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<PCゲームノベル・星の彼方>


まほろば島への招待! 〜二日目〜



「いい島だなぁ〜」
 大きく伸びをするヒコボシは、振り向いてステラに問う。
「昨日は泳ぐほうに力を注いだけど、今日は何かあるの?」
「……あります。今日はこの島で毎年ある『夜市』の日ですから」
「ヨイチ?」
「はい。色んなお店がありますぅ。夏祭りの定番のお店から、変わったものを扱うものまで。
 えっと、あとは『蛍狩り』ですね」

***

「本日は蛍狩りがあります。行かれる方はこちらで用意した提灯をお持ちくださいまし。玄関にご用意しておりますので、その旨を従業員にお伝えくださればすぐにお貸しいたしますので」
 部屋に来た仲居がぺこりと頭をさげて言う。
「夜市は旅館から近いですけど、蛍を見るには山や森に入らねばなりません。ご案内はさせていただきますが、足もとが暗くなりますので」



「というわけで」
 シュライン・エマは意気込んで草間武彦に言う。
「せっかくだし、外を見てみたいと思うのよ。武彦さんてば、この島に来てからごろごろしてるだけなんですもの」
「旅館ていうのは、ごろごろしてくつろぐところだろうが」
 旅館の浴衣姿で転がっている武彦を、シュラインは見下ろす。
 草間興信所での忙しい日々の中、やっと休みがとれて来たというのに。興信所に残してきた草間零の「おみやげ、よろしく」という端的な言葉を思い出す。
(せっかく零ちゃんが気遣ってくれたのに……)
 休みを満喫してきてください、という心遣いが嬉しかったが、武彦は全く感謝すらしていないようだ。
 彼は料理を食べては「美味い」と言うだけ。昨日だって、泳ぐのは面倒だと言って一日中ここに転がっていた。たまの休みだ。怪奇事件に翻弄される日々から解放されて、ごろごろしたい気持ちもわかる。
 でも。でも、だ。
(私が一緒に居るのに……もう少し考えて欲しいと思うのは贅沢なのかしら?)
 部屋も広いし料理も美味しい。特殊な島ではあるが、のどかでバカンスにはもってこいだ。
「今晩は蛍狩りに行こうと思います」
 片手を挙げて、シュラインが宣言する。寝転がってうちわを扇いでいる武彦は、
「ああ。気をつけて」
 と言うだけだ。思わずシュラインが「ふ」と笑った。
「あなたも行くのよ、武彦さん」
「俺は遠慮しとく。わざわざ蛍を見に行くことないし、ここで寝るわ」
「……行くのよ」
 ぼそりと呟くシュラインはにっこりと笑顔を浮かべている。
「蛍の出現ポイントも調べたし、道順も旅館の人たちに教えてもらったわ。煙草を吸ってもいい地点もついでに調べたし」
「ご苦労なことだな」
「だ・か・ら、行くの!」
 ね?
 と、満面の笑顔で言うシュラインの見えない圧力に負けて、武彦はしばらくしてから「あぁ」と気のない返事をしたのである。

 蛍狩りに出発する時間を何度か確認しつつ、時間まで余裕を持てるようにとシュラインは浴衣に着替えた。
 生成り地に、墨で大きな金魚が描かれたものである。長い髪は一つにまとめ、後頭部に結い上げた。浴衣もシンプルなものなので、髪に飾りはつけない。余計な装飾はかえって邪魔になってしまうからだ。
 どうだろう?
 我ながら似合うと思われる。シュラインは手鏡で自分の髪型を確認し、それから鏡の中の自分と睨めっこをした。
 立ち上がってくるりと自身を見下ろしながら回ってみる。ちょうどそこへ武彦が戻って来た。
「まだ早いだろ。行くまで30分も時間がある」
「ねえ、武彦さん、どうかしら?」
 可愛らしく微笑んで尋ねるが、武彦は「ああ」と一言洩らして、
「夏らしくていいな、金魚は」
「……金魚の話じゃないわよ」
「似合ってなかったら、やめとけって言うだろ」
 肩をすくめて言う武彦は畳の上にどっかりと腰をおろすと、「暑いなぁ」と窓の外を眺めた。どこかで買ってきたらしいアイスを早速食べ始めていた。



