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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


【対極の住人】

「いや! ぜったいにいや!!」
 そう言って少女は、自分の身の丈以上もある鏡を抱きしめた。
「いい子だから、その鏡をこっちに渡しなさい。それは悪いものなのよ」
 母親が優しく嗜めるのにも少女は首を振る。鏡の前で小さな両手をめ一杯広げ、それを守るかのように立ちはだかっている。
「わたしのたいせつなおともだちなの! おともだちといっしょにいることが、どうしていけないの?」
『おともだち』という表現に少女の両親は顔を見合わせる。少女が庇っている“それ”は、おおよそ『おともだち』と呼ぶには無理のある代物だからだ。
 少女の父親はしゃがみこんで目線を合わせてから、極々穏やかに言った。
「お友達だったら保育園にも沢山いるだろう。保育園のお友達なら一緒にお絵かきだっておままごとだってできる。でもそれは何もできない。そうだろう?」
「おはなしができるわ! わたしのしらないことを、たくさんたくさんおしえてくれるもの!」
 その言葉に少女の両親の顔が曇る。
 少女はまだ幼い。見せたくないもの、知らせたくないものや事が山とある。そんな少女にあれこれと吹き込まれたのであっては、親としては見過ごすわけにいかなかった。まして、相手が得体の知れない“モノ”であったのなら尚更。
「鏡なら別のものを買ってあげるから。だからそれは……」
「おともだちなの! どうしてわかってくれないの? パパもママもだいっきらい!」
 最後は涙声になって叫ぶ少女に、両親は困り果てた様子で溜め息をついた。

***

 少女の名前は桜(さくら)。4歳の女の子だ。
 どういうわけだか、この子は自分の部屋にある姿見を『おともだち』と呼んで離そうとしない。鏡の中に何かが棲みついているらしいんだが、いかんせんその姿を見ることができるのは少女だけらしく、詳しい情報は皆無に等しい。
 彼女の両親からの依頼だ。彼女を説得して鏡を手放してもらうか、なんとかして棲みついている何かを取り除いてやってくれ。
 俺? ……さて、煙草でも買ってくるかな。

***

 少女の自宅は高台の閑静な住宅地に建っていた。駅から続く緩やかな坂道を登りきると辺りの家々を一望でき、遠く海岸線はガラスを散りばめたかのように煌いている。
 先頭をやや早足で歩いていた広瀬・ファイリア(ひろせ--)が、坂道の終点でアーチ状の柵を掴み興奮気味に言った。
「わぁ! 海です海! とっても綺麗です。ね?」
「あんまり乗り出すと落っこちちゃうわよ?」
 はしゃぐ背中に声をかけたのはシュライン・エマだ。季節は夏に差しかかり日に日に蝉の声が大きくなる。それに比例して蒸し暑さも増してきており天気がよければ少し動いただけで汗ばむことも多いというのに、シュラインはそんなそぶりを微塵も見せず涼しげだ。スタイリッシュなダークブラウンの鞄を持ち直し、目を細めて遠くを見つめたシュラインは言う。
「でも素敵ね。いい場所だわ」
「はいですっ! どこの家もすごくキレイだし。あ、桜ちゃんのお家はあっちですよね?」
 目をきらきらさせたファイリアがぱたぱたと住宅街へと入っていく。その様子を微笑ましげに眺めていたシュラインの横からくすりと小さな笑みが漏れた。
「元気ねー、可愛いわ」
 言いながら藤田・あやこ(ふじた--)が長い黒髪をかき上げる。反対側の肩には重そうな大きなカバンをさげていて、その中身が動きに合わせてがさりと音を立てた。
「ねぇ、何を持ってきたの? ずいぶんと重装備だけれど」
「ああ、これ? ふふ、ちょっとね」
「新しい鏡……な訳ないわよね。玩具かしら」
「あ、そっか。オモチャを持ってくるっていうのもアリだったわね」
「じゃあ一体……」
「二人ともー! どうしたんですか? 早く桜ちゃんのところへ行くですー!」
 ファイリアが遠くで両手を大きく振って二人を呼ぶ。シュラインとあやこは顔を見合わせ、そして叫び返したのは同時だった。
「今行くわ!」



