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<東京怪談・PCゲームノベル>


■ 不夜城奇談〜邂逅〜 ■

 草木も眠る丑三つ時とはよく言ったものだが、陽が沈み、すっかり暗くなったとはいえまだ七時を過ぎたばかりの時間帯。
 民家の明かり一つ見えないこの場所には、都会と比べようもない多くの草木が自生しているだろうに、いまは一切の音が絶たれていた。
 吹き付ける風にすら無音の自然の息吹。
 一歩を踏み出す、その足音も大地に沈む。
 周囲を見渡し、矢鏡慶一郎は息を吐く。
「何とも異様な雰囲気ですね…」
 その声すら何かに吸収されていくようで…。
「矢鏡一尉」
 声を掛けられたと同時に、それが引金であったかのように周囲の音が戻り始めた。
 風に揺れる木々の葉擦れ。
 移動する足元に砂利のざわめき。――聴こえるが、やはり何かがおかしい。
「矢鏡一尉?」
「…なにか判りましたか」
 確証のない疑惑で部下に不安を広げるわけにはいかず、普段通りの物腰で対応すれば、まだ新人の域を出ない青年は姿勢を正す。
「やはり近隣の異常現象には全て黒い靄のような物体が目撃されており、必ずこの先の廃工場近くで消えるようです」
「そうですか」
 報告を聞き闇の中に目を凝らす。
 この先にはかつて経営困難に陥り自殺した社長夫婦の、すっかり廃れた工場があるのだ。
「…今日は引き上げて、明るい時に改めて調査に来ましょう」
「えっ」
 思い掛けない指示に青年は驚きの声を上げた。
「見ていかれないのですか? せっかくここまで…」
「目撃されているのは黒い靄なのでしょう? この闇の中で確認出来ると思いますか」
「しかし…」
 青年の言いたいことは判る。
 ここは部隊の駐屯地から車で一時間以上も掛かる遠方の地。
 車が割られた、砕かれた等という情報の裏付けだけで、実際に現場を検分することなく帰るのは若い矜持が許さないのだろう。
 だが、そのために危険を冒す必要はない。
 心霊テロやオカルト兵器、妖怪、妖魔等の情報収集を目的とした部隊に所属し、多くの修羅場もくぐり抜けてきたとは言え、…否、だからこそ太陽が昇り視界に不自由なく調査出来る時間帯に出直したほうが良いと、慶一郎の勘が言わせるのだ。
「全員に集合を掛けてください、戻りますよ」
 指示を出し、踵を返す。
 青年も上官に背く訳にはいかず、不満は残しつつも彼に従い、来た道を戻ろうとした、――その時だった。
「!」
 背筋を駆け抜けた悪寒に、慶一郎は瞬時に身を翻す。
 だが青年は。
「ぎゃああああっ!」
「どうされました、一尉!?」
 青年の叫びに異変を感じて他の部下達も集まり始めた。
「明かりを!」
 命じれば、すぐに幾つもの手持ちの照明が向けられ、続いて移動して来た車のヘッドライトが辺りを照らす。
「うあ…っ…あっ…!」
 そうして闇の中に浮かび上がったのは、血に染まった左腕を押さえ、もがき苦しむ青年の姿。
 その周囲に、黒い靄。
「効くか…っ」
 慶一郎は素早く愛銃コルトパイソンエリートを取り出し、構える。
 対象が黒い靄状だという情報を仕入れてから、それまでのデータを解析し結果の出せそうな武器を準備した。
 今ここに銃弾という形で撃ち込むけれど、効果があるかは判らない。
「……っ!」
 果たして彼の懸念は最悪の形で当たる。
 激音を轟かせて放たれた弾は砂利の大地に埋もれて、それきりだ。
「一尉…!」
「火炎器を!」
 ならば超高温の炎はどうかと指示を出す。
 部下の動きは素早く、またある者は負傷した青年を保護すべく駆け寄り、仲間の援護のために強力な炎の槍を放出したが、それでも黒い靄に対し意味を成さなかった。
 血を流す青年の腕に群がろうとする姿は飢えた蟻の大群。
 だが払おうにも振った手は空を泳ぐだけで、靄は闇の中で更に増殖していた。
「これは巨大な化け物の方がまだ可愛げがありそうですね…!」
 銃器も炎による攻撃もすり抜ける。
 熱が無意味ならば瞬間的な冷却はどうか。
 思考をフル回転させていた最中、別の部下の口から上がった驚愕の声。
「!」
 また負傷者かと振り返れば、彼等が放つ火柱とは全く別の場所で、その靄が燃えていた。
「! また…っ」
「うわっ」
 二つ、三つ、次々と靄が炎上して消えていく。
 負傷した部下の腕に群がろうとしていたものも同様。
「なんだ…っ!?」
「これは一体…!」
 慌てふためく声の中で、だが慶一郎は冷静に周囲を探っていた。
 この現象は明らかに自分達を助けようとしている、つまり黒い靄以外の何かが在るはず。
 五感を集中させて闇の中に目を凝らし、木々の奥に影を見る。
「人…、二人…?」
 声にした直後、周囲の明かりが消失した。
「どうしたんですか」
「判りませんっ、急に電球が割れて…!」
 懐中電灯も、車のヘッドライトもだ。
 迫り来る闇の気配を更に深いものとするのは人の恐怖。
 だが慶一郎には判った、明かりを消したのが“彼等”だと。
「全員、身を伏せなさい!」
 言い放つ。
 部下が指示に従ったことを砂利の擦れる音で確認し“彼等”の気配を探れないか更に試みようとした、目の前。
「的確な指示、感謝します」
「!」
 不覚にも、思った以上の至近距離から聞こえた声に目を瞠る。
「傷は治しておきます。命の心配も要りませんよ」
 穏やかな声だった。
 暗闇の中で何が起きているのか、正確に見ることは叶わない。
 だが、血を流していた部下の腕に誰かの手が添えられている事は、そこから放たれる光りによって見て取れ、また、その人物の胸の位置だろうか。
 点滅する小さな光り――。
「貴方も伏せてください」
 おそらく笑顔だろう声の響きに、慶一郎もここは任せようと身を伏せる。
 そのわずか数瞬後、辺りを白銀の輝きが覆い尽くした。


