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<東京怪談・PCゲームノベル>


Dice Bible ―trei―



「まったくダイスといい敵といい……一体なんなんだか……」
 小さく呟くのは高ヶ崎秋五だ。彼は自分の事務所のソファの上で、時々頭を掻きながら、ダイス・バイブルを捲る。
 毎日こうしてこの本を見ているのには、理由がある。封印された敵と、アリサを見比べるためだ。内心、ムダだということはわかっている。けれども、何か共通の手がかりがあるかもしれないという期待もあるのだ。
 倒された敵は様々。アリサと同じような人間体である者はごく僅かだ。
(共通していることなんて……見当たらないな……)
 とりあえず一旦ダイス・バイブルをソファの前のテーブルの上に置き、背後の自分の仕事用デスクに腕を伸ばしてファイルを取る。
 そこには、一ヶ月前にアリサが出てきた後から……ストリゴイの情報を少しでも手に入れる為、都内の行方不明者と猟奇殺人を簡単に書き連ねてある紙がファイルされている。
(適合者は精神のタガが外れ、暴走しやすくなる……。任意に感染率も変えることができそうだし)
 それはあくまで秋五の想像である。予想の範疇を超えないが、一応こうしてファイルしておけば何かに役立つこともあるだろう。
 とはいえ、意外に行方不明者は多い。家出をしている者、捜索届けが出されていない者のことも考えればとんでもない数になるのではないだろうか?
(まあいいか。俺の考えが当たっているかどうかは、アリサに訊けばいいことだし)



「……ここか」
 秋五はひょい、と曲がり角から顔を出し、目的の場所を見る。目的地はとあるマンションのゴミ置き場。そこからここはあまり離れていない。
(周辺は、この通りをそのまま行き過ぎる人くらいか)
 ふところから手帳を取り出して、走り書きを確かめる。
 ゴミ置き場で遺体が発見された?
 とだけ、書かれている。これについては警察のコネを使って色々調べてみた。だが結果としては――。
(ただのイタズラってことだったんだけど……)
 とりあえずイタズラにしろ、気になってしまったのだ。現場を調査してみてもいいだろう。
(スカだったらスカで、構わないし)
 発見された目玉は人形のもの――つまり、作り物だった。ただのゴミということも考えられる。
(第一発見者は、マンションの2階に住む佐藤さん、か)
 パタンと手帳を閉じてから、秋五は「ん?」と呟く。
 秋五の持っていた本……ダイス・バイブルがみしり、と音をさせた。弾き出されるように虚空に姿を現した少女・アリサはすぐさま着地する。
「敵の気配が強く残っています。ミスター、状況をワタシに説明していただけますか」
 出てきて早々、彼女は秋五を見もせずに言う。秋五は頷いた。
「あそこ……ゴミ捨て場で人形の目玉が発見されたらしい」
「人形……?」
「でもそれだけですよ。別に殺人が起こったわけでもないですし……。
 あ、訊きたいことがあったんですけど」
「どうぞ」
 彼女はゴミ捨て場に視線を定めたまま、秋五に応えた。
「ストリゴイが関わっていることって、やはり猟奇的なものが多いんですかね?」
「……それは、場合にもよります」
「私の推測なんですけど、適合者は感染率を任意に変える事ができるのでは?」
「……それは、適合者のタイプにもよります」
「最後ですけど、感染者の近くに行方不明者が出るのでは?」
「それも、場合によります」
 がりがりと秋五は頭を掻き、嘆息する。
「つまり、パターンはバラバラなんですかねぇ」
「人間には人間の、犬畜生には犬畜生の、虫には虫の、それぞれの反応がありますから。
 ……うまくいけば、出現してすぐに倒すこともできます」
「そうなんですか?」
「はい」
 神妙な顔で頷く彼女の表情は、若干暗い。だがそれは一瞬のことで、すぐにいつもの無表情に戻るや、ゴミ置き場にずんずん近づいていった。
「あっ、アリサ……!」
 秋五は慌てて、覗いていた角から彼女のあとを追いかけた。

 ゴミ置き場は、今は何もない。ゴミはもう片付けられている。
「あー、やっぱりもうないですねぇ、何も」
 頭に手を遣って言う秋五には目もくれず、アリサは真っ直ぐに、何かを見つめている。そして空を見上げた。カァ、と頭上でカラスが鳴く。よく見ればマンションの屋上にも居た。
「カラスが多いですねぇ、ここ」
「…………」
 秋五の声に応えず、彼女は空を見上げたまま目を細めた。
 そんなアリサの横顔を見遣り、それから同じように空を見上げた。
「どうですか、アリサ。何かわかりましたか」
「……おそらく、適合者ではないでしょう」
「そうなんですか」
 アリサが指差す。マンションの屋上に居るカラスに定められた指先――。
 赤く光るカラスの瞳。だがそれだけではない。カラスの顔の右半分が、崩れている。まるで焼け爛れたあとのように。
 額に手をかざして見ていた秋五は「はぁ〜」と声を吐き出した。
「感染、ですか。あれが」
「見たところ、まだかなり落ち着いていますね……。今が昼間だからでしょうけど」
「夜になると?」
「活性化します」
 その言葉に、ゾッと背中に悪寒が駆け抜ける。
 何がどうなるのか、説明されなくても不快感がどっと押し寄せた。
 秋五は意識を切り替えるためにコホンと空咳をし、アリサに尋ねる。
「いま退治しないの?」
「……一羽ではないのです」
 眉間に皺を刻み、アリサは苦々しげに洩らす。
「ミスター、ダイス・バイブルの中にある知識なのですが……適合者ならば、その者の体内に、その時広がったウィルスが全て収まります。適合者ではない場合、ウィルスが拡散して、様々なものに感染する……と、思ってください」
「なるほど。適合者はウィルスの親玉って考えなんですねぇ」
 それなら感染率を自分の手で変えられるのも納得できる。
 アリサは腕を下ろし、視線を伏せた。
「ゴミを荒らしたのはカラスたちで間違いはないでしょう。夜になってからヤツらを追いかけたほうが良いでしょう」
「ふぅん。そうですか。では一旦事務所のほうへ戻りましょうかね。あ、でも帰る時に寄っていいですか?」
「どこへですか?」
「あなたの前の主のところです」