「今日はわざわざ遠くからありがとうございます」
 桜の母親・美奈子がそう言い、横に座っていた父・圭介と共にふかぶかと頭を下げた。応接室へと通された三人はまず情報収集をすべく現在の少女の状態を尋ねた。途中、美奈子がお茶とお菓子を出そうとしてくれたのだが、そこは依頼を遂行してからということで遠慮しておく。
「問題の姿見のことですが、いつ頃ご購入されたものなのですか」
 シュラインがメモを片手に問う。すると美奈子は圭介をちらりと見やり、口ごもりながら静かに答えた。
「あれは……子供が出来たときに買ったものなんです。女の子であることはわかっていましたから、娘の部屋に置いてやろうと」
「桜ちゃんが鏡のことを『おともだち』と呼び出したのはいつ頃か覚えていますか?」
「たしか、1年ほど前だと思います。保育園に行きたくないと毎日泣いていた娘が急に笑顔で出かけていくようになったので、どうしたのかと聞いてみたら『お友達ができた』と……」
「まさかその友達が鏡のことだとは思いませんでしたが」
 妻の言葉に夫が続けて答える。共働きだという両親は、今日は娘のために仕事を休んだのだと言う。
 先ほど受け取ったこの家の間取り図をあやこがテーブルに広げる。その図を見て目を丸くしたファイリアが両手をぱちんと合わせて言った。
「わぁ、とっても広いお家ですね。ファイたちが居るのはどこですか?」
「応接室はこちらになります。ここが玄関、そして2階南側のこの部屋が、桜の部屋です」
 圭介が指で図面をなぞりながら説明する。応接室に広いリビング、2階にある両親の部屋に桜の部屋、書斎、そして客室が2部屋。確かにファイリアの言うとおり、家族三人で住むには大きすぎるような家ではあった。そしてそれは、この両親の収入の程度を表しているに他ならなかった。
 首元からさらりと抜けた髪を払い、あやこが尋ねる。
「それで、桜ちゃんは今どちらに?」
「あ、保育園に……。そろそろ迎えに行く時間です」
 室内の壁掛け時計を見上げた美奈子と圭介を交互に見てから、つられてそちらに目をやったファイリアにも視線をやりメモを閉じてからシュラインは言う。
「桜ちゃんが一人でいるときの言動確認のために、桜ちゃんの部屋へいくつかカメラをセットしたいのですがよろしいですか? できれば、モニタを置けるような部屋もお借りできると有難いのですが」
「かまいません。部屋は……広い場所のほうがいいでしょうから、リビングをお使いください」
「ありがとうございます。では、さっそく設置に取り掛かります」
「カメラなんて、どこにあるの?」
 疑問符を投げかけたあやこにシュラインはにっこりと笑む。シュラインの持ち物は薄いカバン一つで、とてもカメラやモニタのような大荷物が入っているとは思えなかった。ファイも同意して大きく頷く。
「ファイ知らなかったです。あっ、もしかしてそのカバンは、なんでも入る魔法のカバンですか?」
「違うわ。そんな素敵な鞄があったらぜひとも欲しいものだけど」
 あやこがそのやりとりを聞いてシュラインの鞄を凝視する。当のシュラインは穏やかに笑んでいた。
「そんなに難しいことじゃないのよ」
「どういうこと?」
「もうすぐ、今にわかるわ」
 そう言い終わるのが早いか遅いか、外から車のエンジン音がし、そして止まった。



 本棚の上、ベッドの下や玩具箱の中。見つかりにくいだろうと思われる場所にそれは仕掛けることにした。カメラを玩具の中に埋めながら、ファイリアはにこにこと話しかける。
「あんな方法でカメラを持ってくるなんて、ファイ考え付きませんでした」
「ほーんとよね。でも一番確実ではあるわ」
 暗いベッドの下へ器用にカメラを潜り込ませたあやこが微笑む。シュラインは本棚の上のぬいぐるみの隙間へカメラを固定しているところだった。クマの手でカメラ本体が隠れるようにしながら言う。
「適材適所というやつよ。か弱い私たちじゃ、とても重いモニタやそれを支える棚なんて組み立てられないでしょう?」
 車でカメラとモニタ一式を運んできたのは草間興信所所長、草間・武彦(くさま・たけひこ)その人だった。見るからに不機嫌そうな表情でやってきた草間は、ぶつぶつと文句を言いながら案内されたリビングで設置作業を行っている。興信所で事務員として働くシュラインがあらかじめ手配しておいたのだというが、草間の様子を見るからに無理やり感が漂う。
「でもいいの? あなたの上司なんでしょ?」
「上司だからこそ、よ。上司だからこそ、部下の手本となる仕事をしてもらいたいと思わない?」
 あやこは顎に手を添え、ふむ、と一度考えるそぶりを見せてから口元を緩めた。
「それもそうね」
「カメラ、見えないように隠しましたです! これでいいですか?」
「ええ、ありがとう。じゃあ私たちもリビングに戻りましょうか。そろそろ桜ちゃんも帰って来るころだと思うし」
「はいですっ」
 念のためシュラインが一通り確認をしてから、3人は桜の部屋を後にした。



