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まほろば島への招待! 〜二日目〜
「いい島だなぁ〜」
大きく伸びをするヒコボシは、振り向いてステラに問う。
「昨日は泳ぐほうに力を注いだけど、今日は何かあるの?」
「……あります。今日はこの島で毎年ある『夜市』の日ですから」
「ヨイチ?」
「はい。色んなお店がありますぅ。夏祭りの定番のお店から、変わったものを扱うものまで。
えっと、あとは『蛍狩り』ですね」
***
「本日は蛍狩りがあります。行かれる方はこちらで用意した提灯をお持ちくださいまし。玄関にご用意しておりますので、その旨を従業員にお伝えくださればすぐにお貸しいたしますので」
部屋に来た仲居がぺこりと頭をさげて言う。
「夜市は旅館から近いですけど、蛍を見るには山や森に入らねばなりません。ご案内はさせていただきますが、足もとが暗くなりますので」
*
都会では蛍など見ることができない。
夜市という祭に行くことにも興味を惹かれたが、初瀬日和は蛍狩りを選んだ。
今年新調した浴衣も持ってきていたし、それを着て出かけるというのも悪くないだろう。
だが……問題がある。いくら宿の人が案内してくれるとはいえ、山や森に入るのは危険だ。誰かと一緒ならいいのだが、生憎とここには彼氏はいない。
(あ……!)
居る。
一人だけ、ついて来てくれそうな人が居るではないか!
遠逆和彦の泊まっている部屋は教えられていた。部屋の前をうろうろとし、それから日和は思い切って戸をノックしようとする。
が。
「あれ?」
目の前でいきなり開いた戸。そしてこちらを見て不思議そうにしている和彦の声。
日和は硬直した体勢のまま、見上げる。
「誰かうろうろしてると思ったら、日和さんか。どうした? 俺に用か?」
彼は部屋から出てくると、戸をぴしゃんと閉める。中に入らせる気はないようだ。いや、日和としても中に入る気はさらさらなかったが。
和彦は合点がいったように「ああ」と声を出して微笑む。
「お昼を誘いに来てくれたのか? ちょうど良かった。俺も今から取りにいこうかと……」
「あ、いえ。違うんですっ」
恐縮しつつ、日和が眼前で手を振って否定する。
「今晩、蛍狩りに行こうかと思いまして……。そこに行きたいんですけど、一人では行き帰りがちょっと心配なので……良かったら、一緒に行っていただけませんか?」
「え? 俺が?」
少し驚いたように目を見開く和彦だったが、すぐに微笑む。
「いいとも。確かに女の子に夜道を歩かせるのは危険だ。護衛につくくらいはお安いご用だ」
答え方が微妙ではあったが、彼は快く了承してくれたようだ。日和はほっと安堵する。
「よろしくお願いします」
「じゃあ何時に迎えに行こう?」
「そ、そうですね。えっと、蛍狩りに行く10分前に部屋に来ていただければ……。出かける準備はできていると思います」
「そうか。では、その時間に行く」
にっこりと微笑む和彦の前で、日和はもじもじしてしまう。なぜ彼の前ではこうも羞恥心が占めるのだろうか。
日和は泊まっている部屋で浴衣を着ていた。黒地に、ぼかしの紫で紫陽花、そして蝶が描かれている浴衣である。長い髪を後頭部にまとめようかと悩むが、今回はやめておいた。うなじのところで一つに括り、左肩から左胸にかけて垂らす。括っているゴムの部分にかんざしに似た飾りをつけ、可愛らしく演出だ。
どうかな、と思いつつ自分を見下ろしてくるりと一回転。
しかし全体図が見えるわけではない。この和室には全身を映す鏡が存在していないのだ。
着るのが初めての、この浴衣。さて、他の者にはどのように見えるだろう?
