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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


草間兄妹の海水浴 2007 1日目

 猛暑厳しい東京。
 ヒートアイランド現象はよく聞く話。さらに、クールビスなんてものもできあがる。
 熱中症で倒れ病院に運ばれる人も多数いれば、少しだけ涼しくなった夕方のビールがうまいと喜ぶ人がいる。
 年々暑くなるわけだが、やることと言えば、自分がいかに充実した日々を送るだけ。

 堅苦しいことはそのくらいにして……。
 草間興信所では、大きな仕事も一応の解決をすませ、少し余裕のある日々を過ごしていたのだが……
「クーラーが壊れた」
 だらしなく、肌着とパンツ姿に団扇をあおぎ、たらいに冷やした水を張って、足をつけている草間武彦がいた。
「修理に時間がかかるそうです。たぶん業者さんは買い換えをおすすめするかもしれませんよ?」
 夏服になった草間零が、兄にむけて団扇を扇いでいた。
 零自体は、霊鬼兵という人造であるため、こういった暑さ寒さなどに耐えることが可能である。
 しかし、兄のこのだらしない姿に、暑さが伝染しており、服のボタンなどをはずして、たまには自分に団扇を扇いでいた。

 零が、すこしカレンダーをみる。
 すでに8月がくるようだ。
 去年、梅雨が明けたときは大変なことがあったけど、あの場所は大丈夫なのだろうか?
「ねえ、兄さん。」
「なんだ?」
「海水浴いきませんか? 深淵に。」
「ああ、そういう時期になったな。」
 草間は、デスクに顔尾を突っ伏し、力無く答えた。
 数分の沈黙から、ふらふらと立ち上がる草間は、電話をどこかにかけている。
「……あ、草間武彦だ。何人になるかよくわからないが、そっちで二泊三日、泊まるぞ? いいか? ふむ。よし。」
 その草間の言葉に、零は頭の中で、どんな水着着ていこうかなと考えていた。
「じゃ、支度しちゃいましょう。」
 零は、鼻歌交じりで、準備に取りかかるのであった。

 草間はまだ暑さに負けてだらしないままだが、元気な妹の姿をみては、心の中ではほほえんでいた。
 夏は思いっきり遊ぶ。それがいいじゃないか、と。



〈アリスと撫子。そして〉
 織田義明邸の居間。
 そこで、金髪の中学生程度の少女が正座して、玉露を飲んでいた。
 20歳以上でも28歳未満の青年が、この不可思議な空間を持っていることにを気にしない。自分の世界でも同じだから。アリス・ルシファールは別の世界の平行世界を守る側の人間なのだ。あそこの世界ではエリートの魔技。この世界のようなシステムは若干違っているが、根本的なところは似ている。
 天薙撫子がやってきた。
「お待たせしました。アリス様。」
「いえいえ。」
 少し緊張する雰囲気だと思ったが、そうでもなく、談笑する。
「どういったお話で?」
「えっと。去年に深淵という海水浴場の危機を救いまして。でも、忙しい記憶しかないから、そこで親しくなった方々と遊びたいなと思ったのです。」
「ほほう。」
「撫子さんも一緒に行きませんか?」
 誘いの言葉であった。
「もちろん行きましょう。わたくしも、良く向かっていたのですよ。」
「義明さんと、ですか?」
 アリスは尋ねると、撫子は少し頬を染めて頷いた。
 約束を取り付けたことで、アリスは
「では当日に。」
 と、家を去る。
 ここでは単純な打ち合わせで撫子が、彼女の保護者として行く形になるようだ。アリスはまだ本当に色恋沙汰を知らないが、義明と撫子の中に割り込むのを控えているようである。
 夕食。
 撫子の手作り和食で、二人は食事を楽しむ。TVからはちょっとおもしろいドラマも終わり、天気予報が流れている。
「え? 深淵?」
「なので行きましょう? いいでしょ? 義明さん。」
「あ、まあ、撫子が言うなら。うん。」
「一緒にゆっくりしましょう。ね?」
 撫子の言葉は、ちょっと甘えている感じの口調であった。
 そんな可愛い声を出されると、さすがの神の一柱の影斬も断れない。
「分かった、行こう。」
 影斬もあの海水浴場を気に入っているのである。


