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<東京怪談・PCゲームノベル>


    「神の名の下に」

 魔術の反応を感知し、その場へ辿り着くと、青い髪の少女が、途方に暮れた様子で白い虎に泣きついていた。
 シンプルな真っ白のローブに胸元に五色の石が連なった首飾りをかけている。
「こんばんは! お困りのようですね。何か力になれることはありませんか?」
 赤い瞳をした少女、アリスは明るく元気な笑顔で彼女に語りかける。
 青髪の少女は、13歳の幼い少女を前にきょとん、とした顔をする。
「まぁ……もしかして、迷子さんですか? こんな夜中に、大変ですね。私もこのあたりのことはよくわかりませんが、一緒にお母様をお探しして……」
「ちっがーう!!」
 金髪の頭を撫でながら優しく語りかけられ、アリスは勢いよく首を振る。
「私、こう見えても時空管理維持局の執務官なんです!」
「……時空管理維持局、ですか?」
「はい。平行した時空世界間の秩序維持を目的とした組織で、互いの世界に影響を及ぼさないよう、高度な世界同士で共同運営しているんです」
「まぁ。お若いのにしっかりしていらっしゃるんですね」
 手を合わせて微笑む青髪の少女に、アリスは思わず言葉を失くしてしまう。
 どうやら、事の重大さというものが全く伝わっていないようだ。
「――私の名前は、アリス・ルシファール。先ほどこの世界へやって来られた……あなたを、保護しに来たのです」
 少しかしこまり、落ち着いた口調で言うと相手の表情にも変化が見てとれた。
「私は、ミラ・レスターです。こちらの世界の勝手はわかりませんが……保護されるべき理由があるとおっしゃるのならば、お聞きせねばなりませんね」
 キッとした表情で答えるその姿には、穏やかながらも威厳があった。
 ようやく話が通じたため、アリスはホッと息をつく。
「とりあえず、落ち着いて話のできる場所……私の部屋にご案内させてもらいますね。ついてきてもらえますか?」
「はい」
 ミラはうなずき、白い虎にそっと触れる。
「ご挨拶が遅れましたね。このコはリオン。私の友人です。彼もお邪魔してよろしいでしょうか?」
「はい。それは、もちろん」
 答えつつも、アリスは危険人物だけでなく、一般の人にも目に付かないようにしなくては、と心の中でつぶやくのだった。