*
「こちらでございます〜」
先頭を二本足で歩く狐は提灯を片手に夜道を進む。街灯が一つもない中、確かに提灯がなければ不安にもなる。だが空に浮かぶ月はかなり大きく、眩しい。
そもそもこの島はそれほど大きくない。島の半分以上は森で占められているのだ。
浴衣姿の宿泊客たちはぞろぞろと道を歩いている。
「うわぁ……結構人が多いですね、和彦さん」
日和は下駄の音をさせて和彦と共に歩く。和彦は動き易い私服姿だ。
「こんなにぞろぞろ行って、大丈夫なのか……?」
不思議そうな彼に日和は小さく笑ってしまう。
「見るだけですし、捕まえたりしませんから大丈夫だと思いますよ?」
「そういうもんなのか……?」
「和彦さんは蛍とか、見たことは?」
「え? 実家で散々見たような気がするけど……。そんなに珍しいものなのか?」
都会育ちではない和彦にとっては、こうしてわざわざ蛍を見に行く者たちの心情は理解できないらしい。
ぞろぞろついて行く集団の最後尾では、のろのろ歩く草間武彦を後ろから押すシュライン・エマの姿があった。
「もうっ! もっとシャキっと歩いてよ、武彦さんっ」
「もういいだろ。帰らないか?」
「まだ旅館を出て10分も経ってないわよ!」
案内の狐は森に続く細い小道に入って行く。
「もう少し進めば川がございます。そうすればもう蛍の見えるところはすぐそこ。その後はそれぞれお好きなようにお過ごしくださいませ。
お帰りの道は提灯が案内してくれましょう。なぁに、簡単なことでございます。帰りたいと願えばよろしいのですから」
狐はコンコンと軽やかに笑った。自然、ついて行く人たちは黙ってしまう。虫たちの鳴き声。森の葉の深い香り。都会では感じられないものばかりだ。
人の手があまり入っていない森の中。提灯を手に狐について行く人々は、川のせせらぎが聞こえ、小声で言い合う。
「森の中に長い川が通ってまして、川の周辺からはあまり離れないほうがよろしいと思いますよ。蛍も水辺の近くにいますしね」
案内狐は到着したことを告げた。
歩いていた細い道の先に川が見える。ちょうど目の前を横たわるように、川が。
そこに淡い光を放ちながら蛍が飛んでいる。近くの草にとまったままのものもあれば、空中を舞うように飛んでいるものも。
月だけが照らす森の中で、その小さな光たちは見るものを魅了する――。
*
案内狐は早々に去ってしまい、残された者たちは思い思いの方向へ散っていく。
日和は和彦と並んで川に沿って歩いた。こうして二人きりになると、やはりまた胸の動悸が激しくなる。ほとんど病気ではなかろうかと疑ってしまうくらいに。
(同行してもらえるのは嬉しいですけど……)
いざそういう状況になると、選択を誤ったのではないかと思ってしまう。
ふわふわと舞っている蛍は確かに綺麗だ。けれど、意識は提灯を持って歩いている和彦に向いてしまいそうになる。いや、実際向いていた。
「綺麗ですね、和彦さん」
「うん。そうだな」
あっさりと彼は頷いた。実家で散々見てはいるが、綺麗なものを綺麗だとは感じるようである。
「……和彦さん、浴衣は着なかったんですね」
あ、この話題は失敗だったかもしれない。自然とこちらの浴衣の話題になってしまうだろう。マズイ。でも、自分の浴衣姿を見てどう思ったか知りたい。
和彦は「んー」と声を洩らす。
「実家では常に着物とか浴衣だし、私服のほうが動き易いからな、森の中とかは」
「そ、そうですか」
「日和さんは浴衣なんだな」
きた! と日和は背筋を少し伸ばす。
和彦はさらりと言う。
「似合ってる。可愛い」
まるで、なんでもないことのように言われて日和は「えっ」と内心思ってしまった。期待してしまった自分を恥じてしまう。
だが、和彦を見上げると彼の頬は赤い。提灯の明かりに照らされて見間違いかと思ってしまうが、間違いない。
日和は顔を赤く染め、俯いてしまう。
「あ、ありがとうございます……」
「え? なんでお礼を言うんだ?」
「ええっ!?」
