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限界勝負inドリーム
ああ、これは夢だ。
唐突に理解する。
ぼやけた景色にハッキリしない感覚。
それを理解したと同時に、夢だということがわかった。
にも拘らず目は覚めず、更に奇妙なことに景色にかかっていたモヤが晴れ、そして感覚もハッキリしてくる。
景色は見る見る姿を変え、楕円形のアリーナになった。
目の前には人影。
見たことがあるような、初めて会ったような。
その人影は口を開かずに喋る。
『構えろ。さもなくば、殺す』
頭の中に直接響くような声。
何が何だか判らないが、言葉から受ける恐ろしさだけは頭にこびりついた。
そして、人影がゆらりと動く。確かな殺意を持って。
このまま呆けていては死ぬ。
直感的に理解し、あの人影を迎え撃つことを決めた。
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落ち着いて相手を見れば、だんだん人影がハッキリと見えてくる。
敵はどうやら大柄の人間だろうか。厚手の鎧を着て、手には大斧を持っていた。
「見れば見るほどパワータイプね。私とは対極にいる人かしら」
火宮・翔子は離れたところから相手を観察する。
相手が着ている鎧も、長柄の戦斧も、どう見てもパワーの必要そうな装備だ。
スピードを活かし、相手を翻弄する翔子の戦い方とは、やはり反するだろう。
翔子は速さを命綱にしている分、防御面で不安がある。
加えて、見るからにパワー有り余るようなt敵の容貌からして、攻撃を一撃でも食らえば即死も有り得るだろう。
そして翔子の武器はナイフが二本のみ。遠距離から相手をどうこうできるような装備ではない。
「……これは少し気を引き締めていかないと、簡単に殺られそうね」
冷や汗を一筋流しつつ、翔子は意を決して敵との距離を縮める。
敵はどうやら迎え撃つ戦法を取るらしい。翔子が間合いに入るまで微動だにしない。
それは当然、あの重装備故に動き辛いからだろう。
下手に動いて隙を突かれないために警戒しているのだ。
こちらから手を出さなければ、膠着状態が続くだろうか。それでは埒が明かないので翔子が突いてみるしかない。
敵の間合いに一歩踏みこむ。
すると、意外にも素早い攻撃が翔子に向かってきた。得物が得物だけに広域の薙ぎ払いだ。
翔子はそれを読んでいたので、少し退いて避ける。大振りかつ、動きが遅いので回避は楽だ。
そしてその斧が振りきられた所で、すぐにまた間合いを詰めにかかる。
あれだけ大きな斧だ。第二刃にはかなりの間が空くはず。
そこを狙って、鎧と鎧の間のスキマを突けば、おそらくあの厚手の鎧でもダメージが通るはず。
翔子はナイフを握る手に力を込め、相手が体勢を立て直す前に狙いを定める。
「そこっ！」
狙ったのは胸当ての外にあり、ほとんど装甲に守られていない横腹。見えるのは布の服のみ。
相手は回避も間に合わず、翔子のナイフはそのまま横腹に向かう。
これは殺った！ と、思った瞬間、ナイフは動きを止めた。
敵の右手に掴まれていたのだ。何と驚く事に、敵はあの大きな斧を片手だけで支えていたのだった。
易々と防御が崩れるとは思っていなかったつもりだが、バレバレの罠にはまってしまったようだ。
隙だらけの脇腹につられ、気付かない内に深く踏み込んでいた。加えて、ナイフを掴まれている。
今回の基本戦術はヒットアンドアウェイ。攻撃の後はすぐに距離を取るつもりが、これでは……。
と、考えている内に、戻ってきた敵の斧が翔子の鼻先を霞める。ナイフを手放して咄嗟に回避できたが、少しバランスを崩してしまった。
よろけながら後退している内に、またも敵の斧が襲い掛かってくる。
それも何とかバックステップで回避するが、着ていたライダースーツの腹部が大きく裂かれた。
「……っく！」
とんだ失態だ。あんなわかり易い罠にはまってしまうとは。
相手が鈍重な敵だと思って、少し甘く見ていた。速さを活かせば攻撃は掠りもしないと、どこかで思っていた。
「冷静になれ、私……。いつもどおりやれば、勝てない相手じゃない」
先程の一撃で翔子を殺せなかったのは、相手がその程度の使い手だったという事。
敵が手練ならば、翔子の胴はもう二つに分かれていただろう。
今、まだ戦場に立っていられるのは偶然。運が良かっただけだ。
もっと冷静になれ。勝ち目はある。しっかり相手を見極めろ。
深呼吸を一つし、翔子は敵をしっかりと見据える。
