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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


BLUE FANG

 彼の人は蒼い月の下でこう言った。
 『いつまでも逃げてても仕方ないから』……と。
 その強さは一体どこから来るのだろう。
 一人であんなに傷を抱えて、それでもどうして笑っていられるのだろう……。

「………」
 氷室 浩介(ひむろ・こうすけ)は、自宅のアパートで寝転がりながら、ずっと携帯の画面を睨んだまま黙り込んでいた。
 それは仕事のメールではない。
 ある日ナイトホークから突然やって来た、一通のメールだ。それは、ある研究所などに関する情報提供を求めるメールで、静かながらも何かの決意を帯びたような文面だった。
「薄情者め。あれから何日経ったと思っておる?」
 居候の辰海 蒼磨(たつみ・そうま)には、そのメールは知られている。仕事のメールかと思って、うっかり目の前で開いてしまったのが間違いだった。
「………」
 浩介は何も答えない。
 メールに返事はしたかった。だが、何を言っていいのかが分からなかった。
 下手な慰めでも、同情でもなく、自分は一体何を言えば良かったのだろう。上手く返事を出来ないまま、結局今まで返事を伸ばしてしまい、出すタイミングを掴み損ねてしまった。かといって、メールを消して忘れてしまう事も出来ない。
 そんな浩介に、蒼磨は小さく溜息をつく。
「お主がそんな薄情だとは、わしは思っていなかったが」
 薄情。
 そう言われ、反論することも出来ずに浩介は持っていた携帯を閉じポケットに突っ込んだ。そしてむすっとしたまま蒼磨に背を向ける。
「俺が持ってる情報なんてほんの僅かだし、もう他の誰かからナイトホークさんの耳に入ってるよ」
 研究所に関して、浩介も知っていることがあった。汚職事件に関わった政治家の人体発火事件を追っていて、たまたまそこに足を踏み入れてしまった。だが、その話はきっと誰かがナイトホークに話しているだろう。それこそ今更な話だ。
 自分に出来ることなど何があるのだろう。そう思うと、ますます苛立ちが募る。
「そういう問題ではあるまい?」
「うっせぇな!」
 全てを見透かしているような、蒼磨の海の底のように深い青が浩介の癇に障る。
 知っている。自分が苛立っているのは、単なるわがままだ。本当は力になりたくて……でも、そうすることに不安があって。
 迂闊に手を出して怪我をしたり危険な目に遭ったりするのは怖くない。
 元々そんな事は高校の頃にやっていた。命がけのチキンレースで海に転落し、九死に一生だって得た。拾った命なのだから、誰かの為に使うのだって一興だ。
 そんな事を思っていると、蒼磨が凛とした声でこう言った。
「力に呑まるるを恐れて、助勢を言い出せぬか?」
「………!」
 がばっと起きあがり、思わず蒼磨を睨み付ける。すると見せている右目だけがすっと細まった。
「図星か?」
「うっせぇ……何でもかんでも見抜きやがって」
「伊達にお主より長生きしてないのでな」
 蒼磨には浩介の恐れが分かっていた。浩介と同化している蒼磨の竜玉は、その震えるような恐れを敏感に察知する。微かな決意、そして恐怖。
 ガシガシと頭を掻き、浩介はぼそっとこう言った。
「怖いんだよ。協力するのは簡単だけど、何かあったときに自分が暴走して、ナイトホークさんの迷惑になったらって。もしかしたら、俺のせいでナイトホークさんを奴らの手に渡すことになっかもしんねぇし」
 発動しているときの記憶はうっすらとしか残らないが、浩介は自分が生命の危機に陥ると、無意識に暴走してしまう事が分かっていた。だから、怖かった。
 人を殺すことに何の躊躇もない人間を相手にするのに、それは絶対に避けられない。もしかしたら自分が致命傷に陥るかも知れないし、その時暴走してナイトホークを傷つけないという確信はない。
「………」
 ぷい……とそっぽを向くと、蒼磨はその青い瞳を少し伏せた。
「ならば、何故そうならないようにしようとは思わぬ?内藤殿は『いつまでも逃げてても仕方ない』と言ったのに、お主は恐れて逃げてばかりではないか」
「だったら、どうしたらいいんだよ」
 苛立ちを含みつつ蒼磨を睨むと、そのまます……と立ち上がり、玄関を指さす。
「出るぞ。お主が逃げ出せないように、わしが背中を押してやろう」

