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まほろば島への招待! 〜一日目〜
「べ、勉強……?」
顔を引きつらせるサンタ娘・ステラは目の前に座る少年と少女を見遣った。
「そう! 色んな人に会って、色々勉強したいわけ。ステラっていうサンタに会えば、奇天烈なこととか面白いことになるって聞いてさ!」
「…………」
ひどい言われようだ。
せっかく今年は罰ゲームなしで平穏無事に過ごせると思っていたのに……。
(そういうのは草間さんとことか、雫ちゃんとこに行ったほうがいいと思うんですけどねぇ……)
なんてことを思ってはいたが、口には出さない。
「すみませんけど、わたし、お出かけする用事があるんですよねぇ。三泊四日で、ある島に行ってバカンスを満喫するんですぅ」
「ばかんす? 島?」
ヒコボシが瞳をきらきらさせ、身を乗り出してくる。
「はい。『まほろば島』というところですぅ。短期間だけ出現する島なんです。人口は……100人にも満たないほど。小さな島なんですよ。
旅館も無料ですし、料理は美味しいし、海は綺麗だし、お祭りもあるし! もうほんと、色々飽きない島なわけです!」
えっへんと胸を張るステラは双子に背中を向け、せっせとサンタ袋に衣服や水着を入れていく。
そんなステラの背中を見て、双子は顔を見合わせた。
「どうするの……ヒコボシ」
「そりゃ、ついて行くに決まってるじゃないか!
ねえステラ! 一緒に行きたいっ!」
「はあっ!?」
ステラが仰天して振り向く。
「あの、でも……」
「大勢で行ったほうが楽しいはずだよ! ね!?」
「……そ、それはそうかもですけど……」
「じゃあ決まり! ステラの友達とか呼ぼうよ! 色んな人呼んでさ! 独り占めはよくない!」
「え……えぇ〜」
情けない声を出すステラを、オリヒメは哀れそうに見ていた。
***
初瀬日和が目を覚ましたのは、そこに到着してからだった。
旅館の前に停車した古めかしいバスの中、どうやら眠っていたらしい自分は、他の乗客が降りてから運転手に起こされたらしい。
慌てて荷物を持って旅館に入る。
「いらっしゃいませ〜」
遅れて入った日和を出迎えたのは、人間ではなかった。
狐だ。人の大きさの、二本足で歩く狐たち。全員着物姿だ。
「我らが自慢の、『旅館・ひもろぎ』へようこそ〜」
部屋に案内されて、日和は荷物を降ろした。
窓をあけて、外を眺める。綺麗だ。海が見える。すぐ近くだ。
旅館から伸びる細い道を歩く人たちが見えた。全員水着姿をしている。
(仲居さんが説明してた道はあれなんですね)
海に行く人はあの道を真っ直ぐ行けば、辿り着くらしい。さほど歩くこともないので、確かに着替えて行ったほうがいいだろう。
今年の海にはちょっと障害があって、と仲居さんは言っていた。
(プールもあるって言ってましたけど)
窓枠に手をついて、日和は歩いていく人たちを眺める。海のほうは賑わっているというよりは、悲鳴のようなものと、ドン! と軽い爆発音がしている……。ばくはつ?
