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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


美しき薔薇の館【前編】
●オープニング【0】
 7月――世間一般の学生はそろそろ夏休みに入った頃だ。
 だからという訳ではないが、草間興信所の所長である草間武彦は草間零以下何名かを引き連れ、穏やかで綺麗な海へとやってきていた。いや、正確に言うならば海が目の前にある2階建ての館へとだ。
 趣あるその館は、四方を薔薇の生垣で囲まれていた。潮風の影響を1年中受けているだろうに、真っ赤な花を咲かせる見事な薔薇の生垣である。
「よーし着いた。今日からここで2泊3日だ。海はすぐ目の前だし、最高だろう?」
 草間が皆の方を振り返り、ニヤッと笑って言った。
「いい場所だと思うんですけど……」
 しかし、言葉を返した零の歯切れが何だかちょっと悪い。
「何だ零、不満か?」
「どうしてこんな場所を知っているんですか? それに何の前触れもなく、急に海へ行こうだなんて……」
 首を傾げる零。突然の草間の行動に違和感を覚えているようである。それは他の者も似たようなものだ。交通費も出すから海へ行こうと草間に言われて、どうした風の吹き回しなのかと思っていたのだから。
「……ま、そろそろ話してもいいか。ここまで来て、こんな綺麗な海を前にして、帰るとは言わないだろうしな。なあ?」
 ああ、やっぱり何か裏があったのか。そして草間が本当の理由を話し始める。
 今年の冬、1月のことだ。この別荘で1人で住んでいた40代の女性が亡くなった。名前は川崎広子、株で十分な資産を築きこの地でのんびりと暮らしていたそうである。
 その日の朝……食料品などを運んできた地元の店の店員が、いくらチャイムを鳴らしても広子が出てこないことを不審に思い庭先に回ってみた。で、寝室のベッドで横たわっていた広子を発見し大声で呼びかけたりしてみたが全く動く気配がない。そこで救急車やら警察やらを慌てて呼んだ結果――広子の死亡が確認されたのである。
「ところが、それが妙だったんだよな」
「妙? お話を聞いていると病死か突然死のように思えるんですけど……?」
 草間の言葉を聞いて、零がきょとんとした表情を浮かべた。
「死因がな、失血死だったんだ。体内に血がほとんど残っていなかったそうだ。しかし寝室どころか館の中に血だまりもなければルミノール反応もない、さらに外傷といえば薔薇の刺が1つくらい。おまけに鍵は全部閉まっていて、館の鍵も本人しか持っていないときてる。……どうだ、妙だろ?」
 確かに妙だ、妙過ぎる。それが本当なら、密室で起こった怪事件ではないか。
「だからうちに話が来たんだ。……この事件を調べてくれってな。だから海で遊んでもいいが、調査の方もしっかり頼むな」
 そう言って草間は館の玄関へと向かう。
 ……やれやれ、ただほど高いものはないとはこういうことか……。

