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<東京怪談ノベル(シングル)>


敵はどこだ

 一体自分はここで何をしたらいいのだろう。
 科学者達が集う学会の会場で、デュナス・ベルファーはパンフレットなどを集めたりしながらも、戸惑うように篁 雅隆(たかむら・まさたか)の後を着いて歩いていた。
 今日は学会へ参加し、研究発表をする雅隆のお供でついてきている。その為デュナスは先ほどから時間を気にしているのだが、発表する当の本人は貰った資料にすら目を通していない。
「ドクター、パンフレットは見なくても大丈夫ですか?」
 何だか発表会に臨む子供の親の気持ちになって、デュナスがそう言うと、雅隆は肩をすくめつつにこっと笑った。今日は色々な国から人が来るというので、雅隆もいつもとは違い普通の地味なスーツを着ている。
「ああ、前もって教えて貰ってるし、内容は頭に入ってるから。こう見えても研究者の世界って狭いからねぇー」
「そうなんですか?」
 その質問に、こくっと頷く雅隆。
「うん。論文出すときに、同じ研究とかしてたらお互い無駄足踏んじゃうでしょ。だから色んな研究者が集うネットがあるの。そこで『自分はこの研究したいけど、誰か手付けてる?』とか聞くようにしてるの。そしたら色々回避できるでしょ」
「結構和気藹々としているんですね」
 何となく研究者というと、お互いを出し抜いて研究して先に論文を出したり特許を取った方が勝ちというイメージがあったが、そうではないらしい。自分が思っているのとイメージが違うなとデュナスが思っていると、雅隆があっさりこう言った。
「まあ、相手が気に入らない奴だったら、僕は出し抜くけどねー」
「……ドクターが、どうして敵が多いのか分かった気がします」
 普段はゴシック服を着て、ちゃらんぽらんとしているが、雅隆はこれでもバイオ関係の世界では一目置かれているらしい。たまにその特許を巡って狙われることがあるのだが、大きな原因は多分それなのだろう。まあ、雅隆に何を言っても、自分の道を真っ直ぐ突っ走るのだろうが。
「あーあ、発表面倒だなぁ。デュナス君、代わりにやってよぅ」
「無理です。それに社長に怒られますよ」
「ちぇー」
 今日のデュナスの役目は、雅隆が発表から逃げ出さないようにというお目付役だ。雅隆は時々重要な会議からも謎な方法で脱走するのだが、今回は篁コーポレーションの研究室の面子もあるのでそれは困る。
「今日抜け出したら、日本にいられなくなるかも知れませんよ」
「うん、それぐらいやられるかも。うー、仕方ないから発表するよぅ」
 時間も丁度いい頃合いだ。久々に会う研究者と挨拶をしていた雅隆も、良い具合に疲れてきたので控え室に連れていくのは楽だろう。
「じゃあ、控え室に行きましょうか。そちらに軽食が用意されているようですよ」

 埃一つ落ちていない清潔な廊下。
 そして同じように堅苦しい控え室。
「この緊張感がいーやーだー」
 今回はステージに昇っての発表なので、控え室もこのような感じだ。デュナスは持って来た書類を取り出し、雅隆に渡す。
「多分覚えているでしょうが、一応目を通して下さい。今日の発表資料です」
 その難しい専門用語や化学式などが書かれた書類は、実はデュナスにはさっぱり分からない。ただ研究員達に「控え室で渡して下さいね」と言われたから出しているだけだ。
 自分がここにいて良いのだろうか。
 言いようのない居心地の悪さを感じていると、雅隆は溜息をついてネクタイを少し緩めた。
「疲れた?デュナス君」
「いえ、そう言うわけでは……」
 そうは言うものの、何となく場違いな感じはしている。先ほど雅隆が挨拶をしていた科学者達も、何度かデュナスに「君は雅隆の弟子かい?」等と聞かれた。
 自分は、ただのボディガードだ。
 雅隆を守り、発表のために資料を出し、退屈そうなら話をするだけ。化学の話など学生時代で知識が止まっている。
 そんな事を考えていると、雅隆が机の上に置いてあるサンドイッチをくわえてにこっと笑う。
「わぁ、ほんらにはいひはほほひゃ……」
「ドクター、全部食べてから話をして下さい。ほら、お茶もありますから」
 お茶のペットボトルを開けて、雅隆に渡す。何だかそれは日々の日常と代わりがなく、それがデュナスをほっとさせた。
「んぐんぐ……そんなに大したことじゃないから、楽しんでいこー。僕もここまで来たら後は発表するだけだし、今日は特に危ない研究とか持って来てないから、誰かに狙われてる訳じゃないし」
「でも、何となく私が場違いな気がするんですよ」
 そう言ったときだった。
「痛っ!」
 コツン!
 軽い音と共に、雅隆がデュナスの額にデコピンをする。
「そんな事言う子はデコピンです」
「なっ」
「それ言うと、僕だって居心地悪いよ。スーツは普通だし、発表めどいし。でもデュナス君が一緒だから、来てもいいかにゃーって」
 にぱっと頬笑まれ、デュナスもつられて笑ってしまう。
 いつもそうだ。雅隆には何だか色々と悟られてしまう。無邪気なようでいて、案外色々なところを見透かされる。
「篁博士、そろそろお時間です」
「はい、今行きます」
 控え室からの言葉に、すぐ対人モードになる雅隆。このかわり身の早さはある意味尊敬ものだ。
「んじゃ、ちょっくら発表してくらぁ。質問とかがあるから、小一時間くらいで戻るねー」

