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<東京怪談・PCゲームノベル>


過去の労働の記憶は甘美なり

 それは、皆で海水浴に行く前のこと。
 龍宮寺 桜乃(りゅうぐうじ・さくの)と葵(あおい)は、篁コーポレーションの社長室に呼び出され。そこの応接セットで会社の社長であり、Nightingaleの長でもある篁 雅輝(たかむら・まさき)から、今後の任務についての話を聞いていた。
「表向きは兄さんの護衛と言うことで行ってもらうけど、そこで二人は別れて保養所近辺に出る不審者の調査にあたって欲しいんだ」
 そもそも、その海水浴というのは雅輝の兄である雅隆(まさたか)が、手頃な海水浴場を探していた皆に「じゃあ、会社の保養所来る?」と言ったのが始まりだ。多分雅隆は何も考えていなかったのだろうが、実はここ最近保養所近辺に不審者が出るという情報があったのだ。
「不審者って、夏だから出てくる方々じゃありませんのですわよね?」
 出された紅茶を緊張気味に飲みながら話す葵に、桜乃は菓子皿に載せてあるスフレサンドの袋を手に取る。
「それがね、葵ちゃん。警備部でもまだ捕まえられてないのよ。雅隆さん狙いじゃなきゃいいんだけど」
 夏に誘われて出てくる変質者ならいいのだが(いや、心情的には良くないが)、警備部でも捕まえられないというのが気に掛かる。なので、桜乃と葵が呼ばれたという訳だ。
「でも、何か心当たりとかあるんですか?」
 桜乃がそう聞くと、雅輝はソファーで天を仰ぎながら小さく溜息をつく。
「そうだね……僕の祖父の姉から繋がる家系筋が怪しいんじゃないかって思っているんだ。その人は既に亡くなっているんだけど、そこの娘が欲深くてね」
 一応血の繋がりはあるが、直系という訳ではないようだ。そもそも篁の直系筋で残っているのは、今は雅輝と雅隆しかいない。
「問題は、単体で動いていればいいんだけど、他の親戚筋と手を組まれてると厄介なんだ。流石に全部を滅ぼすわけにも行かないし……」
 篁の名は、古くから代々伝わってきた由緒正しい血筋だ。故に、昔から続く権力のある家との繋がりだけではなく、地位や財産など、欲深い者にとっては目の色を変えてでも欲しい物がたくさんあるらしい。
「色々大変なんですのね……」
「面倒よね。札束で横っ面叩いたら大人しくなりそ」
 別にお金とか権力とか地位とかは、桜乃にとってはどうでもいいものだ。だが、やはり、不相応に欲しがる困ったちゃんはどこにでもいるらしい。
 そう思いながらしみじみと紅茶を飲むと、雅輝の後ろにいる社長秘書の冬夜(とうや)の目が何だか冷たい。
「うっ、冬っちの目が冷たいわ……」
 桜乃は心の中では冬夜のことを「冬っち」、雅輝に至っては「まさきち」などと呼んでいるのだが、これを口に出したら多分死ぬより恐ろしい目に遭う。
「まあ昼間は流石に手出ししてこないと思うから、調査は海水浴が終わってからでいいから、海を楽しんでおいで。多分その後に何か仕掛けてくると思うんだ」
「それは、どういう事ですの?」
 葵がきょとんと聞いたときだった。
 雅輝と冬夜が同じような目の細め方をする。
「うん……実はそこに、その次の日僕が行くって偽情報を流してるから。桜と葵が捕まえられなかったら、仕方がないから僕が矢面に出ようと思って」
 あっさりと言っているが、それは社長自ら囮になると言うことで……。桜乃も葵も姿勢を正し、雅輝をじっと見る。
「お任せを。雅隆さんに手出すなら誰でも懲らしめます!ね、葵ちゃん」
「ええ。雅隆様に傷一つ追わせませんし、雅輝様や冬夜様の手は煩わせませんわ」
 何にせよ、Nightingaleの目的は一つだ。
 雅輝に害をなすものであれば、それが何者であっても敵である。それに次の日まで引っ張って、忙しい雅輝を危険に晒す必要はない。
「頼んだよ」
 にっこり笑う雅輝に、桜乃は葵と共に強く頷いた。