〈奇遇か必然〉
 シュラインと零は、ショッピングモールに居た。色々な買い出しのためである。有る程度の必需品の購入は終え、いまでは楽しみな水着選びであった。
「水着はどうしようかなぁ? お姉さん此はどうでしょうか?」
 やはり零は、可愛い物が好きらしい。でもビキニはどうなんだろうかと思うが、彼女はもうちょっと女の子らしくしたいらしい。
「似合いそうね。」
 それでも、デザインからして似合うとおもう。
 スク水より天と地のさほど違うわけで。
 たぶん、自分も一泳ぎする可能性もあるので、シュラインも水着売り場で唸るわけであるが、いっこうに決まらない。結局は保護者として居ることが多いので、考えてみれば、自分のためにどうするという考えはなかった事に気が付いたわけだ。幸い、感性と自分の好みにあった物を選ぶ事が出来た。
 レジに向かうところ、
「今は、どうなっているのでしょうか?」
 零は思い出す。
「そうねぇ。平和で有ればいいことなんだけど。」
 去年は大事件のために、ゆっくり出来るわけではなかった。
 海の悪魔と空鯨の戦い。勝ちを得たが、この一年どうなっているだろう? と、考えるわけである。
「あ、シュラインさんに零さん!」
 因幡恵美の声がした。
「あ、こんにちは。買い物ですか?」
「はい、遮那君と。」
 後ろにたくさんの荷物を抱えている奉丈遮那が居た。
「どうも、シュラインさん、お久しぶりです。」
「はい、お久しぶりね。一緒に買い物は楽しい?」
「は、はい。」
 男の人が買い物の荷物持ちになるのは必定なのか? とシュラインと遮那は思ったが、
「あ、皆さんこんにちは〜。」
 明るい声がする。
 カジュアルTシャツにミニスカな長谷茜であった。後ろにはこれでもかと荷物持ちをしている皇騎が居る。
「ああ、やっぱりか。」
 シュラインはつぶやくのであった。
「あ、皆。おそろいで?」
「皆様こんにちは。」
 お互い分けて荷物を持っている、織田義明と天薙撫子。こっちのほうが貴重種かもしれない。
「ああ、撫子さんです〜!」
 と、撫子に駆けよってくるのは、10m先からの内藤祐子だった。
「こら待ちなさい! みんな、こんにちは。」
 明日菜が買い物の荷物を持っている。
 祐子は撫子に抱きついて、猫か犬のようになついている。
「何か嬉しいですが、困ったことですね。」
 苦笑する撫子だが、まあ、悪い気はしない。
「みなさん、お久しぶりです。」
 最後にはアリスが一人、このグループにやってきた。
「偶然とか奇遇か必然といったところなのか?」
 影斬が笑う。
「奇遇ですねー。」
「ですねー。」
 わいわいと、皆の会話が弾む。
「で、女性陣は、待望の水着を買うために集まったのでした!」
 と、祐子は撫子に抱きついたまま、にこやかに宣言するのである。
「殿方にもチョイスしてもらい、好感度ゲット、なのです!」
 それにしても、この祐子ノリノリであった。雰囲気酔いであろうか?
 驚き慌てそうなのは、遮那に皇騎である。いや、まじで。
 影斬は、冷静を保っているようにみえるが……はたして?
「うーん、じゃあ、こうしましょう。一度休憩で軽食を取ってから皆でゆっくり回らない?」
 シュラインが提案した。
 異論はなく、そこでも女の子達ははしゃいでいた。
 脇に置かれるのは男性陣。
「ああ、凄いことになっているね。」
「楽しみがあるとそう言うことになるだろう。奉丈。」
「織田さん。なんか、汗でてますよ。」
「いや、外が暑いからだ。」
 遠くを見る。
 何かあったのか? と遮那は首をかしげる。
「宮小路さん、青ざめているし。」
「じつは、まあ、仕事でちょっと疲れが、ね。」
 其れは事実である。
 準備のあとは、草間との打ち合わせ。そのあとにじっくり体力を回復するつもりだろう。

