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<東京怪談・PCゲームノベル>


時々、おしゃべりなチューリップ

■01
 日が傾きかけている。とは言え、まだまだ暑い。
 アスファルトの熱を踏みしめながら、三葉・トヨミチは看板を眺めていた。
 チューリップか、彼女は好きかもしれない。そんな風に考えていると、店の扉が開いた。
「あ、こんにちは、いらっしゃいませ」
「こんにちは、久しぶり」
 店の中から出てきた店員の鈴木エアと目が合う。トヨミチが彼女と会うのは、あの事件以来だった。この店で起こった強盗未遂事件。女性店員が一人の所を狙った卑劣な犯罪だったが、その場に居合わせた、そして花達の叫びを聞いて集まった者達によって速やかに片付けられた事件だ。
「お久しぶりです、あの時は、本当にありがとうございました」
「お役に立てたのなら、何よりだよ」
 丁寧にお辞儀をするエアに、笑顔で答える。
「ところで、チューリップ、沢山あるんだよね?」
「はい、ええ、それはもう沢山ございます」
 トヨミチが看板を指差すと、エアは諦めたようにため息をついた。その仕草が、少し面白い。
 それでも、エプロンの裾を握り締めて、エアは店の中へ入っていく。トヨミチも、その後に続いた。

■02
 店内は、本当にチューリップでいっぱいだった。
 入り口付近の透明なケースにも沢山のチューリップ。花を飾るスペースにもチューリップ。レジの横のわずかなスペースにも、足元の通路にも、所狭しと並べられている。
 一歩足を踏み入れたときから、それは感じていた。
 トヨミチの心に流れ込んでくるのは、楽しい、と言う感情。
 明るくて、踊りだしたくなるような高揚感、わくわくと何かを待ち望む気持ち、それらの感情を、感じ取っていた。
 店内には、自分の他にエアがいるだけだ。
 と言うことは、この、はっきりと言葉で伝わって来ない感情は、花達のものだろうか?
 トヨミチは、興味深く店内を見渡した。
「ええと、本当に沢山仕入れすぎてしまいまして」
 これでも、少しずつ売れて行っているんですよと、エアが遠くを見つめる。その様子が、また、少し面白い。
 トヨミチは、思わず口に手を当てて、くっくと笑いを漏らしてしまった。
「もう、笑い事じゃ無いんですよ? 売れては倉庫の冷蔵庫からチューリップを出し、売れては出しで全然っ、減らないんですから。右を見てもチューリップ、左も、上も、全部チューリップなんですよ?!」
「いや、すまないすまない、それは大変だね」
 本当は、もっと深く共感したならば、チューリップ達が何を言っているのか手に取るように分かるのだろう。けれど、その必要は無い。エアが身振り手振りで大変さをアピールするたびに、店全体が笑いに包まれているようだった。共感せずとも、楽しい、面白い、愉快だ、そんな感情があふれているのが分かる。だから、トヨミチ自身もそれにつられるように笑ってしまったのだ。
「そうそう、それで、チューリップをね、春らしい色合いで花束にしてもらえるかな?」
「え? はい、ありがとうございます」
 でも、何故、今の季節に春色?
 花束と聞いて、店員の顔を取り戻したエアが、不思議そうにトヨミチを見た。
「うん、あげたい人がいるんだけど、どうも春が好きだったらしいんだ」
 だから、この店にチューリップがあってよかったとトヨミチは微笑む。
 エアは、その微笑に安心して、好きだったという、過去形の話だと言う事には気がつかなった。
「そうそう、チラシを見たけど、出来ればいつもおしゃべりが好きで、にぎやかな子達が良いな」
 店頭のチラシには、『(時々、おしゃべりです)』と小さく書かれていた。トヨミチは当然のように切り出したのだが、エアはうっと言葉に詰まってしまった様子だった。
「あの、ちょっとだけ、お待ちください、その、連れてきますから……」
「ん? 連れてくるって、誰を?」
 とぼとぼと、エアが店の奥に消える。
 トヨミチの疑問だけが、ポツリと残った。