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相手はやはり動かない。基本戦術を徹底しているようだ。
おびき出して迎え撃つ。その相手の戦術を崩すのは相手を逆に攻勢に出させる事だ。
だが、フルフェイスの兜からは相手の表情は伺えず、戦い方も冷静そうに見える。駆け引きは難しいかもしれない。
だったら、こちらも自分の戦い方を守るだけだ。
距離を取って相手を窺いつつ、速さを活かして徐々に相手の体力を削る。
そうすればいつか致命的な隙が出てくるはず。それを見逃さなければ翔子の勝ちだ。
「気の長い戦いになりそうね」
ナイフを握り直し、翔子は再び駆け出す。
相手の間合いに入ると、今度は牽制のためだろうか、石突が翔子を迎えてきた。
翔子はそれを容易く避ける。動きの遅い相手の攻撃を避けるのに、それほど苦労は無い。
敵の第二撃、今度は斧の刃が横薙ぎに襲い掛かってくる。
翔子はそれを、身を屈めて回避し、相手をしっかり観察する。
考えてみればアレだけ重装備の相手。となればおそらくあの服の下に帷子は着ているだろう。
そうなると上半身全ては帷子で覆われていると思ったほうが良い。だとすれば、先程の脇腹を狙った攻撃も通らなかったかもしれない。
ナイフでは貫通力が心配だ。
チラリと腕に目を移す。肘や脇など、腕の関節部分を狙うには危険が大きい。
仮に片肘を刺し、稼動不能にしたとしても敵は大斧を片手で扱う。反撃を食らってしまうと翔子が危ない。
脇など急所をつければ決着になり得るかもしれないが、先程の動きを見ても、急所を易々と晒すほど弱くはないようだ。
となると狙いは下半身。踏ん張りを利かなくすれば、あの重装備で動くのにも支障が出るだろう。
稼動部で装甲が薄めなのは股関節、膝裏、アキレス腱辺りだろうか。
前面から膝裏、アキレス腱は狙いにくい。股関節もウェストガードが邪魔だ。
となれば下半身を狙うにもリスクが高いか……。
翔子が相手のウィークポイントを探していると、何と敵がぐるりと後ろを向いた。どうやら斧の勢いに振り回されたらしい。
それにより、翔子が狙っていた膝裏とアキレス腱の二つが露わにされる。
瞬時にそこを突くべきかどうか判断する。
罠の可能性も確かにある。だがここは狙うべき。
敵が後ろを向いたことにより、次の敵の攻撃まで大きな隙が空くはず。
その一瞬を突けば、相手の足を殺すことも出来る。
だったらそれに賭けてみるべき。
そう判断した翔子はナイフを敵の膝裏を目掛けて突き立てる。
読み通り、下半身の方の防御は手薄らしく、ナイフは敵の膝に突き刺さる。
これで相手の少ない動きにも変化が出てくるだろう、と思ったのだが、ナイフを突き刺したのに手ごたえが無い。
「……これは、中身が空！？」
ナイフを引き抜くと血が全くついていない。中身が全く無かったのだ。
となると、空っぽの鎧だけが斧を振り回していることになるだろうか。
外見で、相手は人間だと思っていたが、どうやら魔法生物の類らしい。
これでは関節を狙ってチマチマ攻める戦法は使えない。装甲の薄い部分を狙っても相手に傷をつけられるわけではないのだ。
意表を突かれた隙に、敵はぐるりと一回転し、斧を大上段に構えていた。
それが振り下ろされる前に、翔子は慌てて跳んで避ける。
次の瞬間、地面を大きくヒビ割れさせる程の力を持った斬撃が振り下ろされた。
翔子はまた敵から距離を取り、落ち着いて呼吸を整える。
二度も騙し討ちを喰らってしまった。
やはり冷静になりきれてないのか。それとも心理戦において相手のほうが上手なのか。
どちらにしろ、二度死に掛けて、二度命拾いしたのは間違いない。
これ以上失態を見せるわけには行かない。相手が人外で、翔子が魔祓い士の家の長女ならなおさら。
「ここからは本業ね。相手が魔の物なら容赦しないわ」
翔子の目つきが変わる。
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本当はどこかで嫌がっていたのかもしれない。
人を殺すのは大きな抵抗を伴う。
相手が人に思えたから、決定的な一撃を、無意識の内に拒んでいたのかもしれない。
考えてみれば、敵が背中を向けたとき、何故か首を狙うポイントから除外していた。
相手を殺すのならば、首を狙う事も頭に入れるはず。
それが出来なかったのは、もしかしたら人を殺すのを嫌がっていたからかもしれない。
だが、そんな迷いももう要らない。