 外は台風の前で、妙に辺りがシンとしていた。
 嵐の前の静けさとでも言うのだろうか……いつもは聞こえる街の音が、何か大きな物にかき消されてしまったようだ。
「どこに行くんだよ」
 自分の前を、長い髪をなびかせて歩く蒼磨は何も答えない。ただ無言で進んでいくだけだ。
 やがて着いたのは、人気のない林の中だった。そこで初めて蒼磨が浩介に振り返る。
「何やるつもりだ」
「背中を押してやると言うたであろう。暴走して傷つけるのが怖いのであれば、そうならぬよう力を上手く扱うことだ」
 一瞬、浩介は蒼磨が何を言っているのか分からなかった。だがそんな事を気にせずに、蒼磨は淡々と言葉を続ける。
「致命傷を防ぐ方法は、人の意識を保ったままで暴走時の力を使いこなす事だ。それが出来れば、お主も一歩踏み出せる、そうではないか?」
 そんな事は分かっている。それが出来ないから……そう思った刹那。
「行くぞ!」
「なっ……!」
 蒼磨が腰に下げていた竹筒から、突然水の刃が出た。それが頬をかすり、微かに血をにじませる。本気で当てに来たわけではない。だがそれは、自分はいつでも浩介を倒せるという自信があってこその攻撃だ。
「次は本気で行くぞ。上手く扱えねば、暴走して大変なことになるであろうな……だが、わしも容赦はせん。そうでなければ、特訓にならぬ」
 ゴウッ……と音を立て林が鳴る。
 楽しげに頬笑む蒼磨を見て、浩介は奥歯を噛みしめた。蒼磨は本気だ。ここで油断したらきっと自分は暴走してしまうだろう。
 だが……ここで上手く力を操れるようになれば、恐れていた自分から前へ進めるようになる気がする。
 逃げていたって仕方がない。
 それはナイトホークの言葉だが、浩介にとっても同じだ。一番恐れているのは、ナイトホークのはずなのに、それに気付かぬ振りをしていた。
「うおりゃああっ!」
 拳を握りしめ、浩介は蒼磨に殴りかかる。とにかく自分は前に進むしかない。
「甘いな。お主は猪か」
 涼しげな表情で、蒼磨はそれをすっとかわした。蒼磨が操るのは水の力……それは霧にもなれば氷にもなる変幻自在の力だ。徒手空拳の浩介からすると、戦いづらい相手だろう。
 本気を出さねば意味がない。
 浩介が致命傷に陥るほど、死線ぎりぎりの攻撃を繰り出さねばならない。今までの浩介の力であれば、並みの人間であれば大抵を倒すことが出来る。だが、それではダメなのだ。
 誰かを守り、戦う力。
 その為に必要なのは……。
「畜生!」
 浩介も伊達に喧嘩慣れしていない。かわされたその足で蒼磨に向き直り、今度はフェイントを使い足払いをかけようとする。それを蒼磨は水の鞭で逆に取った。
「甘いと言ったであろう!お主は一人で戦っている気か?」
「何?」
 ポツ……ポツ……。
 強い雨が降り始め、遠雷が響いてきた。風は更に勢いを増し、不安げに林を鳴らす。
「一人で戦うのではない、お主は内藤殿を守るのではないのか?」
 その、風の音も貫くような凛とした言葉に、浩介は言い返すことが出来ない。
 そうだ。今までは一人で戦ってきた。
 意地を張ってケンカをしたときだって、何かを守ったりするわけではなく、自分の面子で拳を振り上げた。
 だが今から飛び込もうとしているのは、守るための戦いだ。自分を守り、ナイトホークも守る。その為に力を制御しなければ。
 顔に当たる雨粒を、浩介は手の甲で拭う。
「来い!立ち向かってやるぜ」
 やっといい目になったか。
 浩介はこうでなければ。自分の竜玉を預け、側にいようと思ったのは、この無鉄砲とも言える真っ直ぐさだ。力に萎縮しているような浩介など、側にいても面白くない。
「……やっと思い出したようかの」
 蒼磨もそれに答えるように、遠慮なく水の刃を繰り出す。お互い死線ギリギリでなければ意味がない。浩介が人間の意識を保ったままで、暴走時レベルの力を操るためにはその時を想定してやらねばダメだ。
 相手が何を思っているかなど、蒼磨は全く知らない。
 ただ分かっているのは、自分がやるべき事は浩介の背を押すこと。それだけ。
「くっ……」
 雨が強くなってきた。目を開けているのも辛い豪雨。
「どうした、お主の力はこんなものか?」
 条件は圧倒的に蒼磨に有利だ。雨が降っていてもそれに視界を奪われるどころか、水があることで力を増していく。息を整えていると、蒼磨が水の壁に見える雨を貫くように、襲いかかってきた。
 吹き飛ばされそうなほどの水圧を止めるが、足下がぬかるんで転びそうになる。
 それをかろうじて立て膝で耐えると、蒼磨がいつの間にか側までやって来ていた。手に見えるのは水の刃……急所を狙うそれを、浩介がかわそうとしたときだった。
「後ろに内藤殿が居ると思え!」
「………!」
 そうだ。もし後ろにナイトホークがいたら、その刃はナイトホークを襲う。だが、このまま自分が受けたら、致命傷を負う。
 避けられない。守りたい。
 その為に力が欲しい。
 誰かを傷つけるものではなく、守る力を。暴走しない意志と、それを制御出来る心を。
「傷つけさせねぇ!俺にだって出来ることはあるはずだ!!」
 しっかりと目を見開いた浩介は、その刃を手で受けた。致命傷を狙って突き出された刃が、硬質の鱗と化した浩介の皮膚に弾かれる。
「あ……」
 それはしっかりとした蒼い鱗だった。今まで暴走状態の時に、微かに覚えていただけの色。それが自分の手にしっかりと残っている。
 そして、意識はちゃんと残っていて……。
「あはは……出来た、じゃん」
「やれば出来るでござるよ」
 そう言って満身創痍の二人は、お互い雨の中笑い合った。

