
『ここって、楽しい?』
「うん、それもあるんだけど、ね」
 てきぱきと、花瓶を用意する。
 それから、内緒話をするように、人差し指を立てた。
「あのね、この間ね、依頼を受けたの」
『依頼って、お願いって事?』
『そう言えば、興信所がどうとか、言っていたわねぇ』
 花瓶にきちんとおさまったバレリーナとアラジン達が、興味を示したと言うように、シュラインの話に乗っかる。
「うん、その依頼でね、ふふふ、心配してくれたお礼に、ね」
『心配って?』
『誰かしら?』
 シュラインは、最後に一本、紫のチューリップを花瓶に添えた。
 それから、楽しい事を思い出すように、少しだけ、口を開く。
「私がね、受身を取るって言ったらね、依頼人を睨んでくれたのよ」
『……、それが、心配?』
『さっきの男がって事ぉ? 光の加減じゃないのぉ?』
 しかし、花達の言葉も、シュラインの笑顔を崩す事はなかった。いとおしそうに、紫のチューリップ・ブルーダイヤモンドを一撫でする。
『紫のチューリップ、その花言葉を知っているようねぇ』
 その仕草に、アラジンが気づく。
「不滅の愛・永遠の愛・私は愛に燃える」
 シュラインの声に、迷いは無い。
 けれど、と、ここではじめて、シュラインがくすくすと声を漏らした。
「花言葉だけじゃなくて、貴方達にも気がつかないかもしれないんだけどね」
『仕方が無いわねぇ、私達が毎日話しかけてあげるわ』
『へ? え? つまりどういう事?!』
 ため息混じりに、シュラインを応援すると言う。その横で、バレリーナが不思議そうな声を上げた。
『ふふふふふ』
 そうしたら、どこか楽しげに、ブルーダイヤモンドが笑い出す。
『つまりね』
「そんな所が、好きって事かな」
 その声を抑えて、シュラインの楽しそうな声が響いた。
『まぁ』
『へぇ〜』
『ご馳走様です』
 黄色い歓声を上げる花達を残して、応接間に戻る。
「あ、シュラインさん、ほら、可愛いでしょう?」
「……、分からん」
 窓際に、上品なシャーリーが揺らいでいた。応接室の真ん中には、大きなチューリップ達が飾られている。その隣で、にっこり微笑む零と、不思議そうに首を傾げる武彦。
『ねぇ、零と仲良くなったんだよー』
『この窓から見える風景、楽しそうです』
『あなたも、こっちでお喋りしよう?』
 チューリップ達は、楽しくしゃべり続けていた。
「ん、視覚も耳も賑やかで楽しいな」
 その輪の中に、自分も居る。
 シュラインは、一つ伸びをして、二人の元へ歩き出した。

■Ending
 かなりまじめな話がある。そう言われて、応接室で向かい合った。
 その日、いつに無く武彦は真剣な目をしていた。
「どうしたの、武彦さん」
「……」
 シュラインの問いかけに、武彦は一つ咳払いをして、また黙り込む。
 どうしたのだろう。よほど緊張しているのか、何と彼は座りなれたソファに、正座をしていた。
『武彦、変だよねぇ?』
『ええー、いつも変だよ?』
『どうしちゃったのかなー』
 飾ったチューリップは、まだ元気だ。
 その声を背に、武彦はようやく重い口を開いた。
「最初に言っておくが、頭がおかしいわけじゃない、と、思う」
 いつに無く、重い口調。シュラインは、本当に何かあったのかと、眉をひそめた。
「聞いてくれ、ここの所、何だか若い女の声が聞こえるんだ! しかも、耳元でっ、笑い声が特に酷い……しかも、一人じゃない、何人もが、いや、見えない何かが俺の部屋に巣くっているに違いないんだ、それをだ、零は心配ないと言う」
「え……と」
 どうしよう。
 シュラインは、笑っていいものかどうか、珍しく思案して口元を押さえた。
「どう言うことだ? 誰か、霊媒師に依頼する? いやいやいや、依頼も何もここって興信所だよな」
 その間も、武彦は焦燥感漂う瞳で、不安げにシュラインを見ている。
「あ、あのね、武彦さん」
 しかし、あれから何日もたったというのに、まだ気がつかないのか。
 あのチューリップ達は、シュラインとの約束をしっかり守って、毎日武彦に話しかけたに違いない。
 さぁ、どうやって切り出そうか。
 シュラインは一つ大きく息を吐き出して、武彦を見つめた。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

【NPC / 草間・武彦 / 男性 / 30歳 / 草間興信所所長、探偵】
【NPC / 草間・零 / 女性 / ??歳 / 草間興信所の探偵見習い】
【NPC / 鈴木エア / 女性 / 26歳 / 花屋の店員】

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■         ライター通信          
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 シュライン・エマ様

 こんにちは、ライターのかぎです。
 いつもご参加ありがとうございます。
 普段、興信所では、どんな会話が交わされているのだろう? ご依頼頂いた時に、ふと疑問が浮かびました。そうしたら、いつもの興信所の様子を出せたら良いなぁと思いました。そして、この物語ができました。少しでもお楽しみいただければ幸いです。
 それでは、また機会がありましたら宜しくお願いします。