 控え室のテレビでは、発表の様子が映し出されていた。
 スライドやパソコンの図を使い、雅隆が化学物質を分解する新種の菌の活用法などについての論文を発表している。先ほどまで面倒だと言っていたのに、ステージに上がると不思議なカリスマがあるのは、やはり篁の血がなせる技なのかも知れない。
「さて……と」
 しばらく雅隆は帰ってこないだろう。デュナスはパイプ椅子に座り持参していたあんパンをかじりながら、手渡されたパンフレットや、今日の発表者、参加者などのリストに目を通していた。
 やって来たのは雅隆のお供だが、デュナスには目的があった。
 それは自分が関わる事件の裏にいる、ある研究所の手がかりを掴むためでもあった。
 電脳世界を操り、人の体を欲しがった少年。自分の半身を探し、人を狂気に陥れるDVDに関わっていた少女。そして政治家の汚職事件に関わり、己の炎で自分の身を焼いた女性……それら全てに繋がっているのは、ある研究所の名前だ。
 鳥の名を持つもの。人体実験。
 見ないふりをすることは、いくらでも出来るだろう。このまま雅隆の秘書になり、探偵と言うことを忘れてしまえば、なかったことに出来る。関わらなかったと言い張れる。
 だが、それは自分が許せないことだった。
 『探偵は職業じゃない。生き方だ』と言ったのは誰だっただろうか。何処かの本で読んだのか、それとも聞きかじりの言葉なのか既にデュナスは覚えていない。だが、その言葉が示すように、自分はあくまでも探偵だ。だったら、その謎を放っておく訳にはいかない。
 自分は既に、そこに足を踏み入れているのだから……。
「………」
 パンフレットや参加者には、それらしき名前を見つけることが出来なかった。
 やはり表立った研究所ではないのか。広げてしまったパンフレットを片付けていると、キィッと控え室のドアが開く。
「あー、喋りっぱなしで喉渇いた。デュナス君、どしたの?店開きして」
 すっかり時間を忘れて見入っていたらしい。片づけの手を慌てて止め、デュナスは雅隆にお茶を渡した。
「いえ、少しぐらい皆さんがどんな研究をしているか、目を通そうと思いまして」
「ふーん」
 ダメだ。
 いくら聡い雅隆でも、気付かれてはいけない。そうしてしまえば、危険に晒してしまうことになる。出来れば自分の周りにいる大事な人たちは、無関係でいて欲しい。
「まあ、名前ぐらい覚えとくと向こうも悪い気しないよね。さて、別にこれからの発表に質問したり突っ込んだりすることもないから、ホテル戻ろっか。一応パーティーあるから、美味しいご飯食べられるよ」
「そうですね。今片付けます」
 無邪気な雅隆に、デュナスは笑うだけで精一杯だった。

 ホテルに戻り着替えをしたり、資料を整理していると時間はあっという間に過ぎた。
 パーティーは立食形式で、科学者同士がディスカッションをしたり、最近の研究について情報交換をしているようだ。
「ドクターはお話ししなくてもいいんですか?」
 割と壁の花になって食事をしている雅隆に、デュナスはそう聞いた。もしかしたら自分に気を使っているのではないだろうかと思ったのだ。
 もぐもぐとテリーヌを食べながら、雅隆はつまらなそうに会場を見る。
「んー、挨拶とかぐらいはいいとして、別に話すこともないんだよね。今回は留学先の恩師とかも来てないし……あ、デュナス君に気とか使ってないからね。そんなところに回すなら、ホテルのラーメン屋でラーメン食べるよ、僕は」
「そうでしたね、じゃあ何か食べるものでも取ってきましょうか」
 そう言ったときだった。
「………!」
 人混みの中に見えたその姿。
 スーツに眼鏡を掛けた、細身の男……忘れるはずはない。スタジオで見たあの姿を。
 何故彼がここにいるのか。
 参加リストの中にあの名はなかったはずだ。だが、彼はこちらを見て口元を歪めたように上げる。
 デュナスが思わず近づこうとすると、その袖を雅隆が引っ張った。
「デュナス君、行っても無駄だよ」
「ドクター、彼を知っているんですか?」
「……ちょっとね」
 まだ人混みの向こうに彼は立っている。その姿に雅隆は不敵に微笑み握った拳の親指だけで地面を指した。それは今までデュナスが見たことのない、攻撃的な雅隆の姿。
 すると彼は自分達に背を向け、やがて人混みの中に消えていく。
 雅隆は彼のことを知っているのか。デュナスが表情を硬くしていると、ふうっと溜息をついて雅隆が力の抜けたように笑う。
「なーんかさ、まいっちゃうよね。ここ出て部屋戻ろっか……色々聞きたいでしょ。僕もデュナス君が知り合いだと思ってなかったから、聞きたいことあるし」
「ええ、包み隠さずお話しします」