相手が人ではなく、更に人に危害を加えそうな物ならば、もう何の迷いも要らない。
心がどんどん静かになる。何も気にならなくなる。
「残念だけど、貴方は生き残れそうに無いわね」
翔子が敵に向かって一歩踏み出す。
目の力を使えば楽だ。
相手を焼き尽くしてしまえば、戦闘はそれで終わるだろう。
だが気にするべきは、あの鎧が自立稼動型ではなく、どこかに操っているものがいた場合。
それを考慮して、翔子は敢えてナイフで闘いを挑む。
いつも通り、動かない敵を目指し、一歩一歩距離を詰める。
これから考えるのは相手の急所。術者と繋ぐ印、若しくは魔力が溜められている場所。
相手が魔法生物ならどこかにそれか、若しくはそれに準ずる何かがあるはず。
まずはそれを探すのを第一とする。
絶えず歩いていた足が、相手の間合いに一歩踏み入る。
それを合図に、やはり敵が迎え撃ってくる。
斧での薙ぎの一撃。翔子は目を凝らしながらもそれを躱す。
「……斧には無し」
印らしきものは見当たらなかった。
鎧の表面にも、先程背面も見たが、それらしきものは無い。
だとしたら、やはり鎧の内側と見るのが妥当だろうか。
急所はやはり隠しやすいところにあるのだろう。易々と弱点を見破られては何もならない。
翔子は斧が帰ってくる前に相手の兜を掴みにかかる。
すると、初めて敵が退いた。
斧を振った勢いをどうにかしない内に、無理に退いたので、敵は少しバランスを崩してバタつきながらも、何とか体勢を立て直していた。
「なるほど、わかりやすいわね。そこにあるのね？」
弱点の場所の見当は付いた。ならば後はあの頭をどうやって落とすか。
それは簡単である。鈍重な相手から兜一つ奪うぐらい、どうってことはない。
近付く翔子を遠ざけるためか、敵はまた斧を振り回す。
しかし、やはり翔子は楽々とそれを躱し、どんどんと距離を詰める。
距離がある程度詰まると、また兜に向かって手を伸ばす。
すると、やはり敵は無様に退こうとするのだが、今度は逃がさない。
バランスを崩した所を目掛けて、翔子は敵に体当たりをかます。
すると、敵はよたついてそのまま倒れてしまった。
その衝撃でゴロリと兜が地面を転がる。翔子は素早くそれを手に取った。
中を窺うと……何も無い。
「となると逃げたのはハッタリか。じゃあ身体の方にあるのね」
外れてしまった兜の方はうんともすんとも言わない。やはり印は身体の方にあるのだろう。
翔子が振り返ると、重たい鎧が起き上がろうとしているが、どうやら重たすぎて起き上がるのに手間取っているらしい。
その隙に近付いて空洞である鎧の中を覗くと、ＥＭＥＴＨと書かれた紙が張り付いてあった。
「見つけたわ。貴方、ゴーレムだったのね」
呟きながらナイフで初めのＥの文字を削る。こうすればゴーレムは機能を停止するのだ。
Ｅが削られた瞬間、鎧はその場に崩れ、完全に動かなくなった。
「これで終わり、ね」
鎧が動かなくなった瞬間、風景が次第にぼやけ始める。
夢からの覚醒が近付いているのだろう。
どうやらゴーレムを操っていた人間は居らず、戦闘もこれで終了とみなされたらしい。
「この子は何のために戦ってたのかしらね」
動かなくなったゴーレムを見て、翔子は一つ呟く。
もしかしたら、このゴーレムは翔子がこの夢を見なければ静かに暮らしていたのかもしれない。
少し悪い事をしてしまった気分になりながらも、夢は終わりを告げた。
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【3974 ／ 火宮・翔子 （ひのみや・しょうこ） ／ 女性 ／ 23歳 ／ ハンター】
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■ ライター通信 ■
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火宮 翔子様、ご依頼ありがとうございます！ 『守備といえばゴーレム、ゴーレムといえば守備』ピコかめです。
安直ですか、そうですか……。
パワータイプ対スピードタイプという事で、ガリガリ書かせてもらいましたよ！
でも、意外と勝敗で言えば楽勝。ゴーレムの力量が微妙に足りませんでしたね。
最初の方はまだ良い勝負っぽかったんですが、結局力の差がアリアリと出てしまいました。
ではでは、また気が向きましたらよろしくどうぞ！
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