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<東京怪談・PCゲームノベル>


Night Bird -蒼月亭奇譚-

 夕暮れの繁華街。
 それはその逢魔が時に、人知れずそっと魔手を伸ばした。
「傷つけられたくなかったら、こっちへ来い」
「………!」
 怖くて声が出せない。目の前に友達が歩いているのに、それを告げることも出来ない。
 そのまま巧みに脇道へ誘導されると、体を触られる嫌悪感が全身を走る。そこでようやく声が出た。
「いやぁーっ!」
「若菜?」
 その声に友人がやっと気付き、男はそのまま人混みの中へ逃走していった。

「ん?なんだあの人だかりは」
 黒 冥月(へい・みんゆぇ)がその人だかりに気付いたのは、蒼月亭へ向かおうと歩いていたときだった。女子高生が数人で一人の少女を気遣っている。まあ、街にはよくありふれた光景だ。
 冥月がその横を過ぎ去ろうとした瞬間……。
「黒薔薇様っ!」
「なっ!」
 思い出したくないその呼び名。冥月に飛びつきしがみついたのは、聖・バルバラ女学院に通う伊藤 若菜(いとう・わかな)だった。若菜と冥月は、一度チンピラに絡まれていたのを助けたのが縁なのだが、それから「お姉様」とか「黒薔薇様」と呼ばれ、ある意味辟易している。
 今日もそうだろうと、若菜を引き剥がそうとしたときだった。
「ん……?」
 いつもと違う、微かな震え。
 それを察した冥月は、若菜に抱きつかれたまま近くにいた友人らしき同級生に事情を聞く。
「どうしたんだ?」
 すると少女達はお互い顔を見合わせ、おずおずと話を切り出す。それによるとどうやら『若菜は最近、よく不審者に遭う』らしい。なので何人かでいれば大丈夫かと皆で下校していたのだが、少し速度が遅れて一人になった隙に脇道に連れ込まれそうになったらしい。
「………」
 取りあえず、ここでこうしてしても埒があかないだろう。冥月は友人達から若菜を引き取ると、もう少し詳しい話を聞くべく蒼月亭へ向かうことにした。

