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<東京怪談・PCゲームノベル>


限界勝負inドリーム

 ああ、これは夢だ。
 唐突に理解する。
 ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
 それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
 にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
 景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
 目の前には人影。
 見たことがあるような、初めて会ったような。
 その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
 頭の中に直接響くような声。
 何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
 そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
 このまま呆けていては死ぬ。
 直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。

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「私を殺す? いい度胸だな」
 不敵な笑みを浮かべた黒・冥月は、目の前にいる人影を睨みつける。
 敵の容姿は、何故かボンヤリしてよくわからないが、その手に持つものはなんとかわかる。
 敵が持っていたのは二振りの刀。片方は大太刀のようで、やたら長い。
 その構えに隙はなく、気を抜いて戦えるような相手でない事が見て取れる。
「……なるほど。とりあえず言うだけの事はあるか」
 何処から攻めて良いやら、少し悩んでしまう。
 下手に手を出せばすぐに反撃を喰らいそうだ。もう少し様子を見るべきだろうか?
 いや、普通に考えて、あの大太刀を片手で操るのは相当辛いはず。ならばそこを突けば隙が出来るかもしれない。
 そう考えた冥月は自分から攻める事にした。

 敵の足元の影を操りつつ、距離を詰めるために走り出す。
 影は敵をその場に留めておくため。敵の得物が長いので出来るだけ距離を詰めて戦いたい。
 だが、冥月の目論見に、黙って引っかかる様な敵ではないようで、相手は迫り来る影に目もくれず、冥月に向かって大太刀を突きつける。
 完全に敵の動きを止めた、と思っていた冥月は、多少面を喰らって足を止めた。それと同時に影の動きも一瞬だけ止まる。
 普通なら見落としてしまうような冥月の隙。だが、そこを狙ったかのように敵は踏み込んでくる。
 大太刀による薙ぎの一撃。冥月は慌てて退いてそれを躱した。
 そして退くと同時に自分の影を操って針を一本作り出し、敵に向けて伸ばす。
 牽制と反撃を兼ねた一撃のつもりだったが、敵はそれをもう片手に持つ刀でいなし、自分の間合いを保ちながら冥月に斬りかかる。
 上段からの斬り下ろしを冥月は左手に影の篭手を作り出し、それで受け止める。
 受け止めた篭手を更に操り、大太刀を捕まえようとする。この大太刀を封じればまだ戦いやすくなる。
 だが、影が大太刀を封じ込める前に、片方の日本刀が冥月に突き出される。
 何の躊躇も無く心臓を狙った突き。冥月はそれを避けるために退いて距離を取る。
 その瞬間に出来た隙に乗じて、敵はまたも影を振り切る。そのついでと言わんばかりに、身体を回転させて大太刀によるもう一撃。
 横薙ぎの刃は冥月の胴の中心を通るような軌道。やや高めのその攻撃を躱すため、冥月は地面を転がってやり過ごす。
 刀が自分の上を通り過ぎた後、冥月はすぐに立ち上がって、敵から距離を取る。

 始めから目論見が外れていた。
 アレだけの大太刀ならば、立ち回りに隙が出来るだろうと思った事がもう的外れだったのだ。
 あの大太刀はただ振り回しているだけじゃない。ちゃんと使いこなしている。
 自らの手足のように操れるのだ。隙どころの話ではない。
「……っち、厄介な」
 冥月は一つ零して敵をよく観察する。
 敵の基本戦術は、大太刀を攻撃に据え、もう片手の刀は攻撃の補助や防御に徹しているらしい。
 その戦い方はかなりしっかりしている。付け焼刃の戦い方ではない。
 だったら、その敵が得物に大太刀を使っている時点で、相手の疲弊を狙うのは間違いだ。
 それを見越して大太刀を使っているのだろうから、スタミナはかなりの物だろう。
 加えて、何故だか冥月の戦い方を知っているようだ。
 と言うよりも、冥月と言う人間を熟知しているようにも思える。
 冥月の操る影から逃れるのに、二度成功している。それも突発的に出来てしまった冥月の隙を突いて。
 ……いや、あの隙は敵に無理矢理作り出されたものだ。
 冥月が危険を察知し、攻めるか逃げるか、その判断をするコンマ数秒の間に出来るわずかな隙を突いて逃げ出したのだ。
 これは初見では無理な芸当だろう。どこかで面識がある人間なのだろうか。
 そう思ってみれば、あの剣筋にも何処か見覚えがあるような……。あの大太刀にも何処か懐かしさが感じられる。
 それに気がついた瞬間、今までハッキリしなかった敵の外見がしっかりと確認できるようになってくる。