和彦がそんな反応をするとは思ってもみなかったため、日和も驚いてしまう。
やや呆然と見つめ合う二人は、それから吹き出して笑った。
「す、すみません。褒められたのでついお礼を……」
「そういう時は『嬉しい』って言ってくれたほうが、俺はいいな」
「そうですか?」
「ああ」
頷く和彦はふと表情を曇らせる。それは一瞬のことで、彼はいつもの穏やかな表情に戻った。
二人は再び歩き出す。木々の間を飛び交う蛍を目で追った。
「でも、日和さんは俺と一緒に居ていいのか?」
「え?」
「誤解されないだろうか……? 俺は別に構わないけど」
沈んだ声で言う和彦を見上げ、日和は目をぱちくりとさせた。彼は日和を心配しているようだった。周囲からあらぬ誤解を受けてはいけないだろう、と気を遣っているらしい。
日和はぱたぱたと手を振って否定する。
「大丈夫ですよ。私が和彦さんに不釣合いですから」
「え? なんで?」
自身の外見に無頓着なのは相変わらずのようだ。不思議そうにしている和彦に日和は苦笑してみせる。
と、かくんと体が前のめりになった。「あ」と思った時には和彦に支えられていた。
心臓が大きく跳ねる。
「大丈夫か?」
「はっ、はい」
日和の声に安堵した和彦は、自分のすぐ近くに日和の顔があることに気づき、ハッと顔を真っ赤にして体を退いた。
「ご、ごめん」
「いえ、私こそ。あっ」
日和は足もとを見て眉を下げる。下駄の鼻緒が切れてしまっている。
どうやら先ほど倒れた原因はこれにあるようだ。日和は屈んで下駄を脱ぐ。
「切れてしまいました……」
「直そうか?」
「えっ? 直せるんですか?」
「実家では草履とか下駄もよく履いていたし。これくらいなら大丈夫だと思うけど」
日和から下駄を受け取った和彦は、代わりに提灯を日和に渡す。川の水の音が静かに耳に届いた。
無言で鼻緒を直している和彦を見ていた日和だったが、背後の音にびくっと軽く反応する。風の音だとわかっていても、多少怖い。
(???)
日和は今さらながらに、ここが森の中だと自覚した。蛍の光で幻想的には見えるが、ここは危険もある場所なのである。
ガサッ。
思ってもみなかった方向からの音に反応して日和は和彦に思わずしがみつく。それに対して「えっ」と洩らして仰天した和彦は思わず手に持っていた下駄を落としてしまった。
「ああっ、ごめんなさい!」
落ちた音に気づいて日和が慌てて屈む。けれど慌て過ぎたために自分の足で下駄を蹴飛ばしてしまったのだ。下駄はカンと音をたてて、川に落ちてしまった。
唖然、とする二人だったが、和彦が先に声をたてて笑い出した。
「あはは……! 凄い勢いで蹴ったな、日和さん!」
「わ、笑うことないじゃないですか!」
真っ赤になる日和の前で彼はしばらく笑い続けていた。
結局、川から下駄を拾ったのは和彦で、今こうして日和をおぶっているのも彼だ。下駄が濡れているので仕方ないが、これはかなり恥ずかしい。
和彦の背中の温かさを感じつつ、日和は嬉しさと羞恥に、旅館まで無言でいた。こうして二日目の夜は、更けていったのである。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
NPC
【ヒコボシ(ひこぼし)/女/外見年齢10/星の導き手】
【草間・武彦(くさま・たけひこ)/男/30/草間興信所所長、探偵】
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/退魔士】
【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご参加ありがとうございます、初瀬様。ライターのともやいずみです。
和彦と共に蛍を見ていただきました。いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!
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