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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


『ソウル・マスカレード』



その日、藤田あやこは学食の残りを失敬しようと、神聖都学園に昼時、忍び込んでいた。
いまの職業はホームレス。
生きるためにはまずお金と食料。それがなければ始まらない。
いまや、ネットカフェ難民と化して、日雇いのバイトで何とか生活してはいるが、そうそう良い暮らしが送れるわけでもない。
そもそもこんな事になったのには、理由がある。
夢の中でであったエルフの少女、彼女と結んだ契約が原因だった。
銀髪に美しい羽をはためかせて、幻想の世界からあやこの夢に舞い降りた少女は、こう言ったのだ。

私たちの国を救うために、あなたの体と私の体を交換させて下さい。
落ち着いたら、必ず返しにきますから。

その言葉と少女の切実な表情におされて、あやこは彼女と契約を結んだ。
そして翌朝、目が覚めたらエルフの体になっていた。
ぴんと長く伸びた耳は紛れもない証拠。
今や現実世界では、あやこと似たような契約を結んだ人々は重病患者に指定されていた。
すぐに病院を訪れて身体検査を受けたところ、分かったことと言ったら、今の自分の肉体は藤田あやこではないという事。
そして今まで自分を形成していた経歴は科学的事実により、法律上、何の意味もないことが分かった。
当たり前だ。
科学上で自分が藤田あやこだと証明できないのだから、法律は適用されないし、権利を主張する事もできない。

「もう発狂したいわよ。ほんと」

はぁ、と深いため息をついた瞬間、近くで女の子の悲鳴が上がった。

「あぁ、そうそう。こんな感じで一回は叫びたいわよね」

のんびりと呟いた直後、聞こえてきたのは出たぁ! という生徒たちの悲鳴と怒号だった。

「なに?」

幽霊程度なら、この学園では日常茶飯事だ。生徒たちのなかには慣れてしまっているものもいる。
しかしこの叫びはそれとは全く異質なもの。
こっそりと悲鳴が聞こえた廊下へと入り、角を曲がろうと首を廊下に出した瞬間。
十人いや二十人以上の生徒たちがこちらに殺到してきた。
持ち前の運動力でなんとか回避するも、その反動で首がしびれた。

「いった〜。ちょっと、なんなのよ!」

怒鳴ってみても彼らはあやこの姿など眼中になく、学校の外へと逃げていく。
その顔はどれもが恐怖に彩られていた。

「ちょっと、なにが出たわけ?」

質問に答えてくれる人間もいない。あやこは無人の廊下を見渡した。何かが出たぁ! と言っていたが、これと言って何の変哲もない。ただの廊下だ。どこにでもある学園風景。ただお昼時だというのに、教室からは活気に満ちた声が聞こえない。それだけだった。

いや、違う。

あやこの耳が何かを聞き取った。
ポタポタと何かの液体が落ちる音が耳に入る。
と同時に異質なものの気配がどこからか漂ってくる。

悪霊? だけどその程度のものは、ここでは珍しくもなんともない。
それ以上のものと言ったら、一体なにが……。

「さぁ、貴様の魂をもらうぞ!」

右手の奥にある教室から少女の物騒な言葉が聞こえた。
女の子が喋る内容じゃないわね。
声の聞こえた教室に向かおうとしたところで、誰かが出てきた。
女の子だ。この学園の生徒の証である群青の制服を着ている。彼女がスカートを翻して、こちらに走り寄ってくる。