「ドクター、私達仕事ありますのでここで」
「あーい。お家に帰るまでが海水浴ですよー」
「気をつけて帰ってくださいませ」
 雅隆達を乗せた小型バスを見送った桜乃と葵は、見えなくなるまで手を振った後小さく溜息をついた。
「さて葵ちゃん。監視には気付いてたよね」
「ええ。私達ではなく雅隆様に目が向いてましたし、ずっと皆様が側にいらっしゃったので、控えめでしたけど」
 それが噂の不審者だったのだろうか。
 だがそれにしては監視がお粗末すぎな気がする。わざと自分達に気付かせて、騒ぎを起こそうとしたようにも見えなくない。桜乃は少し頭を抱え、考え込む。
「あんな下手な監視勘弁して……内輪揉めかもなのに、皆が手出さないかドキドキだったわ」
 お家騒動を大きな騒ぎにする訳にはいかない。それもあっての護衛だったのだが、皆がその挑発に乗らなかったのは、ものすごくありがたかった。葵も同じ気持ちなのか、桜を見てくすっと笑う。
「そうですわね。じゃあ、作戦は、桜さんにお任せいたしますわ」
「おっけー。その代わり、葵ちゃんには働いてもらうわよー」
 葵にそう言われ、桜乃は自分が仕入れていた情報を頭から出し、すりあわせを始める。
 桜乃の絶対記憶は、どんな些細な情報も忘れるようなことはない。雅輝とのメールや会話、どんな小さな場所に真実が転がっているか分からない。
 不審者情報が出始めたのは、雅隆が海に行くと言い始めた話の後だ。先ほどまでの監視の仕方では、保養所の警備部が取り逃がす相手にも見えない。
「……横槍が入ったのかしら?」
 いや、ちゃんと考えよう。桜乃は黙ったまま自分の考えを整理する。
 素人の監視が甘いのは当然だ。だが、騒ぎを起こしてその合間に何かを起こそうとするのなら、わざと監視を甘くすると言うことは充分あり得る。
 そうやって考えていると、手持ちぶさたなふりをしていた葵が小さな声でこう言った。
「桜さん、今も見られてますわ」
「雅輝さんの不安的中?ま、捕まえれば分るか」
 相手が身内だろうと敵対会社だろうと、些細な事でも雅輝を害するなら敵だ。それが自分達Nightingaleのルールだ。例外はない。
「………!」
 ザッと海風が吹いた瞬間、葵が自分達に向かって飛んできたナイフを髪の毛で払い落とす。どうやら相手も本格的に自分達を「敵」と認識したらしい。
「何者ですの?」
 身に向けられる殺気。数は……三人。くぐもった声が夕暮れの海風に乗って響く。
「死にたくなければ手を引け」
 ああ、陳腐な言葉だ。それにこの声の調子……相手もいつもと違う者が出てきて警戒しているのが分かる。人の嘘や癖、隙、弱点を見抜くのは桜の十八番だ。
 くすっと笑うと、桜と葵はお互いを見て小さく頷いた。
「私達に脅しは効かないわ」
 唯一恐れるものがあるとしたら、それは雅輝の言葉だ。それ以外、一体何を恐れると言うのだろう。殺気が自分達に向いた瞬間、二人は闇へと散開する。
「やっぱり葵ちゃんと一緒だと、仕事しやすいわ」
 訓練の時から一緒だったのもあって、コンビでの行動はお手の物だ。いちいち細かいことを口で言わずとも、次に何をしたらいいのかとか、どうしたら一番的確にダメージを与えられるかなど、阿吽のように無駄がない。
 隠密行動の得意な桜乃が闇に隠れ、その隙に葵が敵の後ろに回り込む。
「死角が多すぎですわ」
 自分の長い髪をナイフのように尖らせ、葵が男の背後を取る。それと同じように、桜乃ももう一人の男の背後を取った
「ハイお兄さん達。大人しく話を……」
「………!」
 追いつめられた男達は、一斉に逃げ出した。だが葵が背後を取った男だけは、それを察して当て身を喰らわせて失神させる。全部逃がしてしまったら意味がない。
「あ、逃げた!男の癖に!」
「追いますわよ、桜さん」
「おっと、そうだった……」
 可憐な女の子二人が頑張っているのに、男が逃げるとは何事だ。それは普通逆ではないか。だが、訓練されているのか男達の足は早く、普通に真っ直ぐ走っただけでは追いつかなそうだ。
「まずいですわ。地理に明るいと言うことでは、向こうが有利ですもの」
「ちょっと待って」
 男達は真っ直ぐ道を走っている。多分何処かに逃げる場所があるのだろうが、その前に追いつめなくては。桜乃は来る前に頭に入れてきた、この辺りの思い出しながら道を照合する。こんな作業なら、下手なカーナビより検索は早い。
「葵ちゃんの足なら、二つ先で左折、三つ目右折で先回り可能よ。」
 走る速度なら葵だって負けちゃいない。それを聞き、葵は小さく頷きスピードを上げる。
「私も頑張らなきゃ……」
 正直、諜報や隠密活動には優れているが、桜乃の身体能力は人より少し良い程度だ。だから男の足に着いていくのはかなりキツイのだが、それでもスピードを緩めず走る。
「ここで会ったが百年目よっ」
 このまま逃がせば、明日は雅輝の手を煩わせる。そうなればきっと冬夜が手を下すのだろうが、それも癪だ。
「そろそろね」
 そのタイミングぴったりに、葵が道路の角から躍り出た。そして闇の中から自分の髪を操り、男達の足や手を絡め取る。
「葵ちゃん、流石!タイミング超オッケーよ。はい捕獲」
「さて、洗いざらい全て吐いてもらいますわよ」