●泳ぎたかったのに【1】
「ということは、だ」
 玄関へ向かう草間の後ろ姿を見ながら、守崎啓斗は静かにつぶやいた。
「……食費も草間持ちと……」
 1人納得する啓斗。そして、着いてからずっと視線が海の方へ向いている弟の守崎北斗に向かってこう言った。
「……北斗、よかったな。腹一杯食っていいらしいぞ」
「え、まじ!? あー、んじゃやっぱ海なら外でバーベキューとか、西瓜とか、かき氷とか……いや、焼そばもいいよなあ」
 啓斗の言葉に、さっそく様々な食べ物に想いを寄せる北斗。しかし続く言葉に、大きな衝撃を受けることになる。
「それと北斗。解決するまで遊泳禁止な」
 と言い残し、啓斗もすたすたと草間の後に続く。
「……は?」
 北斗はといえば、表情固まったままその場に残されている。そのそばでは、思案顔のシュライン・エマの姿があった。
(んー……あんな話を聞かされて、解決するまで遊べる訳ないじゃない、もう)
 啓斗の言葉はもちろん北斗だけに向けてのものであるが、シュラインの場合は性格上やっぱりそうなってしまう。目の前の問題を無視して、他のことは出来ないようである。
「血がほとんど残ってねぇのか……」
 学校も夏休みで暇が出来たので一緒についてきていた不動修羅もまた、思案顔を浮かべていた。こちらは何か、思い当たることでもある様子。そして修羅は軽く頭を掻きながら、玄関の方へ向かっていった。
「これはまた……夏らしく涼しくなれそうな曰く付きだね」
 薔薇の館をじっくりと眺めていた也沢閑は、唇の端にふっと笑みを浮かべてからそのようにつぶやいた。
 いつもなら俳優業やモデル業に追われる日々の閑であるが、まとまったオフが取れたので今回の旅行についてきてみたら……はい、この通り。けれども閑の様子を見ていると、それをも楽しむような雰囲気が感じられた。
「おーい、早く入ってこいよ。何してるんだ?」
 玄関から顔を出し、草間がまだ中に入っていない者たちを呼んだ。
「うん、今行くよ」
 閑はそう答えると、すぐに玄関へ向かった。そして草間に視線を向けて言う。
「いいよ、出切る限り協力しようか、草間さん」
「悪いな。……ま、それは今回来た奴ら全員に対して言うべきことだが」
 と草間は言って、苦笑いを浮かべた。騙し討ちしたようなものなのだから、多少は草間にも罪悪感があったのだろう。
「えっと……私たちも入りませんか?」
 零がまだ一緒に外に居たシュラインと北斗に向かって声をかける。
「そうね零ちゃん。ここでこうしててもしょうがないし」
 そうシュラインが答える一方で、
「……う〜み〜……」
 北斗は未練たっぷりといった眼差しを海に向けていた。よほど遊泳禁止がショックだったのだろう。
「海でガンガン遊びたいのに兄貴のアホ〜……」
 なので、ついつい恨みの言葉も出てきてしまう。と、突然北斗は荷物を開けてたくさんの花火を取り出した。
「花火だってそれなりに持ってきてんのにぃ……」
 すっかり遊ぶ気だったんですね、北斗さん。
「……こうなったら1人で昼間っから浜辺で蛇花火して遊んでやる……」
 北斗はゆらりと立ち上がると、何かをズボンのポケットに押し込んで砂浜の方へ歩いていってしまった。
「……あの、蛇花火って何ですか?」
 困惑した眼差しを北斗の背中へ向けたまま、零がシュラインに尋ねた。
「にょろにょろっと出てきて……一言で言えば、地味な花火?」
 確かにあれは地味だ――。