■03
 店の奥から、エアと共に現れたのは、見上げるばかりの大男だった。舞台に立つと、さぞ映えるだろうなぁと、ぼんやり思う。
「店長、こちら三葉さんです、あの事件で凄くお世話になったんですよ」
 店長、と呼ばれたその人物は、それを聞いてぺこりと頭を下げた。しかし、言葉はなかった。
「三葉さん、あの、店長の木曽原です、その、花の囁きがどうとか言うのは、こちらにご相談ください」
「うん、それは良いけど」
 でも、何故? と、トヨミチは首を傾げる。エアは、疑問を向けられて、はぁと大きくため息をついた。
「三葉さんも、花が喋ると、信じているクチなんでしょうか……」
 隣で、店長だと紹介された木曽原が目を泳がせている。
 それで、ああ、とトヨミチは納得した。
「ははは、君は花が喋ると、思わない?」
 と言うか、この店にあふれる、花達の囁きが聞こえないのだろう。その言葉に、エアが二歩後ろに下がった。
「や、やめてくださいよ、三葉さんまで、そんな……」
「そんな事も、あると思ったほうがロマンチックだと思うけどね」
 実際、華やかな雰囲気を感じながら、トヨミチは笑う。エアは、ロマンチック、ロマンチック? と、ぶつぶつと呟きながら、目を細めた。
「で、花束をお願いしても良いかな? いつもおしゃべりが好きで、にぎやかな子達がいいんだ」
 悩むエアを見ているのも楽しいけれど、目的を思い出しトヨミチは木曽原に切り出した。
 その方が、寂しさが紛れると思うから、と、トヨミチは口の端を上げて付け足す。だから、それが、本当の笑顔なのか作った笑顔なのかは、トヨミチ以外には分からなかった。
「……色目はどうしますか?」
「うん、春らしい色合いが良いな」
 はじめて、その男の声を聞く。
 少しだけ驚きながら、トヨミチは花を選ぶ男の後ろを追った。その後ろから、ようやく、エアも二人を追ってきた。無口な店主、あふれる花の囁き、その声が全く聞こえない店員、そのアンバランスが不思議で面白い店だなと、トヨミチは感じていた。

■04
 淡いピンク、八重のチューリップ達。それに合わせる様に、かすみ草が飛んでいる花束をトヨミチは差し出した。
「やあ、遅れてしまって申し訳無い」
「女性を待たせるのは、エチケット違反なんだから」
 花束を見ながら、トヨミチと向かい合った少女が、腰に手を当ててちろりととがった視線を投げかける。
 歳は、十五、六と言った所だろうか。セーラー服のリボンをきっちりと結び、膝丈のプリーツスカートを着こなした学生のようだった。
「すまない、さ、どうせなら座ろう」
「……うん」
 トヨミチは、そう言うと、優雅に腕を差し出した。
 少女は、その仕草に迷ったように俯いたあと、そっと彼の手に手のひらを重ねて、トヨミチに引かれるように草むらに腰を落とす。
 日が、今にも沈んでしまいそうだ。
 辺りは夕焼けの赤に包まれてるはずなのに、ひとたび草むらに腰を落ち着けると紫の闇に包まれてしまったみたいだった。
『こんにちは』
『こんばんわ?』
『あなた、だあれ?』
「花達が、君に挨拶をしているよ」
 花道の手元で、チューリップ達が、興味深そうに少女に語りかけている。少女は気がつかなかったのか、黙って座り込んでいた。
「……、花が挨拶か、随分、メルヘンチックな人なのね?」
『んもぅ、私達は本当に喋っているわよ!』
『そうそう、それが、聞こえるかどうかの違いだよぅ』
「うん、花達はね、ずっと喋っているんだって、でも、それが聞こえるかどうかの違いだけなんだ」
 静かな少女の言葉に、花達はあれやこれと反論する。
 トヨミチは、花達の言葉を感じ拾い上げながら、代わりに少女へと伝えた。
「そんな、非現実的な事、……、ううん、それは、私が言うことじゃ無いわね」
「信じてくれたなら嬉しいな、花達も君と話をしたがっている」
 少女の言葉に、トヨミチは目を細める。
 彼女は、少しだけ眉をひそめ、自分の手を眺めていた。
 その手はうっすらと透けていて、存在は頼りない。座っているというのに、身体はふわふわと浮いていた。非現実的と言うのなら、彼女の存在こそがそうなのだと、少女は言う。
 この世に在らざる彼女と並んで草むらに腰を落とし、トヨミチは一人花束を抱えていた。

