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<東京怪談ノベル(シングル)>


甘味すぱい大作戦?

 ……こちらこーどねーむ鯛丸。ただいま集合地点に到着。白玉の合流待ち。
 シュライン・エマが開いた携帯には、そんな楽しげな言葉が踊っていた。コードネームと書いてあるが、差出人は篁 雅隆(たかむら・まさたか)だ。
 シュラインがやっているライター関係の仕事で、駄菓子屋や甘味屋の情報収集を頼まれ、一人で集めるよりは店などに詳しい雅隆と一緒であれば、きっと色々食べられて楽しいし息抜きにもなるだろうと思い手紙を出したのだが、雅隆はその誘いに喜んで乗ってくれた。
 ちなみに何故スパイ風味なのかというと、それは雅隆の悪筆が原因だ。
 本人は日本語を書いているのだが、誰がどう見ても暗号にしか見えない。それが面白くて、語学オタクな所のあるシュラインは、ついに雅隆の文字を解読出来る一人になったのだ。なので今ではその文字で手紙もやりとり出来る。今のところその文字を解読出来るのは、シュライン以外には雅隆の弟しかいない。
「急がなきゃね」
 待ち合わせ場所に行くと、何故かダークスーツの上下にサングラス姿の雅隆が待っていた。それなのに何故か肩から斜めがけにしてある、小さな金魚型のポシェットが可愛らしくて目を惹く。
「シュラインさん、いょーう。今日はスパイ風味に珍しく普通のスーツなのぅ」
 それでダークスーツなのか。普段割とゴシック系の服ばかり着ているが、こういうスーツも雅隆はちゃんと着こなしている。それでも、何処か外しているのが雅隆らしい。
「こんにちは、ドクター。今日は一緒にあちこち回るの楽しみにしてたの」
「僕もー。今日は甘味と駄菓子で一日過ごしちゃうつもり。じゃ、行こうか」
「ちょっと待って、ドクター」
 その前に。
 基本駄菓子屋や甘味屋で大きなお札を出すと、お釣りが大変なことになってしまう。まずは銀行で小銭を作った方が良いだろう。
「今日は小銭用にがま口財布持って来たのよ。まず銀行行ってお金崩しましょ」
「あ、可愛いがま口。そだね、僕もちょっと両替しようっと」
 少し大きめの縮緬で出来たがま口財布。これなら少しぐらい小銭が多くても気にならない。お札を崩して、小銭に換えれば後は出発するだけだ。
「まずどこから行く?シュラインさん行きたいところあるかな?」
「うーん、目的地決めないで、適当にぶらぶらしながら行きましょ。見かけたところに入っちゃってもいいんだし」
 ここに行かなければならないという場所は特にないし、今日はシュラインも一日甘味で過ごす気満々だ。ルートを決めてしまうよりは、マイペースにお腹の調子と相談しながらがいいだろう。
 そういうと、雅隆はにぱっと笑って道の先を指さした。
「じゃ任務開始!いくぞ、コードネーム白玉」
「了解」

