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<東京怪談・PCゲームノベル>


おいでませ幽艶堂

 全員を女家に集めた紅蘭は、熱弁を振るった。

「せやからもっとお客を増やさなあかんと思うんよ!婆ちゃんや爺ちゃんらを東京まで連れて来たンやし…ただ地道に京に品卸してるだけやったら何もならんと思うんや」
「そうは言っても…師匠たちはご高齢だから、お客を呼び入れるにしてもあまり沢山の方を入れると疲れてしまいますよ」
と蒼司。
もっともな意見にグッと言葉を飲み込み、むくれる紅蘭。
ところが奥の囲炉裏ばたを囲っている三老人はかましまへん、と茶をすする。
「じゃあ!一回にとるお客制限しよ。それなら婆ちゃんたちにもそんなに負担にならないでしょ!?」
それなら、と納得する蒼司と師匠たちがいいのなら、と承諾する黄河と翡翠。

「っしゃ!んじゃ決まりやね!さぁこれから忙しくなるでーー!」


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  残暑厳しい日中の日差しは容赦なく弧呂丸に照りつけ、その痛いほどの眩しさに手で影を作り目を細める。
 高峯・弧呂丸(たかみね・ころまる)、平安の時代典薬寮に所属し、律令に定められた呪禁師の官名の名残を今に受け継ぐ者。
「この先、ですかね」
 舗装された道が途切れ、なだらかな斜面に丸太で段差を作った古びた階段が竹林の上の方まで伸びている。
 和装で、手には風呂敷包みを抱え、場の雰囲気にしっくりとはまり込んだその姿に、道行く者はちらりちらりとその姿を視界に入れる。
 竹林の山道に足を踏み入れ、周りの空気や音を感じながらゆっくりと登っていく。
 中腹と思えるところまで登ってくると、車の行き交う音も聞こえなくなった。
 ただそこには笹の葉ずれの音が波のようにざわざわと風に乗って広がっている。
 文楽鑑賞が趣味の一つであり、仕事柄人形に纏わる依頼も多い弧呂丸。
 彼は以前から、時に人知を越えた不可思議な現象を起こす「人形」というものに対してとても興味があり、それを生み出す過程を一度きちんと見てみたい…そう考えていた時、郊外の山奥で人形作りに携わる腕のいい職人がいるという願ってもない噂を耳にし、今に至る。
「幽艶堂…さぞかし美しい建物なのでしょうね」
 幽艶とは奥ゆかしく美しいこと。またはその様。
 茅葺屋根の古民家がコの字型に並んでおり、周囲を竹林に覆われている為、とても静かな別世界のような空間だと。
 古き良き日本がそこに残っている。そんな風に聞いた。
 期待に胸躍らせながら、薄暗い山道を抜け、光が降り注ぐ場所に出た瞬間、眩しさに目が眩む。
「高峯、弧呂丸さん…ですか?」
「え…あ、はい」
 チカチカする目を開け、声のする先を見やるとそこには真っ白な長い髪を風に靡かせる和装の青年が佇んでいた。
「ようこそ、人形工房幽艶堂へ。私は着付け師の翡翠と申します。本日はどうぞごゆるりとお過ごし下さい」
 てっきりもっと年配の人だと思っていた弧呂丸はきょとんとした様子で翡翠を見やる。
 凝視しては失礼だとわかっていつつも、その驚きはなかなか治まらない。
「まだ師匠方は現役ですから、その下で学んでいる子達が若いだけの話ですよ」
 自分の思いを完全に見透かされ、微苦笑してスミマセンとつい謝ってしまった。
 不思議な人。
 自分の職業も忘れ、ただそう感じた。
 その正体を詮索するでもなく、子供の疑問のようにただ思う。
 この郷里でもない場所が、ありえないはずの懐かしさを与えてくれているせいだろうか。少しばかり童心に返っている気がした。
「おや、早速お一人出て参りましたね」
 翡翠の言葉に反応し、彼が示す先を見ると中庭に立てられた俵に突き刺さった人形の頭を回収しに、一人の作務衣姿の老人が出てきた。
 見るからに無口で厳格そうな印象の老人は、弧呂丸をチラリと見やるが、特に何を言うでもなく作業を続けた。
「あちらは辰田宗次郎師匠。今となっては数少ない練り頭の雛人形を作れる頭師です。まぁ、愛想がないのは昔気質の職人ですのでそこはご理解下さいな」
 了解です、と笑う弧呂丸。
 まだ干している途中の頭をしゃがみこんでジッと見つめる。