●詳しい話を聞かせてもらおう【2】
 一同は割り当てられた部屋に荷物を置いてからリビングに集まった。そうこうしているうちに蛇花火を終えた北斗も戻ってくる。
「武彦さんに確認しておきたいのだけど」
 皆が揃った所で、シュラインが草間へ尋ねた。
「今回の依頼先はどこからなの?」
 もっともな疑問である。そもそも草間はまだ、どこからの依頼なのかを明らかにしてはいない訳で。
「ああ、被害者の姪だ。叔母……父親の妹なんだそうだ。大学生だって言ってたな。ずいぶん可愛がってもらったらしい」
「近くに住んでるのか?」
 北斗が割り込んで尋ねてくる。
「いや、東京だ。でなけりゃ、うちに依頼が来る訳ないだろ」
 苦笑する草間。まあ例外もあるじゃないかという意見もあるだろうが、それはさておき。
「親類はその、姪御さんを含む兄一家だけなのかしら?」
「ああ、それも確認した。依頼者の祖父母は父方も母方も兄弟は居ない。それ以上は依頼者も知らないようだが、まあ考えなくていいだろ。で、被害者からして今親類と言えるのは、兄と兄嫁、そして依頼者だけだ」
 シュラインのさらなる質問に草間が答える。
「あれ? そういえば、いつの間に依頼を受けてたんですか?」
 ふと思い出したように零が草間へ尋ねた。
「……気にするな、零」
 いや、そういう言い方されると気になりますから、草間さん。
「正直におっしゃいなさい、武彦さん?」
 シュラインがじろりと草間を睨んだ。ややあって、草間は小さな溜息を吐いてその質問に答えた。
「行き付けの雀荘だ……。そこで働いてる娘に相談されたんだ。マスターから俺が探偵だって聞いてたんだろ」
 なるほど、それじゃあ零やシュラインとかが知らなくとも当然か。
「その時は勝ったのか?」
 ついでにとばかり、修羅が草間に聞いてみた。
「…………」
 草間は明後日の方を向いて答えない。
「負けたんだな……」
 啓斗がその草間の姿を見て、ぼそりつぶやいた。
「……あの時、白をカンされなきゃなあ……」
 遠い目をして、悔やむような草間のつぶやき。恐らくは、ドラ絡みでえらいことになったに違いない。
「正直に話したから深く追求するのはやめて……と」
 何かその言い方怖いです、シュラインさん。
「他に、何か資料とかはないのかしら」
「ほらよ」
「へ?」
 数枚の紙を草間がひょいと出してきて、目を丸くするシュライン。
「……県警本部の方に、昔『色々と』世話した奴が居てな。そっちを介して見せてもらったのを俺がまとめた」
 そうニヤニヤしながら草間が言うように、出てきた書類に記されているのは全て草間の手書き文字であった。
「色々って何だよ」
「だから、色々だ」
 北斗の突っ込みに、草間はニヤリと笑って返した。
「入手経緯はさておき……活用させてもらいましょ」
 シュラインは書類を受け取ると、さっそく目を通し始めた。死因や推定死亡時刻など、必要となりそうなデータは一通り揃っているといっていいだろう。
「さてと、一休みもしたことだし、そろそろ調べ始めるか」
 そう言ってゆっくりと草間が立ち上がる。かくして、各々なりの調査が始まるのであった……。