 ***


 翌日の午後、慶一郎は都内カフェテラスの窓際、外から見易い場所に位置する席で人を待っていた。
 待ち人は恐らく二人。
 どちらも年若い青年だろうと推測する。
 と言うのも慶一郎が待っているのは友人や知人ではなく、闇の中で顔を見ることすら出来なかった昨夜の“彼等”だからだ。
 あのままでは正体を知る術など無かったが、その暗闇のお陰で逆に目立つものがあった。あの時、彼の胸ポケットに入っていたと思われる携帯電話が、着信を知らせるべく淡い光りを点滅させていたのだ。
 それが現在は慶一郎の手の中。
 電話が持ち主の手を離れた理由はただ一つ。
 負傷した部下の治療に意識を向けてくれていた隙をついて拝借し、連絡が来るか否か、実質半々の可能性に賭けたからだ。
 結果、慶一郎は勝った。
 自分の携帯を鳴らして所在を確かめてきた若者に、悪いと思いつつ笑ってしまったのは今朝早くの話である。
 そんな事情で迎えた約束の時間のテラス席。
 目印に彼の携帯電話を置いて待つこと数分。
「貴方ですね」
 掛けられた声は朝の電話と同じ声だ。
「初めまして、と言いましょうか。緑光(みどり・ひかる)です」
「ご足労感謝しますよ。昨夜も助かりました、ありがとう」
 立ち上がって握手を求めれば、青年は苦く笑った後で手を握り返してきた。
 栗色の髪に柔らかな物腰は整った顔立ちと相まって英国貴族を連想させる容貌。
 慶一郎の金髪碧眼という日本人らしからぬ外観と似通った雰囲気を醸し出すが、やはり根本的な部分が違う。
 目の前の青年は人間に限りなく近い、人外だ。
「いろいろと聞きたいことはあるんですが、…お友達は一緒じゃないんですか」
「友人とは恐れ多いですね。――…っと、貴方のことは何とお呼びすれば?」
「そうですね、…白鴉と」
 明らかに本名とは異なる響きに、だが緑光と名乗った青年は笑みを強めただけ。
「座らせて頂いても?」
「ええ、もちろん。何かご注文は?」
「いえ結構です」
 そうして揃って席についた二人は、しばらく互いの内面を探り合うように視線を合わせたまま黙っていたが、そのうち無言で見合うのにも飽き、先に口を切ったのは相手を呼び出した慶一郎だ。
「もうお一人は欠席ですか」
 先刻の質問を繰り返せば苦笑が返る。
「今回の失敗にご立腹でしてね。一人で責任を取って来るよう叱られました」
「それは申し訳ない。助けて頂いた恩を仇で返したのはこちら側なのに」
「電話は返していただいても?」
「もちろんです。中身を拝見するような事はしていませんが、その番号だけは控えさせてもらいましたよ」
「でしょうね」
 クスリと笑って自分の電話であることを確認した光は胸ポケットにそれを仕舞う。その指先まで神経が通った優雅な動作に、慶一郎は興味深い視線を送った。
「正直、この電話を返すよう言って来られるかどうか自信は半々だったのですが」
「僕も普段であれば迷わずこちらを棄てますね」
「では、今回は棄てられない理由が?」
「恋人にメールの再送は絶対にしないと言われてしまったんですよ」
「…それはまた」
 意外な返答に、慶一郎は思わず素で笑ってしまう。
「いや、それは本当に申し訳ない事をしました」
「どうぞお気になさらずに。今回のことで僕も勉強させてもらいましたから」
 そうして返る表情も、柔らかな笑みだった。
「この東京には、一見普通の人間にしか見えない貴方のような方でも僕達の常識を超える身体能力をお持ちなんですね」