「あ、お疲れ様です」
 リビングに戻るなり圭介がにこやかに3人に声を掛けた。捲り上げた袖を直しつつ笑顔を向ける。
「お疲れ様です。あの、何かしてたんですか?」
 あやこがまず疑問に思って尋ねると、圭介は「ああ」と言ってリビングの中央へと視線を流した。促されるようにして3人も自然とその先を眼で追う。
 頑丈そうな金属のラックにモニタが数台。座りながら作業ができるようにという配慮からか、それはリビングのソファの傍へと組み立てられていた。そしてそのソファでくつろぐ、ラックの向こう側から覗く後頭部。
「武彦さん!」
「あ?」
 シュラインがつかつかとラックの向こうへと回り込み、語気も荒く詰めたてる。
「もしかして、圭介さんに手伝わせたなんてことないわよね?」
「いいだろ。手伝ってくれるっつってんだから。その好意を有難く頂戴しただけだ」
「だからって……」
「でも、皆でやったほうが早く終わりますです! 一緒にやれば楽しいですよ?」
 ファイリアの「ね?」とでも言いたげな同意を求める小首を傾げた仕草に、シュラインは微笑ましげなものを見て諦めたように息を吐いた。
「いいわ、過ぎてしまったことは。……申し訳ありません、圭介さん。雑用を押し付けるようなことをしてしまって」
「いえいえ、私から手伝わせてくださいとお願いしたのです。草間さんを責めないでください。それに、一緒にやれば楽しいですしね」
 そう言って圭介はファイリアに向かって優しく微笑む。ファイリアもそれに答えてくすくすと笑みを漏らした。
「あ、そうだ」
 ふいに言われた言葉に一同が一斉にそちらを向く。注目を集めてもあやこは動じることなく、圭介に淡々とこれからのことを述べた。
「先ほどもお伝えしましたけれど、お嬢さんとは別にご両親にもテストを受けていただきたいと思っています。どこか、横になれるような部屋はあります?」
「ええ、それでは寝室のほうへどうぞ。すぐに始められますか?」
「いえ、桜ちゃんが帰ってきてから……」
「パパァ!」
 あやことファイリアの間を通り抜けて、小さな何かが圭介に体当たりをするかのようにしがみついた。圭介の表情が見る見るうちに父親のそれへと変化する。
「桜」
「パパ、きょうはおしごとしなくていいの?」
 件の少女、桜は父親の膝元で小刻みに飛び跳ねながら頬を紅潮させてそう言った。よほど父に甘えるのが嬉しいのか、まわりのことは一切目に入っていないようである。リビングのドア付近には桜の通園用の鞄と帽子を持った母、美奈子が立っていて、申し訳なさそうに薄く笑んで会釈をした。
「今日もこれからお仕事なんだよ。桜、いい子だからお部屋で待っていてくれるかい?」
 圭介と美奈子は共に無理をして仕事を休んだ。まさか調査のことを懇切丁寧に説明するわけにもいかないので、『仕事』というのはとっさについた圭介の嘘だ。
「おしごと、たくさんあるの? いつおわるの?」
「桜、皆さんにご挨拶しなさい」
 父親に遊んでもらおうと必死な桜を母親が諭す。そこで初めて部外者の存在に気づいた桜は、草間たちの姿を確認すると一瞬びくりと肩を震わせてから父親の影に隠れた。
 ぱたぱたと桜に近づきしゃがみこんだファイリアが満面の笑みを浮かべて話しかける。
「こんにちは、桜ちゃん」
「………………」
「……桜、『こんにちは』は?」
 桜は一度、父親の顔を仰ぎ見てから、か細い声で恥ずかしげに言った。
「……こんにちは…………」
「ファイはファイリアっていいます。よろしくです」
「ハイちゃん?」
「え、と。ファイです。ファ・イ」
「ふぁ・い」
「そうです! ファイです」
「ファイちゃん。……わたしは桜です。4さいです」
「ファイは17歳です。偉いですね、桜ちゃんは。きちんとご挨拶できました」
 ファイリアがそう言うと、桜は目を丸くして恥ずかしげに微笑んだ。それを見てほっとした圭介が桜の背中をぽんぽんと叩く。
「桜、パパはこれからお姉さん達とお仕事なんだ。終わるまでお部屋で遊んでいてくれるか」
「……うん、わかった。おしごとおわったら、桜とあそんでね」
 最後は明らかに消沈したのがわかってしまって、一同は切なくなりかけたがそうも言っていられない。2階へ消える小さな背中を見送り、一呼吸置いてからまず口を開いたのはあやこだった。
「それじゃあ、さっそくテストを始めたいと思います。美奈子さん、圭介さん、ご協力よろしくお願いしますね」