●現場百遍【3】
 当然のことながら、事件現場となった寝室を最初に調べる者は少なくなく。
「草間、ベッドを動かした跡はないようだ」
 床に張り付くようにしてベッドの下を調べていた啓斗が草間に言った。そばにはシュラインの姿もある。
「こっちの家具もないな。クローゼットの中を見てみるか……」
 クローゼットを開け、そのままにされている衣服を掻き分けながら中を調べてみる草間。そこかしこを叩きながらの確認だ。
「空洞もなさそうだな」
「ここのガラスを割って中に入ったのよね」
 カーテンを開け、枠が格子状になっているテラス窓を見つめるシュライン。鍵のそばのガラスだけ妙に新しいのが、ここを割ったのだろうと思わせる。ここから出ればすぐに庭先だ。
「あら?」
 テラス窓のそばでしゃがみ込むシュライン。窓の下部に1センチほどの隙間があったのだ。
「ふうん、密閉された空間ではないのね……」
 とは言うものの、こんな所から普通の人間が出入り出来るはずがないことはシュラインもよく分かっていた。
「このマットは事件当時のままなのか?」
 啓斗がぐっとベッドのマットレスを押しながら草間に尋ねた。
「いや、違うそうだ。徹底的に調べたらしいが、そっちにもルミノール反応はなかったそうだ。当然、血の1滴もついてなかったとさ」
「……そうなると疑問が出てくる。本当に、ここで殺されたのか?」
「だよな。他所で殺されて、運び込まれた可能性もある」
「血液を大量に失うと血圧が下がり、動くことなど出来ないはず。運び込まれたのでなければ、寝てる間に誰かに血を抜き取られたとなるんだろうが……よほどの手練としか思えないぞ」
 啓斗が厳しい表情になった。血を1滴もこぼさず抜き取るなど、かなりの腕前がなければ出来ない芸当ではないか。
「へえ……ここが寝室なんだ?」
 そこに、閑がふらりと入ってきた。そして、興味深げに室内を見回す。
「落ち着いたいい部屋じゃない? まさに寝室としてぴったりだ」
「何か気になることでもあったのか?」
 草間が閑に尋ねた。
「いいや。ただ、さっき話が聞こえたんだけど……」
 閑が言っているのは、先程の草間と啓斗のやり取りのことだろう。
「身体中の血を失ったというなら、普通に考えて何処かから抜けてしまったんだよね」
「当たり前だ。しかし、見付かっているのは薔薇の刺が1つだけだ。あの書類にもあったろ?」
「右手の甲と書いてあったな。この屋敷の薔薇でついたものと断定はされてたか?」
 啓斗が書類に書かれていた内容を思い返しながら草間に尋ねる。
「断定まではされてないな。だが、その可能性は極めて高いと思われる……というレベルだったはずだ」
「とすると、どんなに小さかろうと薔薇の刺の傷から流れ出た訳だ」
 また閑が草間に向かって言った。
「……警察の見落としがなければ、考えられるのはそこだけになるか」
 頷く草間。あくまで、見落としがなければだが。
「そしてどこにも血溜りがなかったのなら、何かが飲み込んだか吸い込んだと……」
 閑はテラス窓の方へ向かうと、庭先を眺めた。寝室からも美しき薔薇たちはよく見える。
「……桜じゃなくて薔薇が屍を啜ったのかな」
 ぼそりとそうつぶやく閑。それはちょっと、ぞっとする光景である。
「お誂え向きに、隙間があるものね」
 窓の下の隙間をちらりと見てシュラインもつぶやく。
「……念のために聞いておくけど、他に何か隠してることはないわよね、武彦さん?」
 シュラインがじっと草間を見つめ尋ねた。
「ないぞ?」
 即答する草間。シュラインは集中して草間の鼓動などに注意していたが、特に変動は見られない。これは何も隠していないと見るべきだろう。
「それならいいんだけど。ほら、こうして調べてゆくと何だか怪奇っぽいのに……」
「自分を可愛がってくれた叔母が殺されたかもしれない相手に、そういう理由で断れないだろ。それにだ、どこぞのC級映画じゃないんだ。怪事件ではあるが、怪奇事件とは思ってないぞ、俺は」
 草間の言うことももっともである。
「プロの殺し屋に狙われたのかもしれないしな。まあ……警察の調べでも、トラブルになるようなことは見付かっていないそうだが」
 と言って、草間は頭を掻いた。
「……ふあ」
 閑が小さなあくびをした。そして軽く目を擦りながら苦笑する。
「ここの所忙しくてね」
 閑は前日まで仕事が詰まっていたのだ、あくびの1つや2つ出るだろう。
「そうだ。この部屋の調査が終わったのなら、彼女が眠っていたこの部屋を使ってみたいんだけど。出来るかな?」
 ふと思い付いたように閑が草間へ尋ねた。
「それはいいが……気を付けろよ?」
 心配そうな眼差しを向ける草間。
「分かったよ、ありがとう。潮騒をBGMに昼寝か……贅沢だね」
 窓の外に目を向ける閑。確かに遠くから、波の音が聞こえていた。