「ブレンドとミルクティーです。ごゆっくりどうぞ」
 夕暮れの蒼月亭には、マスターのナイトホークとコーヒーを飲みに来た草間 武彦(くさま・たけひこ)しかいなかった。まだ、夜の営業には時間が早い。だからこそ冥月もコーヒーを飲みに来る気だったのであるが。
「取りあえず、それを飲んだら、もう少し詳しく私に話してくれないか?」
 よく不審者に会うとはどういう事なのか。
 若菜は両手でカップを取ると、しばらく黙り込んだ後でポツポツと話をし始めた。
「最初は、変質者みたいなのだったの。通学路とか、家の近所で待ち伏せしてたり……気味悪いと思ってたけど、関わりたくないから黙ってたのよ。そしたらそのうち手とか肩とか触ってくるようになって……」
 どうも根は深刻のようだ。するとそれを聞いていた武彦が、カップを持ったまま溜息をつく。
「普段みたいに大声出せば、相手も逃げるんじゃないのか?」
 それはおそらく、普段若菜が冥月に対してキャーキャー言っていることを指すのだろう。それに冥月は少し顔を顰めた。
「女は恐いし恥ずかしいし、体が硬直していざというときは何も出来ないんだ。恐怖を怒りに変換し声出せる女は稀で、出来ても相当勇気がいる……最初驚いて、怒りに変わるまで時間もかかるしな」
 それに関しては、多分男には分からないだろう。ふいとカウンターの中を見ると、ナイトホークはただ煙草を吸っているだけで、冥月の視線に気付き苦笑する。
「俺に聞いても困るから聞くな。恐怖を何とかするために声を出すってのはあるけど、俺女になったことないし、なる予定もない」
「じゃあ、冥月もそうなのか?」
 武彦にそう言われ、冥月はしばし唸る。そして不意に立ち上がり、若菜の耳を塞ぎこう言った。
「昔の私なら、即殺してるな」
 ……沈黙。
 ナイトホークと武彦が同時に息をつく。
「……男前に、普通の女子の反応を聞いた俺が間違ってた。マスター、コーヒーお代わり」
 パシーン!
 地面から伸びた影が、武彦の後頭部を叩いた。確かに冥月としても、自分は普通の女性と反応が違うことぐらい知っているが、はっきり言われると腹が立つ。別に心に留めておくだけなら何を思われても構わないのに、何故一言余計に多いのか。
「痛たたた……」
「草間さん、口は災いの元だよ」
 新しいコーヒー豆を挽きながら、ナイトホークが力なく笑う。まあ、恐怖に対しての克服は結局慣れなどに頼るしかないだろう。それを普通の女子高生にやれというのは酷だ。いくら頭で「変質者にあったらこうする」と思っていても、実際そう上手く体は動かない。
 そのやりとりで、若菜の緊張も少しほぐれたようだ。硬かった表情にも笑みが浮かび、出されたクッキーに手を出す余裕も出てきた。
「ありがとうございます、黒薔薇様。これを飲んだら帰りますから」
 だが冥月は指先の微かな震えを見逃さない。そんなに早く立ち直れる訳がないだろう。まかり間違えば、殺されかねないような話だ。それにまた一人で帰して、事件に巻き込まれたら困る。
「家まで送ってやろう」
 そう言ったときだった。
「あの……黒薔薇様。上書きして下さい!」
 そう言ってすがりつく若菜。だが、店にいる三人は全員その意味が分からず唖然としている。
 すると若菜がますますぎゅっとすがりつく。
「家に帰るのに、最後に触ったのがあんな奴なんて嫌なんです」
 ああ、そう言うことか。
 その懇願には困るが、本当に好きな人しか肌を許したくない気持ちは分かる。ただその相手が自分だというのが複雑ではあるが。
「マスター、ここはいつからそういう店になったんだ」
「知らん。俺は何が起こっても、普段通りコーヒーを入れますが、何か問題でも?」
 ……外野をしばき倒したいところだが、そうしているのもなんだ。仕方がないので、冥月は少し強く若菜を抱きしめる。
「うっ……うわぁーん」
 やっと色々落ち着いて、感情が溢れたのだろう。自分の胸で泣き出す若菜の髪を冥月はそっと撫でてやった。
 何の力もない、普通の高校生。普段は強気に振る舞っているが、こんなか弱いところもあるのか……そんな時だった。
 カランとドアベルが鳴り、聞き慣れた声が飛び込んでくる。
「ナイトホークさん、お買い物行ってきましたー。途中で葵さんに会ったから、今日はこれから私の家で一緒にご飯を……あれ?」
 何だか、妙に気まずい。
 入ってきたのはこの店の従業員の立花 香里亜(たちばな・かりあ)で、一緒にいるのはNightingaleに所属する少女の葵(あおい)だ。冥月の脳裏にバレンタイン三つどもえの恐怖が甦る。
「い、いや、これはだな……」
「……お邪魔でした?」
 何故、自分は浮気を見つかった男のように香里亜に言い訳をしているのか。香里亜も香里亜で何か言ってくれればいいのに、沈黙が妙に怖い。
「これは、どういう事ですの?」
 葵の声が刺々しい。こういうとき、自分はどうしたらいいのか……と思っていると、武彦が香里亜達を見てこう言った。
「冥月は男前だから、今日も女泣かせて……ぐわっ!」
 武彦なりに助け船を出したつもりだろうが、そんな穴だらけの船はいらん。影で張り飛ばし黙らせると、溜息混じりのナイトホークがやっとまともな助け船を出してくれた。
「若菜、痴漢に遭ったんだって。二人とも取りあえず、座って話聞いて。これ以上俺の店で、女ばかりで修羅場繰り広げられんの困る」
 ……ナイトホークの言葉が、冗談じゃないのが恨めしい。

「はう、不審者ですか……」
「それは女の敵ですわね」
「そうよ、女の敵なのよ。悔しい、今なら蹴り飛ばせるのに、あの時何も出来なかったわ!」
 香里亜や葵が来て、ようやく怯えが悔しいという気持ちに変わったらしい。ある意味そのままトラウマになってしまうよりは、いい傾向と言えるだろう。
 すると葵がコーヒーを飲みながらこう言った。
「若菜様、その不審者は最近見える場所に出ているのでしたわよね。だったら、捕まえることは可能じゃないでしょうか」
「でも、若菜さん一人を狙ってるみたいですよね。不特定多数でしたら、近所でも不審者情報が出ますけど……」
 おそらく相手は何らかの理由があって、若菜に近づいているのだろう。だとしたら捕獲するために必要なのは若菜の協力なのだが、流石に先ほど怖い目に遭ったばかりの若菜に無理強いは出来ない。
「不特定多数なら、私が囮になるんですけど」
 香里亜がそう言ったときだった。若菜がばんとカウンターを叩く。
「私が狙われてるんだから、私がやるわ。それに黒薔薇様を信じてますもの」
 それは、自分に捕まえて欲しいと言うことなのだろうか。
 だが冥月としてもそんな不審者を放っておくのは嫌だし、若菜に何かあるのも目覚めが悪い。今日は路地裏に連れ込まれそうになるで済んだが、次は何をして来るか分からない。
 そもそもその手の犯罪は、段々とエスカレートするという。最初はつきまとい、声を掛け、それが受け入れられなかったら逆上する事もある。
 災いの芽は早めに摘むに限る。冥月は自分を見ている三人に向かい、静かにこう言った。
「若菜が安心して暮らせるよう、協力してくれ。私の言う通りにしろよ」