「どうぞ」
お気に入りの紅茶を淹れ、カップとソーサーをコトリと置く。ミラはそれをもの珍しげにじぃっと眺める。
「よい香りですね。色も綺麗ですが、お酒ではないようですし……一体どういったものなのでしょう?」
「紅茶です。お茶の葉を発酵させて乾燥させたものなんですけど……ミラさんのいたところにはありませんでした?」
 アリスの質問に、かしこまった状態のまま、うなずくミラ。
 隣の椅子には、白虎のリオンが窮屈そうにお座りのポーズで座っている。
 ペットとしてではなく友人として紹介されたため、椅子をすすめたらお辞儀をして自ら席についたのだ。芸として仕込んだのでなければこちらの世界に住む虎より多少知能が高いのかもしれない。
「えぇ、初めて目にします」
「あなたの住んでいたところは、どういったところでした? 風景だとか、生活のスタイルだとかは……」
 リオンの前にミルクを入れたカップを置いた後、アリスはミラが元いた世界について探りを入れる。
 困ったことがあるなら力になる。その言葉に嘘はないけれど、彼女がどのようなところから来て、どんな助けを必要としているのか、それがわからなくてはアリスも手の貸しようがない。
「私の住んでいたところは……深い、森の中です。『古の森(エインフェント)』と呼ばれていました。生まれたときからずっとそこにいて、よその方たちとの交流を断っていたので、外のことはあまり、知りませんけれど」
「森の中……一応確認しますけど、それはこの世界のどこかではないですよね?」
「だと、思います。この目で見たことはないですが、私たち『古の魔術師(アブソリート)』は神のつくられた国の歴史を、一般には決して語られることのない細部まで熟知しています。少なくとも、私たちの世界では神そのものである大地を、あのように硬い石版でおおうことはありません」
 硬い石版というのは、コンクリートのことだろう。深い森は一部かもしれないが、舗装された大地がないということは発展途上の国だと思われる。
「あなたの国では、どのようにして火を起こしているんですか? 部屋を暖めるときに使用するものなどは」
 どの程度の文明なのか、簡単にはかるため、更なる質問を投げかける。
「火、ですか? 火の魔術を使えるものならば詠唱で種火を起こすことはできますが……習得していなければ、火打石を使うのが普通ですね。部屋全体を暖めるには、やはり暖炉です。石や金属を温めて懐やベッドに入れる、といったこともしますが」
「そうですか」
 やはり、生活様式はかなり原始的なようだ。それを魔術によって補っている、といったところだろう。
 出逢った当初、立ち並ぶビルに呆然と立ち尽くしていたのにも納得がいく。
「では、こっちに来てかなり驚いたでしょうね。……やっぱり、すぐにでも元の世界に帰りたいですか?」
 どこから、どのように来たのかはわからないので必ず帰してやる、とは言えないものの、彼女が望むなら善処してやるのがアリスの仕事だ。
「……そのことなのですが」
 だが、ミラは決意を秘めた真剣な表情でアリスを見た。
「アリスさんのお役目が、異世界に対して影響を及ぼさないように、というものだと理解した上で……それでも、お願いしたいことがあります」
「はい。何ですか?」
 アリスも姿勢をただし、元気な笑顔で先を促す。
 その言葉から大体の内容は察しがついたが、本人の口から聞くべきだろうと返答を待つ。
「この度のことは、魔術の失敗により私自身が引き起こしたアクシデントです。けれど……ここにやって来たのはやはり、神の意志であるように思うのです。それを確かめるためにも……私は、この世界のことを知りたい。そして、私にできることを探したいと思います。――もしもあなたが、許してくださるならば、ですけど」
「ゆ、許すも何も! 私が監視するのは、悪影響がないように、というだけで……こちらの世界のために、と言ってくださるのを止める気はありません。私でよければ、この世界のことを何でもお教えします!」
 机に額をぶつけかねないほどに深く頭を下げるミラに、アリスは慌てて首を振る。
「本当ですか? ありがとうございます」
 アリスの言葉に、ミラは顔をあげ、嬉しそうに微笑んだ。
 そうして、右も左もわからないミラを預かり、こちらでの生活や常識について一から教え込むことになるのだった。


