コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―trei―



 あれからさらに一ヶ月が経ち……アリス・ルシファールは平穏無事に過ごしていた。いつもと同じように学校に通い、授業を受け、帰る日々。なんの変哲もない、ごく当たり前の、平和な日常だ。
 授業を聞きつつ、アリスは机の横のカバンに視線を走らせる。そこには、いつも肌身離さず持ち歩いているノートパソコンではなく、ダイス・バイブルが入っている。
 授業終了の鐘の音が鳴り響き、短い休憩に入った。
 アリスはカバンから本を取り出す。白い表紙のハードカバーほどの大きさの本。この本の名を『ダイス・バイブル』という。
 表紙を開き、アリスは中を見ていく。絵ばかりなので、「読む」行為はそこに含まれない。ただ「眺める」だけだ。
 暇さえあればこうして見ている。その理由は、ある。
(相性……ですか)
 相性が悪いとハルに言われたことを思い出す。
(……どうすればいいんでしょうか)
 どうすればいいのかわからないから、いつも持ち歩いて、暇さえあれば中を覗くようにしていた。だからといって、何か変化があったわけではないが。
 使い方のわからない道具ほど、困るものはない。
 ハルの絵が描かれたページで手が止まった。
「………………」
 使い方を教えて欲しいと言ったところで、教えてはくれないだろう。
 つきん、と軽い頭痛がする。
「ん?」
 不思議そうにしつつ、アリスは本を閉じて、カバンに戻した。
 次の授業が始まる合図の鐘が、鳴った。



「?」
 アリスは帰りのバスの中で、目を凝らす。すぐ前の席に座る中年の男性が読む新聞の記事が、こちらから見えた。
 その記事の中に、かなり小さい字で書いてあるものが目についた。
(えっと……マンションのゴミ収集場所で騒ぎ!? って?)
 少し体を浮かせて、よく見ようとする。どういうことだろう。
「あ」
 小さく声が洩れる。男は次で降車するためか、読んでいた新聞を折り畳んでしまったのだ。
(まだ全部読んでいないのに……)
 ちら、ともう一度見る。どこの新聞か確認した。あとは、ネットでも図書館でも利用して、詳しく知ればいい。

 あとでわかったのだが、あの記事は騒動になったというだけだった。
 マンションのゴミ置き場でゴミが散乱し、そこに目玉があった。だがそれは、発見した佐藤なる人物の勘違い。目玉は人間のものではなく、人形のもの。つまり、作り物、だ。
 最初、猟奇事件かと思ってアリスは警戒していた。猟奇的な内容の事件は、ストリゴイが絡んでいる、と思ってしまうのは無理もないことだ。
 一ヶ月ほど前、ハルが出現したあの時、彼は行方不明の女性の事件に反応していた。いや、うん……考えてみれば、おかしい。
(そういえばなんで私……猟奇的だと、ストリゴイが関係していると、思うのでしょう?)
 あれえ?
 首を傾げるアリスである。
 一ヶ月前は、行方不明事件。行方不明になっていた女性は、殺されているようだった。猟奇、とは……異常であり、怪奇的であるという意味を強く含む。普通の人間ならば、少なくとも良識のある人間ならば「殺人」を犯すのは確かに異常ともいえた。けれども。
 今のこの世の中、殺人事件はテレビで流れている程度には存在しているし、捜索願の出ていない行方不明者を考えると行き先不明者は大勢居るだろう。
 異常であれば、ストリゴイが関係する。一体どこから、そんな風に思ったのか……。
 アリスは今さらながらに、わけがわからなくなる。いや、その理由はわかっている。ダイスやストリゴイが異常だから、だ。異常なものは、異常なものを引き起こすものだ。
 だから――異常な事件が起こる。
 アリスはパソコンの液晶画面を凝視したまま、自分の考えに気づいて呆然とした。
 勝手な、思い込み。でも、その可能性のほうが高いような気が、する。だがそれはあくまで、アリスの推測……。
(……とりあえず、調べるだけ調べてみましょう)
 ネットに公開されている記事や、新聞を見てみる。テレビも一応観たが、あまり意味はなかった。
 現場付近の噂について検索をかけてみるが、これにヒットしたのは少ない。
(噂話もヒットしないですね……)
 現場に行くべきかもしれない。だが、本当に行っていいのだろうか?
 気にはなったが、ただのイタズラだという。ストリゴイが関係しているかどうかも定かではない。
 アリスは、壁掛けの時計を見遣る。時刻は22時過ぎ……。どちらにしろ、調べるのは明日以降ということになる。
 もう寝なくてはならない。明日も学校はある。アリスは、中学生としてここでは過ごしているのだから。



