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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―trei―



「…………」
 黒榊魅月姫は、小さく息を吐き出した。無表情ではあるが、心の中は不安が渦巻いている。
 アリサに言われたことを思い出しては、へこんでしまう。彼女の指摘は、間違っていないからだ。
 今まで誰にもそんなふうに言われたことはなかった。だからこそ、だろう。
 心を穏やかにしてはいるつもりだが、それは強がりと言えないこともない。親しい者が見れば、そう見えてしまうだろう。
 契約後、ダイス・バイブルは常に持ち歩くようにしていた。散策の最中も、家の中でも。
 公園に視線を遣り、魅月姫は立ち寄ることにした。休憩だ。
 公園の中に入る。現時刻は14時。人もちらほら居る。幼い子供たちが、親に連れられているのが見えた。母親たちは集まって楽しそうにお喋り。
 その様子を眺めるのは数秒。手近なところにあるベンチに腰掛け、すぐに手に持っている本に視線を落とす。
 紅の色をした表紙。ハードカバーの本。名は、ダイス・バイブル。
 最初のページにはアリサの姿。横向きに立つ彼女はしっかりと瞼を閉じている。
 ぱらりぱらりとページを捲っていく。様々なものたちが、絵としておさめられていた。
 白いページに差し掛かった時、つい、らしくもなく溜息をつく。溜息をついたことに魅月姫自身、気づかなかった。
 魅月姫は本を閉じ、空を見上げた。



 公園で休憩を終え、今日の目的である図書館へ向かった。
 入口の自動ドアを抜け、新聞置き場へ真っ直ぐ歩く。目を通していない日にちの分だけ、とりあえず読むことにする。
 本日の新聞というコーナーに到着し、どれから読もうかと目を走らせた。気になった記事はコピーさせてもらうか、もしくは記憶して帰ればいい。
 一週間分ほど抱えて、空いている席を探す。一週間分ともなれば、ちょっと重い。人間なみの腕力しかない魅月姫は、よろめきながら歩いた。アリサと契約して今までの能力を失った魅月姫は、そのへんに居るか弱い人間と同じ存在なのだ。いや……それにも劣るかもしれない。
 つい二ヶ月ほど前までは無敵を誇る強さを所持していたのに、今は何もできないか弱い少女だ。
 どさっと机の上に新聞を置き、イスに腰掛ける。長机を利用している他の利用者は、魅月姫をちら、と一瞥しただけだ。静かにしろ、ということだったのかもしれない。
 魅月姫は新聞を広げていく。まずは今日の分からだ。

「ん?」
 小さく呟いた魅月姫は、かなり小さな記事で目をとめた。
 マンションのゴミ収集場所で騒ぎ!?
 という見出しだ。なんとなくストリゴイのことが思い浮かび、魅月姫はその記事を読み進めていく。これは気になる。これを読み終えたら調べに行こう。事件ともなれば、ストリゴイとの関係の有無に関わらずなんらかの噂が立ち、その噂の中に、敵に近づく手がかりがあるはず。
 発見した二階に住む佐藤なる人物が、散乱したゴミの中から目玉があると言って、騒動になる。目玉は人形のものと判明。誰かのイタズラではないかとの噂。この付近ではカラスがゴミ袋を突付き、中身をよく散乱させているようだ。
 そこまで読んで、魅月姫はあら? と思ってしまう。
(読みが外れました……?)
 これでは調べてもムダになる可能性がある。
 どうしよう。けれど、記されている場所はここから近い。
(帰りに寄ってみて、それでそこから、怪しげな噂を集めてみる……というプランなら……)
 何か、見つかればいい。
 何か、見つかるかもしれない。
 新聞の日付を確認する。三日前、か。



