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<東京怪談ノベル(シングル)>


-エルフの風切り羽-


 何か、起こりそうな日だった。
 東京を覆った黒い雲は、半時とたたず強風に流されていった。
 通り雨、白い花、白金の太陽。
 流れ踊る黒髪。光る汗。そして黒く光る、対戦車ライフル。

 雨が過ぎた午後の風は涼しく、彼女はご機嫌だった。暑さには弱いのだ。
 川原で空き缶でも撃とうか。目の前のアスファルトには水溜りが空を切り取ったように映し出している。
「よっと!」
 ご機嫌にそいつをながく白い足で飛び越す――。
 
 ガッシャン
 
 華麗な着地ではなく。
 彼女は影にぶつかってふっとんだ。
 くらくらまわる空を背景に薄れゆく視界には赤茶けた中年の顔。
「おい、嬢ちゃん大丈夫か!? いそいどったもんじゃから。おい!」
「うぅ」
「おい!――む? この耳! まさかこいつは新型か、ならば……」
 後半は彼女のその長い耳には届かない。
 藤田・あやこはすでに気絶していたのである。



「あれ……」
 目覚めたのはひんやりした床の上だった。
 辺りを見回す。天井が規格外に高く、生活感がない。薄暗い部屋だ。
「そうだ、私――どこだろ、ここ」
「お、目がさめたかい、嬢ちゃん」
 シガリロを吹かしつつ、のっそりとあらわれる人影。
「あーっ! あのときのおっちゃん!」
「高月・泰蔵。この基地の指揮をとっとる」
「あたしは――藤田あやこ。基地? なんなのよ、ここ」
「正体不明の空から降ってくる危機、そいつを討っとる。うちの戦闘機にゃ全部ヤドリガミがおってな。それと呼応することで力を発揮するもの、意志、思い、感情――心的内燃機関、それを灼魂と呼んでおるよ」
「ふうん……なんかまあうさんくさいってことだけはわかったわよ」
「胡散臭いのはお互い様じゃよ、なんじゃ? その耳と羽は? 嬢ちゃん人間じゃないじゃろ」
 失礼ね、とふくれっつらをしてあやこは応える。
「エルフよ、あたしは、エルフ。話すと長いけど、エルフの王女と肉体交換されちゃったの。聞いたことないの? あなたそっち系、くわしそうでしょ」
「そ、そうか。それだったか」
 泰蔵の指先からたばこの灰がぽろりとおちた。床でくすぶる。
「や、やっちまったわい……」



「なによ? やっちゃったって。よっと、うん、怪我はしてないみたいよ――」
 立ち上がってあやこは気づいた……。
 軽い。
 なぜか頭が軽い。
 視線の端でいつも踊っていた黒髪が、見えない。
「あれ? え? あれれ?」
 慌てて頭に手をやるとそこにはちりちりとした感触が残るだけ。
「えええっ、どゆこと」
 ない。私のロングヘアーが。ない! 鏡、そうだ、鏡。
 あやこはわたわたとコンパクトをあけ……瞼が裂けるほど驚き目をみはった。
 そこには見事な坊主頭。
 そして露わになった長耳がぴくぴくと動いているだけだったのである。
「い、いや〜。その、新型の降下妖魔かと思ったんでな、特徴の痣があるはずとおもったんで……剃ったんじゃが」
 居心地悪そうに泰蔵があやこをちらり見やると、その縞瑪瑙のような瞳が潤み始め――涙がぼろぼろと零れ落ちた。
 鏡を持つ手が小刻みに震える。
「ひ、ひどい」
「いやその……すまんかったな、そのう」
「ありえないよ! えっく、ひどいよぉ〜」
「だからその、すまん」
「こんなんじゃ表あるけないよ!」
「えーい、いつまでも泣くなっ!」
 なにかが放られて、あやこはあわてて目から手を離し受け止めた。
「うわわ。なに?」
「飛ぶんだろ、あんたは」
 誘うようにヘルメットバイザの縁があやこの手の中で輝いた。
 ソラへいこうよ、と。
 ヘルメットだ。
「長髪なぞ邪魔なだけだ……それともその翼は飾りかい?」