 学校の帰り道、アリスは昨晩調べていたことがあった場所、そのマンションに来ていた。
 だいたいの場所しか書いていなかったが、周辺の地図を見て見当をつけた結果、おそらくこの、煉瓦色の、マンションだろう。
 マンションを見上げつつ、アリスは意気込んだ。今日はダイス・バイブルの他にノートパソコンも持ってきている。
「あの……すみません」
 マンションから出てきた人物に早速声をかけてみる。怪しげな噂がないかと尋ねてみるが、不審な顔をされただけだ。
 男は怪訝そうにしつつ、アリスを上から下まで見る。
「お嬢ちゃん、外国の人?」
 ガイコク、という単語に一瞬不思議そうな顔をするが、あ、と気づく。自分はここでは留学生なのだ。
「はい。日本に留学しています」
「あぁそう。なにを調べているか知らないけど、もう夕方だし、うろうろしてると危ないよ」
 中年の男性の言葉にアリスは「えっ」と洩らす。
「危ないって、どうしてですか?」
「はあ? あのね、オジさんみたいに親切で言う人は少ないと思うんだが……。世の中にはお嬢ちゃんみたいなのが好きなヤツだっているんだ。気をつけるにこしたことはない。悪いこと言わないから、さっさと家に帰りなさい」
「……あ、そうですね」
 ごく当たり前のことを言われて、肩を落とす。何か事件でもあったのかと期待した分だけ、落ち込んでしまった。
 夏になったから、まだ空は十分明るい。けれど、時間だけ見れば確かにもう夕方だ。
 以前のアリスならば、サーヴァントを使って外敵を凌げた。だが今はそうもいかない。今のアリスは無防備な、ただの女子中学生なのだ。
「わかりました。すぐに帰ります。でも最後に……この辺りの噂話とか、教えてもらえませんか?」
「さあ? 噂って言っても、俺は詳しくないし……。あぁちょうどいい。佐藤さん、こっちこっち」
 マンションから出てきた主婦らしき中年女性を、男は呼び止める。主婦はこちらにサンダルで歩いてくると、アリスを見遣った。
「やだねぇ、田中さん。こんな可愛いお嬢ちゃんに何してんのよ」
「違う違う。この子、なんか訊きたいことがあるんだってさ。俺、今から出かけるから、相手してやってよ。お喋り大好きでしょ、佐藤さんは」
 そう言うなり、男はさっさと行ってしまう。
 残されたアリスはおずおずと佐藤を見遣った。
「外人のお嬢ちゃんか。で、なに?」
「いえ。この辺りの噂を知りたくて」
「はあ? そんな面白いもんなんてないよ?」
「面白くなくていいんです。知人がちょっと調べものをしていて、それに協力しているだけですから」
「ふぅ〜ん。なんでもいいのかい?」
「はい」

 結果として、使えない噂話ばかりだった。佐藤という女性は途中からはこちらが聞かなくても色んなことを喋ってくれたが、自分の夫がダメだとか、そういう話までしてきた。
(収穫はあまりあったように思えませんけど)
 マンションから去ろうとしたアリスは、もう一度振り向く。ゴミ置き場には、もう何もない。
(……この付近の誰かが浮気しているとか、そういうことを聞いても……)
 どうしろっていうんだという感じだ。
 溜息をついていたアリスは、歩き出そうとした矢先、目の前にハルが立っていることに気づいた。
 赤い瞳の少年は、アリスを見つめる。
「あ……」
 一ヶ月ぶり、だ。
 カバンの中にダイス・バイブルは入ったまま。いつの間に出てきたのだろう?
「ミス、この辺りに敵の気配がします。このへんで、何か事件はありませんか?」
 淡々とした声。彼には、一ヶ月前と変化がない。
 どうしたらいいか悩んで毎日ダイス・バイブルを持ち歩く自分。方法がわからないから、どうしようもないことはわかっていた。けれど。
 一ヶ月前の自分と今の自分、果たして何か変わっているか?
「あ、そうですね……あのゴミ置き場で、人形の目玉があったと……。これはカラスがゴミ袋を破って中を散乱させたせいらしいです」
「なるほど」
「……それだけです、ここでは」
 誰かの浮気。誰かの個人的趣味。そんな話をハルに話しても意味はないだろう。
 ハルは静かに瞼を閉じる。そして、開いた。
「敵は適合者ではない……。カラスが多いのですね?」
「はい。カラスがゴミを撒き散らす、というのはここだけではなく、他の場所でも、ですけど」
「そうですか」
 しばし考えたハルは視線を伏せる。
「まだ夜になっていないせいでしょう。敵が集まっていません。夜になるまで私は休息しています」
「え?」
「あぁ、その前に、自宅まで送ります。私のこの姿は目立ちますが、あなたの護衛くらいにはなるでしょう」
「…………」
 確かに。
 ハルの格好はまるで執事だ。かなり目立つ。いや、目立つからこそ、誰も手出ししてこないかもしれない。
「じゃあ、お願いします、ハル」
「承知しました」



 家まで送り届けてもらったが、当然ながらハルはそのまま家にあがった。
 すっかり空は夜に染まっている。
 アリスはハルを見て、微笑んだ。
「戦いはあなたに任せます。私はここに残っていますから」
 カバンの中から本を取り出し、大事に抱える。
 ハルは「そうですか」と洩らした。
「では行きます」
 入ってきた玄関に戻り、そのまま彼は外に出て行ってしまう。残されたアリスは、閉まったドアを見て呟いた。
「きっと無事に帰ってきますよね」



□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

PC
【6047/アリス・ルシファール(ありす・るしふぁーる)/女/13/時空管理維持局特殊執務官・魔操の奏者】

NPC
【ハル=セイチョウ(はる=せいちょう)/男/?/ダイス】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 ご参加ありがとうございます、アリス様。ライターのともやいずみです。
 なんだかダイス・バイブルを使えそうな兆しが……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!