 これも、平穏な日々なのだ。


〈バスじゃなく〉
 バスより、ワゴン2台を借りて向かうことに決まった。
 マイクロバスでは少し乗り心地が悪い。それなりに快適な旅をしたかった草間の判断だった。もし、15人以上ならばバスがよいと判断したが、今回参加者は少人数だから、とか色々な理由だったそうだ(何割かは、たいしたことはない理屈だけだが)。
「どうも、帰省か夏の祭典で疲れたのかな?」
 と、影斬がつぶやいた。
 誰も夏の祭典は何だよと突っ込まない。
 ま、それはよりも、こういう有志だけでわいわいするのは嫌いじゃない。
 皇騎は交代要員で、影斬と草間が運転をすることになった。
「何時の間に取ったのですか?」
 遮那が尋ねる。
「私が毎日、縁側で茶をすすっているだけと思うか?」
「思う。」
 全員から言われる。
「……。」
 影斬は言葉を返せなかった。

 ライダースーツに身を包んだ明日菜が、草間に大きなビールケースを渡す。
「お、これってドイルビールじゃないか?」
「飲酒しないようにね?」
 明日菜が言う。
「やんねーよ。」
 草間が、むっとするが、
「着いたら、此飲もう。」
「いいだろう。此は旨そうだ。」
 ちょっと楽しみになる。
「では、荷物入れた? 問題ないわね?」
 シュラインが取り仕切る。
 思い思いに人が乗り、車2台が発車する。
 それに続いて、明日菜のバイクがかっこいいエンジン音とともに走っていった。
 此と言った、トラブルもなく、深淵海水浴場にたどり着いたのであった。


〈驚くべき遭遇〉
 深淵海水浴場に着く。
「わあ、きれい〜!」
「祐子から聞いていたけどこれほどきれいとはね。」
 かつての白浜のように、真っ白な浜。澄んだきれいな蒼が天と地を染めている。海猫が鳴いて、東京にはない、心地よい潮風が、皆の頬をなでるのである。
「では、挨拶しましょう。」
 シュラインが、ごめんくださいと、深淵の玄関を開ける。
 そこで一瞬固まった。
 目の前には小さな女の子。
「ようこそ、おいでくださいましたきゅい。」
 目の前には、あの空鯨が着物姿でお出迎えをしていたのだ。
「えっと、夏江さんたちは?」
「今は用事で、おでかけしてますきゅい。なので、私がお手伝いをするのですきゅい。」
 と、答える空鯨。
「いやいやいや、そう言う事じゃないだろう。」
 状況がよく分からない。
「夏風邪で倒れているあけではないので、皆さんが来られると言うことで、色々準備のために家族総出の買い出しのようですきゅい。」
 なるほどと、去年の事件を体験した人には理解できた。
「じゃ、荷物は武彦さん達が持っていくから、お部屋案内戴こうかしら?」
 シュラインは、空鯨に言った。
「きゅい♪」
 空鯨はニコニコと、皆を案内していく。
 さすが、この異界の界王。この宿についても詳しい。たまにどこでもないところで転けるのは、愛嬌でフォローである。
「撫子。あの子は?」
「空鯨様ですよ。アリス様から聞きました。」
「ふむ……。私はあの翼を持った鯨しか見たことがなかった。」
「わたくしもです。なんと、可愛いことでしょう。」
 義明と撫子は、微笑んで、空鯨のがんばりを見ていた。
「ああ、かわいいなぁ。ぎゅー、したいなー。」
 脳天気なのは祐子だけ。
 アリスは、空鯨と一緒に、笑顔で雑談するほど仲がよかった。

 そして、各々荷物を置いて、休憩してから、この旅館の家族達に出会い雑談をし、夕食までの時間を自由に過ごすのであった。


〈撫子の散歩〉
 部屋で茶を飲んでいる影斬に撫子が声をかけた。
「義明さん、散歩しませんか?」
「そ、そうだね。」
 純白のワンピース姿の撫子を見て、影斬は驚く。
「どうかしましたか?」
「いや、ワンピース姿の撫子は珍しいから。」
「似合わないのでしょうか?」
 ちょっと、不安な顔になる。
「いや、きれいだよ。」
「よかった、嬉しい。」
 微笑む撫子。
 影斬はやおら立ち上がり、手をつないで外に出る。