「アリスさん。どうしてこちらの女性はそのように肌をあらわにしているですか?」
 アリスの着ている制服のスカートを見つめ、真剣な表情でつぶやくミラ。
「えぇっと、それはファッションというか、オシャレというか、ですね……」
 車やバイク、飛行機などを指さしアレは何ですか、と聞いてばかりいたミラも生活スタイルそのものに疑問を抱くようになり若干の成長を見せ始めた。
 おかげで、アリスも返答に窮することが多くなってくる。
 リオンはおとなしいのはわかっているが虎を日中連れ歩くことは難しいと説明すると、リオン自身がうなずき、室内で留守番をするようになった。
 お辞儀までして見送られるので、ミラも彼を連れていきたいとワガママを言うことはなかった。
 二人とも、家のことを手伝い、家主であるアリスの言いつけには素直に従うよくできた居候だった。
「……納得できないのは、火葬というものですね。人は皆、大地へと還るべきなのです。火は神の怒りを表すものであり、それに焼かれて果てるというのは恥ずべきことです」
 彼女が譲らないことといえば、神に対することにだけ。
 出逢った当初から感じていたが、ミラが元いた世界の神に対する信仰心はかなりのものだった。彼女の話を聴く限り、『古の魔術師(アブソリート)』とは聖職者と賢者と妖精を混ぜ合わせたような存在のようだ。
「そういえば、以前大地は神自身だと以前言ってましたね」
「はい。大地母神様です。……他国では太陽の神を崇拝する習慣もあるようです。確か、こちらでは同じ国でもいくつかの宗教が混在しているのでしたね」
「日本では、特にそうですね。日本古来の宗教といえば神道、現在のメインとなるのは仏教。世界で見るなら、キリスト教やイスラム教が有名です」
「たくさんの神がいるだなんて、信じがたいことです。よく争いになりませんね」
「歴史上や他国ではそうした争いもあるみたいですけど、現在の日本……東京ではないと思います」
 説明をしながら、随分と深い話もできるようになったものだと感慨にふけっているとき。
 アリスは遠くに『侵入者』の気配を感じ取った。
 それも、神聖さのカケラもない……禍々しいものだ。
「――すみません、ミラさん。用事が出来ましたので、リオンさんと残っていてもらえますか?」
「お仕事ですね」
 真剣な眼差しを見て取り、ミラも緊張した声色でつぶやく。
「差し出がましいようですが……私も、同行させていただけないでしょうか」
「何を言っているんですか! ダメですよ、危険です!」
「だからこそです。ここにやって来て、あなたと出逢った……もしもそれに意味があるのなら、あなたのお仕事にご一緒するべきですから」
 リオンも小さな唸り声をあげ、同意するようにうなずいてみせる。
「……わかりました。けど、同行するだけですよ。こちらも任務としていくんです。邪魔をされては困りますから」
 ピッと人差し指をたてて言い聞かせるアリスに、ミラはわかっているのかいないのか、笑みを浮かべうなずいた。