 まず二人が向かったのは、雅隆のメールで美味しいと聞いていた「鯛丸」という名の鯛焼き屋だった。おばちゃんが作ったあんこが美味しく、皮がぱりっとしてて、中はふわっと幸せの味……とは雅隆の談である。
「こにちはー。あんこ鯛焼き二つとーうぐいす餡二つね。中で食べてくのー」
 手慣れた様子で二人分の注文をし、雅隆は中に入っていく。それを微笑ましく見つめていたシュラインは、不意に耳が捉えた足音に振り返った。
「………?」
 何だか玄人っぽい訓練された動き。だが焼きたて鯛焼きの甘い香りと、雅隆が中から呼ぶ声に「まあ、いいか」と思ってしまう。
「シュラインさん、おばちゃん鯛焼き用意してくれたから食べよー。うぐいす餡もお薦めなのぅ」
 番茶と一緒に出されるほかほかの鯛焼き。
 少し椅子がガタガタするのもご愛敬。シュラインと雅隆は、仲良く鯛焼きを頭からぱくりと頂く。
「ん、美味しいわ。あんこの甘さも良い感じね」
「でしょー。やっぱり甘味は甘くないとね」
 美味しい物を食べるときに、カロリーのことなど気にしても仕方がない。優しい甘さの幸せ味を存分に味わう。雅隆と一緒が楽しいのは、体に良いとか悪いとか関係なしに「美味しければ一番」というところなのかも知れない。
「あら、写真撮ろうと思ったのに食べちゃったわ」
「僕もだ。うぐいす餡の方を激写して、メールで送ろうっと」
 美味しい物を食べるとき、最初に写真を撮ろうと思っていても、気が付くと食べてしまっているのは魔力だ。二人で皿の上の鯛焼きを撮り、お喋りしながらメールを打つ。最近篁家を狙っている者がいると聞いているので、シュラインは写真を撮りがてら、行く先でメールすると、あらかじめ雅隆の弟に言っていたのだ。雅隆は弟の秘書の方にメールをしているらしい。
「『まな板の上の鯛焼きー…』っと、次はどこ行こうかなー」
 鯛焼き二つ程度で、満足する二人ではない。
 今の季節なら宇治金時やくずきり、クリームあんみつや黒蜜かんなど、色々美味しそうな物があるのだ。
 しっかりお茶を頂いてから、二人はぶらぶらと歩き始める。
「ドクターのお薦め美味しかったわ。昔ながらの味よね」
「喜んでもらえて良かったー。今度は……あ、こっち行こう」
 信号を渡りかけたところで、雅隆が突如Uターンをする。どうやらこの近くに駄菓子屋があって、そこに行きたいということらしい。
「甘い物食べると、しょっぱいもの食べたくならない?僕ソースカツとか好きなんだよねーたくさん食べるともたれるけど」
「私も、のしいかとか好きよ。あのチープな味が駄菓子のいいところよね」
 小学校の近くにある小さな駄菓子屋。
 随分昔からの店なのか、トタンの看板が薄れて読めない。そこだけ切り取れば、昭和の風景そのものになってしまいそうな感じ。それもまた古くからの味と言うことで、店番をしているお婆ちゃんに写真を撮っていいか許可を取って、シュラインはあたりを歩いていた青年に声を掛ける。
「あのーごめんなさい、よろしかったらシャッター押していただけますか?」
「えっ、ええ……」
 観光地でもないのにそんな事を言われたせいか、やけに戸惑っている青年にシュラインはデジカメを渡す。
「このボタンを押すだけですから」
 折角だから、お婆ちゃんを真ん中に三人で写真を取ってもらい、店の外観も写真に納める。そうしたら今度は店内の色々な物を物色だ。さくら大根や酢昆布などの酸っぱいものや、ふ菓子、舐めながら粉につける飴など、懐かしい物もたくさんある。
「ドクター、ひも飴くじしない?」
「おっ、当たるといいなー」
 十円を払いひもを選んで引っ張ると、ひもの先に三角の飴がついている……という単純なくじだが、当たりだと少し大きかったり、あめの色が違ったりと結構童心に返る。
 シュラインが引いたひもの先には赤いイチゴ味の飴が付いていて、雅隆のは少し大きめのコーラ味の飴がついしていた。
「あら、ドクター当たりね」
「うわーい。でもこれ舐めながら歩くと、二人で口からひも垂らして面白いねぇ」
 たくさん買ってしまうと、駄菓子の醍醐味がなくなるので、すぐ食べきれる量だけ買って次の場所へ。駄菓子は大人買いするものではなく、やはり決められた金額でどうやって好きな物を買うか考えるのがいいものだ。
「ニッキ水とか飲むと舌に色着くことあるけどそれも楽しいよね。でも、この科学の力がてんこ盛りなのがいいの。ヘルシーな駄菓子とかあんま食べたくないもん」
「そうよね。私も子供の頃色々食べてたけど、元気に生きてるんだから」
 口からひもを垂らしつつ、今度はところてんの店に行く事になった。ここではところてんを頼むと天突きの中に入ってやってきて、自分で突き出して食べると聞いていたので、シュラインが楽しみにしていた場所の一つだ。
「酢醤油と黒蜜別々に頼んで、両方味わいたいわね」
「そだねー。関西だと黒蜜だけど、それも美味しいもんね。僕どっちも好き」
 二種類頼むと、天突きに入ったところてんがやってきた。少しドキドキしながら上から押すと、細長く麺状になったところてんが皿に出てくる。
「これは癖になるかもしれないわ」
 自分の手が少しだけでもかかると、それだけでまた格別になる。ここは記事にしたらきっと反響があるだろう。メモを取りつつ、黒蜜をかけ箸で食べる。雅隆は辛い物が苦手なので、先に酢醤油を食べて、後から交換したときに和辛子を入れるつもりだ。
「んー、酸っぱい。何かところてんって夏の味」
「ところてんに黒蜜って初めてだけど、美味しいわ。黒蜜自体が美味しいのもあるのね」
 半分食べて交換して、また次の店へ。
 別の駄菓子屋ではチョコ菓子ばかり買ってみたり、抹茶ぜんざいと宇治金時を仲良く食べたり、途中の裏路地で見つけた甘味屋に飛び込みで入ってみたら、そこの豆かんが絶品だったり。
「女同士だと品数や量を遠慮しがちだけれど、ドクターなら美味しいだけ食べれて嬉しいわ」
 本当なら甘味屋巡りと言えば女性同士なのだろうが、そこは色々と事情がある。
 どうしても女同士だと、カロリーがとかダイエットとか、甘さ控えめとかとか色々な理由で、なかなか思う存分食べられないのだ。かといって自分だけ思いきり食べれば、それはそれでまた面倒で。
 なのでそんな事を全く気にせず、色々食べ歩けるのがシュラインは嬉しかった。
 食べて後悔することもなく、カロリーなんて関係ない。美味しい物を食べるときは、好きなだけ食べる。雅隆もそれは同じようだ。
「やっぱ甘い物はリミッター外して食べなきゃ。色々考えながら食べるの、僕苦手なんだよね。好きな物は思いきって食べないと、後で何かあって後悔したくないしー」
「そうよね。突然何かあって、『あの時、あのあんみつ食べておけば良かった』とか思いたくないもの」
 そう言いながら歩いていたときだった。
「あら?」
 道路を挟んだ向こうに、先ほど駄菓子屋で写真を撮ってくれた青年がいるような気がする。あちこちぶらぶらしていたのに、随分偶然だ。それに、歩いていると時々特徴的な玄人っぽい足音が聞こえる気がする。
 だが……。
「あ、この辺に美味しい麩饅頭売ってるお店あったんだ。シュラインさん、丁度売ってる所だから行こう。人気あるから絶対食べて欲しいの」
 と雅隆が言ったり、逆にシュラインが
「向こうにわらびもちのお店があった気がするから、行ってみない?」
 などと言って、ふらふら無計画に進むので接触することがない。そしてそのうち甘味の美味しさに忘れてしまって、聞こえたときにまた思い出すぐらいだ。
「もうすぐ三時ね。今度は私が知ってる鯛焼き屋さんに行きましょう。ドクターを案内したかったのよ」
「そこって、シュラインさんが言ってたとこだよね。楽しみにしてたー」
 にぱっと笑い、嬉しそうに手をパタパタさせるのを見て、シュラインはくるっと引き返した。タイムサービスが終わるまえに行かなければ。
 そして結局また接触しないまま、二人はふらふらと鯛焼き屋に向かっていった。