 捕獲した男達を保養所の一室に入れた桜乃と葵は、天使のようににっこりと微笑みながら尋問を始めることにした。
「尋問ターイム♪」
「桜さん、嬉しそうですわね」
 荒事や体力仕事はあまり向かないが、こういう情報収集は桜乃の得意技だ。目を合わせようとせずに横を向く男達を覗き込むように、桜乃は笑顔を見せる。
 こういう時、いきなり脅したところで何かをぽろっと吐いたりしないだろう。それに諜報で桜乃は教わっていたことがあった。
 ……人を屈服させるのに効果的なのは、恐怖ではない。
 恐怖を与えれば反発されるだけだ。それと同時に、暴力もあまり賢いとは言い難い。サディストならともかく、そんな趣味もない。
「素直に雇主や目的吐けば、こっちも穏便に済ましたげる」
「それで言うとでも思ってるのか?」
 うーん、やはり素直には行かないか。
「傷つかない拷問や心抉るの、私得意よ?いいの、そんな事言って」
 桜乃がそう言うと、男達はふっと小馬鹿にしたように笑った。その態度に葵があからさまに不機嫌になる。
「馬鹿にしてると、痛い目を見ますわよ」
「あ、ノンノン、葵ちゃん。痛い目なんてダメよ、私達女の子なんだし、この人達多分苦痛に耐える訓練受けてそうなのよね……ところで、葵ちゃんの髪の毛って結構自由に操れる?」
「ええ。割と細かく動かせますけど」
 だったら好都合だ。
 ニヤッと意地悪く笑うと、桜乃は男達が履いていた靴と靴下を脱がせ、ポーイと遠くに投げ捨てた。
「何をする気だ?」
「さっき言ったでしょ。私、傷つかない拷問得意って。葵ちゃん、こいつらの足の裏嫌ってほどくすぐったげて」
 そう言うと桜乃は、ポケットから羽根の付いたペンを取り出した。
 人間苦痛には耐えられるように出来ている。ある程度痛みが突き抜ければ脳内麻薬が出て、それを麻痺させようとする。
 だが、人間は「快楽」には耐えられないように出来ているのだ。苦痛に耐える訓練をしていても、快楽に耐える訓練をしている人間はそういない。
 二人は黙々と足や首筋などをくすぐりまくる。
「や、やめろ……アハハ……」
「待っ……腹筋が痙る」
 笑うという行為は意外と消耗するらしい。汗を掻いているのは夏だからという訳ではないのだろう。ぜーぜーと息を整えている男達の前にしゃがみ、桜乃は羽ペンを振り回して小悪魔のように頬笑む。
「さ、笑顔のまま死にたくなかったらサクッと吐いちゃわない?それとも、へそで茶沸かすまでやる?」
 そのあまりにもいい笑顔に、男達はうなだれたままゆるゆると首を横に振った。

 やはり今までずっといた不審者は、雅輝の祖父の姉から繋がる家系筋だったらしい。ただ雅輝が懸念していた「他の親戚筋と手を組んだ」と言う訳ではなく、あくまで単独だったのが救いと言うべきだろう。
 最初にいた不審者は、保養所が開き始めると出てくる本当の不審者だったのだが、それを排除して張り込んでいたという。
「やっぱり内輪揉めか……でも、雅輝さん以外の人に、会社や私達が扱えると思わないけれど」
 どうしてそんなに、金や権力、地位などを欲しがるのか、桜乃にはさっぱり分からない。それを言うと、葵がくすっと笑う。
「そうですわね。でも、これで明日は雅輝様達の手を煩わせずに済みそうですわ」
「そうよね。でも、今日あっさり出てきてくれて良かったわー。さて、葵ちゃん。折角海の側来たんだから、何か美味しい物食べよう」
「まずは報告が先ですわよ。それからでしたら、お付き合いしますわ」
 何はともあれ、未然に防げたのだからそれでいい。後は別の者達がしっかり仕事を引き継いでくれるだろう。
「ささっ、報告したら後はバカンスよ」
 携帯電話を取り出すと、桜乃は嬉しそうに雅輝に電話をかけ始めた。
「もしもし、雅輝さんですか?桜です。今、お時間よろしいですか……?」

fin

◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
7088/龍宮寺・桜乃/女性/18歳/Nightingale特殊諜報部/受付嬢

◆ライター通信◆
ありがとうございます、水月小織です。
NPCメールでも触れていた「保養所に出る不審者」と「篁家のお家騒動」などを合わせて、前回の海水浴の後に不審者達の調査をすると言うことで、話を書かせていただきました。
お家騒動以外にもNightingaleにも触れています。傷つかない拷問というのを考えて、そう言えば自分でもネタにしようと思ったものがあったなと思い「くすぐり刑」を使ってみました。葵と二人で話ながら苛めていたのでしょう。
リテイク、ご意見は遠慮なく言って下さい。
また機会がありましたら、よろしくお願いいたします。