 操縦のほとんどは念じることで可能だったので、レクチャーは数分で済んだ。
 羽が伸ばせるよう背中の開いた、特注のフライトスーツに身を固める。
 地上滑走路は広く、午後の日差しが眩しい。
 離陸許可を確認。
 こわごわと、ゆっくりと上昇。
「これが……」
 とりあえず遊覧飛行でもしていけ、そういって乗ったレシプロ機上であやこは息を呑んだ。
 これが、本来エルフの目にするであろう景色。
 エルフと鳥にだけ許されてきた景色。
「すごい、街が……森が、あんなに小さい。雲がどんどん後ろへ流れてく」
 そして頭上の雲海を見あげた。
 じゃあ、あの向こうは? あの向こうにはどんな景色があるんだろう?
 そう、もっと高いところ。
「もっと、もっと高く。……飛びたい、私は」
 その思いに呼応するように、ミツキのエンジンが軽快にいなないた。



「機体自慢してもおまえさんの頭が元に戻るわけじゃないが」
 二人はこの空軍の中枢、地下にいた。
 対空火器、他の機体を見て回る。
「ライフルが相棒ならこういうのも好きじゃろうと思ってな」
「まあ、そりゃそうだけど。これは」
 黒く鎮座する機体をみやる。
「ニイツキ、ステルス性を第一義においた。機動のほとんどは翼面形状の変化で行う」
「この穴みたいのはなんなの」
「さすが目のつけどころがいいな。事象遮断ポリマー噴出口。いざとなれば機体を特殊ポリマーで覆う。完全なステルス。まあ長くはもたんがな」
「なんか……海洋獣みたいね。機能美っていうのかしら」
 一枚のタイルで覆われたようなその形状はどこかなまめかしく、あやこまで艶めいてきたような気分になる。
「うーん。悪くない。ていうか、イイ……」
 その間をゆっくりと歩きながら。
 その格納庫の一番機にあやこの目は釘付けになった。
「ねえ」
 白い前進翼。白銀のボディ。
「ん?」
「この機は、なんていうの」
「イズナ、運動性と推力に重きをおいた格闘戦向きの機体じゃ。推力はニイツキと同等じゃが、完全武装しても自重はニイツキの70%ほど」
「きれいね……イズナ」
 口に出してみる。
 声をださずにもう一度呟く。
 イズナ。
 私の新しい翼。
「これから辛い事も泣きたい事もあるだろうけど。」
 それでも、キミにプロポーズを。
「一緒に頑張ろうね」
 あやこは陶器のように滑らかなその機のレドームに触れる。
 不思議と、その感触は温かかった。



 翼をつまんで引っ張り出し、フライトスーツのジッパーを上げる。
 あやこの準備が完了する頃、サイレンサー棟でのイズナの準備も完了。
 キャノピ、クローズ。
 ホース装着。
 シートはイジェクション部分ごと、あやこ用にカスタム――後ろに翼が出るよう穴が開いている。
 まるでコクピットにも翼が生えたようだ。
「飛びたい、私は。もっと速く。高く」
 その思いに呼応して、イズナの双発灼魂機関が轟々と唸る。
 あやこの翼も振動で震える。我慢しきれないかのように。
“ならば、私を早く解き放て”
 そうイズナが言っているかのようにあやこは感じた。
 いや、きっとそうなのだ。
《高月泰蔵搭乗、教導機、離陸完了しました。滑走路までタキシングを開始します》
「ラジャー。よろしく」
 滑走開始。
 ハイレートクライムテイクオフ。
 戦闘上昇。遊覧飛行の時とは違う。
 圧倒的なGに、シートに背を押し付けられる。
「すごい! 高度10000まで一分とかからない!」
「わしが作った飛行機じゃからな」
「それにしてもすごい加速ね……」
「上昇中は黙ってろ。舌を噛むぞ!」
 戦闘高度まで上がってGがやむ。
 あやこは重力の鎖から解き放たれた喜びを全身に感じた。
《ACM訓練開始》
「あやこ機、イズナ、レディー。」
「泰蔵機、ニイツキ、レディー。老いぼれとおもってなめたらいかんぞ、嬢ちゃん」
「なによ、そっちこそ。髪の毛の借りを返すからねっ」