●可能性の問題【4】
「うーん……」
 修羅は割り当てられた部屋に戻って、ベッドの上でしばし天井を見つめながら考え事をしていた。
(話からすると……やっぱりそうなるよな)
 やがて考えもまとまったのか、修羅はゆっくりと上体を起こした。
「吸血鬼っぽいな。ちょっと専門家に聞いてみるか」
 話と状況から鑑みるに、吸血鬼の仕業と思えてしまう。ならば、その道の専門家に聞いてみるのが手っ取り早い。
 吸血鬼の専門家といえば――言わずと知れたエイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授である。修羅はこのヘルシング教授を自らに降霊させ、当時の状況から吸血鬼の仕業なのかどうか鑑定してもらうことにした。
 無事降霊し、鑑定をしてもらう修羅。しかしそれは、修羅が思ったのと違うものであった。
「……吸血鬼の仕業じゃないのか」
 それが教授の鑑定であった。だが、1つ重大なことを修羅に教えてくれていた。吸血生物の可能性だ。
(そういや、薔薇の刺の傷跡うんぬんとか言ってたな)
 そこで修羅の脳裏にピンと閃くものがあった。
「案外薔薇が犯人じゃねえのか? ……吸血植物って奴だな」
 この屋敷の身近な生物というと、見事な薔薇しかない。ならば、その可能性を考えてみるべきなのだろう。怪しいと考えることを。
「よし、ちょっと調べてみっか」
 そして修羅はベッドから飛び下りると、部屋を出ていった。
 庭に出た修羅は、薔薇の生垣に沿ってゆっくりと歩き出した。ただ歩いている訳ではない。修羅の左手の小指、指先からぽつり……ぽつりと、ほんの僅かな血が地面に落ちていた。自分で針でついて血を出してみたのだ。
「吸血鬼だろうが、吸血植物だろうが、吸血パンダだろうが、犯人がまだ近くに居るなら血の匂いに反応するはずだぜ」
 そんなことを言いながら、生垣に沿って歩いてゆく修羅。途中、件の寝室では、読みかけの雑誌を胸の上に置いた状態で眠りに落ちている閑の姿もあったが、それはさておき。
 やがては屋敷の回りを1周する修羅。1周だけではどうだろうかと思い、さらに歩き続けたのだが――その足が、途中でぴたりと止まった。
「……ん?」
 何気なく地面を見た時に、修羅は気付いたのである。点々とほぼ等間隔でついていた血の跡が、一部飛んでしまっていることに……。
(反応したか!?)
 即座に周囲を警戒する修羅。場所は、件の寝室とは反対側。辺りに人影はなく、あるのは美しき薔薇のみである。
 修羅はしばし身動きもせずにじっとしていたが、聞こえるのはただ波の音ばかり。何か起こる訳でもない。
「……逃げやがったか」
 ぼそっとつぶやく修羅。しかし……屋敷のそばに、何らかの血に反応する『モノ』が居るであろう疑いを深めるのであった……。

●買い出しに行ってみた【5】
「へー、週2回配達してたんだ?」
「ああ。ちょうど月・木の配達日だったからよかったもんの、そうでなけりゃ数日そのままになってたろうなあ」
 北斗に向かって、神妙な表情で語る青年。北斗は今、被害者が食料品などを運んできてもらうよう頼んでいた店を訪れていたのだった。
 実は夕食を作っている零に北斗は買い出しを頼まれたのだが、ならついでに発見時の話を聞いてくるかと思ってこうして店にやってきたのである。
「あの家に住んでたの、おばさん1人だけ?」
「ああ、1人暮しだよ。時々、高校生か大学生くらいの女の子が来てたくらいかなあ。休みの時期なんかに見たよ」
 北斗の質問に答える青年店員。女の子というのは恐らく依頼者のことだろう。とすると、1人暮しだったのは間違いない訳だ。
(1人暮しは狙われやすいよな……株で儲けたって、草間が言ってたし)
「んじゃ、あの薔薇もおばさん1人でやってたのか……」
「あの見事な薔薇だろ? 6年前からの上客だけど、年々見事になってるよなあ。週に1度は花屋に来てもらってるとか言ってたっけ」
「へえ……」
 これは意外な情報を聞けたと北斗は思った。あれだけの薔薇、よく知らないが1人では手が回らないんじゃないかと思ったのだが、週1で花屋が来ているのなら納得だ。
「近所に友だちとか居なかったのかなぁ」
「居ないんじゃないか? 何かあの人、なるべく人とは関わらないように過ごしたかったように見えたんだよなあ……。だって、わざわざ届けさせるんだぜ? 歩いて来られる距離なのに」
 青年店員のその言葉に頷く北斗。そうなのだ、離れてはいるが歩いて来られる距離なのである。あながちその意見は的を射てるかもしれない。
(……人と関わりたくなくなった理由でもあんのかな)
 そんなことを思いながら、北斗は大量の食料を抱えて屋敷へ戻っていった。何気に自分の好きな物が多く入っていたのは抜群に秘密である。