 微明な室内で、美奈子が目を閉じて横になっている。よく晴れた日の日中にも関わらず部屋が暗いのは窓を遮光カーテンでしっかりと覆っているからであり、横になっているのは寝室のベッドの上だ。美奈子が横になったベッドの脇にあやこは椅子を持ってきて腰を下ろしている。その傍には圭介が二人を見守るように佇んでいた。
 3人から離れた位置、部屋のドア付近の壁にもたれかかっているシュラインにファイリアが小声で問う。
「あの、これから何が始まるんですか?」
「催眠術よ」
「催眠術!?」
 思わず声を荒げたファイリアに、シュラインが人差し指を立てて唇に押し当てた。ファイリアはしまったとばかりに両手で口を塞ぐ。
「逆行催眠というものらしいんだけど……」
「逆行……催眠?」
 もごもごとどもりながらファイリアが疑問に思って首をかしげる。シュラインは頷き目の前の光景から目を放すことなく言った。
「被験者に過去の自分へ戻ってもらい、当時のことを聞き出す。本来は失った記憶を補うために使われるころが多いらしいのだけど、今回は両親に桜ちゃんと同じ年代の自分へと遡ってもらって、桜ちゃんと同じように鏡になにか見えるかどうかを確かめる……ってあやこさんは言ってたわ」
「へぇ……すごいです」
「では、深呼吸をしてください」
 横たわる美奈子にあやこがゆっくりと声をかけた。
「気持ちを穏やかに。身体の力を抜いて」
 あやこは注意深く美奈子の様子を見ながら、母が子をあやすような優しい口調で語りかける。呼吸の感覚が段々と深くなっていくのを確認してから尋ねた。
「あなたが今見ているものを教えてください。何が見えますか?」
「……お店がたくさん……、いくつも。車が横を通って……」
 ぽつりぽつりと美奈子が小さく呟く。あやこはその言葉を書きとめつつ続けた。
「どんなお店ですか? あなたの他に、誰か知っている人はいますか?」
「あ……」
「どんな小さなことでもかまいません。あなたが何を見ているのか……」
「……なさい、私が…………」
 美奈子の喉がひくりと上下し眉間に皺が刻まれる。途端に呼吸が浅くなり、額にはうっすらと汗も浮かんでいた。
「美奈子さん?」
「私が、もっとちゃんと……気をつけて、いた、ら…………。……もっと、遊んであげたかったのに……」
「美奈子?」
 美奈子の苦しげな様子に圭介も不安げに声をかける。あやこはそれを片手で制して美奈子に言葉をかけた。
「大丈夫、心配しないで。あなたは何も悪くないわ」
「……全部私のせい。私がいけなかっ……。私が……私が!」
「美奈子さ……」
「いや、……いやぁああああああっ!」
 これ以上は無理だと判断したあやこがカーテンを手荒く開け放った。暑いような日差しが一気に部屋へ差し込んでくる。あやこは美奈子の手を握り、その肩を軽く揺さぶった。
「美奈子さん、美奈子さん!」
「っあ、ああ……」
「美奈子!?」
 圭介が青い顔をしてベッドに駆け寄り膝をつく。そして額に手を当て、妻の名前を必死に呼びかけた。圭介の声に美奈子の瞼がぴくりと動く。
「美奈子!」
「……あなた?」
 その声にあやこと圭介は心の底から安堵する。美奈子の意識がはっきりしてきたのを見、あやこが心痛な面持ちで謝罪した。
「申し訳ありません。もっときちんと催眠をかけられれば……」
「気にしないでください。私なら大丈夫ですから」
 ベッドに横たわったままの美奈子が首をめぐらし微笑んでみせる。あやこはどんな顔をしていいかわからず、曖昧に笑むことしかできなかった。



「ここにいたんだ。探したわよ」
「あやこさん」
「パパ!」
 いつの間にか寝室から出て行ったシュラインとファイリアはモニタの置かれたリビングではなく桜の部屋にいた。鏡の前の床に2人は直に座り、シュラインは膝に桜を乗せてその背中を優しく上下に撫でていた。あやこと一緒にやってきた圭介がシュラインとファイリアにぺこりと会釈をする。ファイリアがこちらを振り返って言った。
「もう終わったですか?」
「うん。でも失敗。子供時代までは遡れなかったわ。美奈子さんには寝室で休んでもらってる」
「……そう。でもお疲れ様。何か他の手を考えないといけないわね」
「パパ、おしごとおしまい?」
 シュラインの膝から跳ぶようにして下りた桜が圭介のもとへと駆け寄る。圭介は桜を抱き上げると少し不思議そうな顔をした。桜の顔に残る涙のあとを見つけたからだろう。シュラインが立ち上がり申し訳なさそうに言う。
「すみません、お友達のことを訊いていたら泣かせてしまって」
「そうだったんですか。何かわかりましたか?」
「はい、少し。それで、これからちょっとこの部屋をお借りしたいんですがよろしいですか?」
「かまいませんよ。桜、ママはちょっとお休みしているから、リビングでパパとおままごとでもしようか」
 桜の顔が輝いたのが遠目にもよくわかった。とても嬉しそうな笑顔を浮かべ、ままごとの道具をかかえて階下へとおりていった。
 足音が聞こえなくなったのを確認し、部屋の扉を閉めてからあやこが言った。
「さて、とりあえず報告といきましょうか。まず私から。さっきも言ったけど、母親の美奈子さんに逆行催眠をかけたんだけど上手くいかなかったの。中途半端に戻っただけで何も訊き出せなかったわ」
「なにか聞き取れたことはなかったの?」
 シュラインが桜のベッドを借りて腰を下ろす。あやこもその隣に腰掛け、ファイリアは床の毛足の長いラグの上に座った。
「うーん……。あ、なんかひたすら謝ってたわ。『ごめんなさい、私がもっと気をつけていれば』とか、『一緒に遊びたかったのに』とか。いつも仕事が忙しいみたいだから、桜ちゃんに申し訳なく思ってたんじゃない? ……ごめんね、私からはこれだけよ」
「気にしちゃ駄目です。お疲れ様でした」
 ファイリアが両手で拳を握って力強く言う。あやこも苦笑して頬を緩めた。
「じゃあ、こちらからも報告するわね」
 シュラインが足を組みなおしてから話し始める。それによると、モニタで桜の様子を監視している最中に桜が鏡と会話するようなそぶりを見せたのだが、2人がこの部屋へ来たときには鏡にそれらしきものは映ってなかったそうだ。モニタでも『おともだち』の姿はとらえることができなかったので、桜に「お友達と会わせてくれないか」と頼むも泣いて拒否され詳細は結局わからずじまい。
 あやこは嘆息して言った。
「そっか……、やっぱり私たちじゃ会えないか」
「『会えない』っていうのも早合点かもしれないわよ」
「え?」
 ファイリアとあやこの視線を集め、シュラインは神妙な面持ちで続ける。
「鏡には最初から何もいなかったとしたら?」
「どういうことですか?」
「夢遊病やなにかで無意識に知った情報……両親の会話などを、鏡に映る自分から聞いているのだとしたら。改善すべきは鏡じゃなくてそちらのほうよね」
「でも……さっき、桜ちゃんは自分が描いた絵を鏡に見せてお話しているようでした。ちゃんと起きている状態でそんなことってあるんですか?」
 ファイリアが疑問に思って小首を傾げる。シュラインは人差し指を顎にあてて困ったような顔をした。
「そこなのよね。いつもぼんやりとした状態で鏡と会話をしているから、その延長線で起きているときにもごっこ遊びのような感覚でお話をしてしまっているのかもしれないし。泣き出したのは、自分でも現状がよくわかってなくて説明できなかったからじゃないかしら。なんにせよ、全て推測でしかないわ」
「夢遊病、ねぇ……」
 あやこが落ちた髪をぱさりとはらって呟く。そしていきなり立ち上がり、活き活きとした目で言う。
「ね、私にまかせてくれない? 試したいことがあるの」