「こちらでございます〜」
 先頭を二本足で歩く狐は提灯を片手に夜道を進む。街灯が一つもない中、確かに提灯がなければ不安にもなる。だが空に浮かぶ月はかなり大きく、眩しい。
 そもそもこの島はそれほど大きくない。島の半分以上は森で占められているのだ。
 浴衣姿の宿泊客たちはぞろぞろと道を歩いている。
「うわぁ……結構人が多いですね、和彦さん」
 初瀬日和は下駄の音をさせて遠逆和彦と共に歩く。和彦は動き易い私服姿だ。
「こんなにぞろぞろ行って、大丈夫なのか……?」
 不思議そうな彼に日和は小さく笑ってしまう。
「見るだけですし、捕まえたりしませんから大丈夫だと思いますよ?」
「そういうもんなのか……?」
「和彦さんは蛍とか、見たことは?」
「え? 実家で散々見たような気がするけど……。そんなに珍しいものなのか?」
 都会育ちではない和彦にとっては、こうしてわざわざ蛍を見に行く者たちの心情は理解できないらしい。
 ぞろぞろついて行く集団の最後尾では、のろのろ歩く武彦を後ろから押すシュラインの姿があった。
「もうっ! もっとシャキっと歩いてよ、武彦さんっ」
「もういいだろ。帰らないか?」
「まだ旅館を出て10分も経ってないわよ!」
 案内の狐は森に続く細い小道に入って行く。
「もう少し進めば川がございます。そうすればもう蛍の見えるところはすぐそこ。その後はそれぞれお好きなようにお過ごしくださいませ。
 お帰りの道は提灯が案内してくれましょう。なぁに、簡単なことでございます。帰りたいと願えばよろしいのですから」
 狐はコンコンと軽やかに笑った。自然、ついて行く人たちは黙ってしまう。虫たちの鳴き声。森の葉の深い香り。都会では感じられないものばかりだ。
 人の手があまり入っていない森の中。提灯を手に狐について行く人々は、川のせせらぎが聞こえ、小声で言い合う。
「森の中に長い川が通ってまして、川の周辺からはあまり離れないほうがよろしいと思いますよ。蛍も水辺の近くにいますしね」
 案内狐は到着したことを告げた。
 歩いていた細い道の先に川が見える。ちょうど目の前を横たわるように、川が。
 そこに淡い光を放ちながら蛍が飛んでいる。近くの草にとまったままのものもあれば、空中を舞うように飛んでいるものも。
 月だけが照らす森の中で、その小さな光たちは見るものを魅了する――。