「普通の人間は本当に普通ですよ。自分に近い存在の方が目に留まり易いが、どんなに多く見えても、やはり私達の方が異端です」
「しかしこの街には貴方のような方が必要だ」
 そうして二人の視線は絡み合い、どちらからともなく、笑う。
 まるでそれが合図のように。
「昨夜の靄、…あれの正体をご存知ですね?」
 慶一郎が所属する秘密部隊の持つ情報は国家レベル。
 その彼等の所持する武器が一切効果無かった敵を、いとも容易く退けた炎と、白銀の光。
「貴方達は何者で、あれは何です」
 決して逸らされぬ視線に射られて、だが彼は微笑った。
「…正体を知っているかと聞かれれば返答に困りますね。僕達は知っているはずでしたがアレは変化してしまった。原因はこの街の奇妙な歪みではないかと推測しているところです」
「なるほど…、魔都はああいった物にも影響を及ぼしますか」
「この都の調査にも時間が掛かりそうですよ」
 そうして告げられる言葉、向けられる視線。
 どちらもこれは一種の駆け引きだと気付いている。その上で、一人の公務員でもある慶一郎にここで勝負する意味はない。
「では、取引をしませんか」
「と言いますと」
「貴方達は魔都東京の情報が欲しい、私共は有事の際に協力していただける退魔師とのコネクションが欲しい…、お互いに利害が一致していると思うのですが、共存共栄といきませんか?」
「共存共栄」
 繰り返す青年の口元に浮かぶのは――。
「なるほど、魅力的なお話しですね。主にそう伝えましょう」
 主と言われて咄嗟に昨夜のもう一人を思い浮かべる。
 おそらくそうなのだろう。
「主殿は承諾してくれますか」
「ええ、きっと。彼が認めれば僕達の事もお話し出来ますし、…そうですね、貴方が言う有事の際には僕の携帯にご連絡下さい」
「番号が変わっているというのは無しですよ」
「ご心配なく。番号を変えるなんて言ったら今度こそ恋人に振られてしまいます」
 それは安心だと、二人は笑った。
「また近い内にお会いしましょう」
「ぜひ」
 次は陽の下か闇の内か。
 立ち上がり、一礼して去っていく青年を慶一郎は見送るつもりだったが、瞬き一つの間に彼の姿は消えていた。
「…アンナエウス・セネカ曰く【神が命を多種多様に分かったのは相互に扶助させようとするためである】ですか」
 この接触が何らかの未来を運んで来ることを、慶一郎は静かに予感するのだった。




 ―了―

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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
◇整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 /
・6739 / 矢鏡慶一郎 / 男性 / 38歳 / 防衛省情報本部(DHI)情報官 一等陸尉 /


■ ライター通信 ■
初めまして、月原みなみです。
確立された大人の魅力溢れる矢鏡さんと縁を繋いで下さり心から感謝します。
当初はもう一人のNPC・影見河夕にも登場してもらうはずでしたが彼は矢鏡さんを苦手なタイプと判断したようです。その代わり、光が普段の倍以上も楽しませて頂きました。
リテイクありましたら遠慮なくお出し下さい、よろしくお願い致します。
機会がありましたらまた声をお掛け下さいませ。

ありがとうございました。