「……同級生、ですか?」
 雅隆が言ったその言葉に、デュナスは唖然としながら話を聞いていた。
「うん。でも、僕は随分飛び級してるから、同じ大学にちらっといたことがあるだけ。本当なら彼、僕より結構年上のはずなんだけどねぇ」
 彼と雅隆は、同じ大学で研究をしていたことがあるらしい。その時に雅隆がしていた研究は、筋力などの強化などに関わる物だったのだが、雅隆はその研究を途中でやめたという。
「本当は体の不自由な人の為にやってたんだけど、軍事に転用できそうだから止めたんだ。でも、彼はそれに固執した。そしてある日その中途半端な研究資料を持って、何処かに消えちった」
 それが鳥の名を持つもの達に繋がっているのか。
 黙ってそれを聞いていたデュナスは、自分が持っている情報を雅隆に教える。
「彼は『鳥の名を持つもの』達に関わっています。研究所の名前は……」
 その名を告げた瞬間、雅隆が突然冷たい目をした。
「デュナス君、それ、本当?」
「ドクターに嘘をついても、私には何の得もありません。何かあったんですか」
 初めて見るその表情。
 雅隆は自分を落ち着かせるように、冷蔵庫からジュースを出しそれを開けた。
「ドクター?」
「うん、ごめん。ちょっと動揺した。その研究所の名前、篁の家と昔から旧敵の名前と同じなんだよね。歴史の裏にいる華族の名前なんだけど、何か繋がったなーと思ったら厄介な方に行っちゃったなぁ」
 しばらく無言でジュースを飲む雅隆。
 そして缶を口から離し息をつくと、静かにデュナスに向き直った。
「今ならまだ、見なかったことに出来るよ……って言っても、多分デュナス君は見て見ぬふりは出来ないよね。でも、多分これに関しては根深いし、危険もある。僕はデュナス君のことを大事な友達だった思ってるから言うよ」
「はい……」
 追うなと言われるのだろうか。だが、それは出来ない。
 お互い黙ったままでいると、雅隆がいつものように笑ってこう言った。
「絶対死んだらダメだからね」
「はい?」
 何をいきなり。
 デュナスがぽかんとしていると、雅隆は口を尖らせてぷぅと頬を膨らませた。どうやらかなり本気で言っているらしい。
「もし死んだら、何か改造してでも生き返らすー。デュナス君いなくなったら、もう秘書に来てくれる人いなくなっちゃうよぅ」
「えーっとですね、ドクター。何も始まらないうちから殺さないで下さい。あと、何か改造って何する気なんですか!」
「それはちょっと僕の口から……」
「改造禁止です。私は守る物も未練もたくさんあるから、死ぬわけにはいかないんです。だから安心して下さい」
 やっと糸が繋がってきたようだ。
 だが、それは蜘蛛の糸のように複雑で、迂闊に触れれば切れてしまいそうなほどの危うさ。研究所、鳥の名を持つもの。そして篁……謎はまだ深く、暗い。
 しばらくじたじたと暴れると、雅隆は突然ベッドにぽーんと仰向けになった。
「僕はさ、あからさまに狙われるかも知れないけど、デュナス君は気をつけて調べてね。向こうは今どんな状態か分からないから、条件は不利なんだけど」
「大丈夫です、私達は負けませんよ」
 多分危険は多いのかも知れないけれど。それでも糸の端を手放すわけにはいかない。
 しばらく「あー」とか言っていた雅隆は、今度はぴょんと起きあがった。全くもって落ち着きがない。
「デュナス君、寿司でも食べ行こうか。僕奢るよ」
「いえ、自分のぶんは払いますわ」
「いーやー、景気づけだから僕が奢る。死ぬほどかんぴょう巻き喰らえ!」
「出来れば、かんぴょう巻き以外も食べさせて下さい」
 敵はまだ見えないけれど、自分はきっと大丈夫だ。
 闇が深いなら……自分がそこに差す光になれる。なぜだか分からないが、そんな気がしていた。

fin

◆ライター通信◆
いつもありがとうございます、水月小織です。
学会についていく話と同時に、研究所について情報収集と言うことで裏で考えていた繋がりを出させて頂きました。何故彼があの場にいたのかは謎ですが、雅隆とはこんな繋がりがあったりします。
糸は危ういですが、探偵という生き方を貫いて立ち向かって頂けると幸いです。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
またよろしくお願いいたします。