「……夏風邪が治ったばかりですし、海は遠慮しておけって言われたんでしたね……」
小さく呟いて、日和は空を見上げる。都会では見られない、澄んだ綺麗な青空だ。
そうだ、と日和は思い出す。
島にはのんびりと暮らす猫がいるらしい。と、よく聞く。散歩がてらに、探しに行くのもいいだろう。
**
ノースリーブのチャイナブラウス。巻きスカート。
お洒落をして散歩をする日和は、きちんと日焼け止めクリームを塗るのも忘れない。日傘があっても夏の日差しはかなり強い。
サンダルを履いている足もとを見下ろす。影が濃いような気さえする。
のどかな景色を眺めつつ歩く日和。南国とは言いがたいが、田舎の夏休みという感じがして、なんだか落ち着く。
「あ。この通りには家があるんですね」
大きな通りに面する形で家屋が並んでいる。一直線の大きなその道を、日和は進んだ。
行き交う人たちは人間の姿をしている者もいれば、半透明、ヒトではない姿をしている者もいる。
それぞれみな、のんびりと歩いている。
「お店もあるんですね」
軒先に長椅子を出しているところを見つけ、日和は「へぇ」と思いつつそちらに近寄っていき……思わず足を止めた。
店に飾ってある風鈴を見上げている人物が目に入ったのである。黒髪と、片目だけ色が違う少年の姿が。
日和の胸が、知らず、ときめいてしまう。
(か、和彦、さん……)
以前会った時と何も変わらない。彼は風鈴を見つめていた視線を日和に向ける。
「あ」
つい、小さな声を洩らす。日和は慌ててぎゅうっと傘の柄を握った。
「あ、あの、お久しぶりです……」
「久しぶり」
彼は微笑んだ。戸惑う日和の心情とは違い、和彦は落ち着いたものである。
日和はどぎまぎしながら近づいていく。
「こんな所で会えるとは思いませんでした、和彦さん……」
「俺もだ。変な双子に誘われて仕方なく来たんだが……。一人か?」
「は、はい」
こくこくと激しく頷くと、和彦は目を少しだけ細めて「そう」と呟いた。
風が吹き、風鈴が小さく鳴った。
*
日和は和彦と一緒にのんびり散歩をすることになった。なぜこんなことになってしまったのかわからない。ただわかっているのは……。
(ど、どうしよう……すごくどきどきします……)
横を歩く和彦を見上げる。彼は本当に、変わらない。
以前のままの美貌だ。男のくせに、綺麗すぎる。
「日和さんはどうして散歩を?」
「へぇっ!?」
唐突に尋ねられたため、反応がおかしくなった。そんな日和の態度に和彦は小さく笑う。
「別にとって食ったりしないぞ、俺は」
「あ、いえ、別に警戒しているわけではないんです。
わ、私は……あの、ちょっと練習やら色んなことを忘れてのんびりしようと思って……」
「確かに時には休むことも大事だな」
「風邪が治ったばかりで海に入るのは心もとないので、お散歩していたんです……」
真っ赤になって俯く日和に気づかず、和彦は前を向いたまま歩いている。ただ歩幅は日和に合わせていた。
「風邪か……それは大変だった。大事無いならいいんだが」
「だ、だいじないです。はい」
ああ、どうしよう。猫じゃなくて和彦さんを見つけちゃうなんて……。
(こ、幸運なんでしょうか……それとも?)
素敵な男の子がいればどきどきするのは当たり前だ。魅力的な和彦なら、仕方ないことといえる。
でも、でも!
(私にはちゃんと好きな人がいるわけで……!)
だったらこの胸のどきどきは一体なんなんだ???
(いえ、だってそれは和彦さんが素敵な人だからで、深い意味はないです……ないはずです!)
自分に言い聞かせる日和はもう一度和彦を見上げた。色違いの桃色の瞳が見える。
自分の好きな人とは、正反対の人、だ。
「散歩して何かいいものは見つかったか?」
「へっ?」
考え事をしている最中に声をかけられてしまい、日和はまたもおかしな声を出してしまう。そもそも考え事をしながら一緒に歩いている自分が悪いのだが、それでも心が揺れてしまうのだから仕方ない。
和彦の言葉を頭の中で反芻し、それから口を開く。
「いえ、特には」
「そうか。何か探しに来た、というわけではないんだよな。散歩だし」
「あ、猫を探していたんです」
「ねこ?」
和彦がこちらを見下ろす。互いの視線がかち合った。途端、彼はぐっと言葉を呑み込むような仕草をし、視線を逸らした。
今の態度はなんだろうかと日和は思いつつ、頷く。
「島にはのんびり暮らす猫がいるって、よく聞くので」
「……そうかな。島に限らず、落ち着ける場所なら猫はのんびり過ごしているんじゃないか?」
「そうかもしれません」
「とはいえ、ここは普通の島じゃない。普通の猫がいるかどうか怪しいな」
「そうですね」
「とりあえず、のんびり歩くか」
「……はい」
小さな声で応えると、和彦は小さく笑った。
二人はゆっくりと歩いていく。ちょうど海が見えた。砂浜からは悲鳴があがっており、爆発音が響く。
「なんだか賑やかだな」