■05
「チューリップって春の花ね、驚いた、今の季節にも売っている花屋さんってあるんだ」
「うん、ラッキーだったね、気に入ってくれると嬉しいんだけど」
 トヨミチの持つ花束に、少女がそっと触れる。
 けれど、実際に触れるわけでは無い。彼女の手では、もう、この世の物は何一つ掴めない。
『くすくすくす』
『変わった人だねぇ、でも、会えて嬉しい』
「花達は、君に会えて嬉しいって」
「そう、ありがとう、これはアンジェリケね、ピンクのチューリップ」
 ようやく、少女に笑顔が見える。
 それだけで、花達は満足そうに笑った。
「……、春は、好きよ」
『そうよね、そうよね』
『だって、私達の季節だもん』
『暖かいし、虫さん達もお目覚めだし、陽気だし、うん』
 ポツリと呟く少女に、花達の言葉を伝える。そうして、少女と花との会話が繋がると、彼女達は喜んだ。
「そうね、それに、始まりの季節だわ」
『始まり? 何が?』
『新しいって事?』
 花達は、少女の話の続きを促す。話し相手を求めていたのか、我も我もとトヨミチに通訳を求める。
 トヨミチは、その声を丁寧に少女に話して聞かせた。
「そうよ、新しい学年が始まったり、学校が始まったりね」
『学校が好きなの?』
「うん、だって、一番になれるもの」
 笑顔で頷く少女に、陰りはなかった。
『一番?』
『何? 何が一番なの? 気になる〜』
「それは、勉強に決まってるじゃない、私ね入学式に新入生代表の挨拶を読んだんだよ」
 誇らしげに胸を張る少女に、花達が凄い凄いと歓声を上げる。素直な花達の言葉は、少女の心に響いた。そして、少しだけ、柔らかい棘の様に突き刺さる。
「でも、ね、……、一番って事は、私一人って事だった」
『ふぅ……ん?』
 目を伏せ、少女は少しだけ間をおいた。
「こんな風に、友達と話をした事なんてなかったわ、興味も無いと思ってた」
『わぁ、私達友達?』
『うん、そうだと、嬉しいな』
 花達は、どこまでも明るい。いつの間にか、通訳をしているトヨミチの声は、花達の音色になっていた。
 寂しい思いを胸にしていたはずなのに、少女は、私達は友達だと言う花の言葉に笑った。友達だと言う事が嬉しいと言う花の言葉に笑った。
「ほら、そこに見えるじゃない? ぬいぐるみとか手紙とか」
『うん、可愛いね』
『丁寧に、飾ってあるね』
 目をやると、そこには、道路の脇にぬいぐるみや手紙がそっと詰まれている。痛々しい事故の現場を、覆い隠す、いや、いたわる様な誰かの心遣い。
「私は、ずっと一人だと思っていたけれど、こうして一人になってようやく皆にお礼を言え無い事に気がついたの」
 それまでは、いつでも触れる事ができたのに。
 いつでも話すことも、笑いあうことも、できたと言うのに。
 沢山貰っても、今はもう、伝える事もできないなんて。
「大丈夫、君の思いは、きっと届くから」
 少女の頭を撫でるように、トヨミチは微笑んだ。花達は、私達も一緒に伝えるからと、訴える。
「うん、じゃあ、お願い」
 安心したように、少女は笑った。
「お願いされたよ、きっとね」
「良かった、それだけ少しだけ気になっていたの、それに、友達とこうして話してみたかった」
『私も話したかったんだよぅ』
『楽しかったわ』
 ますます、あやふやになって行く少女の存在に、花達は語りかける。
 最後に、消える時に、少女が笑顔だったから、良かった。

■Ending
 暗い闇に、ぽっと光がともる。
 草むらから、煙が一筋天に昇って行く。トヨミチは、タバコを片手にまだ草むらに座っていた。
『行っちゃったね』
『楽しかったね』
 花達は、その煙の先に彼女がいるかもしれないと、まだ囁きあっている。
「うん、君達は、彼女が寂しがらないように、ここにいてくれる?」
『勿論よぅ』
『だって、友達だもんね、伝えるって約束したもんね』
 花達の明るい声に、トヨミチは頷く。
 そして、持っていた花束を、ぬいぐるみの隣に並べた。
 トヨミチは、一人夜空を見上げる。
 そこには何もなかったし誰もいなかったけれど、優しい月の光が彼女を包んでくれると良いのにと、願う事だけは自由だった。
<End>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【6205 / 三葉・トヨミチ / 男性 / 27歳 / 脚本・演出家+たまに(本人談)役者

【NPC / 木曽原シュウ / 男性 / 32歳 / フラワーコーディネーター】
【NPC / 鈴木エア / 女性 / 26歳 / 花屋の店員】

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■         ライター通信          
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 三葉・トヨミチ様

 こんにちは、ライターのかぎです。
 いつもご参加ありがとうございます。
 春と言えば、何があるだろう? それも、学生の少女に? 考えると色々浮かんできましたが、こういう形になりました。少しでも楽しんでいただけると幸いです。
 それでは、また機会がありましたら宜しくお願いします。