 泰蔵のニイツキをエネミーとしてイズナに入力。シミュレート。泰蔵機、仮想敵機となる。
「いくわよ、イズナ」
 前上方から接近するニイツキに合わせて緩旋回上昇する。機体をバンクさせ、捕らえにくい漆黒の点をさがす。
「どこ――視界にとらえさえすれば」
 イズナとニイツキなら、格闘戦に持ち込めば私が有利だ。
 警報。
 仮想ミサイル、4、接近中。
 そのシミュレートされた軌道を複合ディスプレイ上にみてとる。
「先をこされた? でも! 角度を作って……それ!」」
 加速しろと念じる。アフターバーナ点火。
 跳ね上がる魚のように急旋回、ポート。
「くっ」
 Gに耐えながら連続ロール。最初の二発はあやこ機を追いきれず左舷下方を通過、自爆。
 得た速度で背面降下、急上昇、残る二基も振り切る。
「よっしゃ! 私の番よ」
 ミサイルのはなたれた方向へ機首をむけると、あやこは放胆にもそのままエンジンをアイドルへ。
 回転数をおとし、目を閉じ――耳を澄ます。
「聞こえる……そこっ!」
 若干機首をもたげ、急加速。狙いすましたように。
「いくらステルスだって! エルフの耳からは逃れられやしないんだから!」
 目を開くと、泰造機がちょうど眼前を通過しようとしていた。カンは誤っていない。
「とった!」
 すかさずトリガーを引く、仮想ガン射撃。
 白と黒、対照的な二機は触れ合わんばかりの距離で交差。
「やったね」
 あやこはディスプレイに目をおとす。
 ニイツキは6発の機関砲を食い、撃墜ではないが継戦不可能、と地上の戦術管制コンピュータは判定していた。
「はぁ……」
 深いため息をつく泰蔵に、あやこはからからと笑う。
「どーする? 私はもう一戦やったげてもいいよ」
「いや、どうも老兵の時代は終わったようじゃよ」
 泰蔵はふてくされている。
「まあまあ、そういじけなくても……ん」
「む、どうした?」
「レーダーにボギー多数。方位0-5-7よ。いや、これ……これ敵性反応じゃない?」
 あわててレーダーを見て泰蔵は驚愕した。
妖魔だ。だが彼のニイツキは実弾をつんでいない。
「CIC! 何をしていた」
《こちらCIC。敵は雲のエコーに隠れて降下してきた様です。警戒機、避退中》
 女性オペレータの平坦な声があやこ機にもとびこんでくる。
 泰蔵は並飛行するあやこを見やった。
「わしは管制に戻る。嬢ちゃん、やれるか?」
「冗談でしょ」
 あやこは唇を舐め、湿す。
「やったろうじゃない」



