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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


思い出になる前に

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0.オープニング

酔い潰れてなるものか。
コイツの目的は、ひとつだ。
絶対に、酔い潰れるわけにはいかない。
酔い潰れて…なるものか…。

「そ〜ろそろ潰れるかなぁ?」
視点の定まらぬ俺を見て、萌は不敵に笑った。

酔い潰れて…なるものか…。

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1.

うーん…どうしよう。
探偵さん宅、扉の前でケーキの入った箱を持ちつつ立ち尽くす私。
ちょっとした用事で異界に来ていて。その帰り道。
ふと思い立ってケーキなんて買ってきてみたけど、
事前に連絡せずに、彼と、お茶しようだなんて。
無謀だったかもしれないわねぇ。今更だけど。
まぁ、いっか。折角来たんだし、誘うだけ誘ってみましょ。
フゥと息を吐き、チャイムを鳴らそうとした瞬間。
ガシャァンッ―
中から、ガラスの割れる音が。
嫌な予感。
瞬時に、それを感じ取る私。
私は険しい表情で、ドアノブにバッと手を掛ける。
カチャン―
鍵が、開いている…。
そこで、確信に変わる予感。
「探偵さんっ…!?」
私は慌てて扉を開け、バタバタと中へ踏み入った。


リビングに入った瞬間、目に飛び込む光景に私は唖然。
「きゃっはははは!」
うな垂れている探偵さんの横で、萌ちゃんが大笑いしていたのだ。
二人の傍には、割れて粉々になったグラスがある。
一体、どういう事…?
事態を飲み込めずに戸惑った私だが、すぐに。
萌ちゃんが手に持っている大きなボトルを見て、すぐに。
事態を把握する事ができた。
「な、何やってるの!!」
慌てて駆け寄り、萌ちゃんからボトルを取り上げる私。
ボトルに記されている”幻宵”の文字。
萌ちゃんは私を見上げ、一瞬キョトンとしてから。
「あぁっ!こんばんは!シュラインさん!」
眩しいほどの笑顔を向けて言った。
チラリと見やる探偵さんは、耳まで真っ赤に染めて、ソファでグッタリ。
リビングには、お酒の香りが充満している。
「こんばんはじゃなくて…何やってるのよ」
ほとんど空のボトルを手に、わかりきった事を溜息交じりに問う私。
萌ちゃんは、うつ伏せのまま動かない探偵さんの背中をパシパシ叩きながら言った。
「尋問中です〜」
尋問。
萌ちゃんが言う通り、行われていたのは、まさに尋問。
この間の、探偵さんの銃が盗まれたという事件の報告を聞いて、
萌ちゃんは”探偵さんのモトカノ”に大いに興味を抱いてしまった。
けれど、色々と聞き出そうと奮闘するも、探偵さんが一向に話してくれないから。
酔わせて潰して吐かせる、という強硬手段に出た…と。
やっぱり、そういう事だったのね…。
手荒すぎるわよ…と呆れつつも、私は萌ちゃんを目で諫める。
けれど。時、既に遅し。
「…っう〜」
探偵さんはゴロンと仰向けになり、トロンとした目で私達を見やる。
そんな探偵さんを見てニヤリと笑う萌ちゃん。
駄目だわ。…遅かった。
はぁ、と溜息を落とし、その場に座り込む私。
興味津々なのは理解るけれど。
聞いても、面白可笑しくなんてないのよ?ちっとも。
確実に、切なぐ事になるのに…。
もぅ…。
いいわ。話を聞くこと事態が、萌ちゃんへの罰になるでしょうから。
見守りましょ…。

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2.

あの事件がなければ。
知る事は、なかった。
探偵さんが、心から愛し、大切にしていた女性の存在。
探偵さん自身も、こうして話す事になるなんて。
思ってもみなかったでしょうね。
虚ろな目で、一つ一つ。
萌ちゃんの問いかけに答えていく探偵さん。
愛した彼女の名前、年齢、出逢った場所。
付き合うことになった、些細なきっかけ。
彼女は気が強く、無愛想な探偵さんは、幾度となく叱られた事。
けれど二人きりでいると、とても優しく可愛らしく。
まるで、二重人格のようだった事。
萌ちゃんに聞かれた質問に素直に答える探偵さんの表情は、
とても優しく、それでいて、とても儚く。
口に出しながら、思い出を辿るようで。
私は相槌を打ちつつ、牛乳や水を探偵さんに さりげなく渡す。
話の核心に近づくにつれて、険しくなっていく探偵さんの表情に、
キュッと心を掴まれて、涙がこぼれそうになるのを堪えながら。
良い機会だとは思うの。
普段、絶対に口にしないであろう自分の”過去”を。
酔った勢いとはいえ、外に吐き出せるのだから。
吐き出す事で、楽になるっていうの、あれは本当だから。
吐き出すまでに、とてもきつい苦痛を伴うけれど。
このお酒が。その痛みを和らげる、麻酔のような役目を果たしてくれるから。



