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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


【歪みの館】地下迷宮へ

「歪みの館へようこそ。……と、お客様。ちょうど良いところへいらっしゃいました」
 霧雨が降る肌寒い日の事。偶然か必然か、貴方が辿り付いたのは霧に包まれた古い館。
 窓枠や屋根が奇妙に捻じ曲がり、所々に不可解な文様が浮かんでは消える。
「実は昨日、私の飼っていた獣が逃げ出してしまって。……人の希望を餌にしておりまして、性格も最悪で戦闘能力もそこそこ。美しいのは見目だけ」
 貴方を出迎えたのは青色をした小さなトランプだ。次々に変わる数字とスートはトランプなりの表情といったところか。
 やれやれ困ったものだと、芝居がかった仕草で溜息をつく。
「どうやら逃げ込んだ先は……地下迷宮。捕獲の為、どうぞお力をお貸しくださいませ。必要なものがあればご用意致します」
 そう言ってトランプはゆるりと一礼をすると、重々しい館の扉を開いた。



「これはこれは、デリク様」
 トランプは酷く驚いた様子で、幾度目かの訪問に嬉しさを隠せぬと歓迎の言葉を述べる。深々と礼し、早速と館の中へデリクを招き入れた。館の中は相変わらず、デリクの知る世界は違う時が流れているように感じられる。踊る緑色のたまご、出刃包丁を振り回しそれを追いかける猫の料理人。すすり泣く女の肖像画に宙を舞う青魚。化け物屋敷にしては明るく、普通の屋敷にしては何もかもが奇妙で滑稽。飛んできた黄金のスプーンをひょいと軽い動きで避け、案内されるままに地下への階段へと向かう。
「何かを育てるという事ハ。成長を見守る喜び……希望をわけ与えているとも言えまショウ」
「はい。私(わたくし)も人の器に宿っていた頃は、好んで生き物を育てておりました。猫に犬、美しく鳴く鳥など……それはいつも私の生活の中心にあり、疲れた心を癒し日々を生きる……そう、まさに希望」
 ふう、と妙に人間じみた仕草でデリクの肩に乗ったトランプは溜息をつく。今はどこからどう見ても一枚の「トランプ」だが、言葉を信じるとしたら遥か昔は一人の人間として生きていた時代があったのだろうか。だとしたら何故、このように歪んだ館に留まっているのか。
「……はございますか」
 深く思考に沈んでいたせいで、先の声を聞き逃してしまった。聞き返すと丁寧に答えが返ってくる。
「可愛い獣の捕獲をお手伝いして頂けるとのこと。ありがとうございます。これから地下に入りたく思いますが、何か必要なものがありましたら用意して参りますが」
 長い指を顎にやり、暫し考え込む。
「デハ、メモとペンと灯りヲ」
 短く必要事項を告げると、トランプはふわりと肩から床へ降り立ち消えてしまった。奇抜なモノを要求してはいないから、すぐ戻るだろう。

(――お主か。我を追う者は)

「……ッ」
 突然頭の中に響いた声に軽く目を見開く。
 此処は異形が棲む館、辺りに注意を払ってきた。隙らしい隙はなかったはずだ。なのにどうだろう。素早く周囲に視線を巡らせてみるも、声の主らしい姿は見えない。低く、女とも男ともつかない声は尚も続けた。
(我は何物にも束縛されぬ自由の身。退屈凌ぎに檻の中へ入ってやったが、それにも少々飽いた)
 聞き覚えはない。だが心当たりはあった。
 トランプが「飼って」いたという例の獣だ。一度引き受けたからには逃げ出すのも気分が悪い。デリクは唇の端を上げ薄く笑った。
(絶望と希望は紙一重。……食い尽くされぬよう気をつけめことじゃ)
 デリクが唇を閉ざしていると、それきり獣の声は聞こえなくなってしまった。地下で待つということだろうか。人は希望を持つがゆえに絶望する。何も望まなければ何も失うことはない。言葉遊びだが一理ある。小さな足音に気付き顔を上げると、ペンや紙を従えながら此方へやってくるトランプの姿が見えた。