 磁器の様なキメ細やかな白い肌。
 触れるとつるつるしてそうだが、その感触を確かめるのは既に出来上がったものを触ることにしよう。
「この状態ではまだ目はないのですね」
「玉はこの状態で既に中に埋め込んであるのですよ。整える作業の最中に開眼させていくんです」
 これが量産品になると中に目となる珠を仕込んで、前後で挟み込んでくっつけていく。勿論、面は最初から開眼した状態で型抜きされている。
「ああ、だからこの目元の膨らみはホントにそのまま、眼球に見立てた玉の曲線というわけですか」
 丁度目を覆う瞼のように。
「次は師匠が顔を作ったものに髪付けをする肯定に移ります」
 頭師からホンの2〜3メートル離れた場所に陣取り、固定した頭に髪を植えつけるための溝を彫り、黒染めの生糸で出来た髪を植えていく。
 植え始めた髪をみて、店先で見るような艶ややかな、人間のそれと何ら遜色ない美しい髪は、今目の前で行われている肯定の中ではどう見てもただの黒い糸にしか見えなかった。
「ああして姫糊(ひめのり)を使って少しずつ溝に植えこみ、表から糊が見えないよう紙縒り(こより)で押さえます。左手指で髪を少し引き加減に挟みながら、柘の櫛で髪をすいていきます。柘櫛ですき、コテを当て、又櫛を通します。この作業を繰り返しているうちに最初は黒い糸にしか見えなかった髪が、だんだん人髪のような艶を帯びていくのです」
「なるほど…」
 説明を受け、匠の手元をジッと見つめ、その変化を観察する。
 繰り返される同じ作業工程。ただの糸にしか見えなかった髪糸が徐々に艶を増し、人のそれと比べても何ら遜色ない状態に変わっていく。
 こんなことを一体誰が最初に思いついたのだろうか。
 昔は亡き者の遺髪を植え込んで人形を作ることも多かったようで、人形にまつわる依頼などではよく故人の遺髪が絡んでいることで何かしらの霊障が起きていた。
「こんなに美しいのに、雛人形の原形は形代だったというから、不思議というかもったいないというか」
 雛人形はそもそも災厄を肩代わりさせる為に作られた形代。
 それゆえ一度肩代わりをしてしまえば破損は避けられない。
 かくも美しいこの姿が破損すると思うと、それだけで少し罪悪感に駆られた。
「お次は手足師。木製の角柱でできた腕に、細い針金を差し、ペンチで指の形を成型します。角柱のままの腕を、小刀を使ってなめらかな腕の形に彫っていきます。胡粉でできた白い液を塗ります」
 頭師同様、作業中の木箱の中には左右の手と足が沢山並んでいる。
「手足師の本領発揮は風俗人形などを見るとよくわかりますよ」
 そういって見せられた完成品を見ると、指先の滑らかな流れが今にも踊りだしそうなほど艶かしく、その人形の舞姿を想像できた。
「西洋の人形と違って変なリアルさがない反面、流れの表現が素晴らしいですね」
 細部に至るまで作りこまれたそれを、感嘆の溜息と共に眺める弧呂丸。
 人形を作る過程はここまでで、あとは小道具師による扇や尺、三方・お膳・鏡台・箪笥・長もち・駕籠・草履・弓・絵帽子など、人形にあった小道具を作りつけてる作業があるのだが、この場には小道具師はおらず、これだけは京の方へ外注しているという。
 そして最後に翡翠が担当する着付け。
 裏に良質の和紙を糊付けした着物地を寸法・柄行を考えて裁断し、縫い合わせます。生地には、有職布(ゆうそくふ)で西陣織など京都らしいものが用いられ、ワラでできた胴に、手足を付け、着物を着せていく。
 型崩れしないよう、着物は糸で止められ、腕を折って、ポーズを決めていく。
「ここまでくると雛壇を準備している時の姿ですね」
 道すがら、垣根の向こうで雛壇の準備をしていた家の前を通りかかった時に、和紙にくるまれた人形を取り出し、別にしておいた扇などを持たせていたのをふと思い出した。
「女の子はこういった小物が大好きですしねェ。雛壇を組む時も飾りをつけたがる」
 人気はやはりお雛様とお内裏様、そして三人官女と五人囃子。
 右左大臣や衛士はあまり人気がないのが切ないところだ。
「これで雛人形一体、完成の運びと相成ります」
「素晴らしい技術ですね」
 すっかり見惚れてしまったその匠の技に、弧呂丸は子供のように屈託のない笑顔で、心なしか少しはしゃいでいるようにも見えた。