「助けて! 殺される!」

涙でぐしゃぐしゃになった顔で、彼女があやこの袖に強くつかんだ。布ごしにあやこの腕に思い切り爪を立てた。

「い、痛いってば。落ち着いて。ね、落ち着いて」

いまあやこが着ているのは、群青のセーラー服。長袖だからそれほど痛みはないが、爪を立てられれば痛い。
少女の怯えようは尋常ではなかった。
必死に、引き剥がされまいと懸命にあやこに体をはりつけてくる。
少しパーマがかった栗色の髪が、あやこの頬にはりつく。黒い瞳からは涙がこぼれて、ぽたぽたと少女の頬を濡らしていた。鼻からは鼻水が垂れて、形の良い唇はガタガタと震えている。可愛い顔がだいなしだ。
それでも構わないとばかりに少女は、あやこの腕を掴んで離さない。まるで藁にもすがるような仕草だった。
そこへ先ほど聞いた少女の声が、割り込んできた。

「逃げても無駄だ。お前の業は我に喰らわれる」

教室のドアから現れた少女の恰好に、あやこは驚愕した。
着ているのは今、必死に掴まっている少女と同じ目にも鮮やかなこの学園の夏服。スカートからのぞく足はすらりとして目にもまぶしく、肌の色も日本人とは明らかに異なる、白人特有の雪のように白い肌だ。その肌を隠すように肩の上で銀髪がサラサラと揺れている。形の良い鼻梁に薄い唇、そして長い睫に縁取られたアメジストの双眸。まぎれもない美少女だ。
しかし、全身に浴びた鮮血がが全てをぶち壊していた。
最初はトマトジュース? などと思っていたが、廊下に立っているだけでもにおってくる異臭は明らかに、血のにおいだった。
道理で、生徒達が逃げ出すわけだ。こんなものが出てきた日にはさすがに、亡霊に見慣れた生徒たちでも逃げるだろう。
何しろ、目が普通じゃない。今もきらきらと輝くアメジストの瞳には生気がないのだ。普段みかける亡霊は、死んでいても元人間のため、どこか親しみやすい。しかしこの少女にはそういった人間的なものが、全て欠落していた。
異質、としか言いようがない。人間と出会ったという印象を受けないのだ。
そう、たとえばこれは……。
とても獰猛な犬に出くわしてしまった時に似ている。人間同士ならどこかで分かり合える部分があるため安心感があるが、獣にはそれがない。
あの感覚にそっくりだった。
あやこは腕に縋る少女を背後に隠し、銀髪の少女に向き直った。

「あなた何者?」

少女は上から見下ろすような傲慢な視線で答えた。

「死神だ」

笑い飛ばすことはできなかった。目の前に立つだけでどっと汗が噴き出てしまうのだ。夏も近いこの時期に、その汗は水のように冷たかった。背後で少女が、ひっと小さな悲鳴を上げる。
私だってあげたいわよ。
そんな言葉が口をついてでかかる。しかし従来の姉御肌の気質がそれを邪魔した。

「その娘を逃がすつもりか?」
「別に。それより死神がこんな学園に何の用?」

早く去れ、と心のなかで何度も願うが、死神が立ち去る気配はない。

「魂をもらいにきた。他に理由があるか?」
「ないわね……」

確かに死神と言ったら、人間の魂を狩る者たちだ。奪われた人間の体はきっと跡形もなく消え去ることだろう。
だからって……。

「こんなまだ私よりもピッチピチに若い子の魂を持っていくのが、死神の仕事なわけ?」

少女から意識を逸らすため、あからさまに挑発したら、アメジストの瞳から凄まじい圧迫感が生まれた。
魔眼というべきか。見つめられただけで背筋が凍った。ぴくりとも動かない。金縛りにあったかのように、体の自由がきかない。

「我らに年齢は関係ない。時も場所も性別も、一切無意味だ。必要なのは業だ。人間が生きる上で生まれる行いだけが、我らを満たす」
「業?」

苦痛に顔をゆがめながら、死神に問い返すと、わずかに彼女は視線を弱めてくれた。
ふぅ、と大きく深呼吸していると、背後の少女が呟いた。

「あたしの前世が大量殺人者だって、あいつ言ってるの……」
「ちょっと待って、それじゃあ……」

あやこは必死に、死神と背後の少女の言葉の意味を、頭で組み立てた。
つまりこの死神が食べるのは魂という名の『業』なのだ。人が生きるうえで生まれた悪い行いを、彼らは食べてくれるという事。
そうと分かれば、あやこの反応は早かった。
背後で自分にすがる少女に向き直り、開口一番。