 案内狐が去ってから、シュラインは早速自分が調べた蛍ポイントに向けて指差した。
「あっちね」
「ふーん」
 武彦がそう洩らし、歩き出す。シュラインは武彦の後ろに続いた。
 しっかりと髪をあげてはいるが、気になる。乱れてはいないだろうか。うなじのところの後ろ毛も気になってしょうがない。
(うー)
 シュラインはもどかしげに後頭部にそっと手を遣った。大丈夫だ。おっと、あまり触ると髪型が崩れてしまう。
 降ろした手を見遣り、それからシュラインは武彦の背中を見つめた。浴衣姿ではなく、私服姿の背中を。
 いいだろうかと思いつつ、手を伸ばす。伸ばした手の指先に力を込めた。
 指先に引っかかった武彦の衣服の裾を摘む。ちょうど武彦からは半歩後ろにシュラインは居た。
 自分の手を見下ろし、それから小さく微笑む。いつ気づくだろう? それとも気づかないかしら? いや、でもこれは足もとが自信ないからというのもあるのよ。
 森の中を飛び交うホタルを見つつ、シュラインは大きく息を吸い込む。
 やはり映像ではなく、本物を直にこの目で見るのは強烈だ。むせかえるような木々の香り、踏みしめる土の感触。
 武彦が持つ提灯の明かりは、それら自然を損なうような光は発していない。落ち着いた、静かな光だ。
 穏やかな時間が過ぎる。ただ二人でゆっくり歩き、蛍の放つ小さな明かりを目で追った。
 草間興信所では様々な依頼がくる。怪奇なもの、驚愕なもの、暢気なもの、様々だ。だからシュラインと武彦はほとんど休む間もなく働いている。暇な時もあるにはあるが、それはそれで手持ち無沙汰になるだけで、落ち着いた日とは呼べない。
 だから、こういう時間が、とても……とても貴重だ。
(事務所ではくるくる動いているものね……)
 ぼんやりと思うシュラインは、武彦が足を止めたことに気づいた。
「このへんか?」
「たぶん」
 シュラインは武彦の衣服から手を離し、彼の背後から前を覗く。旅館で聞いた場所に間違いはないだろう。
 川が流れ、そこには蛍がちかちかと光りながら葉にとまっている。蛍の多さに思わず驚くシュラインであった。
「す、すごい……! こんなに居るものなのね」
 感心なのか呆れなのかわからない声を出しつつ、シュラインは圧倒されていた。
「こんなに多いとありがたみがないな」
「ありがたみって……。でもこんな光景、今まで見たことないじゃない……!」
 じわじわと感動が広がり、シュラインは感嘆の息を洩らす。
 武彦もやはり綺麗だと感じているらしく、黙ったまま眺めていた。そんな彼の肩にシュラインはそっと頭を預ける。武彦の鼓動と自分の鼓動が、暖かく聞こえた。

 提灯に導かれて帰り道を歩いていたシュラインは、ふと気づいて「こっち」と武彦を引っ張った。まだ森の中だ。
「どうした?」
「そろそろ武彦さん、タバコ吸いたくなる頃合いでしょ?」
「……我慢できんこともない」
 視線を逸らす武彦に「嘘ばっかり」とシュラインが肩をすくめる。
「この辺りは大丈夫って聞いたから、ここで吸ってから帰ったら?」
 携帯灰皿を取り出してみせるシュラインに、武彦は「う」となってから頷いた。
「……相変わらず気が利くというか、用意周到というか……。俺も携帯灰皿、一応持ってるんだが」
「それでも万一に備えて持っておいて、損はないもの」
 ウィンクするシュラインに、武彦は頭があがらない思いである。



「綺麗だったわね……」
 うっとりした口調で言うシュラインの膝の上には武彦の頭がある。二人は無事に旅館に戻ってきて、今はのんびりと部屋で過ごしている最中なのだ。
 寝転がっている彼は顔をあげ、「そうだな」と小さく呟くと元の位置に戻った。
 シュラインはうちわで武彦に風を送りつつ、室内の窓から見える外の景色に目を遣った。
 外は暗く、森は大きく広がっている。先ほどまであそこで蛍を観賞していたなど、信じられない。
 提灯がゆらゆらと揺れて帰路を教えてくれたから良かったが、森の深いところまで進むと戻って来れなくなりそうだった。
「都会じゃ見られないわ、あんなの」
 儚くて、幻想的で。時間だけがゆったりと進むあの景色。
 いつかまた、あの情景に出遭えるといいけれど、とシュラインは満足げに思ったのである。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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PC
【3524/初瀬・日和(はつせ・ひより)/女/16/高校生】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】

NPC
【ヒコボシ(ひこぼし)/女/外見年齢10/星の導き手】
【草間・武彦(くさま・たけひこ)/男/30/草間興信所所長、探偵】

【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/退魔士】
【ステラ=エルフ(すてら=えるふ)/女/16/サンタクロース】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、シュライン様。ライターのともやいずみです。
 草間氏と共に蛍狩りを楽しんでいただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!