 アリサの前の主・ひづめの死んだ場所に花を供え、秋五は両手を合わせて冥福を祈る。その様子をアリサは複雑な表情で見ていた。



 昼前から出かけていた秋五は、事務所に帰ってから腹が鳴って空腹に気づく。
「そういえば朝も抜いたんだった……」
 何かないかなと冷蔵庫の中を探る。ほとんど空っぽだ。
 事務所のソファに腰掛けているアリサは、静かに何か考えていた。見れば見るほど彼女は人形のようだ。
「……アリサ、家事はできないんでしたよね?」
「くどいです、ミスター。ワタシは料理など作れません」
(……確かに、戦うしか能がないって感じだしなぁ……)
 秋五は冷蔵庫を閉じて、カップメンでもないかなと探し出す。ありがたいことに、一つあった。
 お湯をヤカンで沸かしてから注いで、三分待つことにする。ソファの前のテーブルにカップメンを置き、アリサの向かい側のソファに腰を降ろした。
 瞼を閉じていたアリサが、ゆっくりと開く。アイスブルーの綺麗な瞳がテーブルの上のカップメンを見、それから秋五を見遣った。
「……健康によくないと思いますが」
「いや、まぁ手軽のなら作れないことはないんですけどね、冷蔵庫が寂しくて」
「…………そうですか」
 関係ない、と言わんばかりの口調と表情でそう洩らすと、彼女は再び瞼を閉じてしまう。秋五は気になって眼前で手を振ってみた。無反応だ。
(睫毛が長いですし、見れば見るほどお人形さんですよねぇ)
 何をしているのだろうかと考え、ダイス・バイブルの中を『検索』してしまう。軽い眩暈が起きたが、理由が判明した。
(ダイスは能力の高さのために、長時間は稼動できず……か)
 あまり動かないのもそのため。手早く敵を屠るのもそのため。短時間で全ての敵を片付けるために、アリサは力を温存しているのだろう。
(大変ですねぇ、ダイスも。……人間そっくりの外見ですけど、人間ではない。もっと詳しい知識には、今の俺では『届かない』から無理か)
 そろそろ3分経つ。
 カップメンの蓋をはがし、秋五は箸を持つ。湯気が天井に向かって緩やかに伸びた。

 夜になると、彼女はゆっくりと瞼を開いた。事務所内には、自分のデスクでファイルの中を整理している秋五も居る。
「あ。起きたんですね、アリサ」
「……元から起きています、ミスター」
 彼女は音もなく立ち上がると、薄く笑った。
「……はっきりと気配を感じますね。これならば、今夜で全て決着をつけられそうです」
「空を飛ぶカラス相手に、どうやって戦うの?」
「空を飛ぶなら、撃ち落とせば良いのです」
 さらりと言うと、アリサはふふっと小さく洩らす。秋五はそれを眺め、呟いた。
「楽しそうですね、アリサ」
「はい。敵を破壊することが、ワタシの存在意義ですから」
 さも当然であると、彼女は言った。



(結局、イタズラだと思ったあの事件に、一応関わりはあったわけか。猟奇事件だけってことじゃないんだな)
 ファイルを整理しつつ、秋五は紙にインデックスシールをつけていく。それぞれ「行方不明」「猟奇事件」と書いた。
(色んな事件を見てみないとわからないわけか……。あぁ、でも)
 そのうち気配をはっきりと感じるようになるのだろう。
 秋五は首を傾げる。
(俺は感じなかったなぁ。あ、でも現場では少しもやもやしたような気分にはなったけど)
 はっきりと知覚できないのだけは、わかった。
 事務所の窓を見遣る。アリサは今頃、敵を倒している最中だろう。
 数が多くなければいいが。
(……まさか、まだ戻ってないよな)
 心配になって、ダイス・バイブルをデスクの引出しから取り出し、開く。アリサが居るはずの位置は、真っ白のままだ。
 ほっと安堵した矢先、事務所のドアが無遠慮に開いた。
「ただいま戻りました、ミスター」
 無事に戻った彼女はそう言うなり、薄情にもさっさと姿を消してしまう。気づけば、秋五が開いていたページに戻ってしまっていた。
 しーん、と事務所内が静まり返る。
「……早いですよ、アリサ。戻って来たしか言わないとは……」
 やっぱり思う。ダイスといい敵といい……一体、なんなんだ……。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【6184/高ヶ崎・秋五(たかがさき・しゅうご)/男/28/情報屋と探索屋】

NPC
【アリサ=シュンセン(ありさ=しゅんせん)/女/?/ダイス】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、高ヶ崎様。ライターのともやいずみです。
 事件は猟奇事件ではなかったようです……。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!