「よかった、まだやってたわ」
 そこはシュラインお勧めの、タイムサービスで鯛焼きに白玉や宇治金時が入る鯛焼き屋だった。あんこの中に白玉が入ると、ボリュームが出て美味しい。ちなみにシュラインのコードネーム「白玉」はこの店のメニューから取ったものだ。
「あんこと宇治金時二つずつお願いね」
 この店の飲食スペースは木の長椅子だ。最初と同じように写真を撮り、それをまたメールする。行く先々でもメールしていたのだが、楽しそうな雰囲気が伝わっているのか、返事も穏やかだ。ただ、雅隆がメールをしている相手は、『写真だけメールして、コメントはするな』と返してきているようだが。
 抹茶入り玄米茶と一緒に、鯛焼きを頭から食べて、同じタイミングで笑う。
「美味しいー。白玉もちもちー」
「ふふっ、ドクターなら絶対喜んでくれると思ってたのよ。良かったわ、サービスタイムに来られて」
 美味しい物を食べると、やっぱり笑顔になってしまう。そして二人で笑いながら今日の情報を整理する。煙草が吸える甘味屋や、持ち帰り、お勧めメニューなどを手帳に書くシュラインを、雅隆は興味深そうに見ている。
「どうしたの、ドクター」
「一緒に行ったところの情報で、いい記事になるといいなーって。どこも美味しかったから、やっぱりみんなにも行ってもらいたいもん」
 ぱくぱくと美味しそうに鯛焼きを食べる雅隆に、シュラインは心の中で頷く。
 誰だって、自分が好きな店を気に入ってもらえれば嬉しい。今回は和菓子中心だったけど、もしまたケーキ屋やパーラーの情報を集めるときは、また一緒に行ってもらおうか。
「ねえ、ドクター。またこういう情報交換とかの時は、一緒に食べ歩きしてくるかしら?」
 シュラインの質問に、にこぱっと笑う雅隆。
「おけー。その時はまたコードネーム鯛丸になって、こっそり情報集めとくー。今日は一日甘味スパイだったね……って、まだ三時だから、アイスとかも食べたいねぇ」
「抹茶アイスとかどうかしら。最中に入れてくれるところがあるんだけど……小倉アイスも良いわよね」
 まだ時間はたっぷりある。甘味スパイ二人は、新たな情報収集のため立ち上がって気まぐれに、次のターゲットを捕獲すべく歩き出した。

 ……数日後。
「えっ、そうだったの?」
 雅隆が持って来たたくさんの大判焼きと共に、聞いた事実。
 何度かシュラインが聞いていた玄人っぽい足音と、偶然見かけた青年は雅隆を襲撃しようとしていた者達だったらしい。
 だが、二人がマイペースに思うままに歩き回ったせいで、その計画がことごとく狂い、しかもシュラインと雅隆が、店に着くたび律儀に居場所をメールをしていたために、一網打尽に出来たようだ。
「なんかね、そうだったみたい。でね、ここの大判焼き屋さん、前行ったときは休みだったから今日買って持って来たのぅ。これ、お店の住所」
「でも何もなくて良かったわ。お茶入れるから一緒に食べましょう」
 店の情報が書かれた、暗号めいたメモを手に、コードネーム白玉は鯛丸に向かって悪戯っぽく頬笑む。
 まだまだ甘味スパイの任務は終わらない。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
NPC交流メールでもやりとりしていた「甘味屋さん巡り」を、二人仲良くやっていただきました。コードネームもしっかり使わせていただいています。
裏では雅隆襲撃計画があったのですが、二人ともマイペースに思ったままに進むのと、豆にメールを入れるという話も使い、あっさり潰されてしまってます。書いてて鯛焼きが食べたくなりました。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。