「はい、準備オッケィ」
 白熱電球を鏡の前にセットしたあやこが満足気に胸を張った。直径が10センチ以上もある集光形の白熱電球。あやこの大きな鞄の中身はこれだったのだ。
「均等な波長を含んだ光は白く見えるわ。白は純真であり無垢なもの。まぁ厳密いうと電球の光は完璧な白じゃないんだけど……。とにかく! この強い光を浴びせれば、邪悪なものなんて一気に吹き飛んじゃうわよ」
「そ、そんなものなの?」
 シュラインが遠慮がちに尋ねるとあやこは大きく頷いた。
「さ、離れて離れて。強い光だから絶対、直接見ちゃ駄目よ。鏡に反射したのもね」
 言われたとおりにシュラインとファイリアがその場から遠ざかる。それを確認してからあやこは電源プラグを差し込んだ。
 ややあって、室内が光に包まれる。明るいというより眩しいという感覚だ。
「……どう?」
「んー……、特に何も浮かび上がってこないわねぇ…………」
 シュラインの言葉にあやこが唸る。『浮かび上がる』と聞いてファイリアが顔を引き攣らせた。
「う、浮かび上がるってなんですか?」
「ん? 鏡は色んな物体の姿をとらえるものでしょ。なんか悪いものが蓄積されてるならこれで浄化できないかしらと思って」
「わわわ、悪いもの? 悪いものって例えば」
「悪霊とか?」
 瞬間、なんの前触れもなく白熱電球の光が消えた。急に明るさを失ってあたりが暗く感じる。
「あら、どうしたのかしら。……おかしいわね、電源は入っているのに」
「まさか」
 リビングに設置していたモニタと同じだ。本体に不備は見られないのに正常に動かない。途端に空気が緊張した。
「悪霊?」
――――あたしは悪霊なんかじゃないわ。
「誰!?」
 シュラインが叫び、3人とも一斉に声のしたほうを振り返った。しかしそこに人間の姿はなく、一同の視線は自然と鏡に向けられた。恐る恐る近づく。
――――さっきから何なの? いきなり眩しい光を浴びせたかと思えば、今度はあたしを悪霊よばわり。ひどいと思わない?
 鏡に映っていたのはまだ幼い少女だった。桜よりは幾分か年上のようだが、子供であることに変わりはない。白いひらひらとしたワンピースを着ていて、鎖骨の下あたりまで伸びた髪は結われずにそのまま垂らされていた。
「桜ちゃんの『おともだち』……ですか?」
――――そうよ。あなた達は誰?
 鏡の中の少女はぶっきらぼうに言う。瞳は大きくぱっちりとしていて、口は小さめ。しかし頬に赤みはなく、やはり精気は感じられなかった。
「私たちはご両親からあなたのことで相談を受けた者よ。初めまして、鏡の中の女の子」
 シュラインが一歩前に進み出て臆する様子もなく毅然と述べる。自ら尋ねたことだというのに、少女は興味がなさそうに「ふぅん」と呟いただけだった。
「あなたは誰ですか? この世に未練があるなら」
――――そんなんじゃないわ。
 ファイリアの問いかけに少女はぴしゃりと言い放つ。同時に、天井あたりでパチンという何かが弾けたような音がした。
「えっと……じゃあ、どうしてそんなところに居るんです?」
 フン、と鼻を鳴らして少女は言う。
――――あたしは桜が呼ぶから出てきただけよ。普通じゃ見えないから、鏡の力を借りて。
「桜ちゃんが、あなたを呼んだんですか?」
――――そう。寂しいって泣くからあたしが相手をしてただけ。それと、訊かれたことに答えてただけよ。いけない?
「いけないわね」
 そう返したのはあやこだ。未だ光を失ったままの白熱電球に手をかけて、鏡の少女をしっかりと見据えて言う。
「ご両親は桜ちゃんのことを心配しているわ。得体の知れないものと親しげに会話をしている桜ちゃんを見て」
――――でも、あたしのおかげで桜は一人で留守番をしていても寂しがらなくなったわ!
 バチンッと、今度はさっきよりも強く音が鳴る。どうやらこの音は少女の感情と連動しているようだった。
――――保育園だって泣かないで行くようになった。全部あたしのおかげよ。あたしがいたからじゃない!
 少女は退かない。子供特有の強情さで、何を言っても自信を持って言い返してくる。一同は顔を見合わせてため息を吐いた。一呼吸あって、シュラインが微笑みながら言った。
「ねぇ、あなたの名前は?」
――――さつきよ。皐月。
「そう。皐月ちゃん、桜ちゃんといつも何を話していたの?」
――――べつに。パパとママがどうしていつも家にいないのかとか、なんで保育園に行かなきゃいけないのかとか。
 少女、皐月はぶっきらぼうな口調でそう答える。シュラインは微笑みを崩さずに質問を加えた。
「それで、あなたは桜ちゃんになんて教えてあげたの?」
――――‥パパとママが家にいないのは、桜のためにお仕事をしているから。桜が美味しいご飯を食べて、可愛い服を着て、毎日安心して眠れるように。保育園は、たくさんお友達を作っていっぱい遊ぶところだって言ったわ。
「ほかには?」
――――サクラの、……サクラのこと。
「桜ちゃん?」
 皐月は首を振る。その表情には先ほどまでの険しい色はなく穏やかだった。もうあの電気のような音もしない。こうして見ると、どことなく桜に似ているような気もする。
――――サクラよ。春に咲く、花のこと。
「どういうことですか?」
 ファイリアが皐月に問いかける。
――――桜はお花見をしたことがないの。パパもママも忙しかったから。だから、サクラがどんなものか教えてあげたのよ。毎年春にだけ花を咲かせる、ピンク色のきれいな花のことを。