 「ああ、ここにおる若衆はうちを除いてみぃ〜んな外から弟子入りしてきたのんばっかなんよ。髪付けの後を継ぐんがうちな。師匠はうちのばーちゃんやの」
 恵比須顔でふくふくしたその顔はにっこりと笑うと更に皺が深く刻まれ、くしゃっとした、老人のいい笑顔だ。
 関西弁というか京都弁というか、色々混じった話し方をする女性は紅蘭といい、何で中国風なのかと疑問に思えば、親の趣味だとあっさり答えられてしまった。
 伝統工芸を受け継ぐからといってそれらしい名前というわけでもないようだ。
 それぞれ他に頭師、手足師と若衆がいるが、そのどちらもこの場にはそぐわない風貌だった。
 蒼司と名乗った青年は目鼻立ちがハッキリしており、瞳は青かった。
 何でもドイツ系ハーフらしく、父親の仕事柄京人形に興味を持ち、弟子入りまでこじつけたという、温厚そうな見た目によらずなかなかの行動派のようだ。
「自分は本当に見習いもいいところですよ。実際今は修復作業以外手伝わせてはいただけないので」
 表情から察するに、何かしら事情があるようで。
 もう一人の若衆はまた何とも異色な風貌。
 レスラーばりの屈強なガタイで角刈り。どう見ても人形師には見えない。
 聞けばこんななりでも手先は器用で、フィギュアモデラーとしても活躍しているという。人は見かけに寄らないとはまさにこのことか。
「人形の修繕も手がけているのですよね、何かこう、曰くのある話とかありましたか?」
 高峯家にも曰く付きの人形などが多数持ち込まれ、あまりに数が多いので御祓いなどをした後は「人形」専用の蔵に置いて丁重に供養している。
 具体的に言えば髪の伸びる人形、凄まじい怨念の宿った人形等だ。
「そうですね…曰く、例えば流した藁人形が河童になる…とか?」
 その言葉に逆に驚いたのは他の若衆。
 師匠の一人も何て話を振るんだい、と拙い顔。
 ところが翡翠はあくまでもたとえ話だと笑って流す。
 勿論、それで誤魔化せるのは若衆だけ。弧呂丸は周囲の反応までのしっかりと見ていた。
「(藁人形を流して河伯に…か。呪術を心得た者もこれまた人形を統べる者というわけですね)」
 そんな事を思いつつ、河童が見れると思ったのに、と残念がって見せた。
「まぁ冗談はおいといて。人形に関する曰くと申しますと…そうですね、紅蘭の方が詳しいかも?」
「へ?うちぃ?」
 紅蘭は人形に魅入られやすい体質で、修繕依頼や引き取り願いがあった際、紅蘭が対応した時に限って必ずとてつもない曰くつきの品がやってくる。
 その他にも紅蘭が気に入った人形やアクセサリーは何かしら得体の知れないものが憑いていることが多い。
 ところが、それらは何故か紅蘭だけは障りがなく、いつも周囲がてんやわんやしてしまうそうな。
「貴方が受け付けた時に限って曰く付の物が持ち込まれるんですよ?」
「そない言われても〜うちは仕事してるだけやしぃ〜」
 体質や縁はどうしようもない。
「人形に関わる人は人形に好かれ易い方が多いようですね」
 やりとりを眺めながら弧呂丸はクスクスと笑った。



  そして、夕暮れ時。
 夕立があった為、聊か涼しげな風が頬をかすめる。
 見送りに立った翡翠は、空を見上げる弧呂丸を見つめ、苦笑する。
「何か?」
「見学…だけが目的ではなかったのでしょう?」
 言い当てられてどきりとした。
 そう、この工房の噂を聞いた時にもう一つ、奇怪な噂も聞いていたのだ。
 自らの能力や内なる者が具現化し、対話する事が可能となる庵の存在を。
「―――全てお見通しだった、というわけですか」
「私が対応したお客様の大半が、それを望みますので…」
 紅蘭が対応する客の品の殆どが曰く付であるように、翡翠が対応する客の殆どが庵に入る事を望む。
「覚悟はおありで…?」
 勿論、その為に来たのだから。
「あります」
 そして辺りを夕闇が包み込み、あっという間に日が暮れて夜の世界が訪れる。
 行灯を片手に翡翠は弧呂丸を連れて竹林の奥へ進んだ。



 『対峙』する為に。


― 了 ―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4583 / 高峯・弧呂丸 / 男性 / 23歳 / 呪禁師】

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■         ライター通信          ■
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