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<東京怪談ノベル(シングル)>


いっしょなら、きっと

「冥月さん、今日のティータイムはお暇ですか?」
 黒 冥月(へい・みんゆぇ)がいつものように蒼月亭でコーヒーを飲んでいると、店員の立花 香里亜(たちばな・かりあ)が、早くも水着の安売りを始めたセールのチラシを見ながらこんな事を聞いてきた。
 コーヒーカップを持ったまま、冥月はそのチラシをチラと見る。
「特に予定はないが、どうかしたのか」
「もし予定がなければ、今日は午後三時からお休みなので、水着を買いに行くのにお付き合いして欲しいなーとか思ったんですよ」
「そう言えば、誕生日の時やメールでもそんな話をしたな」
 今年は海に行くという約束もしているし、メールなどでも水着を買いに行くという話はしている。香里亜はそのチラシを見ながら、嬉しそうに頬笑んだ。
「そうなんですよ。セールも始まりましたし、買うならいまのうちかなって」
 冥月は特に水着を新調する予定はないが、香里亜の買い物に付き合うのはいいだろう。一緒に海水浴に行くことは決まっているし、その時にあまり大胆な水着で悪い虫が付くのは心配だ。
 それに香里亜と一緒に出かけるのは、いい気分転換にもなる。元々物欲に関して冥月はかなり薄い方なのだが、二人で色々見たりするだけでも楽しいし、何より香里亜が喜ぶ。
「じゃあ、一緒に行こうか」
「ありがとうございます。可愛い水着があるといいな」

 香里亜が見ていたチラシは『水着庭園』という名の、ファッションビルの季節コーナーの物だった。色々と可愛らしい物から、大胆なデザインの物まで品揃えも豊富だ。しかも値段も結構手頃っぽい。
 夏休みに入ったので人が多いか心配だったのだが、平日のせいかそれほど店内は混んでもいなかった。
「このデザインの水着はいったいどんな人が着るんでしょう」
 色々と水着を物色していると、香里亜がハンガーに掛かっているラメ入りの大胆なビキニをそっと取り出す。上のブラ部分はしっかり胸を支えて谷間を作るデザインだが、下の方がかなりきわどいハイレグだ。
 うわー……とか言いながら見ている香里亜に、冥月は思わず横から口を出す。
「それだとパットが何枚必要だ?」
 メールでは気になっている物がある感じの話だったが、まさかこれではないだろう。そうは思いつつも真顔で心配すると、香里亜が少しふくれっ面で冥月の背をぽこぽこ叩く。
「うわーん、冥月さんひどいです。確かにこれだとパットがたくさんないと私の胸じゃ谷間作れませんけどー」
「こらこら、そんなに叩くな。香里亜の保護者として言うが、露出が多いのはダメだぞ」
 そう言うと、香里亜がまたこう言って怒った。
「保護者って、もう子供じゃないですよ!」
 冥月としては、色々な物を呼び寄せてしまう香里亜が心配で言っているのだが、どうやら子供扱いされたと思っているらしい。しばらく、むー……と香里亜はうなっていたが、そのビキニを見て何か思い直したようだった。
「でも、これは確かに私には似合わないですね。それに下がこんなハイレグなのは恥ずかしくて着られないです」
「そうだな。香里亜はもう少し可愛くて、明るい色の方がいいだろう」
 背も小さくて、胸も小さめな香里亜は、大胆なデザインの物を着るとアンバランスになってしまうだろう。それに暗い色よりは明るい色の方が似合う。
 冥月はデザインがかわいめのワンピースや、タンキニのあるコーナーへと香里亜を連れて行った。
「香里亜はワンピースとビキニのどっちがいいんだ?」
 Aラインの白地に黒のドット柄のワンピースを出しながら、冥月が問う。このラインなら少し背も高く見えるし、香里亜には似合うだろう。
「うーん、ビキニはちょっと恥ずかしいので、タンキニぐらいにしようかなって思ってるんですよ。それだと泳ぎやすくて可愛いかなって。ワンピースも可愛いんですけどちょっと悩むなー」
 そう言うと、香里亜はタンキニを色々取り出しては、自分に合うか鏡の前で合わせたりし始めた。ボーダーやドット柄などもあるし、そこにキャミソールタイプやホルダーネックなどと形まで考えると、何かと選ぶのが難しい。
「ボーダーよりは花柄かな。あまりはっきりしたデザインだと、私、柄に負けちゃうんですよね」
 確かに香里亜のイメージだと、黒と赤などのはっきりした柄よりは、ピンクや水色などの淡い色がいいだろう。香里亜も自分に何色が似合うのかをよく知っているので、大抵選ぶ服の色もピンク系などが多い。
「これが可愛いかな……ちょっと試着してきますね」