 敵方向へ機首をあわせてあやこは通信をひらいた。
「状況はどう?」
《モスキート群、ペスト群、そしてガーゴイル反応が1。指揮官タイプと思われます》
「よっし、行くわよ」
 加速。
 するとすぐに、敵前衛であろうモスキート級の群れが見えてきた。ふわふわとこちらへ向かってくる。
 あやこはHUDの照度を最低に設定する。
「エネミー、タリホー! 二時方向!」
《なに! もうか!?》
 管制室に戻った泰蔵の声が回線から飛び込んでくる。
「エルフの目をなめてもらっちゃこまるわ。暗闇に見えない敵なんていない。エンゲージ!」
 ミサイル射程に入ったことを確認して、マルチロックをすすめていく。
 常人ならばいまだ目視できない距離。
「羽虫の群れね……本物の翼の力、みせてやるわ」
 ロック完了音が鳴ると同時に発射。
「FOX2!」
 ミサイル六基、リリース。
 あやこはその軌道を眼で追う。
 回避能力のないモスキート6体はいとも簡単に爆散した。
 そのままミサイルでつぶしていけば安全だが、あやこはそうしなかった。
 上昇、加速。
《いかん! そのままではペストとモスキートの群れに突っ込むぞ!》
「ちまちまやってらんないのよ!」
 群れへむかってそのまま高速でとびこむ。レディー、ガン。
「うおおおっ!」
 ペスト群が回頭して放ってきたレーザーを、左右へ蝶のように回避、モスキートの群れへ突っ込む。
 ガン発射。
「レティクルには頼らないわ! 弾道みてりゃあ当たるわよ、私の目なら!」
 その言葉どおり、旋回を繰り返しながら曳光弾をばらまく。
 まるで花火だ。
 ひとつ、またひとつ霊子機関砲を叩き込まれ、モスキート、ペストが墜ちていく。
 しかしゆったりと近づいていたモスキート三機が、あやこの射撃を逃れ半壊しつつもイズナの右翼に取り付いた。
《いかん! 侵食されるぞ!》
「私のイズナに……」
 アフターバーナ点火。高加速上昇。音速を目指す。
「さわるなぁああっ!」
 音速発生した衝撃波で、とりついていたモスキートは吹き飛ばされた。落ちていく。
「お釣りよ!」
 機首を返し、“お釣り”の弾幕をたたきこむ。さらに加速、急降下。
 ペスト群をマルチロック。
「直上攻撃をやるわ!」
 ミサイルリリース。そのままミサイルと同時にペストの群れへ突入。
 イズナの周囲でペストの屍骸片が乱れ飛んだ。
「これで、ラストよ!」
 かろうじてミサイル迎撃に成功したペスト一体に、あやこは機関砲を叩き込む。撃破。
「やった! 楽勝〜!」
《いかん! 嬢ちゃん7時方向じゃ!》
「なっ……雲に隠れていたの!?」
 ガーゴイルクラスが一体、仲間の死を見届けながらじっと雲に潜んでいたのだ。
《引き離せ!》
「やってるわよ!」
 しかし簡単に引き剥がせない。
 有翼類のこの妖魔には高機動する能力がある。
 後方から振り下ろしてきた黒い爪を危うくかわす。
「やられる……!?」
 いや。
 恐怖を感じてはいけない。イズナが萎縮してしまう。
「こんのおおぉおっ!」
 無謀とも思える急ループを敢行。
 Gに遠くなるはずの意識は何故か冴えていく。
「爆装したイズナを只の戦闘機と思わないでよっ! 私のイズナは! 機体が甲板離れた時からっ!360度っ!全開戦闘が……」
 急激な機動変化がガーゴイルクラスを僅かにためらわせた。見逃さない。
 ガンレティクルに捕らえる。
「出っ来るんだよー!!」
 オールミサイル、リリース。
 無数の光が蛍のようにイズナから放たれ、一瞬のうちにそれは無数の光条となって敵に向かう。
 霊子機関砲が吼える。加熱警告ラインをこえ、全弾をたたきこむ。
「落ちろぉっ!」
 いうまでも無かった。
 ガーゴイルは圧倒的な火力によって、断末魔さえあげさせてもらえず、闇に燃え尽きた。



《――指揮官級撃破。よくやったぞ、嬢ちゃん。たすかった。RTB》
「私とイズナなら楽勝よ。まだ帰らないわ。もう少し飛びたいの」
《ガハハハ。翼は……本物じゃったな。わしが悪かったわい》
 エンジンを落ち着かせ、ふわりと風に乗る。
 不思議とその風が頬をなでていく気がした。
 なぜだかくすぐったく、笑う。
 イズナが沈みかける夕日をうけて輝く。
 夜空に浮かぶその光は、妖精の翼からこぼれた燐粉のように瞬いていた。




-end-