 図書館をあとにし、その足で気になった記事の場所に向かう。おそらくこの辺りだろうと見当をつけて、聞き込みを開始した。

 マンションの付近で噂話を集めていた魅月姫は、息を吐き出す。
 外見が若いせいもあって、話を聞くのは困難を極めた。普通の人の目からすれば、ただの娘。なんの肩書きもない小娘に、快く協力してくれる人間は多くない。
 噂好きの中年女性たちからは話を聞くことはできたが、それ以外からはなかなかではない。
 魅月姫はこの時になって、アリサに言われたことが痛いほどわかった。
 今まではずっと、自分より下に見ていた者たちに相手にもされない無力さ。いつものように、高圧的に訊いてはいけないことは、本能でわかっていた。そんな口調で尋ねれば、相手は不機嫌になって話してくれなくなるのだ。今まで、力がある状態ではそれでも良かった。だが今は……。
 つくづく、自分は誰かと接触するのが下手なのだ。今まで相手になってくれた者は、みな、ただ優しかったから、自分はそのことに気づかなかった。
(あまり収穫がないようですね……)
 そう思いつつ、騒ぎがあったというゴミ置き場に視線を遣る。
 その時だ。魅月姫の持っているダイス・バイブルが震えた。そして、本から押し出されるようにアリサが空中に姿を現した。
 空中に出現した彼女は、黒いスカートをふわりとなびかせ、着地する。
 ゆっくりと瞼を開く。アイスブルーの澄んだ青い瞳が、魅月姫をとらえた。
「…………」
 一瞬、どう言えばいいのかわからなくなる。
 彼女に言われたことが耳の奥で反響した。
 魅月姫はただ、言われたことにヘコんだだけ。それから、何もしていない。だから、今の自分は、アリサに怒りを向けられた「自分」のままなのだ。
 一ヶ月もあったのにただ落ち込むだけだったことに、魅月姫は狼狽する。だがそれを表には出さない。
「ミス、この辺りで敵の気配を感じます」
「え?」
「感じませんか?」
 問われて、魅月姫は何も感じないことに戸惑う。
 緩く首を横に振り、視線を伏せた。
「感じません、私には」
「……恥じているのですか?」
 恥じて、いるのだろうか? 何もできない自分に? 無力になるとわかっていて、アリサと契約したのに? うまくいく保証なんて、どこにもないのに自分は契約したのに?
 ……よくわからない。そもそも自分は人間ではない。人間の持つ感情とは、違うのだ。
 アリサはひた、と魅月姫を見つめる。
「恥じることはありません。どんな者にも、向き・不向きがあります。ワタシも、同様です」
「……そうですか」
 実際、魅月姫は自分が恥じているのかどうなのか、わかってはいない。
「頭痛はしますか?」
「……頭痛……」
 視線を彷徨わせてから、頷く。
「軽いものですが。いつもというわけではありません。本当に、ごく稀に、することはあります」
 ただの頭痛のはずだ。だが、アリサは「そうですか」と小さく呟いた。
「……少しはダイス・バイブルの知識が流れ込んでいるということですね。焦らず、そのまま慣れていけばそのうち全ての知識に手が届くことでしょう」
 彼女はす、と視線を細める。
「この辺りで何か事件はありませんか? ご存知ないのでしたら、構いませんが」
 アリサの言葉に、あ、と思う。
 新聞の情報と、ここで集めた情報がある。だがどれも、使えそうにないものばかりだ。
「この辺りでは、マンションのゴミが散乱しているという話題が尽きない、というのは聞きました」
「ゴミ……」
「イタズラだったということです。人形の目玉が落ちていて、発見者は人間の目と勘違いしたとか」
「…………」
 アリサは何か考えるように眉間に皺を寄せる。魅月姫は続けて言う。
「噂話を集めたのですけど、この付近では最近カラスが多いそうです」
 実のところ、集めた噂話はろくでもないことばかりだった。カラスが多くなって、ゴミの散乱が増えたということ以外は、近所の誰かが毎日どこかの家を覗いているとか、どこかの奥さんは不倫をしているとか、そんなことばかりだった。
 一番頼りにしていた公共報道の情報が、まず「イタズラ」だったので、あてにできなかったのだ。
「あとは、アリサが気にかけるような噂はありませんでしたけど」
「…………」
 アリサはいつもの無表情で魅月姫を眺める。
「そうですか」
 ダイスである少女は風の流れを感じるように、視線を動かす。そしてきゅ、と唇を噛んだ。
「……数が多い。適合者ではない、ということですね」
「え?」
「夜になった時に、退治に行きます」
「そうですか」
 呆気ない、と思ってしまう。以前のように厳しいことを言うわけでもなく、こちらを非難することもないなんて……。
 アリサは瞼を閉じて言う。
「夜になるまで、本に戻ります」
 彼女はそのまま空気に溶けるように消えてしまった。
 ぱちぱちと瞬きし、魅月姫は大きく息を吐いたのだった。空はまだ、十分明るい。



 魅月姫が現在住んでいる家に戻ってくる頃、時間は19時頃になった。さらに一時間経過し、居間で休んでいた魅月姫の前にアリサが出現した。
 夜になったので、彼女は行動を開始するのだろう。
 紅茶の入ったカップを片手に、魅月姫はアリサを見る。
「戦いに赴くのですね」
「……それがワタシの存在意義ですから。ワタシはヤツらを倒すために存在する者です」
 不思議だ。魅月姫はヒトではない。ヒトという存在とは、ちがう。けれども、それ以上にアリサのほうが異質だ。ヒトの感情を所有してはいても、何か根本的なものが人間とは違う。
 数千年生きる自分と比べ、なんという虚無さだろう。
 魅月姫はカップから紅茶を飲む。鼻腔をくすぐる、紅茶特有の香りを堪能した。
「わかりました。私はここで待っています」
「そうですか」
 アリサは、だからどうしたとでも言いたげな口調でそう返した。薄情、ともとれた。
 彼女はテーブルの上に置かれているダイス・バイブルを一瞥する。ぱらぱらと勝手にページが捲れる。そして、ふいにパタン、と閉じた。
「……では、行きます」
 きびすを返し、彼女は魅月姫の真正面にある、大きな窓を開いた。レースのカーテンが夜風になびく。
 ダン、と小気味いい音をさせて、アリサはそこから外に飛び出した。

 残った魅月姫はカップの紅茶を飲み干し、ソーサーの上にカップを戻す。
 そして、テーブルの上に置いてあったダイス・バイブルを手に取った。そして、きゅ、と抱きしめる。両手で。
 大人しく待っていた魅月姫のもとにアリサが戻って来たのは、それから五時間が経過した後のことだった。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4682/黒榊・魅月姫(くろさかき・みづき)/女/999/吸血鬼(真祖)・深淵の魔女】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒榊様。ライターのともやいずみです。
 ダイス・バイブルは少しだけ使える、という感じになりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!