「ああ、ここで待っていよう」
 香里亜が選んだのは白地にピンクの花柄の、ホルダーネック型のタンキニだった。下の短パンはベージュ色だ。ラインもスッキリとしているし、香里亜には合うだろう。
 しばらくすると、香里亜はそーっと試着室のカーテンを開けた。
「どうですか?割といい感じかな……とか」
「うん、可愛いぞ」
 足下も大胆に出過ぎていないし、健康的な感じで可愛らしい。それを褒めると、香里亜は少し恥ずかしそうにはにかんでみせた。
「これぐらいなら、あんまり大胆じゃないですよね」
「そうだな。だがここが少し気になるが」
 短めの裾から見える臍をちょんと突くと、香里亜が驚いて後ろに下がる。
「もう、冥月さんってば。でもそうなると、やっぱりワンピースかな……うーん」
 まあこれぐらいの露出は愛嬌だ。ちょっと伸びをしたときにチラリと見えるぐらいは大目に見るか。冥月はくすっと笑い、香里亜の頭を撫でる。
「いや、良く似合っているからそれでいいんじゃないか?可愛いからあまり人に見せたくないが」
「冥月さんがそう言うなら決めちゃおっかな。でも皆の前に出ないと泳げませんよ」
「あまり気にするな」
 これで変な者に目を付けられたりしなければいいが、その時は自分が守ればいいだけの事だ。服に着替えた香里亜は、今度は別のコーナーに歩いていく。
「どうした?まだ買うのか?」
「え、今度は冥月さんのですよ」
 水着は自分のを持っているし、特に新調の必要も感じていない。だが、香里亜は冥月を見て可愛らしく小首をかしげた。
「冥月さんと一緒に、新しい水着買えたらなーって思ったんですけど。いつもお買い物に来ても、冥月さん自分のもの買いませんし」
「いや、それは……」
「せめて試着だけでもして欲しいです」
 普段何か買ってやるとか言っても遠慮するのに、今日の香里亜は何だか少し強気だ。それに香里亜が言う通り冥月は、いつも服の試着もしない。
 香里亜に少ししょんぼりされると冥月は弱い。思わず苦笑し、冥月は仕方ないなと溜息をつく。
「なら香里亜が選んでみてくれ」
「いいんですか?」
「試着だけならな」
 ぱぁっと明るい表情をし、頬笑まれると悪い気はしない。たまにはこれぐらいのわがままも聞いてやらないと、自分だけが一方的に付き合うというのも何だか悪い。
 香里亜は試着だけでもしてくれるというのが嬉しいのか、色々と派手な水着を出しては冥月に渡してくれる。
「冥月さんは背も高いですし、プロポーションもいいですから、大胆なデザインのも似合いますよ」
「……そうか?」
 そう言われてもやっぱり実感が湧かない。試着だけならと花柄や赤などの水着も試着するが、やっぱり自分にはピンと来ない。
「黒じゃないと落ち着かないな」
「じゃあ、これはどうです?シンプルですけど、素敵ですよ」
 香里亜が出したのは、タートルネックっぽいビキニだった。シンプルだが、前を白いファスナーで止めるのでそれがポイントになって引き締まった感じだ。下は普通のビキニに赤と黒のパレオが付いている。ファスナーを首まで上げてしまえばシンプルだし、胸元まで下ろせばセクシーと、臨機応変にスタイルが決められる。
「これはなかなかいいな」
 谷間を見せるギリギリまでファスナーを下ろし、腰にパレオを巻くと冥月の色っぽさが更に引き立った。選んだ香里亜も満足そうだ。
「じゃあ私はこれにするが、香里亜にも予備でこの色違いのを買ってやろう。色は白がいいかな」
「はうっ!私は水着決めましたよ」
 ふふっ。冥月が不敵に微笑む。
「それとは別でだ。それとも私とお揃いは嫌か?」
 散々試着されられた仕返しというわけではないが、これぐらいはしてもいいだろう。海に行かずともジムなどで使えばいいのだ。
「そんな、嫌なわけないですよ。でも、一緒に着たら体型の違いが……」
 このデザインなら、体型も上手くカバー出来るだろう。香里亜には同じデザインの白でパレオが灰色とピンクのを買うことにし、レジへ向かう。するとレジ横にある、ピンクのリボンが着いた麦わら帽子に目がつき、思わず手に取り香里亜に被せた。
「ほえ?」
「暑いからこれもな。日射病になったら大変だ」

 他にもビーチサンダルやバッグなどを選び、冥月は少し寄り道と、誕生日の時に渡したカードキーの部屋へと香里亜を案内した。
「暗証番号も教えるから、忘れるなよ」
「は、はい。なんか貴族みたいなお部屋です……」
 それは蒼月亭からさほど離れてもいない場所にある、高級マンション屋上、三十二階にあるペントハウスだった。屋上半分が丸々冥月の物で、面積の半分程は芝生敷き詰めた庭だ。その気になればバーベキューなども出来るだろう。