●だから薔薇は美しき【6】
 翌日――北斗から話を聞いた草間は、その花屋に来てもらうことにした。連絡を受けると、花屋はすぐに屋敷へやってきた。
「ちょうど今日が手入れの日だったんで」
 花屋はそう言って笑った。
「……なるほど、今でもこうして週1で手入れされているからか」
 花屋の作業を離れて見ながら、啓斗がぼそっとつぶやいた。無人の屋敷で手入れする者が居ないはずなのに、これだけ綺麗に薔薇が咲いているから不思議に感じていたのだが、分かってみれば何とも単純である。
「あの……」
 作業をしている花屋に近付き、シュラインが声をかけた。その姿を、件の寝室で横になっていた閑が見つめていた。
「はい、何です?」
「何かおかしい所とか、ありませんでした? 土とか、蔓とか……」
「いやいや、おかしいなんてそんな。いい薔薇ですよ。年々よくなってる気がしますよ」
 シュラインの質問を聞いて、花屋は笑いながら答えた。
「そんなにいいんですか?」
「ええ。ずいぶん手をかけてもらってたんでしょう。見れば分かります」
「そうですね」
 頷くシュライン。屋敷に置かれていた、使い込まれた園芸道具を目にしていたからだ。
「しかし、特によくなったのは去年の夏頃からですよ。色合いが深くなりましてね」
「はあ、色合いが……」
「前を赤と言うなら、今のこれは深紅ですよ。いやあ美しい」
 と、花屋は薔薇を褒めた。
「深紅の薔薇……」
 その花屋の声はもちろん閑の耳にも届いていた。
「……血の色にもよく似ているよね」
 そう閑はつぶやいた。

●砂浜で見付かるエトセトラ【7】
 その頃、北斗は海に居た。正確には砂浜、寄せて返す波にすら触れることなく……。
「う〜み〜……」
 北斗は海に向かって叫ぶと、がっくりと肩を落とした。解決はまだしていないので、今日も泳ぐことは出来ない。
「……このまま泳げず帰ることになりそうだよなあ……」
 そんなことをつぶやきながら、とぼとぼと屋敷へ引き返す北斗。ここへ来て初めての海がこれでは、何とも物悲しい。せっかく、誰も泳いでいないというのに……。
「……もうちょっと奥まで歩くか」
 思い直し、北斗は方向を反転させる。泳げないにしても、もう少し海の気分を味わいたいと思ったのだ。
 砂浜を歩いてゆく北斗。やがて、ちょっとした岩場に突き当たる。と、そこに奇妙な物を見付けた。
「何だこれ?」
 岩場のそばの砂浜が、ぼこっと窪んでいたのである。直径30センチほどの丸い窪み。よく見ると、何だか焼け焦げているようにも思えた。
「……隕石?」
 普通に思い浮かぶのはそれだ。しかし、隕石が落ちたのなら大きなニュースになっているはずなのに、北斗にはそういう記憶はない。
 この日また買い出しに行ったあの店で、北斗は見付けた窪みのことを青年店員に聞いてみた。
「窪み? ああ、あれか。俺もよく知らないけれど、去年の夏に気付いたらあったなあ。梅雨前にはなかったと思うけど。ま、誰かあそこで何か焼いたんじゃないか? あんな所でとも思うけどさあ」
 笑いながらそのように青年店員は答えた。

●恐怖の1夜への誘い【8】
 これだという決定的な証拠も見付からぬまま、2日目の夜も過ぎてゆく。夜も深まるにつれ天気は悪くなり、激しい雨も降り出す始末である。
 そして――日付も変わった深夜2時に、屋敷に恐ろしき異変が起こるのだった……。

【美しき薔薇の館【前編】 了】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名(読み) 
                   / 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
     / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗(もりさき・けいと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗(もりさき・ほくと)
                / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 2592 / 不動・修羅(ふどう・しゅら)
       / 男 / 17 / 神聖都学園高等部2年生 降霊師 】
【 6370 / 也沢・閑(なりさわ・しずか)
          / 男 / 24 / 俳優兼ファッションモデル 】


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■         ライター通信          ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・お待たせいたしました、バカンスと思いきや思いっきり雲行きが妖しくなっているお話をお届けいたします。その急転直下振りは、後編のオープニングをお楽しみに。
・ともあれ本文を読んでいただければ一目瞭然なのですが……色々と符合は出ていますよねえ……。なので、後編に何が来るかはおおよそ予測出来るのではないかと。詳しいお話は後編のライター通信にて。
・シュライン・エマさん、124度目のご参加ありがとうございます。依頼の事情については本文にある通りです。本文では書きませんでしたが、骨董品入手とかそういうのはありませんでした。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。