「そうですね。なんだか、楽しそうです」
海に入れないのがなんだか悔しい。あ、あっちに海の家もある。
日和は海からの風になびく自身の髪を直しながら、和彦に笑いかけた。
「和彦さんも泳げばいいのに」
「うーん……。俺、あまり海で遊ぶのは得意じゃないんだ」
「えっ? そうなんですか!?」
意外だ。なんでもできそうなのに。
まじまじと日和に見られ、和彦はやりにくそうに肩をすくめる。
「水中で戦う訓練はしているが、『遊ぶ』ということは一度もないからな。潜るのは得意だぞ」
「…………」
あまりに真面目な顔で言うので、日和は吹き出してしまう。くすくす笑う日和を、和彦は不思議そうに見つめた。
「なんだか、和彦さんらしいなって、思って……」
「そ、そうか……? んー、でも、ちょっと残念かもしれない」
「何がですか?」
「日和さんの水着姿、ちょっと見たかった」
照れ笑いをして言う彼は、とても可愛らしい。思わず日傘を落としてしまう。
頬を染めたまま唖然としている日和に驚き、和彦は慌てて弁解した。
「あ、べ、別にいやらしい意味で言ったわけじゃないんだ。単純に、いつもと違う格好を見たかったというか……。いや、俺も男だからそういう視点がないわけではないんだが……本当に単に、見てみたいなと思っただけなんだ」
「わ、わかってますよ!」
「え。あ、ならいいんだが……。すまないな、驚かせたみたいで」
申し訳なさそうに言いつつ日傘を拾って渡してくる和彦に、日和は心底驚いてしまう。時にはストレートに思ったことを口にするが、やましい気持ちがあまりないというのは珍しい。
(……でも、でも和彦さんだって……やっぱり、その……)
ちら、と砂浜へと視線を動かす。遠目ではあるが、水着姿の女性が数名見えた。
日和は自分の胸元をなるべく自然に見る。やはり、お世辞にも大きいとはいえない。胸の大小にこだわるほうではないが、気になってしまうのは乙女心というものだろう。
水着姿になるとすればやはり自分のプロポーションは気にしてしまう。可愛い水着があっても、自分に似合うか否か、もしくは自分の身体のサイズに合うかどうかで左右されてしまう。可愛くても諦めるしかないことだって、あるのだ。
「じゃ、そろそろ戻ろうか。別の道を通って宿に戻ればいいと思うんだが、どうだろう?」
「はい。お任せします」
歩き出した和彦に日和はついて行く。
この人は私のことをどう思っているんだろう? 仲の良い女の子? それとも……。
世の中、綺麗なことだけでは済まない。日和はそれを痛感している。彼と同じ、遠逆の少女とのやり取りで、だ。
「…………」
和彦の背中を見つつ、日和は胸の奥底がもやもやすることに気づいた。
彼氏に対する後ろめたさではない。彼氏のことは好きだ。一緒にいて安心する。けれど、違うのだ。
和彦と一緒に居る時の穏やかな気持ちとは違う。ドキリとするような、心臓に負担をかける仕草を見た時など……迷ってしまう。
(……いつか和彦さんにも恋人ができるんでしょうね……)
やだな、と思ってしまった。自分以外の女の子とこんな風に過ごされたら、と想像すると……。
頭を振ってその考えを追い払う。せっかく二人での散策なのだし、今を楽しめばいいのだ。
「あ、猫だ」
和彦の言葉に日和は思わず「えっ!」と声を出し、「どこですか!?」と身を乗り出した。
「あそこ」
彼の指差す先には猫がいる。白に茶色の模様の猫だ。尻尾が二つあるところは、目を瞑ったほうがいいだろう。
「ふにゃ」
と、一声鳴くなり、猫は軽やかに駆けていってしまう。
和彦は嘆息した。
「……やはりな。俺は動物に嫌われるから」
「そんなことないですよ」
「いや、俺が苦手なんだ。最近本当に実感している」
眉をさげる彼を見て、日和は再び小さく吹き出した。
「さ、和彦さん行きましょう! せっかくですから島を一周しましょう」
「一周してたら随分時間がかかってしまうぞ」
冗談で言ったのに律儀に返してくる和彦である。日和はその言葉に笑い声を洩らした。
平和で、穏やかな島だ。たった三日間だけど、満喫しよう――!
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
NPC
【ヒコボシ(ひこぼし)/女/外見年齢10/星の導き手】
【オチヒメ(おりひめ)/男/外見年齢10/星の導き手】
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/退魔士】
【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
和彦と共に島を散策していただきました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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