 現場に向かうと、そこには朽ち果てたような化物の姿があった。
 腐ったような異臭、関節は白い骨がむき出し、肉のえぐれた身体、ボロボロの衣服。
 まさに歩く遺体、といった感じだ。
「時空管理維持局のアリス・ルシファールです。何かお困りですか?」
 一応声をかけてはみるが、答えはない。
 うめくような声をあげ、辺りをうろうろとさまよっている。
「あなたのお名前は? どこから来たのかわかります?」
 アリスはめげることなく質問を浴びせかける。
 異世界同士の治安維持のためには闇の気配がするものであっても、理由も聴かず攻撃したりはせず様子を見る必要がある。
「……これは……一体何なのですか。亡くなられた方なのでは……」
 ミラが状況を飲み込めない様子で小さくつぶやく。
「はい、アンデッドですね。遺体が意思を持ち動き出すものです。本人に時空を超える能力はないようですから、誰かに飛ばされたか、時空の歪みに巻き込まれてしまったか……どちらにしても、何らかの対処をしなくては」
「――わかりました」
 アリスの説明に、ミラは真剣な表情でこくりとうなずく。
「え……?」
「『我、望むは赤の魔術。その紋章、刻むものに破壊をもたらす』」
 五色の首飾りのうち、赤い石をつかみ、かかげあげるミラ。
 石はカッと光を放ち、刻まれていた魔方陣のような文様をアンデッドの身体に大きく映し出す。
「ミラさん!?」
 初めて目にする魔術ではあるが、その呪文からミラのしようとしていることに察しがついた。
「『これより紋章、力を宿し、それを一気に爆発させ……』」
「ダメです、攻撃しちゃ!」
 ぎゅっとミラの腕にしがみつき、止めに入るアリス。
「お放しください、アリスさん。死は神の定めた運命。それに抗うことは許されません。大地に還して差し上げることこそ、彼に対する優しさというものでしょう」
 ミラはしっかりと『敵』を見据えたまま、キッパリと答える。
 厳しい表情に、普段の温厚さは感じられない。
「それは、あなたの価値観です! 国や世界によって神が異なるように、他の世界では彼らは平穏に暮らしているかもしれないんですよ。それを消し去る権利は、あなたにはありません!」
 だがアリスは必死になってしがみつき、声の限りに叫んだ。
 自分のやろうとしていること、その役目の持つ大きな意味を。
 不意に、すぅっと光が消えてゆき、ミラはかかげていた石をそっと下ろす。
 そして、ゆっくりアリスの方を振り返った。
 無言のまま、見つめあう2人。
「すみません!」
 やがて、ミラは勢いよく頭を下げ、謝罪する。
「アリスさんのおっしゃるとおりです。お邪魔はしないと約束したのに……
出しゃばった真似を致しました。――私が当たり前だと思っていたことは、私の価値観にすぎないのですね。年長でありながら、そのようなことを教えていただくなんて……不甲斐ないです」
「いえ、そんな! ごめんなさい、言いすぎました! 別にそんな責めてるわけじゃないんです〜!」
 責任をとって切腹を、とでも言いかねない切実な様子に、アリスは慌ててフォローを入れる。
「アリスさんは、すごいですね。まだお若いですのに、しっかりしていらっしゃって……」
 ミラはようやく、深々と下げていた頭をあげ、しみじみと語った。
「いえ、そんな……私なんて、まだまだですよ!」
 手放しの賛辞を受け、アリスは照れながらも首を振る。
「もう、お邪魔は致しません。あなたのやり方での解決を、見せていただけますでしょうか」
 ミラは穏和な笑みを浮かべ、一歩後ろに下がった。
「了解しました!」
 アリスは元気のいい返事と笑顔で答え、さっとアンデッドに向き直る。
 突如、高らかな声で謡いだすアリス。風が彼女を取り囲むように吹き荒れ、美しい金髪がなびく。
 天使の姿をした人形(サーヴァント)たちが姿を現し、アンデッドを包み込む。
 そしてさぁっと、風が吹くと共に姿を消した。
「……今のは……?」
「えっと、サーヴァント……魔法と超科学の結晶である人形を操って、移動してもらったんです。彼が来た場所まで運ぶのはちょっと無理なんで、とりあえず管理局に。あそこでもう少し、どこから来たのか、危険はないか、などを調べてもらいます」
 ぴこんと人差し指をたて、説明するアリス。
「すごいんですね。そんなことができるんですか?」
「まぁ、一応『魔操の奏者』とも呼ばれるサーヴァント・マスターなもので」
 目を輝かせて尊敬をあらわにするミラに、照れるように頭をかくアリス。
「本当に、ご立派な方ですね。なぜ私がここにきて、あなたと出逢う必要があったのか……その理由が、なんとなくですがわかった気がします」
「そ……それは、言いすぎじゃないですか?」
「いいえ」
 微笑みと共にキッパリと言い切るミラに、アリスは答える言葉を失くす。
「アリスさん。もう少しの間、お世話になってもよろしいでしょうか? あなたにはまだまだ、たくさん教わることがありそうです」
 年下のアリスに対し、深く頭を下げて頼み込むミラ。
 てっきり別れの挨拶になるのかと思ったアリスは若干拍子抜けしたものの、にっこりと微笑み。
「もちろんです!」
 と、元気よく答えるのだった。 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号:6047 / PC名:アリス・ルシファール / 性別:女性 / 年齢:13歳 / 職業:時空管理維持局特殊執務官/魔操の奏者】

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■         ライター通信          ■
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 アリス・ルシファール様

はじめまして、ライターの青谷 圭です。ノベルへのご参加、どうもありがとうございます。
納品遅くなりまして申し訳ございません。
今回は途方に暮れているミラの手助けをしてくださるとのことで、居候させていただくことに致しました。
日常的なほのぼの路線で突き進もうかとも思ったのですが、盛り上がりに欠けるため互いの立場を活かした内容にしたつもりです。
アリス様が年齢の割りに随分と大人びた感じがしますが(気配り上手な印象からそうしたのですが)大丈夫でしたでしょうか。

ご意見、ご感想などございましたら遠慮なくお申し出下さい。