「………」
話を一通り聞いて、萌ちゃんは黙りこくってしまい。
俯いたまま、顔を上げようとしない。
話し、吐き尽くした探偵さんは、泣き疲れた子供のように、
ソファでグッスリと眠っている。
眠る探偵さんの可愛らしい寝顔を眺めつつ、
私は萌ちゃんに告げる。
「萌ちゃん。明日は、ちゃんと。顔、上げてるのよ?」
私の言葉に萌ちゃんは、フッと顔を上げて。呟いた。
「…ごめん」
眠る探偵さんを見やりながら。ただ、一言。
聞きたかったのよね。
萌ちゃんにとって、探偵さんは、お兄さんのような存在だから。
どんな人を好きになって、どんな恋愛をしていたのか。
気になって、仕方なかったのよね。
理解るわ。その気持ちは、痛いほど。
聞く事で、萌ちゃんが辛い思いをするって事も、理解ってた。
でも、私が阻まなかったのは。
萌ちゃんの為でもあるの。
人を心から愛するって事の複雑さを。
わかって欲しかったから。
少しだけ、大人になって欲しかったから。
ううん、大人になる準備を。して欲しかったから。
私は萌ちゃんの頭を優しく撫でて言う。
「探偵さんがね、話さなかったのは。萌ちゃんの為でもあるのよ。きっと」
「…え?」
「聞く事で、萌ちゃんが傷付いてしまうんじゃないかって、心配していたのよ」
「………」
「だからね。今日聞いた事は、心のどこかに留めておくだけにして」
「…うん」
「何事もなかったかのように、いつもみたく笑って。纏わりついてあげて。ね」
「…うん」
萌ちゃんの年齢や性格、背丈や喋り方。
どれをとっても、そう。
重なるのよね。ついさっき、気付いたんだけれど。
探偵さんが愛した女性の妹さん…カナちゃんと。重なるの。
だからこそ。
探偵さんは、萌ちゃんに一向に話そうとしなかった。
ううん、話せなかったのね。
私は、眠る探偵さんに、そっとブランケットをかけて。
すぐ飲める位置に水を置いて。
心地良い夢が見られるように、
ワンフレーズ、子守唄を呪文のように口ずさみ。
座ったままの萌ちゃんに手を差し伸べて言う。
「帰りましょ。送っていくわ」

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3.

デジャヴ。
カナちゃんと手を繋いで歩いた、あの日が再び。
俯いたまま、ジッと自分の足を見つめる、その表情も。
声を掛けたら、小さな声で呟くように返す、その姿勢も。
まるで、一緒。
探偵さんが、戸惑い躊躇うわけだわ。
こんなに身近に、トラウマ…とは少し違うかもしれないけれど、
後悔の象徴である過ちを再認する人物が存在していたのだものね。
今まで、探偵さん…とても辛かったんじゃないかしら。
萌ちゃんが、懐いて纏わりついてくる事。
カナちゃんと重ねて…。
でも、辛いだけじゃなく、嬉しい気持ちもあったのよね。きっと。
そうじゃなければ、いつもいつも。
構ってあげたり、どこかに連れて行ってあげたりなんて、しないもの。
不思議と優しい気持ちになりつつ、
私は、萌ちゃんを家まで送り届け、一人。
興信所への帰路についた。


ふと、心細くなってしまうのは、何故なのかしら…ね。
愛しい人を失う怖さを。知っているからかしら。
私は、とても不安になって。
「…もしもし?武彦さん?」
いつの間にか携帯で、武彦さんに連絡を入れていた。
『おぅ。どした?っつか、今どこだ?』
「今、帰ってるところ」
『そか。気ぃつけて帰ってこいよ。もう暗いからな』
「ふふ。私、幾つだと思ってるのよ」
『歳なんて関係ねぇだろ。女だからな』
「………」
少し怒ってる声。
私は、それが嬉しくて仕方ない。
心配して、声を荒げてくれている事が、嬉しくて仕方ない。
「ねぇ、武彦さん」
だから、ちょっとだけ。
我侭に、なってみたの。
『ん?』
「迎えに来て?」
『んぁ?』
「………」
感化されやすいのね、私って。
薄々感じてはいたけれど。
人の気持ちに、深く共感してしまうから。
探偵さんと萌ちゃん、双方の気持ちが混ざったような状態なのよ。今。
理解ってはいるの。
突然、こんな我侭言われて、あなたが困らないわけがないって。
どうしたんだよ急にって不思議に思うだろうなって事も。
私はクスクス笑い、武彦さんに告げる。
「冗談。言ってみただけ」
すると武彦さんは電話の向こうで苦笑して言った。
「嘘つけ。どこにいんだ?」


武彦さんが迎えに来るまでの間。
私はベンチに座り、綺麗な星空を見上げて。
優しく微笑んで…。
いつか、探偵さんが。
彼女の事を話していた時の、あの優しい表情を。
普段も出し惜しみなく浮かべられますように。
そう、そっと祈る。

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■■■■■ THE CAST ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


【 整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】

0086 / シュライン・エマ / ♀ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

NPC / ディテクター / ♂ / 30歳 / IO2エージェント

NPC / 茂枝・萌 (しげえだ・もえ) / ♀ / 14歳 / IO2エージェント NINJA

NPC / 草間・武彦 (くさま・たけひこ) / ♂ / 30歳 / 草間興信所所長、探偵


■■■■■ ONE TALK ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


こんにちは。いつも、発注ありがとうございます。

ディテクターと亡き彼女・シュラインさんと武彦。
その間にいる、存在 萌と零。異なる世界の似なる関係。
サラリと読むと、流れてしまいますが。
要所要所に散らばっている些細な事(言葉や言い回し等^^)を回収していくと、
いろいろな意味で、今後に繋がっていく内容になっている…という仕組みです。

気に入って頂ければ幸いです。また、どうぞ宜しく御願いします^^

2007/08/21 椎葉 あずま