 トランプが連れて来たのは黒い羽付きの万年筆に白いメモ帳、そして灯り用のランプだった。どれも宙を舞い、トランプが何を言っても聞く気配がない。これでは探索が始められないと今度はデリクが命じると、皆驚く程素直に従った。
「だって、泣く子とイイ男には勝てないのさ」
「アタシたちだってたまには目の保養ってやつが必要なの」
「デリク様ー、今度お茶しましょうよー」
 好き勝手に騒ぎ始める道具たちを無礼者とトランプが一喝する。相当軽い性格のようだが、地下に迷宮に入ってみるとさっそくそれぞれの役割を果たすべく動き始めた。ランプが先行し当たりの様子を探り、迷宮の構造をペンに伝え、ひらりひらりと舞うようにメモへ情報が写されていく。
「そうですな、心を確かにお持ちになってください。自分が自分であるという認識、何が起こっても諦めない希望。それこそが獣を誘き寄せる餌となるのです」
 デリクが訊ねると、トランプは遠い記憶を引き出すようゆっくりと物語を語り始めた。
 獣を見つけたのはある夏の日、怪我をして蹲っているのを助けたのが縁だという。珍しい見目であったから、檻に入れて飼うことにした、とも。
 話しながら道を進んでいくが、いつまで経っても獣らしい獣は見つからない。同じような角を曲がり、同じような通路を進む。いつまでこんなことが続くのだろう。どのくらい時間が経ったのだろう。少しずつ、ほんの少しずつデリクの心に翳りが生まれ始めていた。
(我は捕まらぬ。大人しく帰ったらどうだ、魔術師殿)
 またあの声が聞こえた。どうやらトランプや道具たちには聞こえていないようで、皆熱心に探索を続けている。

「お腹が空いているならカード氏のもとへお戻りなサイ」
 唇だけでデリクは紡いだ。希望という餌を何日も与えられず、力は弱っているはずだ。いつまでも迷宮に留まっていては衰弱し果ててしまうだろう。そうトランプが話していたのを思い出す。
 するとどうだろう。通路の向こう、暗がりの中に影が見える。銀色の体躯に長い尾、猫科の肉食獣を思わせる顔つき。赤い瞳が笑うように細められた。
「アレでございます。逃げ出した獣というのは」
 肩の上でトランプが跳ねて言う。
(捕まえてみるか。……我を)
「えぇ。――そのつもりデス」
 宙で絡む二つの視線、どちらも引かず逸らしもしない。距離僅か2、3メートルほど。飛び掛られては厄介だが、いざとなれば魔術を使えばいい。デリクは瞳に力を乗せ、心を静めながら時を耐える。
 どのくらい時間が経っただろう。トランプたちが固唾を呑んで見守る中、二人の睨み合いは続いた。
(……まぁ良い。お主のような強き光、滅多に見られるものでもなし。今回は我の、……負けじゃ)
 頑固者じゃな、と獣は余計にも言い添え、用意された檻に自ら入ってしまう。おの大きな体躯が収まるのかと思ったが、檻代わりに用意された籠にいたのは銀色の子猫。小さく鳴くと、身体を丸めて眠ってしまった。

「一体どのような「希望」をお持ちになったのですか」
 無事に捕獲を終え、籠をある部屋に戻した後でトランプが訊ねてきた。猫はすやすやと心地良さそうに眠っていて起きる気配はない。
「生きて、存在して、探して、見つける。ありとあらゆるモノを。…普遍的で根源的な希望ですネ」
 生きようとする意志はそれだけで強い力になる。どんな暗闇に道を閉ざされても、最後まで自分の力を信じることができたのなら、それは希望と呼べるのではないだろうか。だがデリクは多くを語らなかった。
 薄く微笑み長い指で眼鏡を軽く押し上ると、デリクは意味深長な言葉で最後を締め括った。
 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3432/デリク・オーロフ/男/31歳】


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■         ライター通信          ■
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ご参加ありがとうございました。
獣捕獲お疲れ様です。少しでもお楽しみ頂ければ幸い。
またのご縁を祈りつつ、失礼致します。