 部屋は浴室だけでもミストサウナ、ジェットバス、天井がガラス張りになっている風呂にジャグジーと四つある。
「ごーじゃすですね」
「セカンドハウスだからこんなものだ」
「じゃあ、本当の家ってお城ですか?」
 部屋も色々案内されたが、ベッドルームやゲストルーム、書斎にスピーカーやスクリーンにこだわったシアタールーム。高級ホテルのスイートルームを越えている。しかもネット環境も完備で、セキュリティはカードキーに暗証番号、さらに警備会社への直通ライン……どこかの国のVIPを迎えても安心だろう。
 実は冥月自身が用意したのは、実用主義でシンプルな物が多いのだが、元々備え付けでついてきた家具やシャンデリアなどがあるので、かなり内装は豪華だ。冥月の趣味ではないソファーやテーブルも、捨てるのは冥月的に勿体ないのでそのまま使っている。
「こらこら、隅に座るな。ソファーがあるんだからここに座れ」
「何かすごすぎて、私は末席で……って感じなんですよ」
 その様子に苦笑しつつ、冥月は紅茶を入れた。
 香里亜ももらったカードキーがセカンドハウスのものとは聞いていたが、まさかここまですごいとは思っていなかった。もらったときに「あまり使わんから友人と自由に使うといい」と言われたが、自分が使うのにも躊躇してしまう。
 そーっとソファーの隅に座る香里亜に紅茶を出し、冥月は軽く溜息をつく。
「ここには以前話したもう一人の弟子も来る。会ったら仲良く……ん?」
 今までおどおどしていたのに、突然変わる空気。
 紅茶のカップとにらめっこの香里亜が、急に機嫌が悪くなったように、むーと唸り始める。
「私だけじゃないんですね……」
「は?」
「いや、分かってたんですけど、ちょっとしょぼーん」
「待て、私は何かやったか?」
 香里亜としては冥月が色々な人に慕われているのは分かっていても、ちょっと特別だったら良かったなーという、複雑な乙女心があるのだが、冥月にそれは分かっていない。何故急に機嫌が悪くなったり、しょんぼりしたかの理由も判らず、冥月はいったいどうしたら良いものかと焦る。
 香里亜もしばらくしょんぼりしていたが、ヤキモチを焼いても仕方ないし、何よりカードキーと暗証番号まで教えてもらって招かれているのに、気まずいままだと申し訳ない。安心させるようににこっと笑い、湯気の立つ紅茶を一口啜る。
「なーんて、大丈夫ですよ。もし出会うことがあったら、仲良くしますね。お弟子さんって男の子でしたよね?」
「あ、ああ」
 急にまたいつもの香里亜に戻ったので、安心しつつも戸惑いを隠せず冥月は頷く。
「お部屋に来るのはその人だけですか?」
「いや、そいつと仲のいい少女が……」
 その途端。
 香里亜は紅茶を置き、何故か両手で頬を押さえる。
「じ、じゃあ、来る前に連絡とか入れたりしてから入らないと、二人きりの時にお邪魔したら、私馬に蹴られちゃうかも」
「待て、どうしてそうなる」
 二人の名誉のために言うが、その二人は「友達以上恋人未満」であって、決してそんな関係ではない。
「あ、でも冥月さんと一緒なら、きっと大丈夫ですね。私一人で来ても、多分隅っこに座っちゃいますから、遊びに来るときは冥月さんと一緒の時か、連絡が付いてるときにしますね。それなら気まずいことになりませんよね?」
「それじゃあ、合い鍵を渡した意味がないだろう」
 まあ、こうやって気を使うところが香里亜のいいところでもあるのだし、確かに香里亜一人で来ても、隅っこにテーブルを寄せてお茶を飲んでいそうな気がする。
「ところでお弟子さんっていくつですか?」
「十五だが」
「そんな歳なのに彼女さんが!きゃー」
「何を想像してるんだ」
 機嫌が悪くなったり笑ったり、顔を押さえて赤くなったりしている香里亜に、冥月は困りつつ紅茶を一口飲む。
 乙女心は時々謎だ。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
海水浴の前に香里亜と水着を買いに言った後、冥月さんのセカンドハウスへ……と言うことで、こんな話を書かせて頂きました。自分の水着だけでなくて、冥月さんにもオニューの水着を買ってもらってほくほくです。
そしてセカンドハウス…すごい設備に隅っこに行ったり、もう一人のお弟子さんにヤキモチを焼いたり、かと思えば何を想像してるのかと忙しいです。冥月さんから見ると「忙しいな…」という感じと思われます。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。