「……今日は流石に客来ねぇよな」
 時間は午前一時を回っていた。何となく今の時間まで開けてしまったが、台風がくるというのにわざわざやって来る馬鹿もいないだろう。だが、何となく店を開けていたかった。
「ま、一人で飲むか」
 そう呟き、シガレットケースを開けたときだった。
 カラン……とドアベルが鳴り、雨に濡れ、絆創膏だらけの二人が店に入ってくる。
「いらっしゃいませ……って、何だ、そのバイオレンスは?」
「どうも、夜分遅くに……」
「済まぬが内藤殿……何か食う物を所望してもいいでござるか?」
 いや、夜分は別に良いとして、食い物もあるが、それ以前にまずタオルだろう。ナイトホークは裏手に回り、白いタオルを二つカウンターの上に置く。
「まず二人とも体を拭け。客も誰も来ないし、酒と食い物はあるから。で、それ出してやったら何があったか話せ」
 ごしごしと浩介達が頭を拭いている間に、ナイトホークは簡単にハムやチーズを切ったものや、ガーリックトーストなどを作り始めた。客が来なかったので、用意していたつきだしの鯵のマリネなどもたっぷりある。
 あの後、自分の意志で暴走を防ぐ自信を持って、やっとナイトホークのメールと浩介は向き合えた。
「今からなら、まだ開いてるよな?」
「ああ、腹も減ったし、めーるではなく顔を出して話をすると良いであろう」
 その為に店に来たのだが、満身創痍の方を先に心配されてしまったようだ。体も冷えているだろうと言うことで、『グロッグ』というラムベースのホットカクテルをカウンターに置かれる。
「かたじけない、内藤殿」
「いや、俺はこれが仕事だから。それより、何やらかした」
 その言葉に浩介は、携帯電話の画面を突きつけた。そこにはナイトホークのメールが、ぼうっと淡い光に浮かんでいる。
「ナイトホークさん、俺じゃ力になれないかも知れないっすけど……ずっと考えてたんっす。俺に何が出来んのかって。でも、気付いたんす。いつまでも逃げてても仕方ないって。だから、何かあったら相談してください」
「………」
「何かあっても、守れるようにって……」
「その為に特訓して、この有様でな。この暖かいかくてるとやらも、なかなか美味いでござるな」
 真剣な浩介と、飄々としている蒼磨に、ナイトホークは一瞬煙草を持ったまま唖然として、その後クスクスと笑い始めた。それに浩介が赤面する。
「何かおかしい事言ったっすか、俺」
「いや……ごめん、そんなに真剣に考えくれてたんだって」
 そう言って笑った後で、ナイトホークは寂しそうに目を伏せて。
「うん、逃げてたって何も始まらないからさ。そう言ってくれると、何か嬉しくて……悪い、煙草が目に染みた」
 それは何だか浩介には泣いているように見えた。だが、ナイトホークは笑ったまま煙草を吸っている。
「内藤殿、それがしも微力であるが協力するでござるよ。美味い飯と酒が飲めなくなっては困るしの」
「うん、サンキュー。なんかさ、俺が考えてるより、俺って一人じゃないのかもなって気になった。浩介もたくさん考えたんだろ」
「いや、俺の力なんて猫の手程度っすけど……」
「それでもいいんだよ。俺がいいって言ってんだから」
 そう言うと、ナイトホークの目のから一粒だけ涙が溢れ落ちた。

 蒼い月ので彼の人は笑う。
 『いつまでも逃げてても仕方ないから』……と。
 だけどそこに近づくことが出来れば、きっと立ち向かえる。
 月の下に移る影は、もう一つじゃない。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
6725/氷室・浩介/男性/20歳/何でも屋
6897/辰海・蒼磨/男性/256歳/何でも屋手伝い&竜神

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
交流メールのネタ振りで出したナイトホークからのメールの返事を出せなかった浩介さんと、その気持ちに気付きつつ特訓をする蒼磨さんと言うことでこんな話を書かせて頂きました。
あのメールからこんなに考えてくれていて、ナイトホークではありませんが嬉しく思っています。立ち向かってくれる人がいれば、きっと闇に飲み込まれずに飛べるでしょう。
力を操れるきっかけにもなったようで、良かったです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたらよろしくお願いいたします。