『サクラ? 桜はきじゃないよ。おんなのこだよ』
 真ん丸い目をさらに大きく見開いて、桜は心底疑問に思ってそう口にした。あんまりといえばあんまりな言い草に皐月は思わず顔色を無くす。
――――あなたと同じ名前のサクラっていう木があるのよ。ピンクの花が咲くの。
『きなのに、おはながさくの?』
――――そう。一年に一回だけ、暖かくなったころにね。
『キレイ? さつきちゃんはみたことある?』
――――‥あるわよ。みんな一生懸命、自分を見てって言ってるみたいで、とってもキレイだったわ。
『わぁ!』
 桜は嬉しそうに笑う。つられて皐月も破顔した。
『桜も、サクラみたいにキレイになれる?』
――――なれるわよ、きっとね。パパとママの言うことをよくきいて、嫌いなピーマンもちゃんと食べて、保育園にも泣かないで行けるようになったらね。
『いうこときくよ! ピーマンもたべる。ほいくえんも、ちゃんといく!』
――――ホントかしら。桜はすぐそう言うから。
『うそじゃないもん! ちゃんとするもん!』
――――ホントね? 約束できる?
『うん! やくそく!』
 そう言って、桜は人差し指を立てた右手を鏡に押し当てた。皐月も鏡の向こうで同じように小指を立てる。
――――約束。絶対よ。
 桜の小指と皐月の小指が、鏡を通して重なった。