「こいつに、食べられちゃいなさい!」
「はぁ!?」

少女の驚愕の声が廊下に響きわたったが、あやこの耳には届かなかった。

「だって考えてもみなさい。こいつは今までのあなたの悪い行いを全部食べてくれるのよ。言ってみれば、あなたの体を綺麗にしてくれるわけ。こういうの、なんていうんだっけ? 整腸作用?」

死神に言えば、露骨に顔をしかめた。

「誰が整腸剤だ。ふざけるな」

しかし彼女の抗弁は無視して、そのまま説得を続ける。

「じゃあ、他にはね。こういう考え方もあるの。よく聞いて。量子脳理論って言うんだけど、大ざっぱに言うと、人間の意識は複数の並行世界にまたがって構成されてるっていう事を証明する理論よ。だからあなたがここでこいつに肉体ごと食べられても、あなたの人格はまだこの宇宙には存在してるっていうこと」

だから、と続けようとしたところで、言葉を遮られた。

「そんなのどうやって分かるって言うの! あたしの人格が複数の世界にある? どこの世界のSFよ。だいいち、それなら何であたし以外の人間を、あいつは襲わないの! 何で! 何であたしなのよ!」

なぜ、よりにもよって自分なのか。この学園には彼女以外にも一万人近い生徒がいる。その一万分の一の確率に、どうして自分が当たらなくてはならないのか。
人間なら当然の疑問を彼女はぶつけてきた。
言葉に詰まりかけると、死神がぼそりと呟いた。

「他人の不幸を呪う。今のでまた少し業が増えたな」

くすくすと人の不幸を笑う姿はまさしく死神だ。だがいまは、そんな茶々にいちいち反応している暇はない。
あやこは少女の体を突き放した。彼女が呆けた顔をする。
その間隙を突くように、あやこはセーラー服の上着を脱いだ。少女の黒い瞳が見開かれる。
いつも身につけているスカイブルーのビキニが見えた瞬間、あやこは背中から開放感が生まれたのを感じた。
背中まで伸びた黒髪のあいだから、ふわりと白いものが舞う。
羽だった。
ここ数週間でようやく慣れた純白の羽が、あやこの背中にあった。
天使の羽を模したような白銀の羽は、ふわりふわりとあやこの黒髪を揺らしている。。

「なにそれ?」

少女の顔に明らかな怯えの表情が走る。恐らく彼女も、例のエルフ族による肉体交換事件で、耳が長くなった人間は知っていたのだろう。
しかしこの羽までは知らない。
あやこは大きく深呼吸して、喋り始めた。

「エルフの羽よ。と言っても私はれっきとした日本人、藤田あやこ。エルフの王女と夢のなかで、肉体交換の契約を交わしたの。その結果がこれ。そして今、私の体とともに、どこかで戦っている彼女は未来の世界からやってきたわ。この意味、分かるでしょ?」

全くの異世界からやってきた銀髪の麗しいエルフの姫君。今、彼女は自分たちの国に襲いかかる敵を、あやこの体で戦っている。
この世界とは全く異なる歴史を歩んでいる『世界』で。

「複数の並列世界は存在するわ。私の体がその良い証拠よ。だから……」

言葉を区切り、少女の両肩をぽんと軽く叩いて笑顔で告げる。

「こいつに安心して、食べられちゃいなさい」

あやこの手から安心感が伝わったのか、少女の顔から強張りが消えていく。

「はい」

少女が死神の前に進み出ると、死神はふんと面白くなさそうに鼻を鳴らした。少女の額を指先でなぞると見る間に死神の白い指先から、淡いオレンジ色の暖かい光が生まれた。
あれが業、なんだろうか。
それにしてはあまりにも優しくて、安心する光だった。死神が満ち足りた顔をして、少女の額から指を離す。すると少女の体が廊下に崩れ落ちた。そのままぴくりとも動かない。