 あちこちに、一緒に来た人たちが思い思いに散歩をしている。水を掛け合って遊んでいたり、たんに砂浜に腰掛け、会話をしていたり、と様々だ。
 夕日がきれいに海と空をあかね色に染める。
「きれいな夕日。」
 まぶしそうに撫子は言う。
 影斬は、その彼女姿がまぶしく感じていた。
「撫子。誘ってくれてありがとう。」
「いえいえ、アリス様や草間様のお誘いがなければ、こうして居られなかったと思います。お礼は、あのお二人でしょう。」
「そうだな。でも、」
「?」
 撫子は影斬を見つめる。
 影斬は、少し照れているのか頭をかいて、
「いや、この3日は楽しもう。重苦しいことは考えずに。」
 と、言うだけ。
「はい。」
 何を言いたかったのか、何となく分かる。しかし、撫子は微笑み、影斬の腕を抱き、寄り添うように歩いていった。


〈夕食〉
 時間になって、皆が集まってきた。かなり見知った顔なので、気兼ねすることもなく、皆は会話を楽しんでいる。ちょうど、この宿の主と女中達がやってきて、
「毎年来てくださりありがとうございます。」
 と、礼を言うのであった。
「草間さんには去年救って頂いたことと、今回の来訪に感謝して、ごちそうを用意しておりました、どうぞ、お召し上がりください。」
「ああ、ありがとう。旨そうだ。」
 草間はわくわくしながら、長テーブルにのせられている料理を見ている。
 食い意地が張っていなくても、色々食べたくなるほどの海の幸山の幸がある。選べないかもしれないほどだ。
「では、ジュースとビールをつぎますか。」
 シュライン達女性陣が、率先してコップに飲み物を満たしていく。
「では、深淵旅館の女将さんと、草間さん、夏を楽しむこの場所に感謝して、乾杯!」
 そこからは、色々な雑談で盛り上がるのであった。
 撫子はアリスに聞きそびれていた去年の事件を尋ねたり、草間とシュラインと明日菜、撫子はドイツビールと、この旅館のごちそうを楽しんだりしていた。遮那と恵美、茜と皇騎は二人の世界に入っているかのように、仲むつまじく食べている。祐子もアリスになついて、ちょっとお姉さん気取りをしているかんじが、彼女を知る者にとって微笑ましい光景だった。
 べつだん、羽目を外す物もなく、一発芸なのか、手品をするのは影斬。カラオケで盛り上がる女性陣。と、和やかなムードで夕食は終わったのであった。
 それから、順序よく風呂に入って、疲れを癒し、夜空のきれいな星々をみながら、皆こう思ったのである。
「きれいな夜。この夜は……、私たちの日常にないけど、その日常に忘れていった物かもしれない。」
と。


「なあ、シュライン、零、肝試しも釣りもしたけど2日間は何が良いか?」
 まだ、ここでのバカンスは始まったばかり、草間は、2日目は何をしようか、わくわくしながら考えていたのであった。


2日目に続く

■登場人物
【0086 シュライン・エマ 26 女 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【0328 天薙・撫子 18 女 大学生・巫女・天位覚醒者】
【0461 宮小路・皇騎 20 男 大学生・財閥御曹司】
【0506 奉丈・遮那 17 男 占い師】
【2922 隠岐・明日菜 26 女 何でも屋】
【3670 内藤・祐子 22 女 迷子の予言者】
【6047 アリス・ルシファール 13 女 時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】


■ライター通信
 滝照直樹です
 このたび、「草間兄妹の海水浴」に参加してくださり、ありがとうございます。
 今回はのんびりと、本当にゆったりとした時間を過ごす気持ちで描写していますが、如何でしたでしょうか? まあ、なにかいつも居たはずなんですが、割り込める隙がなかった模様で、その何かがでていない、珍しいノベルとなりました。
 2話からは、ちょっと皆さんで遊ぶお話になると思います。昼か夜かでそのイベントが変わりますが、皆さんが楽しめるようなイベントを考えて頂くとありがたいです。

 では、今回は此にて。2日目にお会いしましょう。

 滝照直樹
 20070806