 夕暮れの繁華街。
 そこを若菜と香里亜が並んで歩いている。そして人気のない所で、香里亜はこう言った。
「じゃあ若菜さん、気をつけて下さいね」
「そうね。じゃあ、ご機嫌よう」
 手を振り別々に歩き出す二人。若菜は自分の家へと向かっていく。
 逢魔が時。夕日の赤さと地面の境目が危うくなる。若菜が黙って歩いていると、後ろからそっと一人の男が若菜に近寄っていく。その刹那。
「行かせませんわよ」
 男の手足に絡みつく黒髪。近寄っていた後ろから葵も同じように気配を消して歩いていたのだ。戦闘訓練や隠密訓練も受けている葵なら、よほどのことがない限り気付かれることなく近寄れる。
「ぐっ……」
 若菜はそれに振り返り、ビクッと足をすくめた。だが冥月の声で我に返る。
「若菜!来い」
 自分の背に若菜をやると、冥月はニヤッと笑い男に近づいた。
「貴様、私を慕っている女の子を泣かせた罪は重いぞ?覚悟は出来ているだろうな」
「ひっ!」
「あら、それともこのまま締められた方がよろしくて?」
 くす……と、葵が笑う。
「どっちも行っちゃうといいですよ。ね、若菜さん?」
 追いついた香里亜がそう言うと、若菜は何度も首を縦に振った。
「私にいやらしく触ったなんて、死より酷い目に遭うといいのよっ!」
 ……その後、路地裏では叫び声を上げる暇もなく男が完璧に伸されていた。

「ああ、路地裏で伸びてるから後は任せた」
 目的などは気になるが、ひとまず撃退出来たので良しとしよう。武彦に電話をして、冥月が振り返ったときだった。
「これでやっと……」
「黒薔薇様っ!」
 ぎゅーっと嬉しそうにしがみつく若菜。
「やっぱり黒薔薇様こそ私の運命の人よ!だから私のお姉様になって下さい!」
 何故、今そう言う話になるか。
 助けを求めて冥月が香里亜と葵を見ると、二人は何だか微妙な微笑みを浮かべ一定距離を保っているような気がする。
「いつもでしたら引き剥がすんですけれど、今日は若菜様にお譲りしますわ」
 ふうっ、と息をつく葵。香里亜も何だか困ったように冥月に頬笑んでいる。
「そうですね。冥月さん、若菜さん送ってあげて下さい。あ、葵さん食べ物の好き嫌いってあります?」
「いえ、得にございませんから大丈夫ですわ」
 こら、そこ二人。既に夕食の話をするな……というか、それに自分も呼んでくれればいいのに、どうしてこういうときに、そんな気遣いをするか。
「それでは冥月師、若菜様、失礼致しますわ」
「冥月さん、若菜さん。お疲れ様でしたー。今度は普通にお店に来てくださいね」
「嬉しい!これでお姉様は私の物よっ」
「待て、いつそんな話に……」
 かといって無理矢理引き剥がすのも悪いし、もしかしたら先ほどまで怖がっていたぶん空元気と言うこともあるし、どうにも困った状態でいると、路地の角から武彦がやってくる。
「さっき香里亜ちゃん達とすれ違ったけど……すまん、お邪魔だったみたいだ」
「いいから貴様はとっとと男をどっか連れて行け!」
 そうだ、そもそもの原因はこの不審者だ。
 若菜にしがみつかれたまま八つ当たり混じりに軽く蹴りを入れ、冥月は天を仰ぐ。
 この暑さは、多分夏のせいだけじゃない。

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2778/黒・冥月/女性/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
不審者に襲われそうになった若菜を助けるということで、抱きつかれたりなんだりとした話になっています。若菜はNPC登録しているキャラではないのと、今後登録する予定もありませんので、たまには役得も良いかなと思いこんな事になってます…冥月さんは多分困ると思っているでしょうが。
たまにはこんなのもいいかなとか。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。