「ちょっと!?」
「大丈夫だ。死んではいない。ただ気絶しているだけだ。じきに目を覚ます」
「びっくりさせないでよね」
「自分のせいで殺したとでも思ったか?」
「違うわよ」
「ほぅ、そうか」

それ以上、死神は追及してこなかったが、にやにやと笑う顔がむかついた。

「それよりこんな風に綺麗に食べられるんなら、何であなた、全身血まみれなわけ?」
「これか? ここに来る前に捕らえた奴は、現世でも最悪の殺人犯だったからさ」

つまりは殺したという事か。あやこは露骨に顔をしかめてみせたが、すぐにあることに気がついた。

「じゃあ、この子も今の人生でなんかやばいことやってたら、死んでたわけ!?」
「こいつの現在の人生での業は意外と小さいから安心しろ。本屋で消しゴムの万引きを三回。しかもその内一回は失敗して、補導されかけたため反省している。情状酌量の余地がある」
「死神らしからぬ言葉ね。それ」

そうか? と言って死神は、もう用はないとばかりに背を向けた。
まったくやりたい事だけやって帰るという辺り、死神らしいというか。なんというか。
深いため息をついていると、おい、と声をかけられた。

「なによ」
「面白いものを見せてもらった礼だ。お前にやる」

問い返すより早く、それは出現した。ひたりと廊下の奥からそれは歩いてきた。
豹だ。
黄色地に黒い斑点が浮かび上がり、しなやかな体は優美な曲線を描いている。その美しさにあやこは一瞬我を忘れて見とれた。目に獰猛さはない。むしろ犬のような愛らしささえ感じられる。
だが全体的に色が薄い。目を凝らしてみると、その豹は体が半透明だった。

「ちょっとこの豹、ぼやけて見えるんだけど」
「当然だ。これは霊的な存在でボッソという。幽霊と似たようなものだが、お前の体に憑依させれば、相手の印象を意のままに操れる。まぁ、一回しか使えないが、100人位は操れる」
「そんな凄いものを私にくれるの? ……ありがとう」

素直に礼をのべると、死神がせせら笑うように答える。

「凄い? まぁ、お前たちの次元で言えばそうなるな」
「あぁそう。嫌味な死神ね!」

先ほどの感謝の気持ちもどこへやら。
不機嫌に言い放つと、死神がふっと笑った。

「死神だからな」

その言葉にちょっとした好奇心が生まれた。
生き物なら何であれ、名前があるはずだ。それは神であっても同じこと。

「ねぇ、あなたの名前は?」

彼女のアメジストの双眸が一瞬だけ驚きに見開かれて、苦笑に彩られる。

「オセ」

美少女にはあまりにもそぐわない男性的な名前。しかし不思議と彼女には似合うと思った。彼女の姿がうっすらと風景に溶けていく。それが消え去らないうちに、再び呼びかけた。

「じゃあね。オセ」

死神にじゃあね、もないけれど……。
ただ呼びかけたあと、あやこは初めてオセの笑顔を見た気がした。



その後用務員に見つかり、不法侵入で追い掛け回されるまで、あと8分。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7061/藤田あやこ/女/24歳/ホームレス

※NPC:死神、女生徒

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■         ライター通信          ■
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初めまして。
平山ハルと申します。
このたびは、初めてつくったオープニングに参加して頂き、どうも有難うございました。
納品が遅れて、どうもすみません。
少しでも頂いたプレイングに添えた形になっていれば、幸いです。
今後も機会のある時には、お付き合い頂けると嬉しいです。
今回は本当に、ご参加どうもありがとうございました!