――――‥パパとママを困らせたかったわけじゃないの。ただ桜と話をしていたかったのよ。
「そうだったですか……」
――――他の人には会わないって、喋っちゃダメだってあたしが言ったの。誰かに知られたら、きっと大人たちはあたしのことを良く思わないだろうから。
「桜ちゃんは何も教えてくれなかったわ」
 呟いたシュラインに皐月は目を見開く。
「あなたのことも、私たちをあなたに合わせることも、どちらも泣いて首を縦に振ろうとはしなかった。あなたとの約束を守ろうとしたのね」
 皐月の顔が泣きそうに歪む。そして無理やり作ったような痛い笑みを浮かべた。
――――バカね。喋ってしまえば楽なのに。
「でも、桜ちゃんは皐月ちゃんとの約束を一生懸命守ったんです。それに、『かわいそう』って言ってました。皐月ちゃんが痛い思いをするのは嫌だって」
 皐月との約束は守りたい。でも、皐月がつらいのは嫌。そのどちらの気持ちに傾くこともできずに、桜はただ泣くしかできなかった。大切な『おともだち』との約束だから。
 ファイリアが鏡にそっと近づき、腰を折って皐月の顔を覗きこんだ。
「悪霊なんて言ってごめんなさい。でもやっぱり……」
――――わかってる。あたしは死んでるんだから。……もう行くわ。
「どこにいくの?」
 かけられた幼い声に振り向くと、いつの間にそこにいたのか、放心した桜がドアの前で立ち尽くしていた。
――――桜……。
「さつきちゃん、でてきていいの? どこにいくの?」
 桜が鏡に駆け寄る。皐月に触れようと、両手を伸ばして鏡に手をついた。シュラインがその肩を抱き言いにくそうに口を開く。
「皐月ちゃんはね、自分のお家へ……天国へかえらないといけないのよ」
「てんごくってどこ? 桜もいく!」
――――来ちゃダメよ、帰れなくなるんだから。パパとママが悲しむわ。
「じゃあ、パパとママといっしょにいく!」
「桜ちゃん……」
 あやこが桜の頭を優しく撫でなでながら言う。
「皐月ちゃんはもう行かないといけないの。お友達は、保育園でつくればいいじゃない? そうすればどこへだって一緒にいけるし、もうお友達のことを秘密にする必要もないのよ」
「イヤ! さつきちゃんがいい! さつきちゃん、いっちゃやだ!!」
 首を振ってあやこの言葉を拒絶し、シュラインの手を振り切って桜は鏡に近寄った。
「さつきちゃん、いっしょにいてくれるっていったよ! さつきがいるからさみしくないって!」
 とうとう泣き出した桜に、皐月は微笑む。
――――もう会えなくても、あたしはずっと桜のこと見ているわ。お空の天辺からね。だから寂しくないわ。
「いや!! さつきちゃんとずっといっしょにいるの!」
 どう説得したらいいか、シュライン・あやこ・ファイリアの3人は困り果てて沈黙する。しばらく桜のしゃくり上げる声だけが響き、そうして皐月がぽつりと呟くように言った。
――――ねぇ桜、約束してくれる?
「やくそく?」
――――あたしがいなくなっても泣かないって。
「! いなくなっちゃやだ!」
 皐月が苦笑して続ける。
――――もう聞き飽きたわ。これ以上言ったら桜のこと嫌いになるわよ。
「え……」
――――だから約束して。あたしがいなくなっても泣かない。保育園でたくさん友達をつくるって。
「………………」
――――約束して!
 暫し黙り込み口を真一文字に結んで、桜はやっとこくりと頷いた。皐月が嬉しそうに微笑み、3人もほっと胸を撫で下ろした。
――――じゃあね、桜。ピーマンちゃんと食べるのよ。
「うん……」
――――パパとママの言うことよくきいてね。お友達もいっぱいつくって。
「うん」
――――それから、…………泣いちゃダメよ。
「…………うん」
 その言葉に頷いて皐月は3人へと向き直った。
――――困らせてごめんなさい。パパとママへもそう伝えて。
「……はい、わかりました」
 ファイリアが胸の前で拳を握り頷く。
――――あと、大好きって。
「え?」
 皐月の輪郭がキラキラと輝きだし、身体がうっすらと透け始める。桜は何も言わず、ただじっとその様子を凝視していた。
「待って!」
 肝心なことを聞き忘れていたと、シュラインが慌てて声をかけた。
「あなたは誰なの? 迷子の幽霊?」
――――あたしの名前は皐月。そう言えばわかるわ。
「え? 誰に……」
 皐月は答えない。意味深な面持ちをして薄く笑んだ。
――――さよなら、桜。約束、忘れちゃ嫌よ。
 大きく頷いた桜を満足そうに眺め、皐月はゆっくりと瞼をおろす。鏡全体がひときわ強い光で輝いた次の瞬間、皐月の姿は霧がはれるかのように音もなく消滅してしまった。
 桜は自分しか映らなくなったその姿見を、いつまでもいつまでも見つめていた。