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 目を見開く。
 そんなバカな、と零しそうになった。
 いや、よく考えてみればありえない事ではないのだ。これは夢なのだから。
 今ではもう、会えないはずの人に会うのも、夢なのだから叶うこと。
 そう理解すると最早、冥月には彼が彼として存在し始め、疑う余地もなくなっていた。

 敵の手に持つ大太刀は昔、彼が振るっていたモノ。今は名を冠しているが、当時は無銘の大太刀だった。
 もう片手に持つ日本刀もよく見れば、それもまた彼の愛用していた刀だ。
 その両の手も、以前は冥月を抱きしめてくれた手。
 その身体も、いつも寄り添っていた身体。
 その足も、一緒に歩いた足。
 その顔も、すぐそばにあった愛しい顔。
 一瞬にして、冥月の中に想いが駆ける。
 たまらなくなって駆け寄りそうになった瞬間に、ふと足を止めた。
 何かが、冥月を押し留めていたようだった。
「……っ!? しまっ」
 そんな一瞬の隙に、敵は冥月を自分の間合いに納めていた。
 慌てた冥月は、敵の攻撃によって肩にかすり傷を負いつつ、再び敵と間合いを取る。
 そうだ。今は戦闘中。少しでも気を抜けば殺られる。
 だが……その相手は、見紛う事無く、今は亡き冥月の恋人だ。
 その彼を相手に、どうして戦うのか?
『構えろ。さもなくば、殺す』
 夢の始めに聞こえた声。
 最初に聞こえたのは誰のものだか全くわからず、ただの敵意としてしか感じられなかったが今は違う。
 しっかりと、彼の声で聞こえた。頭の中に深く深く沈み込むように響く。ああ、この響きを一生忘れる事はあるまい。
 だがそんな感慨に耽る暇も無く、敵はまたも冥月を間合いに置き、鋭い突きを繰り出してくる。
 冥月は半ば本能的にそれを躱すが、敵の刃が左わき腹を掠めた。
 反応が著しく鈍っている。それは冥月自身もわかっていた。
 彼に対する想いが、自分に枷をかけている。何故なら戦う理由が無いからだ。
 敵はわき目もふらず、冥月を殺しにかかってくるが……それは当然なのかもしれない、と思い始めている。
 あの時、彼が死んだ時、冥月は彼の事を守りきれなかった。共に死ぬ事もできなかった。
 その事に腹を立てられるのも、仕方ない事。
 考えている隙に敵の大太刀が袈裟懸けに振られる。冥月の皮一枚を切り裂いたその刀が、僅かに血に濡れた。
 冥月が回避をしなければあの一撃で、胴を切り裂かれて死んでいただろう。
 だが、何故躱してしまったのか? 冥月は謎で仕方なかった。
 常日頃より、冥月は罪の意識に苛まれている。
 彼を一人で死なせてしまい、更に自分は今も生きていると言う状況に、何処か居た堪れなかった。
 何の意味も無い、何の義務も無い。生きている意味なんて無いんじゃないか。
 それならいっそ、連れて行って欲しい。彼と一緒なら幽世もまた都となるのではないだろうか?
 冥月はブラリとたらした両の腕を彼に伸ばす。
「……ごめん。ごめんね。今まで一人にして」
 気付かない内に涙が一つ、零れる。
「私は、貴方になら殺されても良い……ううん、貴方を守りきれなかった私の罪を、貴方に罰して欲しい」
 彼の元へ一歩踏み出す。最早、大太刀の間合い。
「私を、一緒に連れて行って」
 彼に向けて伸ばした手。だが、敵はそれを冷ややかな視線で見返す。
『構えろ。さもなくば、殺す』
「……うん、良いよ」
 また一歩近付く。それを見て、敵はその大太刀を振り上げた。
 ああ、これで良い。これで一緒に逝ける。
 今まで辛かった。寂しかった。何故一緒にいられないのか不思議で仕方なかった。
 でも、これで終わる。何もかも、終わる。

――なぁ、師匠!
――……冥月さん、どうしたんですか?

