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<東京怪談ノベル(シングル)>


少女のレリーフ(前編)


 プールサイドに水しぶきが飛ぶ。
 クロール、平泳ぎ、背泳ぎ、泳ぐのには自信があるからどこまでも泳いでいけるような気さえする。あとは帰りにカードにスタンプを押してもらって……と。
 夏休みの体育の宿題は「学校のプールに五回は来ること」。あたしのスタンプはもう十個になっている。この分でいけば、夏休みが終わる頃にはカードがスタンプでいっぱいになっているかもしれない。
 といっても、プールばかり行く訳じゃなくて――。
 ちゃんと、アルバイトの予定も立てている。
(ここのところ、あまり生徒さんたちにも会っていないし)
 お休みが続く今なら、数日間泊り込みのアルバイトが出来るから丁度良いのだ。

「こんにちは」
 久しぶりの道を通って、とある専門学校に顔を出したあたし。今日は先月から決まっていたアルバイトの日だ。変なことになるのが多いけど、このバイトがなければないで寂しい気分になって来るんだから不思議なものだと思う。
(どんなに変わったものでも、素直にこなせそうな感じ)
 と自分では思っていたのに。
「あら、みなもちゃんいらっしゃい」
 生徒さんの顔を見た途端に、そんな小さな自信は吹き飛んでしまう。背中に冷たいものが走っていったのは、暑さのせいだけじゃなさそうなんだもん。
「会うのが久しぶりだから、身体も喜んでいるのね」
 そんなことを言われてしまう。
 違います、怖がっているんです……なんて、言う勇気はあたしにはなくて。顔を赤らめてしまう。
(生徒さんったら、変な言い方するんだもん)
「今日はね、とっても優雅なものなの。何だと思う?」
「ええっと……そうですね……」
 思いつくものを挙げてみたけど、どれも違うみたい。
「レリーフよ」
「浮き彫りの……ですか?」
 ううーん。優雅と言えば優雅かも。
「目指すのは人に見られても怪しまれないものよ。これは題材が題材だし、ひとつのアートとして見られるようなレベルのものがいいわね。出来上がったら、近くに個展会場があるんだけど、そこに置いて様子をみるつもりなの」
 随分本格的な話だ。
(難しそうだなあ)
 あたしに何が出来るかわからないけど、頑張らなくちゃ。
「でも、あたしは動いている人間だし、どうするんですか?」
「それが問題なのよ。みなもちゃんは勿論レリーフの模様の部分になるんだけど、そうすると絶対どこかを固定しなきゃいけないからね」
「ですよね」
「そこで考えたんだけど、思い切って壁の部分――みなもちゃん以外の場所のことね――に穴を開けてね、みなもちゃんをはめ込むような形で入れて、石膏で固めようと思うの。ちょっと大掛かりだけど、大丈夫かしら」
「はいっ」
「良かった。じゃあまず、寸法を測らせてね。穴を開けたいから」
 そう言って生徒さんはあたしの腰を掴んできた。
 耳のそばでメジャーの音がする。これだけのことなのに――顔を近づけたらキス出来そうな場所に生徒さんがいるだけで――鼓動が速くなる。
(恥ずかしい)
 眼を逸らしてしまいたいけど、生徒さんが顔を覗き込んでくるから、そこから視線を逸らせない。こんな近くで見られるなんて――肌が少しだけ赤味を帯びてくる。
「やっぱりこのままだと正確には測り辛いわね」
 そんな言葉と共に、いつの間に手をかけられていたのか、スカートが下ろされた。
 ドクン、鼓動が大きく波を打つ。
「じ、自分でやります……!」
「だめよ。ここに座ってじっとしていて……」
 上に着ていたチュニックやその中のキャミソールも、スルスルとごく自然に脱がされていった。
 それがとても恥ずかしくて、でも視線を逸らせなくて。唾液を飲むことにすら緊張が走っていた。
「これで測れたわ」
 終わったと、ほっと一息つくも束の間、
「それともアンコールかしら?」
「い、いりませんっ」
 全くもう。生徒さんたら、あたしがドギマギするのを喜んで見ているんだから……。

 レリーフのイメージは「少女の祈り」らしい。斜め前へ向いて、座って祈りを捧げるポーズを取るのだそうだ。
(本当は膝立てがそれっぽくて良かったらしいけど――)
 膝が疲れるだろうと言う事で、生徒さんたちで却下したそうだ。
 生徒さんはやっぱり優しい。
(……あたしをオモチャにするけどね)

 目の前にあるのは刷毛。まるでペンキ塗りの人たちみたいに、小さなバケツには白色の絵の具みたいなものが入っている。
「その前に、これを忘れていたわ」
 こちらは半透明の液体。
「新素材でね。これは塗ると凄く薄い服を着ているように見えるの。要は胸とかが最低限隠れるようにね」
 ペタペタとくすぐったい感触が肌の上を走っていく。チャポン、と刷毛が液体の中に沈む音すら懐かしくて、何だか笑ってしまいそう。
 新素材が乾いてから、今度は白色の絵の具のようなものを塗る。これは石膏と同じ色にするためだそう。
 後ろからは“壁”の部分に穴を開けている音が響いてくる。ドドド……地の底からゾンビが出てくるような――と表現するのは大げさかなあ。
 刷毛の感触は同じだけど、肌に塗られていく液体の感じはさっきと違う。新素材のはサラサラとしていたけれど、こちらはペッタリとしている。汗で髪の毛が首に引っ付いているのに近いかなあ。重いのだ。
 仰向けに寝かされて塗られたあと、乾くのを待ってから今度はうつ伏せに。足の裏まで綺麗に白くされた。
(子供の頃にやった工作を思い出しちゃう)
 今度はあたし自身が紙と同じように道具になっているのだ。
 その後は“壁”の穴のところに入り込んだ。寸分狂いもなく、ピッタリと嵌って一安心。
「ここから先は個展会場の中でやりましょう。今日はお休みの日だからお客さんはいないしね」
 一旦身体を引き抜いて、すぐそばの会場まで移動した。
 もう一度身体を“壁”に嵌め込む。両手の指を絡ませて祈りのポーズを作って、身体の表側だけの一部を石膏で固めていく。手先は動かせるように、あえて固めないでおいてもらった。
 もしものことを考えて、手足を引き抜こうと思えば引き抜けるような状態にしている。
「でも体調が悪くならないかぎり、そのままでいて欲しいの。心拍数とか色々と調べたいのよ」
「わかりました」
 あたしは笑顔で頷いた。
 座っているんだからそんなに辛くないと思ったし、生徒さんの言う“色々”にあんな恥ずかしいことが入っているなんて考えていなかったのだ――。


終。