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<東京怪談ノベル(シングル)>


 流すのは涙じゃない! 情熱の結晶よ!
 アルバイト情報誌に滲むは、藤田 あやこ(二十四、無職)の涙。彼女は今話題のネットカフェ難民の生活を送っていた。住んでいたアパートは自分がエルフである事を理由に追い出され、なけなしの数千円と純白のドレスを持って、流れ流れてネットカフェの個室ブースへとやってきていた。
 あやこもネットカフェには足を踏み入れまいと決めていたのだが、住み込みの事務職に面接、面接官に履歴書を渡したところ。
「お嬢ちゃん、経歴詐称はいけないよ?」
 面接官は、義務教育を受けているエルフはいないと判断。学歴の一切を詐称と言い切った。その日は日も暮れていたため、情報を集めるのだと自分に言い聞かせ、ネットカフェへと乗り込んだ。
 面接官の判断が腑に落ちなかった為エルフに肉体交換された人間をどう政府が対応しているのか調べたところ、あやこは驚愕の現実を目の当たりにする。
―日本国憲法 第三万六千九百六十条 エルフと人間の間で肉体交換が発生した場合、互いの経歴を肉体所有者が保持するものとする。
 あやこの口は開いたまま数分間閉じることは無かった。
 要は私の今の学歴はゼロ……。
 そして、コンビニで買ったバイト情報誌を開き現在に至る。あやこは、ネットカフェの店員から借りた赤ペンで学歴不要のバイトにチェックして、横になった。
 その日は周りの客が五月蠅い事もあって、よく眠れなかった。

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 翌日、あやこはジャージ姿でバイトの面接に臨んでいた。面接会場の近くでジャージ上下五百円で売っているのが目に付いて、飛びつくように購入。本人は即働けるようにと、本人なりに考えていたのだが目の前の店長は不満そうに息を吐いた。
「君、ジャージはないだろ。ここはラウンジだよ。ラウンジ」
「はい、一生懸命働かせてもらいます」
「違うだろ! ここは女を見せるとこだろうが! もっと色気のある服装とか無いの!」
 店長の怒鳴り声にあたふたしながら、店長の前でジャージを脱ぎだした。
「ちょっとちょっと! 恥らいがないと、人気でないよ!」
 あやこは動じない。体操着とブルマをジャージの下に着込んでいたからだ。これくらいの恥じらいは自分にもある。確かにネカフェでは下着姿で雑誌をめくっていたが。
 ドレスをバッグから取り出すと、店長は眉を潜めた。
「背中……やけに膨らんでるけど、何が入ってるの?」
「え、いえ。何も?」
 あやこは口をぎこちなく吊り上げて笑うも、店長の眉は寄ったまま。
「それに、耳もとんがってるし。君、エルフか?」
 店長が腕を組んであやこを睨みつける。あやこはドレスを胸にぎゅっと抱いたまま固まってしまった。

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「それで、エルフフェチが多くやってくるウチを紹介されたのね」
 目つきの鋭いホールチーフが眼だけを動かしてパイプ椅子に座るあやこを眺めた。あやこは、秋葉原の喫茶店に来ていた。ただの喫茶店でない事は、店の扉を開く前に察知した。全体的に客層がやたらと脂ぎっていて、生理的に受け付けない。店の雰囲気にやられて、生活云々の前にあやこのモチベーションに湿りが感じられる。
 あやこは俯いたまま、何も言わない。
「うちは接客業よ、眼を見て話しなさい」
「……」
 ぼやいている様だが、チーフの耳には届かない。
「気分切り替えて、ホールではお客様に失礼のない様にね」
 チーフからスクール水着を渡されると、あやこはため息をついた。
 背中に手を回し常時つけているビキニの紐を解く。重力に従ってはらりとビキニがはだけると、慣れた手つきで両手でカップを受け止めた。のろのろとパンツを脱いで足でパンツを放って、スクール水着に足を通す。
 途中、背中の羽が邪魔してどうしても水着を肩まであげられない。これだから、ワンピースは好きになれない。それも、エルフになってからだが……。
 羽を水着の中に押し込むも、すんなりと入ってくれない。水着から左翼が勢いよく飛び出ると、あやこはため息と一緒に。
「何で私が低学歴な人間が集うマニアックな茶店で働くはめに……」
 尻つぼみに声が削がれていったが、チーフの耳に届くには十分だった。あやこが顔をあげると、鬼気迫るチーフの形相が目の前に。
 パンッ!
 休憩室に響く乾いた音。あやこは叩かれた頬を抑えると、チーフはあやこのスクール水着を掴み引き寄せた。
「私は中卒よ! それでも、独学で経済アナリストとしてライターも務めてる」
 あやこの表情が一変。
「学歴だけで教養は測れないの、分かる! ここはマニアックな店だからこそ、人それぞれに趣向があって年齢層幅広い! その度にちゃんと相手を見極めないといけないし、相手の需要に応えてこそ初めてサービスが提供できるのよ」
 まだまだ続く言葉の応酬。
「それにあんたがどれだけ不遇に見舞われてるか分からないけど、私だって負けないわよ。ここにいる皆もそう! でも見せないだけ! 今を戦ってるの! 働くの! 働かないの!」
 あやこは浴びた言葉に一語一句心震える。
(そうか、努力して全員がうまくいく訳じゃなくても、勝ち取った人は皆努力しているんだ)
 あやこの瞳に「萌え」の魂が宿る。
「それに、エルフって不老不死でしょ。気持ち次第でいくらでもやり直せるんじゃないの?」
(そうよ! エルフの私にはいくらでも仕切り直しが出来る!)
「私! ここで頑張って働いて、もう一度学校に行こうと思います!」
 チーフの表情が柔らかくなり、あやこの肩を叩いた。
「思います。じゃなくて?」
「行きます!」
 あやこの宣言にチーフは笑顔でうんうんと二度頷く。
「あなたには三種の神器を託します。ここで懸命に働いてらっしゃい」
「三種の神器……ですか」
 きょとんとするあやこの肩を組んで、先輩は三点の衣装を指差した。
「セーラー、体操着、水着の三神よ!」
「ッグゥ!」
 あやこは噴出すのを堪えて神をじっと見つめた。やばい、ここは神が身近に三つもいる。
でも、このマジカルクロスを羽織れば私も神様!
 ハンガーに手をかけて、ブルマを履く。両手の人差し指をブルマに入れて恥じらいを整えると、次にセーラーを手に取る。
 紺のきわどいミニに足を通してスカートのホックをかけると、腰の横にスカートを回す。ハイソックスを膝まであげ、つま先を伸ばしてハイソックスの長さを揃える。そして鏡でタイが歪んでいないか微妙に調節。
 目の前のあやこは誰が見ても女子高生、今からでも学校へと向かいたいとはやる気持ちを胸に手を当てていさめる。
「よっし!」
 準備完了、女子高生あやこが生まれる。鏡中のあやこがチャームポイントのエルフ耳でいってらっしゃいと自分の背中を押してくれる。
 ステージへ通じるドアに向かうと、張り紙には「あなたの未来をステージに映し出せ!」と書かれている。
「私の未来……」
 ドアノブを握り締めて、思い描く。
 エルフとして、生を全うすること。その生に涙はいらない。
「エルフあやこ! 萌え萌えでいっきま〜す!」
 ドアを開けて、光の下へ歩む。
 あやこの萌えは始まったばかり。だが、あやこの萌えには昨日のような影は一点もない。
 いけ、あやこ!
 お前の萌えは始まったばかりだ!

                          【了】