 不意に、二つほど声が聞こえた気がした。
 そして、それに弾かれたようにピタリと涙が止まる。
 気がつくと振り下ろされた刀を、影で防いでいた。
「……そうか。そういえば……」
 刀をジワリと押し返すと、敵は冥月から距離を取った。
「そういえば、アイツらを見守ると誓ったんだっけ」
 何も終わりじゃなかった。

***********************************

『構えろ。さもなくば、殺す』
 三度響いた彼の声に、冥月は応える。
 その瞳に戦意を灯し、鋭い視線で敵を捕らえる。
「アイツらに笑われないためにも、夢だろうと無様は晒せないな」
 見据えた先には彼の姿。だが、今は敵だ。割り切れ。
 自分に言い聞かせて、再び影を操る。

 中距離は避けたほうが良い。やるならば接近戦か遠距離。
 異能を持たないはずの彼ならば、遠距離には対応しにくいはず。接近戦よりはまだ危険が少ない。
 まずは距離を取って隙を作り出す。
 相手が冥月の事をよく知っているように、冥月も彼の事をよく知っているつもりだ。
 隙なら、無理矢理作る事も不可能ではない。
 距離を取りつつ、冥月は敵の影を操る。
 並みの相手であれば、そのまま影で拘束し、すぐに止め、と楽に終わるのだが、今回はそうは行かない。
 敵は影が自分の身体に届く前に駆け出し、冥月との距離を詰め始める。
 しかし、距離を取る事を念頭においている冥月は、敵との間合いを保ちつつ、ジワジワと影で敵を拘束し始める。
 まずは足を止め、次に手を縛り、最終的には全身に影を巻きつける事に成功した。
 行動不可となった敵を前に、冥月は影の剣を作り出す。
 そして、それを構えて、その切っ先を真っ直ぐ敵の胸に目掛けて――

 本当に良いのだろうか?
 守りきれなかった彼を、自分の手でもう一度殺してしまうのか?
 罪に罪を重ねて、自分はこれから生きていけるのだろうか?
 押し潰されやしないだろうか?
 本当に大丈夫なのかな?

『一度殺ると決めたら、躊躇うな』

 また、声が聞こえた気がした。

――影の剣を突き刺す。
 影に口も巻かれているので、断末魔すら聞こえはしない。
 冥月の持つ剣を伝って、血が滴る。
「……ごめんなさい。もう少し、待ってて。必ず会いに行くから」
 彼に向けての最後の言葉。
 その言葉と共に、彼を影から解放し、冥月は彼に唇を近づける。

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 夢の終わりとはいつも唐突だ。
 冥月が目を覚ますと、まだ薄暗かった。
 結局、夢の中でも彼と肌が触れ合う事は無かった。最後の口付けも交わせなかった。
 冥月が寝床から起き上がると、ふと視界に彼の形見である大太刀が目に入った。
 見ているだけで想いが溢れ、気がつくとその刀にすがりより、涙を零していた。
「ごめんなさい……ごめん……なさい……」
 ポロポロと涙を零す冥月の背に、いつしか優しい朝日が降り注いでいた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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 黒・冥月様、毎度ありがとうございます! 『いやぁ、哀しいね』ピコかめです。
 哀しいけど、寂しいけど、こういうの大好きだなぁ、俺。

 さて、ガリガリ戦闘だったわけですが、異能VSほぼ普通人って言うのは難しいものですね。
 何とな〜く書いてると、異能者の圧勝になってたりするもんで、ホントに難しいものです。
 でもまぁ、こんな戦闘もアリですよね。
 では、また気が向きましたらよろしくお願いします!