「今日は本当にありがとうございました」
 慣れない手つきでお茶を並べた圭介が頭を下げる。3人は礼を言ってから有難くカップに口をつけた。
 ひとしきり鏡を見つめ続けた桜は、逆行催眠を受けてから寝室で休んでいる母親の元へと様子を見に行き、ちょうどお昼寝の時間だったこともあってそのまま母親のベッドで眠り込んでしまったそうだ。美奈子も日ごろの疲れが溜まっているのだろうし、桜は母親に甘える滅多にない機会だからと依頼の結果報告は圭介一人が受けることになった。
「結論から言いますと、『おともだち』は無事鏡から取り除くことができました」
「そうですか! よかった。ありがとうございます」
 あやこがそう告げると圭介は安堵したように微笑んだ。シュラインが続ける。
「桜ちゃんには納得してもらえたはずですし、鏡もヒビが入ったり曇ったりすることもなくキレイなままです。設置したカメラやモニタはこのあと回収し、私たちは本日中に撤収させていただきます」
「はい、ありがとうございました」
「それで、あの……」
「“皐月”という名前に聞き覚えはありませんか?」
「えっ……」
 圭介の顔から一瞬にして笑みが消える。その強張った表情にファイリアが慌てて言う。
「あの、鏡に入り込んでいたのは“皐月”って名前の女の子だったです。桜ちゃんよりもいくつか年上の。その女の子が、自分は“皐月”だって名乗ったんです」
「……その子は、桜に似ていましたか?」
「え、あ、えーと……」
「やはり、ご存知なんですね」
 シュラインが膝の上で両手を組んで圭介に尋ねる。圭介は目線を逸らして俯いた。
「皐月は……私たちの最初の娘です」
 そして圭介は、桜も知らない事実を語ってくれた。桜には皐月という名前の姉がいたこと、皐月は桜が生まれる前に事故で亡くなってしまったこと、あの鏡は皐月が使っていたものだったということ。それと、妹をとても欲しがっていたこと。
「運転手の前方不注意だったんですが、妻は自分を責めました。なんでもっと自分が気をつけて見ていなかったんだろうと」
 圭介が両の拳を握り締めて唇を噛む。自分を責めているのは圭介も同じであることが容易に想像できた。
「本当に、可哀想なことをしてしまいました。私たちを恨んで成仏できないなんて」
「それは違うです!」
 ファイリアが強い口調で言って身を乗り出す。
「皐月ちゃんはパパとママを恨んでなんかいませんでした。だって『大好き』って言ってたんです。『困らせてごめんなさい』って。パパとママに伝えてって」
「皐月が……そんなことを…………」
 圭介は驚きを隠せない様子で呟いた。シュラインが目を細めて言う。
「皐月ちゃんは、ご両親の代わりに桜ちゃんの話し相手になっていただけのようです。なにか悪いことをしてたわけでも、吹き込んだわけでもありません。桜ちゃんが心配だったんだと思います」
 シュラインの言葉に頷き、あやこが述べる。
「だからこれからは、ご両親が桜ちゃんとたくさんお話をしてあげてください。そうしないと」
「皐月ちゃん、心配で天国に行けなくなっちゃいますよ?」
 悪戯っぽく笑って言ったファイリアの顔を見て、圭介も薄く微笑んで頷いた。



「送ってくれてありがとう。また何かあったらよろしくね」
 一足先に草間の車から降りたあやこが、まだ車内に残るシュライン達に声をかけた。
「お疲れ様。ゆっくり休んでね」
「おやすみなさいです!」
 2人はそう挨拶をしてくれたが、ハンドルを握る草間はちらりとこちらを一瞥しただけで特に何をいうわけでもなく、そのまま静かに車を発進させた。後部座席から手を振るファイリアに自分も手を振り返し、ある程度遠ざかってからあやこは反対方向へと歩き出す。
歩きながらあやこは両手で大きく伸びをした。肩からさげた鞄の中身がごそりと音を立
てる。
「鏡の中の住人……か」
 桜は今夜、一人で眠れたのだろうか。皐月がいなくなって初めての夜だ。寂しくて眠れず、泣いたりはしていないだろうか。
 そこまで考えてあやこは気がつく。その姿が消える前に、皐月が桜とした約束。
『あたしがいなくなっても泣かない』
 なんと酷な約束だろうか。
「……強いわね。約束を呑んだ桜ちゃんも、それを約束させた皐月ちゃんも」
 あやこは皐月を見送ったときの桜の表情を思い出した。眉間にいくつもシワを寄せて、口を固く結んで皐月のいなくなった鏡をずっと見つめていた桜。
 今はまだ寂しさのほうが勝っているのかもしれないが、いつの日かそれを思い出にできるようになればいいと思う。そうして両手で数え切れないほどの友達をつくって、皐月が嫉妬するぐらい楽しい思い出を築いていけたら。
「そうなれたらいいわね。桜ちゃん」
 人通りもまばらになった夜の街を、あやこが軽い足取りで歩いていく。月明かりに照らされて出来た自らの影を眺めながら。







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■     登場人物(この物語に登場した人物の一覧)    ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
6029/広瀬・ファイリア/17歳/家事手伝い(トラブルメーカー)
7061/藤田・あやこ/女性/24歳/女子高生セレブ

NPC/草間・武彦/男性/30歳/草間興信所所長、探偵
NPC/草間・零/女性/??/草間興信所の探偵見習い

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■               ライター通信             ■
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初めまして。この度はご参加いただきありがとうございました。
両親に退行催眠をかけ、鏡に光を浴びせるというのが斬新で書いていて楽しかったです。
催眠術のかけ方については様々な方法があるようですので、あやこさんの思い描いていたことと遠いものになってしまっていたら申し訳ありません。
それでは、またお会いできますことを祈って。

槻耶